とある小学校の、とある教室。
その休憩時間、子供たちは自分の好きなように過ごしていました。
外で遊ぶのが好きで、外でサッカーをする子。
寝るのが好きなのか、机に突っ伏して寝ている子。
友達とおしゃべりするのが好きな子。
そして本を読むのが好きな子。
何の変哲もない休憩時間の風景。
そして休憩時間は元気いっぱいの子供たちも、授業となれば静かになります。
学級崩壊もなく、皆真面目に授業を受ける……
何の変哲もない一般的なクラスでした。
ですが、こんな平和なクラスにも、学校の先生たちが頭を悩ます二人の生徒がいます。
一人目の名前を、鈴木 太郎といいます。
容姿はこれと言った特徴は無く、物静かな印象を受ける、本が好きな子供です。
休憩時間はいつも本を読んでいます。
そして、『読書に集中するあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。
何も知らない人間からは『大人しくていい子』と見られるこの少年……
実は、学校の行事を当たり前の様に休み、授業態度も悪い、超問題児なのです。
何度言っても反省せず、『あいつはもうだめだ』と先生たちも半ば匙を投げていました。
二人目の名前は、佐々木 雫《しずく》。
太郎とは違い、彼女は校則ギリギリまで制服を改造し、派手な印象を受ける、オシャレが好きな子供です。
休憩時間はいつも、友達とおしゃべりしています。
そして『おしゃべりに夢中になるあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。
何も知らない人間からは『学校の風紀を乱している』と見られるこの少女……
実は、学校行事を率先して参加し、授業も真面目に受ける、超優等生なのです。
ですが何度いっても服装だけは絶対に改めず、『服装さえ直してくれれば文句は無いのに』と先生たちから嘆かれていました。
正反対で、一見接点のなさそうなこの二人……
物語は、雫が太郎に声をかけるところから始まります。
◆
とある日の昼休憩の時間の事でした。
「ねえ、タロちゃんタロちゃん、何読んでるの?」
「……」
雫は親し気に、太郎に呼びかけます。
ですが、太郎は読んでいる本に集中しており、全く気が付きません。
「おーい、タロちゃんー」
「……」
「ねえってば!」
「……」
呼び続けても太郎は身じろぎ一つしません。
このまま呼びかけても、らちが明かないと考え雫は、太郎の肩を掴み揺さぶりました。
「へ?え?何?」
太郎は驚いて、読んでいた本から顔を上げました。
「やっと気づいた。 何回呼んでも、気づいてくれないもん」
「え?ああ、ごめん」
太郎はよく分かりませんでしたが、とりあえず謝りました。
そして混乱しながらも、状況の把握のために声をかけてきた人間の顔を見ます。
ですがそれが雫だと気づき、太郎はげんなりしました。
というのも太郎は、雫とは出来れば関わり合いになりたくないと思っていました。
雫は容姿こそ太郎の好みでしたが、太郎はギャルが嫌いなのでした。
『ギャルのような陽キャは、自分のような陰キャを馬鹿にしている』と思い込んでいるのです。
太郎は卑屈でした。
「なんで、私の顔を見て嫌そうな顔をするの?」
「別に……」
ただし、太郎にはそれを直接言うほどの度胸はありませんでした。
「それで何の用? 佐々木さん」
「ええー、そんな他人行儀みたいな呼び方をしないで。
雫って呼んでよ、タロちゃん」
「へっ」
太郎はまたも混乱しました。
タロちゃんと呼ばれたこともですが、親しくない女子に名前呼びを要求されるとは夢にも思わなかった(妄想ではあった)からです。
『これがギャルか…… 距離感がおかしい』と、太郎は思いました。
もちろん思うだけで、特に何も言いませんでした。
要求を無視することにしました。
「それで何の用? 佐々木さん」
「雫って言って」
「……」
「雫」
「……雫」
「オッケー」
太郎は屈しました。
太郎は度胸も無ければ根性も無いのです。
「それで何の用? ……雫」
「うん、タロちゃんが何の本を読んでるのかなと思って」
3度目の質問にしてようやく答えが得られたことに、太郎は安堵しました。
太郎は読んでいた本の表紙を見せます。
「ありがとう…… うん、やっぱりこれアニメでやってるやつだよね」
「うん、これが原作」
「おおー」
雫は思わず感動の声を上げました
「小説好きなの?」
「うん」
「カッコいい」
「う、うん」
