「貴方の今日の心模様は――
――曇りのち晴れ。
また、今日は雷予報が出ています。
ご注意ください」
腕にはめたスマートウォッチが、私の『今日の心模様』を予報する。
西暦20XX年、人類は簡易的にではあるがついに未来予知を可能にしたのだ。
予測なので外すことも多いけれど……
そういった科学の英知を、毎朝学校へ出かける前に聞くのが私の日課。
聞いたからと言って何ができるわけではないけれど、心の準備が出来るからだ。
それにしても今日の予報で引っかかることがある。
曇り予報についてではない。
あれは、今日体育の授業で長距離走だから、私の心は曇り模様なのだ。
問題は雷予報。
本当に雷に打たれるわけじゃない。
でもそれぐらいショッキングな事が起きるかも、という予報だ。
たしか、去年の夏ごろ雷予報だったが、海水浴に行ってクラゲに刺された。
最悪の一日だったのを覚えている。
『まあ、いいさ。所詮は予報。
過度に気にしないことが、楽しく生きるコツ』
と、うそぶく私でさえ、雷予報は聞くのも嫌なのだ。
けれど、私は学生、今日も学校に行かねばならぬ。
憂鬱な気持ちのまま、学校に向かう。
ここまでくると、曇りどころか雨模様だ。
だって、マラソンはあるし、雷予報は出たし、ホント学校に行きたくない……
そこでふと、私は名案を思いつく。
行きたくないなら、休めばいいじゃん。
このまま仮病使って休もう。
なんと甘美な響きか。
なに、雷予報が出て休む子は結構多い。
学校側も薄々気づいているけど、雷だからなあと、見て見ぬふりしている。
だから何も問題は無い。
休んでしまえば、雷に気を付けなくてもいい!
走らなくてもいいんだ!
その事実が私の心を晴れ模様にする。
よし、家に戻るか。
とUターンしようとした瞬間の事である。
「大丈夫ですか?」
急に声を掛けれれ、驚いて体が跳ねる。
「さっきから、動かれないので……
体調が悪ければ人を呼びましょうか?」
どうやら考え事をして、じっと動かない私を心配してくれたらしい。
「大丈夫です」
私は条件反射で答える。
もちろん体調は万全だし、もし悪くても自分の家はすぐなので、問題は無い
心配させて悪かったなと、声をかけてくれた人にお礼を言おうとして振り返る。
そこで私は雷に打たれたような衝撃を受ける。
そこにいたのは、私の推しのソウマくんだ。
ソウマくんは、若い世代から絶大な人気を誇る、今を時めくアイドルだ。
お忍びなのか変装をしているが、私の目はごまかせない。
「あの――」
「しー」
もしかしてソウマくんですか?
そう言おうとした私の言葉を、ソウマくんが遮る。
なるほど、確かに『ここにソウマくんがいる』と私が叫べば、人が集まり大騒ぎになると困るのだろう。
私は軽率な行為を反省する。
「実は、お忍びなんです」
ソウマくんは小さな声で囁く。
やはりお忍び!
そして騒ぎになるリスクを冒してまで、私を心配してくれたソウマくんはやはり天使であることを再確認する。
「大丈夫そうなら良かった」
ソウマくんは優しい顔で微笑む。
こんな顔を間近で見られるなんて、今日私は死ぬのか?
予報は何も言ってなかったぞ。
「僕はもう行くね」
そう言って去ろうとするソウマくん。
「待ってください」
「何か?」
思わず引き留めたけど、何も考えてない。
ただただ、ソウマくんともっと一緒にいたいだけだ。
どう考えてもいいわけが思いつかないので、そのまま思った事を口にする。
「……また会えませんか」
図々しいお願いだとは思う。
だけど、人生に一度クラスの幸運!
少し話して、『はい、さよなら』では済ませられない!
しかし肝心のソウマくんは、困り顔だ
しまった、図々しすぎて嫌われたか?
私はそんな不安に駆られるも、ソウマくんは急に真顔になる
「あの、これ内緒なんですけど」
ソウマくんが、私に顔をぐっと近づける。
近い。
顔が近い。
そしてすっと、近所の公園を指さす
「そこの曲がり角にある公園あるでしょう?
実は来週、そこでドラマの撮影があるんです。
お忍びなのも、それの下見でして……
もしよかったら、見に来てください」
ソウマくんは、ニカっと私に笑いかける。
「じゃあ、また来週」
「はい」
そういってソウマくんは去っていった。
今日はなんていい日だろう。
雷予報が出たので身構えていたけれど、とんだサプライズだ。
こういう事もあるんだな。
驚かせやがって。
私の心は晴れ晴れ澄み渡り、学校に向かって通学路をご機嫌に歩いていく。
長距離走?
どんとこい。
ソウマくんと再会の約束をした私は無敵なのだ。
意気揚々と私が歩いていると、スマートウォッチが急に起動した。
「一週間の貴方の心模様は――
――毎日、雲一つない快晴となるでしょう」
4/24/2024, 10:53:42 AM