仲の良い友人数人と、行きつけの喫茶店に行った。
その喫茶店は、落ち着いた雰囲気で、値段もお手頃なのでよく利用している店である。
そして揃いも揃って金のない俺たちは、全員お得な日替わり定食を頼む。
安さは善。
これからもお得であってもらいたいものだ。
友人と取り留めのないことを話していると、定食が配膳される。
今日の定食は目玉焼きセット。
また目玉焼きに掛けるためなのか、様々な調味料セットも運ばれてきた。
ぱっと見ただけでも、バラエティ豊かな調味料がある。
『まったく、こんな調味料誰が使うんだよ』と思いつつ、醤油を取ろうとしたときに事件は起こった。
「……おい、Bよ。貴様、何をかけた?」
「なんだよ、A。トンチか?」
Bの目玉焼きは既に調味料がかかっていた。
だが――
「とぼけんな。目玉焼きに何かけてやがる」
「何って…… マヨネーズだが?」
「ふざけんな。目玉焼きは醤油一択!
唯一絶対の善! マヨネーズなど悪だ」
「はあ!? Aは醤油でかけるからっていい気になるな。
多数派に迎合した軟弱者め!」
軟弱者!?
Bめ。俺の事を軟弱者だと!
だが正義はこちらにある。
「C、貴様からも言ってやれ」
隣に座っているCに同意を求める。
Cも俺と同じく、目玉焼きに醤油をかけている。
きっと俺に味方してくれるだろう。
だが俺の期待とは裏腹に、返ってきた言葉は予想だにしない言葉であった。
「俺はどうでもいい」
「は?」
『どうでもいいってど、ういうことだ?』
そう問いただそうとCの顔を見れば、非常に穏やかな表情であった。
いや、違う。
Cの表情、これは……哀れみ?
「醤油? マヨネーズ? 馬鹿馬鹿しい。そもそも貴様らは前提が間違っている」
「「前提?」」
思わず、Bと目を合わせる。
Cはいったい何をいっているんだ?
そもそも目玉焼きに前提とかあったか?
「目玉焼きは、そもそも半熟が至高。
今食べている目玉焼きが、固焼きの時点でこの議論の価値は無い」
「「うるせえ! 半熟でも固焼きでも、どっちでもいいだろ!」」
「どっちでもいいとはなんだ。大事だろうが!」
急にCがヒートアップしてきた。
なんでコイツ、焼き加減に情熱をかけているんだ?
「ねえ、みんなやめようよ。 喧嘩は駄目だよ」
「「「お前は黙ってろ。」」」
見かねたDが口を出してくるが、3人で止める。
こいつが目玉焼きにかけているのは、メープルシロップである。
ありえん! ていうか、なんで用意してんの?
議論が白熱する中、Eが何も言わないことに気づく。
そして箸すらつけず、じっと目玉焼きを見つめていた
「おい、E。お前何してんだ?」
「うん、俺目玉焼きが嫌いなんだよ」
「「「「じゃあ頼むなよ」」」」
友人全員が見事にシンクロする。
「だから俺は主張することなんてない。今回はおまえたちに勝ちを譲ってやる」
「「「「情けを掛けんな!」」」」
Eが一番ありえなかった。
「あの、お客様、よろしいですか?」
Eに言い返そうとしたとき、突然声を掛けられる。
声の主を見れば、なんとこの店の店長であった。
「他のお客様がいらっしゃるので、お食事はお静かにお願いします」
俺たちは絶句した。
ここは喫茶店、静かに食事する場所。
決して騒いでいい場所ではない。
つまり、俺たちは異端者を正すという善い事をしているつもりで、周りに迷惑をかけるという悪事を行っていたのである。
現状を正しく認識した俺たちが言って善い事は一つだけ。
「「「「「すいませんでした」」」」」
店長が持ち場に戻った後、俺たちは一言も発することなく、静かに目玉焼きを食べるのだった。
「私たち死ぬまで一緒だよ」
「もちろんさ。この手を離さない」
公園のベンチに座る一組のカップル。
彼らはお互いに手を握り合い、愛を語り合っていた。
だが二人の顔に喜びは無く、思いつめた表情をしている。
ベンチの端に置かれたラジオからは、悲しいメロディーが流れ彼らの悲壮感が際立つ。