太郎は急に褒められて、照れてしまいました。
そして『これがオタクに優しいギャル!? 実在したのか』と勝手に感動していました。
太郎の中で、雫への好感度が爆上がりしていきます。
「ねえ、タロちゃん。コレの一巻持ってる?」
「家にあるけど……」
「貸して」
「やだ」
「おねがーい」
「やだ」
雫の渾身のお願い攻撃にも関わらず、太郎は断りました。
太郎は自分のコレクションを他人に触らせたくないタイプのオタクでした。
こんな時にだけ、太郎の意思の強さが発揮されたのでした。
そして太郎は代替案を提示します。
「自分で買えよ」
「無理。 ママからお小遣いもらえないの」
「そのたくさんのアクセサリーとか髪飾りは?」
「コレ? これはお下がりとか、貰いものとか…… お金無いから、貰いものでやりくりしているの」
「ふーん」
太郎は気のない返事で答えます。
正直雫のお小遣い事情には興味が無かったからです。
ですが、心の中に少しだけ同情する気持ちが芽生えていました。
同じ作品を愛するものとして何とかしてやりたいと思ったからです。
雫とは関わりたくない。
だけど、この小説もおもしろいから読んで欲しい。
太郎は心の中で葛藤した末、結論を出しました。
「分かった。 貸してやる」
「ほんと、うれしー」
雫は嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねました。
雫の短いスカートがめくれそうになり、思わず太郎は目をそらします。
太郎は紳士なのです。
「一つだけ条件がある」
太郎の言葉に、雫は飛び跳ねるのをやめます。
「もう少し大人しめの格好をしてくれ。スカートも長くして」
「えー可愛いじゃん」
「派手な格好が苦手なんだよ」
「ふーん。まあ、いっか。タロちゃんに嫌われても仕方ないしね」
雫は太郎のお願いを受け入れました。
「あ、そうだ。 せっかくだから、私も言うね。
授業中に本を読むのは駄目だよ。授業はちゃんと受けましょう」
「いや、でも――」
「だめ」
「……」
「持ってきちゃいけないスマホを持ってるの、先生に言うよ」
「う、分かったよ」
太郎は、隠れてゲームをするため、先生に内緒でスマホを持ってきていました。
大事なスマホを没収されてはたまりません。
渋々ながらも雫の要求を飲むことにしたのでした。
こうして二人は、お互いに駄目なところを直すことを約束したのでした。
◆ ◆
その二人の様子を見ていた人物がいました。
香取 翔子という担任の教師です。
翔子は、この問題児二人をなんとか更生しようと頑張っていました。
ですが、頑張りに対してあまり効果が出ていないのが現状でした。
しかし、二人のやり取りを見て、自分が間違っている事に気が付きます。
過度の干渉はかえって反発され、成長の妨げになると……
そして教師があれこれ言わずとも、子供同士の交流で子供たちはお互いを刺激し合い成長すると言うことを……
途中で聞き捨てならないことが聞こえましたが、些事な事。
教師にとって、子供の成長は何よりも喜ぶべきことなのです。
翔子は感動でのあまり、目から雫を――もとい涙を流すのでした。
「おお、成功だ」
目の前の描かれた魔法陣が妖しく輝く。
昨日の晩から寝ずに作り上げたものだが、成功してよかった。
失敗などしようものなら、ベットで寝込むところだった。
徹夜して眠いからね。
そんなことを考えている間にも、魔法陣の光がどんどん強くなっていく。
目が開けてられないほど強くなり、思わず目をつぶる。
そして光が収まった後目を開けると、魔法陣の上に一人の男が立っていた。
その男は男の自分から見ても見問えるほどの美形であった。
文字通り、人間離れした美しさだ。
だが、姿かたちこそ人間だったが、頭に生えている角がその男を人間でないことを表していた。
「問おう、我を呼んだのは貴様か」
目の前にいる悪魔は、低い声で自分に問いかけてきた。
「そうだ」
俺は少しビビりながらも頷く。
ぎこちなかったと思うが、悪魔は満足したらしく話を続ける。
「よかろう。
では貴様の願いを叶えてやる。
だが、その代わり貴様の魂をもらう。
言え、何を望む!」
悪魔は仰々しく宣言する。
ここまでは予想通り。
あとは、前もって決めていた言葉を言うだけだ。
深呼吸して決意を固める。
「何もいらない」
「いいだどう。貴様の願いを叶えて――待て。
貴様何と言った?」
「何もいらないって言った」
悪魔は信じられない、といった表情で俺を見つめる。
「何もいらない……?
