カリカリカリ。
私は一人、無駄に広い部屋で勉強をしていた。
『勉強ではなく、他の用途に使った方がいいのでは? たとえばスポーツとか?』と思わせるほど広い。
ていうか、広すぎて落ち着かない。
この部屋で勉強は無理でしょ……
もちろんこんな大きい部屋、自分の部屋ではない。
お金持ちの友人の沙都子の家にある、たくさんある部屋の一つだ。
勉強嫌いの私が、沙都子のウチで勉強しているのには理由がある。
これは私が、沙都子の物を壊してしまった罰である。
つい先ほど、私が沙都子の部屋にあった皿を割り、『許してほしければ、この部屋で勉強しろ』と閉じ込められたのだ。
なぜ物を物を壊したことの償いが勉強になるなのか……
さっぱり分からないものの、全面的に私が悪い事だけは分かるので、沙都子の言うことに従うだけである。
だって私が割ったあの皿、1000万って言うんだよ。
口答えせず、勉強するのが吉である。
それにしても、こうして机に向かって勉強するのは何年ぶりだろうか?
私は勉強することが、大嫌いなのだ。
罰として、的確に私の嫌な部分を攻めてくる沙都子……
さすが我が親友だぜ。
とはいえ、とはいえだ……
なんとか勉強しないで済む方法は無いもんか?
もし学校の成績が良ければ、沙都子もこんな事を言わなかっただろう。
だって『必要ない』の一言で突っぱねられるもん……
「あーあ、もしも未来が見れるなら、テスト問題を予知していい点とるのに……」
「随分と余裕ね、百合子。 宿題終わった?」
沙都子がいい香りのする紅茶を持って、部屋に入って来た
「休憩にしなさい。根を詰めても効率は悪いからね」
「それ、勉強を強制させる本人が言う事?」
「あなたが勉強しないのが悪いのよ」
「別に私が勉強しなくても関係ないじゃん」
たしかに私は勉強が出来ない。
けれど、私が勉強できないというのは、百合子には全く関係のない事である。
だって私が怒られるだけだもの……
しかし、沙都子は私の言葉を肯定しなかった。
「関係あるのよ……
あなたが宿題忘れたり、テストで悪い点を取ると、先生が私に言いに来るのよ……
百合子が先生の言うことを聞かないから、いつも一緒にいる私に言うのよ」
「ああ、それでか……
先生が小言を言わなくなったぐらいに、沙都子が宿題宿題言いはいじめたのは……」
「先生から申し訳なさそうに百合子の成績の話をされて、代わりに謝る私の気持ちが分かる?
少しでも悪いと思うなら頑張って頂戴」
「やだ。
……いやゴメン、沙都子。
分かったから、勉強頑張るから、そんな怖い顔しないで」
ひええ。
冗談で言ったのに、今までに見たことないくらい怖い顔してた。
とりあえず、当分この件に触れないでおこう。
◆
沙都子が持ってきた紅茶を飲みながら、ガールズトークを楽しむ。
いい感じに盛り上がってきた辺りで、私はあることを切り出す。
「あのさ、さっきから気になったこと聞いていい?」
「どうぞ」
「この部屋の間取り、おかしくない?」
「おかしくないわ」
即座に否定が入る。
え、誤魔化すの!?
「いやいやいやいや。おかしいでしょ。
なにあの部屋の隅っこにある壁で区切られた謎の空間。
あんなの無視する方が無理でしょ」
沙都子は、私が指さした場所を見て、『ああ、そんなものもあったわね』と言いながら紅茶を飲む。
勉強の間、気にしないようにするのが大変だったのに、そんな反応なの!?
「教えるのを忘れてたわ」
「本当に? 忘れてたって相当だよ。 わざと言わなかったんだよね?」
だって工事現場で見る赤いコーンとか、立ち入り禁止って書いてあるんだよ。
気にしない方がおかしい。
「あそこはね、『沙都子ぶっ殺しゾーン』よ」
「なんじゃそりゃ!」
思わず突っ込む。
なにその頭の悪そうな名前の部屋は!
「なんでそんな部屋作った!」
「百合子が勉強をサボったら、『百合子ぶっ殺しゾーン』に連れて行ってぶっ殺すの」
「笑顔で怖いこと言わないで!」
これ本格的に勉強しないとヤバい奴だ。
私がガタガタ震えていると、沙都子は優しい笑みを浮かべた。
「安心して頂戴。 『百合子ぶっ殺しゾーン』は未完成なの」
「そうなの?」
「工事に難航してね。
あれも欲しい、これもやりたいってなったら、思いのほかやることが多くなったのよ。完成率は30パーセントと言ったところかしら」
どんだけ、私をぶっ殺したいのか……
話せば話すほど、事態の深刻さを理解する。
これ冗談抜きで、真面目にやらないといけない……
「沙都子は優しいね。私のためにそこまで考えてくれるなんて」
顔が引きつりながらも、沙都子を持ち上げる発言をする。
沙都子をいい気分にして、なんとか『ぶっ殺すのはやめよう』と思わせないと……
「あら、ありがとう。 私の百合子に対する思い、分かってくれたのかしら?」
「もう十分すぎるほどに……」
「せっかくだから『百合子ぶっ殺しゾーン』を見ていかない?
私が一生懸命考えた、百合子をぶっ殺すためのアイディアが詰まってるの。
疲れたでしょ?」
「大丈夫だよ。それより勉強しないとね」
そんなん見た日には、眠れなくなること請け合いである。
それにしても、勉強嫌いの私が勉強を言い訳に使わせるとは……
沙都子、恐ろしい子……
◆
休憩時間が終わってから、私は勉強に勤しんだ。
おそらく人生で一番勉強を頑張っただろう。
ちらちら視界に入る『百合子ぶっ殺しゾーン』が、恐ろしくてたまらないのだ。
あの部屋に入ったら、私はどうなるのか……
『もしも未来が見えたら』?
そんな仮定は不要である。
なぜなら、どう考えても碌な未来にならない……
私の未来は、私が決める。
あの部屋を使わせることだけは絶対に阻止する。
私は堅く決意したのだった。
4/20/2024, 11:25:00 AM