「ああ、幸せ」
「僕もだ」
「でも、もうすぐお終いなのね」
その言葉を合図に二人は空を見上げる。
彼らの目に映るのは、視界いっぱいの流れ星。
文字通りの視界いっぱいであり、この数の流れ星など異常というほかは無かった。
「まるで世界の終わりだな」
「うん、でも最後はあなたと一緒でよかったわ」
「僕もだよ」
二人はお互いを見つめ合う。
そんな時、ラジオから流れていた曲が終わり、ラジオから司会の男の声が流れてくる。
「さあ、リクエストの『5年前のあの日』が終わったところで、隕石についての続報だ。
地球に接近していた大隕石<メテオ>は、核弾頭<ホーリー>によって無事破壊。
その破片も問題なく大気圏で燃え尽きたそうだ。
隕石による被害は無し。
素晴らしいね。
では次のリクエスト。
ペンネーム・アルテマさんから『J-E-N-O-V-A』。
さあ、行ってみよう」
司会の言葉と共に、テクノな音楽が流れてくる。
その曲を聞いて、二人は思わず吹き出してしまう。
「これじゃ『悲劇のカップルごっこ』できないね」
「この曲好きなんだけどねー」
二人は腹を抱えて笑い出す。
ひとしきり笑った後、男が口を開く。
「そういえば願い事した?」
「あっ、事忘れてた」
「やっぱり。……でも安心して。俺が代わりにしといたから」
「ありがとう。それで、なんてお願いしたの?」
「うーん、恥ずかしいから内緒」
「話ふっといてそれかい!気になるだろ。吐け―」
そうして二人は鬼ごっこを始め、公園内を走り回る。
いつもの賑やかな公園の風景。
雲一つない青空の下、二人の笑い声が響くのであった。
そして、ところ変わって地球から遠く離れたところの宇宙船。
そこにいる宇宙人たちは、公園のカップルとは反対に悲痛な面持ちで地球を眺めていた。
彼らは自分たちが移住する星を探すために、宇宙を旅する宇宙人。
長い旅の末、地球を発見し、地球を侵略せんと企んでいたのだ。
お察しの通り、あの隕石は宇宙人が差し向けたものである。
彼らは、地球に知性を持った生命体がいることは知っていた。
だが宇宙航行技術すらもたぬ知性体とは交渉の価値なしと判断し、邪魔な地球人を滅ぼすことを決定した。
地球に隕石を落とし、地球の生命を滅ぼした後で、ゆっくり地球を征服する……
その計画は完璧に思えた。
だが失敗した。
なんと地球人が隕石を破壊したのだ。
それもただ破壊するだけでなく、地表に被害が無いように計算をした上で、である。
宇宙人はただ恐怖するしかなかった。
隕石の接近を察知した地球政府が、『この隕石は破壊可能である』というアナウンスをしたことは知っている。
だがそのアナウンスはやせ我慢であり、不可能だと宇宙人は思っていた。
ところが地球人は隕石を軽く破壊した。
宇宙人自身にとってですら破壊困難であった隕石をだ。
もはや、疑う余地は無かった。
あの星の知性体は強力な兵器を保持している。
地球に関わるのは危険だ。
そして宇宙人たちは、万が一にも報復されるのを避けるため、即座に地球から離れることを決断する。
離脱の準備をしている中、一人の宇宙人が最後の破片が大気圏に突入するのを目撃する。
その破片は赤い光の尾を引き、すぐに消える。
それを見て、彼は思いだした。
地球には『流れ星に願いをかける』風習があることを。
『なんと馬鹿馬鹿しい。
流れ星と願いが叶う事は、なんの因果もないただの現実逃避。
これだから未開の星の知生体というものは……』
そう言って、地球人の風習を鼻で笑った彼……
しかし、今の彼は笑うことが出来なかった。
たとえ馬鹿馬鹿しくとも、地球人が現実逃避する気持ちが分かってしまったのだ。
無意味だと知りつつも、彼は流れ星に願う。
現実から目を背けるために、ただ願うしかなかった。
『願わくば、地球人が我々の存在に気づきませんように』
「助かったわ。省吾君。小学生なのに偉いわ」