ではなぜ我を呼んだ。」
もっともな疑問である。
呼び出した俺には説明責任があるだろう。
「呼びたかっただけだ」
「は?」
悪魔が間抜けな声を出すが、無理もない……
だが、呼び出したのには理由があるのだ。
「実は昨日、悪魔がいるかどうかで娘と喧嘩したんだ。
いつもは俺が引き下がるんだが、黒魔術を信奉する俺としては引くことが出来なくてな……
こうして、悪魔がいるかどうかを証明するために、貴様を呼んだ」
悪魔は何も言わなかった。
驚きすぎて声も出ないらしい。
「と言うことで帰っていいぞ。
あ、その前に写真を……」
パシャとスマホのカメラで写真を撮る。
うむ、見てくれが美男子なだけあって、写真写りがとてもいい。
これなら、娘も悪魔の存在を――
「そんな訳があるか!」
悪魔は我慢できないとと言わんばかりに口を開く。
「我は、魂を代償に願いを叶える誇り高き悪魔だ。
呼んだだけ?
写真を撮るだけだと?
ふざけやがって」
悪魔は俺を殺さんばかりの目つきで俺を睨む。
思わず意味もなく謝りそうになるが、悪魔に屈するわけにはいかない。
「そこをなんとか、帰ってもらえないだろうか」
「黙れ。魂どころか何も得る者が無かったのでは、我も笑いものだ!」
悪魔が睨みつけてきて、思わずたじろぐ。
「貴様を殺して帰るのも簡単だが、我にもプライドがある。
何が何でも願いを叶えて魂を貰う!」
「俺は絶対に願いを言わない。さっさと帰れ!」
「……それが望みか?」
「それはノーカン!」
悪魔と言い争いをしていると、突然部屋の扉がノックされる。
「ねえ、父さん。そろそろ出てきてよ、私が悪かったからさ。ご飯食べよう?」
娘の声だ。
なんとタイミングの悪い。
確かに娘に信じさせるため悪魔を呼んだが、会わせるつもりはない。
娘を危険な目に会わせては父親として失格。
ここは適当に言い含めて追い返そう。
と考えていると、悪魔が妙に静かなことに気が付く。
「ああ、そうか……
別に魂を貰うのは貴様じゃなくてもいいな」
「!」
こいつ、俺じゃなくて娘の魂を!?
何とか阻止しなくては!
だが俺が止める前に、悪魔は行動に移す。
「すまん、見せたいものがあるから入ってきてくれ」
なんと悪魔が俺の声と同じ声で、娘に入るよう促す。
「ちょ――」
「何?」
娘は何も疑うことなく部屋に入ってくる。
そして部屋に入って来た娘は、悪魔を見て目を見開いた。
「あっくんじゃん」
と、悪魔に対して、まるで友達に会ったかのような声を出す。
みれば悪魔も驚いている。
……どういうこと?