「いえ、当然の事です」
公園のお掃除を手伝って、大人の人たちからお礼を言われる。
僕はいい子と言われて嬉しくなって、にんまりと笑ってしまう。
僕はいい子だ。
人助けをするし、ルールもどんな時だって守る。
廊下は走らないし、授業中お喋りしない。
挨拶は欠かさないし、誰かが困ってたら手伝う。
交差点では、車が通ってなくても青信号になってから渡る。
ご飯の前にお菓子は食べない、などなど。
だから僕はいつも『いい子』って、周りの大人たちから褒められる。
でも僕がルールを守るいい子でいるのは理由がある。
それはサンタさんからプレゼントをもらうため。
『いい子じゃないとサンタクロースからプレゼントをもらえない』
子供たちならみんな知ってる。
だからいい子でいるんだ。
でも正直なところ、少しだけ『本当に?』とも思っている。
だって、友達やクラスメイトは、普段はルールをあまり守らない『悪い子』なのに、クリスマスが近づいてから『いい子』になる。
それでも、サンタさんからプレゼントをもらえるんだから、不思議だ。
でも、と省吾は思う。
でも、僕は友達の翔君みたいサッカーがうまくない。
でも、隣の席の香織ちゃんみたいにテストで100点をとったことがない。
でも、隣のクラスの健吾君みたいにみんなを笑わせることが出来ない。
だからみんなは、ちょっとくらい悪い子でもいいのかもしれない。
でも自分は違う。
だって他の子みたいに何か出来るわけじゃない。
運動も勉強も、何も出来ない。
だから、僕が唯一出来る事、『ルールを守る』ことで、いい子アピールするしかない。
みんないろんなことが出来るから、少しの間『いい子』でいればいい。
だけど、僕は才能がない。
だから僕はルールを守らないといけないんだ
◆
ある日の夕方。
学校が終わって、いつもの帰り道。
車の通らない交差点に着いたとき、事件が起こった。
道路の向こうで、お爺さんが苦しそうにうずくまっていたのだ。
助けを呼ぼうとしたけど周りには誰もいない。
お爺さんを助ける事ができるのは自分だけ。
急いで道路を渡ろうとした瞬間、信号が赤になってしまった
赤はわたってはいけない。
それがルール。
信号が変わるまで待とう。
そう思ったけど、お爺さんはとても苦しそうに呻いている。
早く助けに行かないと、死んじゃうかもしれない。
でも、信号は変わらず赤のまま。
どうしよう。
僕は迷った。
赤信号を渡るのは、悪い事。
でも、道の向こうで苦しんでいる人がいる。
僕は少し迷って、赤信号を渡ることにした。
怒られるのは嫌だけど、でもお爺さんが死んじゃうのはもっと嫌だ。
僕は左右を見て車が来てないことを確認してから、横断歩道を走って渡り、お爺さんの元に走り寄る。
「お爺さん、大丈夫ですか?」
「ああ、そこのカバンを取ってくれ。薬が入っているんじゃ」
周りを見ると、少し離れたところにカバンがあった。
すぐさま、カバンを拾ってお爺さんに渡す。
「これですか?」
「ありがとう」
お爺さんはそう言うと、カバンの中から水筒を取り出して、薬を飲んだ。
何回か深呼吸した後、お爺さんは僕を見る。
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして。 困ってる人が助けないといけませんから」
「ほほ、さすがだね。とてもいい子だ」
いい子、と言われたのに僕の心は嬉しくならなかった。
こんなことは初めてだった。
「どうしたのじゃ? そんな悲しそうな顔をして」
「お爺さんを助けるために、赤信号を渡ってしまったんです。
赤信号を渡るのは悪い子……
このままじゃ、サンタさんにプレゼントをもらえない」
お爺さんは、泣きそうになる僕の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫、省吾君はとてもいい子じゃ」
「えつ、なんで僕の名前を?」