驚いている俺と悪魔をよそに、部屋を見回しながらフンフンと頷いていた。
「なるほど、謎は全て解けた」
娘は得意げな顔で推理を披露し始めた。
「あっくんが父さんが協力して、私に悪魔の存在を信じさせようとしたのね。
部屋に魔法陣書いて、色々小物を用意して、あっくんを悪魔に仕立てて……
残念ながら私とあっくんが知り合いだったから、計画は失敗したと……」
儀式用に用意したどくろのイミテーションを手に取りながら、娘は「手の込んだことを」と呆れたように笑う。
「まったく心配して損した。ほら、ご飯が冷めるからリビングに来てね。
あっ、あっくんもついでに食べていきなよ。
先行ってるから」
と、喋るだけ喋って部屋から出ていった。
俺と悪魔の間に、気まずい空気が流れる。
いたたまれない。
「知り合いなの?」
「はい、クラスメイトで、彼女と付き合ってます」
「え、付き合って……」
まだ新情報が出てくるの。
展開に付いて行けない……
悪魔は先ほどまでの勢いはどこへやら、ずいぶんと大人しくなっていた。
「あ、彼女には僕が悪魔だっていう事を黙って下さい。
彼女、悪魔の事信じていないので……
その代わり願いを一つだけ叶えます。
もちろん、魂もらいません」
「別に……」
今の気分で叶えて欲しい願い事なんてない。
しいて言うなら放っておいて欲しい。
だが俺の気も知らず、悪魔は食い下がってくる
「何でも言ってください。
彼女に嫌われないためなら、なんでもします……
あっ、もし足りないなら、願い事3つくらい叶えましょうか?」
「いらないいらない」
これはどうも、何かお願いしない限りは、引き下がらりそうにない。
だけど、なんにも思いつかな――
…あっ
ある、月並みだけど一つだけ。
これを言うのは恥ずかしいけど、でもいつかは言わないといけないことで、なら別に今でもいいだろう。
居住まいを正して、悪魔の目をしっかりと見据える。
「娘を幸せにしてやってくれ、他には何もいらない」
それを聞いた悪魔は一瞬キョトンとした後、
「絶対に叶えて見せます」
そういって満面のの笑みを見せたのであった。
カリカリカリ。
私は一人、無駄に広い部屋で勉強をしていた。
『勉強ではなく、他の用途に使った方がいいのでは? たとえばスポーツとか?』と思わせるほど広い。
ていうか、広すぎて落ち着かない。
この部屋で勉強は無理でしょ……
もちろんこんな大きい部屋、自分の部屋ではない。
お金持ちの友人の沙都子の家にある、たくさんある部屋の一つだ。
勉強嫌いの私が、沙都子のウチで勉強しているのには理由がある。
これは私が、沙都子の物を壊してしまった罰である。
つい先ほど、私が沙都子の部屋にあった皿を割り、『許してほしければ、この部屋で勉強しろ』と閉じ込められたのだ。
なぜ物を物を壊したことの償いが勉強になるなのか……
さっぱり分からないものの、全面的に私が悪い事だけは分かるので、沙都子の言うことに従うだけである。
だって私が割ったあの皿、1000万って言うんだよ。
口答えせず、勉強するのが吉である。
それにしても、こうして机に向かって勉強するのは何年ぶりだろうか?
私は勉強することが、大嫌いなのだ。
罰として、的確に私の嫌な部分を攻めてくる沙都子……
さすが我が親友だぜ。
とはいえ、とはいえだ……
なんとか勉強しないで済む方法は無いもんか?
もし学校の成績が良ければ、沙都子もこんな事を言わなかっただろう。
だって『必要ない』の一言で突っぱねられるもん……
「あーあ、もしも未来が見れるなら、テスト問題を予知していい点とるのに……」
「随分と余裕ね、百合子。 宿題終わった?」
沙都子がいい香りのする紅茶を持って、部屋に入って来た
「休憩にしなさい。根を詰めても効率は悪いからね」
「それ、勉強を強制させる本人が言う事?」
「あなたが勉強しないのが悪いのよ」
「別に私が勉強しなくても関係ないじゃん」
たしかに私は勉強が出来ない。
けれど、私が勉強できないというのは、百合子には全く関係のない事である。
だって私が怒られるだけだもの……
しかし、沙都子は私の言葉を肯定しなかった。
「関係あるのよ……
あなたが宿題忘れたり、テストで悪い点を取ると、先生が私に言いに来るのよ……
百合子が先生の言うことを聞かないから、いつも一緒にいる私に言うのよ」
「ああ、それでか……
先生が小言を言わなくなったぐらいに、沙都子が宿題宿題言いはいじめたのは……」
「先生から申し訳なさそうに百合子の成績の話をされて、代わりに謝る私の気持ちが分かる?