急に名前を呼ばれてビックリする。
「ほほほ、儂はサンタじゃ。子供のことは何でも知っておる」
「サンタさん!?」
「ほほほ、内緒じゃぞ。クリスマスじゃないのにサンタがいるとみんな驚いてしまうからな」
「分かりました」
確かにみんなを驚かすのはいい子のすることじゃない。
「儂は省吾君は励ましに来たんじゃ」
「えっ」
「省吾くんが最近悩んでいる事は知っておるじゃろう。
確かにルールを守ることはいい事じゃ。
じゃがそこまで必死にならなくてもよい」
「でも……」
「君は人助けができる。それは誰にもできる事じゃない」
省吾君はいい子じゃよ。
そう言ってサンタさんは微笑む。
たしかにサンタさんの言う通り、必死になりすぎたのかもしれない。
不安だったのだ。
けれど、もう大丈夫。
だってサンタさんにいい子だって言ってもらえたから。
「もう大丈夫じゃな」
「はい!」
僕は、大声で返事をする。
やっぱりサンタさんはすごい。
僕の悩みは、サンタさんの言葉で無くなってしまったのだった
「貴方の今日の心模様は――
――曇りのち晴れ。
また、今日は雷予報が出ています。
ご注意ください」
腕にはめたスマートウォッチが、私の『今日の心模様』を予報する。
西暦20XX年、人類は簡易的にではあるがついに未来予知を可能にしたのだ。
予測なので外すことも多いけれど……
そういった科学の英知を、毎朝学校へ出かける前に聞くのが私の日課。
聞いたからと言って何ができるわけではないけれど、心の準備が出来るからだ。
それにしても今日の予報で引っかかることがある。
曇り予報についてではない。
あれは、今日体育の授業で長距離走だから、私の心は曇り模様なのだ。
問題は雷予報。
本当に雷に打たれるわけじゃない。
でもそれぐらいショッキングな事が起きるかも、という予報だ。
たしか、去年の夏ごろ雷予報だったが、海水浴に行ってクラゲに刺された。
最悪の一日だったのを覚えている。
『まあ、いいさ。所詮は予報。
過度に気にしないことが、楽しく生きるコツ』
と、うそぶく私でさえ、雷予報は聞くのも嫌なのだ。
けれど、私は学生、今日も学校に行かねばならぬ。
憂鬱な気持ちのまま、学校に向かう。
ここまでくると、曇りどころか雨模様だ。
だって、マラソンはあるし、雷予報は出たし、ホント学校に行きたくない……
そこでふと、私は名案を思いつく。
行きたくないなら、休めばいいじゃん。
このまま仮病使って休もう。
なんと甘美な響きか。
なに、雷予報が出て休む子は結構多い。
学校側も薄々気づいているけど、雷だからなあと、見て見ぬふりしている。
だから何も問題は無い。
休んでしまえば、雷に気を付けなくてもいい!
走らなくてもいいんだ!
その事実が私の心を晴れ模様にする。
よし、家に戻るか。
とUターンしようとした瞬間の事である。
「大丈夫ですか?」
急に声を掛けれれ、驚いて体が跳ねる。
「さっきから、動かれないので……
体調が悪ければ人を呼びましょうか?」
どうやら考え事をして、じっと動かない私を心配してくれたらしい。
「大丈夫です」
私は条件反射で答える。
もちろん体調は万全だし、もし悪くても自分の家はすぐなので、問題は無い
心配させて悪かったなと、声をかけてくれた人にお礼を言おうとして振り返る。
そこで私は雷に打たれたような衝撃を受ける。
そこにいたのは、私の推しのソウマくんだ。
ソウマくんは、若い世代から絶大な人気を誇る、今を時めくアイドルだ。
お忍びなのか変装をしているが、私の目はごまかせない。
「あの――」
「しー」
もしかしてソウマくんですか?
そう言おうとした私の言葉を、ソウマくんが遮る。
なるほど、確かに『ここにソウマくんがいる』と私が叫べば、人が集まり大騒ぎになると困るのだろう。
私は軽率な行為を反省する。
「実は、お忍びなんです」
ソウマくんは小さな声で囁く。
やはりお忍び!