少しでも悪いと思うなら頑張って頂戴」
「やだ。
……いやゴメン、沙都子。
分かったから、勉強頑張るから、そんな怖い顔しないで」
ひええ。
冗談で言ったのに、今までに見たことないくらい怖い顔してた。
とりあえず、当分この件に触れないでおこう。
◆
沙都子が持ってきた紅茶を飲みながら、ガールズトークを楽しむ。
いい感じに盛り上がってきた辺りで、私はあることを切り出す。
「あのさ、さっきから気になったこと聞いていい?」
「どうぞ」
「この部屋の間取り、おかしくない?」
「おかしくないわ」
即座に否定が入る。
え、誤魔化すの!?
「いやいやいやいや。おかしいでしょ。
なにあの部屋の隅っこにある壁で区切られた謎の空間。
あんなの無視する方が無理でしょ」
沙都子は、私が指さした場所を見て、『ああ、そんなものもあったわね』と言いながら紅茶を飲む。
勉強の間、気にしないようにするのが大変だったのに、そんな反応なの!?
「教えるのを忘れてたわ」
「本当に? 忘れてたって相当だよ。 わざと言わなかったんだよね?」
だって工事現場で見る赤いコーンとか、立ち入り禁止って書いてあるんだよ。
気にしない方がおかしい。
「あそこはね、『沙都子ぶっ殺しゾーン』よ」
「なんじゃそりゃ!」
思わず突っ込む。
なにその頭の悪そうな名前の部屋は!
「なんでそんな部屋作った!」
「百合子が勉強をサボったら、『百合子ぶっ殺しゾーン』に連れて行ってぶっ殺すの」
「笑顔で怖いこと言わないで!」
これ本格的に勉強しないとヤバい奴だ。
私がガタガタ震えていると、沙都子は優しい笑みを浮かべた。
「安心して頂戴。 『百合子ぶっ殺しゾーン』は未完成なの」
「そうなの?」
「工事に難航してね。
あれも欲しい、これもやりたいってなったら、思いのほかやることが多くなったのよ。完成率は30パーセントと言ったところかしら」
どんだけ、私をぶっ殺したいのか……
話せば話すほど、事態の深刻さを理解する。
これ冗談抜きで、真面目にやらないといけない……
「沙都子は優しいね。私のためにそこまで考えてくれるなんて」
顔が引きつりながらも、沙都子を持ち上げる発言をする。
沙都子をいい気分にして、なんとか『ぶっ殺すのはやめよう』と思わせないと……
「あら、ありがとう。 私の百合子に対する思い、分かってくれたのかしら?」
「もう十分すぎるほどに……」
「せっかくだから『百合子ぶっ殺しゾーン』を見ていかない?
私が一生懸命考えた、百合子をぶっ殺すためのアイディアが詰まってるの。
疲れたでしょ?」
「大丈夫だよ。それより勉強しないとね」
そんなん見た日には、眠れなくなること請け合いである。
それにしても、勉強嫌いの私が勉強を言い訳に使わせるとは……
沙都子、恐ろしい子……
◆
休憩時間が終わってから、私は勉強に勤しんだ。
おそらく人生で一番勉強を頑張っただろう。
ちらちら視界に入る『百合子ぶっ殺しゾーン』が、恐ろしくてたまらないのだ。
あの部屋に入ったら、私はどうなるのか……
『もしも未来が見えたら』?
そんな仮定は不要である。
なぜなら、どう考えても碌な未来にならない……
私の未来は、私が決める。
あの部屋を使わせることだけは絶対に阻止する。
私は堅く決意したのだった。
「ククク、この世界の真実を教えてやろう!
この世界に意味あることなどない。
色とりどりの花々も、着飾る鳥たちも全てまやかし!
ただの、色のない、無色の世界なのだ!」
男は、荒廃し神殿で高らかに叫ぶ。
神をも冒涜する発言だが、それを咎めるに人間はここにはいない。
かつてこの場所は、白い基調で整えられ、神の居場所に恥じぬ神聖な空間であったのだろう。
だが放棄されて長い年月であちこちがくすみ、奉る神の名さえ分からず、装飾品ひとつ残っていない。
皮肉にも男の言う『無色の世界』を体現しているようであった……
「どうだ青年、この世界に絶望しただろう?