そして騒ぎになるリスクを冒してまで、私を心配してくれたソウマくんはやはり天使であることを再確認する。
「大丈夫そうなら良かった」
ソウマくんは優しい顔で微笑む。
こんな顔を間近で見られるなんて、今日私は死ぬのか?
予報は何も言ってなかったぞ。
「僕はもう行くね」
そう言って去ろうとするソウマくん。
「待ってください」
「何か?」
思わず引き留めたけど、何も考えてない。
ただただ、ソウマくんともっと一緒にいたいだけだ。
どう考えてもいいわけが思いつかないので、そのまま思った事を口にする。
「……また会えませんか」
図々しいお願いだとは思う。
だけど、人生に一度クラスの幸運!
少し話して、『はい、さよなら』では済ませられない!
しかし肝心のソウマくんは、困り顔だ
しまった、図々しすぎて嫌われたか?
私はそんな不安に駆られるも、ソウマくんは急に真顔になる
「あの、これ内緒なんですけど」
ソウマくんが、私に顔をぐっと近づける。
近い。
顔が近い。
そしてすっと、近所の公園を指さす
「そこの曲がり角にある公園あるでしょう?
実は来週、そこでドラマの撮影があるんです。
お忍びなのも、それの下見でして……
もしよかったら、見に来てください」
ソウマくんは、ニカっと私に笑いかける。
「じゃあ、また来週」
「はい」
そういってソウマくんは去っていった。
今日はなんていい日だろう。
雷予報が出たので身構えていたけれど、とんだサプライズだ。
こういう事もあるんだな。
驚かせやがって。
私の心は晴れ晴れ澄み渡り、学校に向かって通学路をご機嫌に歩いていく。
長距離走?
どんとこい。
ソウマくんと再会の約束をした私は無敵なのだ。
意気揚々と私が歩いていると、スマートウォッチが急に起動した。
「一週間の貴方の心模様は――
――毎日、雲一つない快晴となるでしょう」
やっちまった。
私は手に持ったコーヒーを眺めながら、心中で呟く。
私はコーヒーが嫌いだ。
とくにブラックのやつが……
本当は別の物、たとえば紅茶とかがよかった。
コップを取る際、よそ見しながら取ったからである。
なぜコーヒー以外にも飲み物があるのに、よりにもよってなぜコーヒーなのか?
畜生め。
じゃあ交換してもらえればとなるのだが、それは出来ない。
今この屋敷にいる人間で集まって、重要な会議をしているから。
非常にシリアスな場面であり、とてもじゃないが『飲み物を間違えたから変えて(はーと)』なんて言えるわけない。
私は憂鬱な気分で会議を聞いていた。
「電話は駄目だ。スマホの電波も入らない」
「ここに来るまでの道が土砂崩れで通れなかった」
「車のタイヤがパンクしてる。 しかも全部だ」
お分かりいただけただろうか?