死んでも待っているのは無のみ……
私はその残酷なルールを変える」
男の演説はたった一人の青年に向けられていた。
何もかも意味が無いと豪語する男が、唯一意味を見出す存在……
これは他の誰にでもない、青年のための言葉なのだ。
最後の言葉から一拍置き、男は振り向く。
「どうだ?
お前も一緒に来ないか?
一緒に世界を変えよう」
そう言って、差し伸ばす手の先にには――
誰もおらず、ただ朽ちた女神像があるだけだった。
「ダメだな……」
男はがっくりとうなだれて、肩を落とす。
彼の渾身の演説を、青年が聞いていなかったことにではない。
確かに青年に向けられた言葉ではあるが、実は最初から青年はいない。
いるのはこの男一人だけ。
これは練習なのだ。
彼を説得するための、演説の練習……
こうして演説の練習をしているのには理由がある。
実はこの男、数日前に出会った青年に興味を持ち、親切にも世界の真理を教えようとした。
だがその青年は話を聞くどころか、問答無用で男に襲いかかったのだ。
男は、話を聞いてもらえなかったことに、ひどくショックを受けた。
次こそは聞いてもらうため、何がダメだったのかこうして模索している。
もっとも、この男は青年にとって両親の仇であるため、無駄な事なのだが……
そうとも知らず、男は頭を悩ませる。
「分からん。なぜあの青年はなぜ、話を聞かなかったのだ。真理だぞ。特別な人間しか知ることのできない、特別な――はっ」
その時男は天啓を得た。
何故聞いてもらえなかったのか、ついに気が付いたのだ。
「そうか」
男は天を仰ぎ見る。
気が付いてしまえば、非常に簡単で何の変哲もない理由だった。
「上から目線がダメなのか」
男は、青年と初めて会ったときのことを思い出していた。
最初に言った言葉は何か?
『もっと知りたくはないか?』
ああ、今思えばなんて傲慢な言葉なのだろう……
まるで自分が彼より上位の存在であるようではないか……
これはいけない。
誰しも初対面の人間からマウントを取られて、いい気分はしないう。
となれば、ある程度下手に出つつ、相手に興味を持ってもらうようにアプローチを変えねばならなない。
演説の根本から変える必要があるが、青年のためを思えば――
と、男が深い思考に入っていた時、彼の耳がこの場に近づく足音を捉える。
「まさか――」
まさか、青年がこの場所を突き止めたと言うのか!?
それはマズイ。
まだ演説は完成していないのだ。
だが時間は待ってくれない。
残念だが、今回は予定通り『上から目線』バージョンを……
そう思いながら、足音の方に顔を向けるが、そこにいたのは青年ではなかった。
男の周りを、見慣れぬ鎧を身にまとった兵士たちが囲む。
彼らは裏の仕事を受け持つ、この国の特殊部隊である。
国民どころか有力な貴族でさえ知らず、国王子飼いの部隊だ。
この国の王は、男が知る真理を吐かせるため、こうして何度も刺客を送っている。
男はその執念には感服しつつも、溜息しか出なかった。
「ようやく見つけたぞ。この世界を吐いてもらおうか……
抵抗するなら痛い目を見るぞ」
リーダーと思わしき鎧の男が、剣を抜きながら脅しつける。
話さなければ、この剣で拷問するという事なのだろう。
しかし脅されようとも、男は真理を教える気は無かった。
青年に対してはおせっかいレベルで教えようとする彼であるが、彼らや国王のような凡人には興味が無い。
なので真理を教えることもなく、いつもは適当にけむに巻いて逃げるのだが、今の男は機嫌が悪かった。
青年の事を真摯に考えていたのに、それを鎧の男たちが台無しにしてくれたからだ。
「はあ――――つまらん」
男はため息をつくと、血で辺りが真っ赤に染まる。
そして一瞬の後、鎧の男たちの体が次々と地面に倒れていく。
男は自らの異能を持って、彼らを一瞬で殺したのだ。
彼らは自分が死んだことにすら気づいていない。
男は大して疲れた様子もなく、ため息をこぼす。
ただただ面倒だったなと思いながら……
それにしても、と青年の事を思い出す。
あの青年は良かった、と。
彼もまた無色のように見えたが、彼の中に色が見えた。
多くの人間とは違い、小さいが確かに色があった。
男が青年に興味を持つのはそれが理由である。
色のないこの世界で、なぜ彼だけが色を持っているのか……
興味は尽きない。
「この場所を変えるか、なかなか気に入っていたんだがな」
青年を迎えるために用意した場所だった。
しかし国王に場所を知られたのであれば、また刺客を送ってくることだろう。
またよい場所を探さねば……
男がしゃべらぬ死体となった騎士たちを、感情の無い顔で見つめる。
すると死体と血だまりが徐々に薄くなり、すでに手の先の方は完全に消えていた。
だが、男が何かをしたわけではない。
ただ自然の理《ことわり》として、この世界に死んだ者は長く存在できないのだ。
この世界に住む人々は不思議に思わない。
なぜなら、これは自然現象だから。
自然現象を誰も疑うことは無い。
ただ一人、この男を除いて……
まるで『いらなくなったから消す』と言わんばかりに、消えていく。
それこそ、ゴミを捨てるみたいに……
男はこの事に疑問を持ったことで文献を調べ、あることを突き詰めた。
『この世界は何者によって、自分勝手に管理されている』
これこそが男の言う真理なのだ。
男は死体が全て消えたことを確認した後、その場を去った。
あとに残されたのは、無色の世界だった。
「枯れ木に花を咲かせましょう」
おじいさんが木に登り、灰をまきました。
すると不思議なことにが起こりました。
なんと辺りの木に桜が咲き始め、辺りがピンク色に染まったのです。
まだ寒い時期と言うのに、お爺さんの庭だけが、まるで春の風景でした。
それを見た近所の人たちは、起こった出来事に驚いてしまいました。
「こりゃすごい。これからはあんたの事を、花咲か爺さんと呼ぼう」
近所の人たちは、ニコニコ笑ってました。
花咲か爺さんは、最近飼い犬が死んだり、道具を無くしてしまったりと不幸続き。
なので、近所の人たちは花咲か爺さんが楽しそうにしているのを見て、ホッとしました。
そして、「せっかくだから花見をしよう」と言って、皆で花見の準備をしていた時の事です。
花見を準備している人たちに、声をかける人物がいました。
「おや、楽しそうですな。儂も混ぜてもらえますかな?」
その人物は何を隠そう、花咲か爺さんの隣の家に住む意地悪爺さんです。
意地悪爺さんは、嬉しそうに季節外れの桜を眺めていました。
「何しに来た? 意地悪爺さんよ」
「言いがかりはよせ、何しないさ。
爺さん――いいや今は花咲か爺さんだったか……」
意地悪爺さんは、いかにも悪そうな顔で笑います。
「ふん、どうだが…
まあいい、貴様の因縁も今日もまでだ。」
「ほう、今日は随分と威勢がいいな、花咲か爺さんよ。
その手にある灰が、お前の頭をお花畑にしたか?」
「ぬかせ、その減らず口をきけなくしてやる」
花咲か爺さんは、意地悪爺さんを睨みつけます。
花咲か爺さんはこれまで、意地悪爺さんにたくさんの意地悪をされてきました。
もはや我慢の限界だったのです。
今回も意地悪されてはたまらないと、追い出すことにしました。
ですが、意地悪爺さんは、心外と言わんばかりに肩をすくめます。
「おやおや、花咲か爺さん。喧嘩はよくないな。話し合いをしようじゃないか?」
「ふん、お前と話す言葉など――」
「そういえば、貴様の婆さんはどうした?」
花咲か爺さんは、訝しみました。
なぜなら、婆さんはそこで花見の準備をしているはずだからです。
花咲か爺さんは、不思議に思いつつも振り返ると、そこで信じられないものを見ました。
婆さんは、意地悪婆さんに包丁を突き付けられていたのです
卑怯にも意地悪爺さんは人質を取ったのです。
「花咲か爺さん、これで自分の状況が分かったか?」
意地悪爺さんは、意地の悪そうに笑います。