私たちは、いわゆる陸の孤島で孤立しているのだ。
しかも――
「そんな! じゃあ、助けに来るまで人殺しと一緒にいなきゃいけないの?」
「……残念ながら、そういう事になる」
この会話でお察しだろう。
私は、いや私たちはこの屋敷に閉じ込められた。
よりにもよって、人殺しと一緒に……
面々はこの窮地から脱出しようと、討論を繰り広げるが有効な打開策は出ない。
不毛な会議を聞きながら、やっぱり来るんじゃなかったと後悔する。
どうしてもと乞われ渋々来たのだが、こんな事になるとは……
どうしてこうなった……
「貴女は何か案がありますか?」
顔を上げると、イケメンが私を見つめていた。
よく見れば他の面々も私の事を見ている。
会議の面々は美男美女ばかり。
こういう場でなければ、眼福だと言って喜んだのだろうけど、今の私にそんな余裕はない。
「別に何も」
私は感情を込めず答える。
興味は無いから仕方がない。
殺人鬼などどうでもいい。
私の興味はただ一つ、目の前にある嫌いなコーヒーだけ。
「そうですか……」
私のぶっきらぼうな返事に、声をかけたイケメンは悲しそうな顔をする。
ああ、イケメンの悲しむ顔は綺麗なのに、なぜこんなにも気持ちが高ぶらないのか……
やっぱり、来なければよかった。
憂鬱な気持ちの中、もう一度私は持っているコーヒーを見つめる。
私は、今からこれを飲む。
たとえ間違いだとしても、手に持っている以上はこれを飲み干さなければいけない……
そういう運命だ。
私は、運命を呪いながら、意を決し、コップの中のコーヒーをあおる。
案の定、口の中にコーヒーの苦みが広がる。
やっぱり紅茶がよかったなあ。
周りの人間は何事かと私に注目する。
突然、何もしゃべらないヤツがコーヒーを一気飲みし始めたら、そりゃ見る。
私は視線の中、ゆっくりと、後ろのソファーに体を沈める。
ああ、やっぱりコーヒーは嫌いだ。
「あの、大丈夫ですか?」
さすがに心配したのか、イケメンが再び声をかけてくる。
でも。
「……」
私は問いかけに応えない。
そんな気分じゃない。
それに――
「あの」
反応のない事を不思議に思ったのか、私の肩を叩く。
私は返事をする代わりに、座ったまま、ゆっくりと、横に、体を倒す。
イケメンには悪いが仕方がないんだ。
だって、私は――
「うわあああ、死んでる」
――死んだのだから……
「カーーート」
🎬
「瑞樹ちゃん、今日も良かったよ」
「はあ、どうも」
監督にお褒めの言葉に、素っ気ない返事を返す。
「えっと、ゴメンね」
失礼な返答をしたにもかかわらず、申し訳なさそうに謝る監督。
私が不機嫌な理由の一つに監督に原因があるからだ。
「急にキャンセルされちゃってさあ。」
「分かってます」
私は本来、この撮影に参加する予定は無かった。
けれど、予定していた役者がドタキャンしたので、代役の話が私に回ってきたのだ。
本当なら……本当なら久しぶりの休暇を楽しむはずだったのに……
「あの、怒ってる?」
「いいえ」
もちろん嘘だ。
監督から『一生のお願い』とか、『ギャラ倍出す』とか、『あなたにぴったりの役』とか、『おしいい役だから』などのセールストークを受け、嫌々ながらもここに来た。
にもかかわらず、私の役柄は序盤ですぐ死ぬ『いつも不機嫌そうな女性』……
これが私にぴったりってどういう意味だ、コラ。
でも言わない。
なぜなら私は出来る女……
仕事に私情はもちこまないのがモットー。
「分かってます。仕事ですから」
「そんな冷たい事言わないでよ。 瑞樹ちゃんと私の仲でしょ?」
「はい、ただの監督と役者の、ビジネスライクな仲ですよね」
「だめ、怒ってるわ。準備してたお菓子持ってきて。なるはやで!」
監督がスタッフに呼びかけ、すぐに私の目の前にたくさんのお菓子が並べられる。
先ほどまで不機嫌だった私も、さすがに笑顔になってしまう。
目の前にあるのは、テレビでしか見ないような、お高いお菓子たち。
それがたくさんあれば、誰だって喜ぶことだろう。
「仕方ない。コレで許しましょう」
私は早速、そのうちの一つを口に放り込む。
うむ、うまい。
思わず、笑いがこみあげてくるほどのおいしさ!
「あの、瑞樹ちゃん、余計なお世話だけど、一つ言っていいかしら」
その様子を呆れるように見ていた監督が、口を開く
「ふぁに(何)?」
私はお菓子を頬張りながら返事をする。
「そんなにお菓子食べたら太るわよ。 役者は体形管理も仕事よ」
そんなこと言われなくても分かってる。
目の前のお菓子を全部食べれば、きっと太るだろう。
でも、それが何だと言うのか……
お菓子を口に入れるたびに、体中に広がる多幸感。
そして溢れる生きてる幸せ。
たとえ間違いだったとしても、この手が止まることは無い。