「動くなよ、儂も人殺しをしたいわけじゃない
「……何が望みだ」
「花咲か爺さん、貴様の持っている灰をよこせ」
「なに?」
花咲か爺さんは持っている灰を見つめました。
「儂はそれを殿様に献上し、褒美をもらう。
なにせ、花を咲かせる魔法の灰だ。
とてもお喜びになるだろう」
意地悪爺さんの笑いは、より意地悪になっていきます。
「儂も出来れば話し合いで済ませたい。 だが渡さないのであれば……」
意地悪爺さんの言わんとすることに、花咲か爺さんは顔を歪ませました。
「さあ、どうする?」
「……いいだろう、その代わり婆さんを離せ」
「灰が先だ」
「分かった」
花咲か爺さんは、意地悪爺さんにゆっくり近づきます。
「ほら、これだ」
「ククク、これで儂も大金もち――」
「くらえ!」
花咲か爺さんは、手に持っていた灰を意地悪爺さんに投げつけたのです。
「ゴホっ、貴様何を」
意地悪爺さんは、投げつけられた灰でむせてしまいました。
そして舞い上がった灰は、桜をさらに咲き進めます。
咲き進んだ桜は、花を満開に咲かせた後、一斉に散りはじめ花びらを落とします。
ですがその量が尋常ではなく、辺り一帯が桜の花吹雪でいっぱいになり何も見えなくなりました。
「くそ、花咲かの奴め。なんてことをしやがる」
意地悪爺さんは、むせながらも半吹雪が収まるのを待ちます。
そして、ようやく周囲が見えるようになった時、意地悪爺さんは驚愕しました。
半さ梶井さんは、花吹雪で視界が塞がっている間に、人質を救助し意地悪婆さんを縄でぐるぐる巻きにしていたのです。
「形勢逆転だな、意地悪爺さんよ」
意地悪爺さんは、自らの不利を悟り、逃げ出そうとしました。
ですが辺り一面の桜の花びらで滑って転んでしまいました。
その機を逃すまいと、花咲か爺さんは縄を持って意地悪爺さんをぐるぐる巻きにしてしまいました。
捕まってしまった意地悪爺さんは恐怖に顔を曇らせます。
「お前たちをお奉行様に突き出す。 今までの証拠と一緒にな。
生きているうちに、牢屋からは出られまい」
こうして意地悪爺さんと意地悪ばあさんは、これまでの悪事を全て暴かれ、一生牢屋で過ごすことになったのでした。
そして二人を奉行に突き出した帰り道のことです。
花咲か爺さんは、婆さんと一緒に夕日を見ながら歩いていました。
「爺さんや。本気でこの灰を捨てるのかい?」
「婆さん、本気だ。この灰は争いを呼ぶ……
この世界にあってはならないものだ」
「分かりました。爺さんの言う通りにしましょう」
そういうと二人は、持っていた灰すべてを辺り一面にまきました。
すると周囲の枯れ木に花が咲き始め、すぐに満開になり、そして散り始めました。
「これでいい。桜は春に咲くからいいんだ」
花咲か爺さんは散っていく桜を眺めながら、呟くのでした。
めでたし、めでたし。
◆
「分からん、何にもわからん」
とある小学校の職員室で、教師の一人が一枚の原稿用紙の前で呻いていました。
これは、この日の授業で『昔話をアレンジしてみよう』と言ってクラスの生徒に書かせたものです。
しかしそれは建前です。
実は彼女のクラスには問題児がおり、何を考えているのか分かりません
だからその子供の考えている事を少しでも知るために、作文を書かせたのでした。
ですが、結果はご覧の通り。
最後こそいい話風に終わっているのですが、途中の展開が支離滅裂で、結局何がしたかったのか分からない。
教訓もよく分からないし、そもそも何が『めでたし』なのか?
「ていうか、小説書けなんて言ってないんだけど……」
書いてきたものは、どう考えてもラノベに影響されたようにしか思えません。
『もしかして小説家になりたいのか』と思いつつも、これ以上の分析は無意味だと諦め帰ることにしました
校門を出ると、彼女の目の前をピンクの花びらがヒラヒラ落ちていきました。
「桜散ってる。もう春も終わりかな」
彼女は桜吹雪の中、夏の訪れを感じながら家路につくのでした。