「ククク、この世界の真実を教えてやろう!
この世界に意味あることなどない。
色とりどりの花々も、着飾る鳥たちも全てまやかし!
ただの、色のない、無色の世界なのだ!」
男は、荒廃し神殿で高らかに叫ぶ。
神をも冒涜する発言だが、それを咎めるに人間はここにはいない。
かつてこの場所は、白い基調で整えられ、神の居場所に恥じぬ神聖な空間であったのだろう。
だが放棄されて長い年月であちこちがくすみ、奉る神の名さえ分からず、装飾品ひとつ残っていない。
皮肉にも男の言う『無色の世界』を体現しているようであった……
「どうだ青年、この世界に絶望しただろう?
死んでも待っているのは無のみ……
私はその残酷なルールを変える」
男の演説はたった一人の青年に向けられていた。
何もかも意味が無いと豪語する男が、唯一意味を見出す存在……
これは他の誰にでもない、青年のための言葉なのだ。
最後の言葉から一拍置き、男は振り向く。
「どうだ?
お前も一緒に来ないか?
一緒に世界を変えよう」
そう言って、差し伸ばす手の先にには――
誰もおらず、ただ朽ちた女神像があるだけだった。
「ダメだな……」
男はがっくりとうなだれて、肩を落とす。
彼の渾身の演説を、青年が聞いていなかったことにではない。
確かに青年に向けられた言葉ではあるが、実は最初から青年はいない。
いるのはこの男一人だけ。
これは練習なのだ。
彼を説得するための、演説の練習……
こうして演説の練習をしているのには理由がある。
実はこの男、数日前に出会った青年に興味を持ち、親切にも世界の真理を教えようとした。
だがその青年は話を聞くどころか、問答無用で男に襲いかかったのだ。
男は、話を聞いてもらえなかったことに、ひどくショックを受けた。
次こそは聞いてもらうため、何がダメだったのかこうして模索している。
もっとも、この男は青年にとって両親の仇であるため、無駄な事なのだが……
そうとも知らず、男は頭を悩ませる。
「分からん。なぜあの青年はなぜ、話を聞かなかったのだ。真理だぞ。特別な人間しか知ることのできない、特別な――はっ」
その時男は天啓を得た。
何故聞いてもらえなかったのか、ついに気が付いたのだ。
「そうか」
男は天を仰ぎ見る。
気が付いてしまえば、非常に簡単で何の変哲もない理由だった。
「上から目線がダメなのか」
男は、青年と初めて会ったときのことを思い出していた。
最初に言った言葉は何か?
『もっと知りたくはないか?』
ああ、今思えばなんて傲慢な言葉なのだろう……
まるで自分が彼より上位の存在であるようではないか……
これはいけない。
誰しも初対面の人間からマウントを取られて、いい気分はしないう。
となれば、ある程度下手に出つつ、相手に興味を持ってもらうようにアプローチを変えねばならなない。
演説の根本から変える必要があるが、青年のためを思えば――
と、男が深い思考に入っていた時、彼の耳がこの場に近づく足音を捉える。
「まさか――」
まさか、青年がこの場所を突き止めたと言うのか!?
それはマズイ。
まだ演説は完成していないのだ。
だが時間は待ってくれない。
残念だが、今回は予定通り『上から目線』バージョンを……
そう思いながら、足音の方に顔を向けるが、そこにいたのは青年ではなかった。
男の周りを、見慣れぬ鎧を身にまとった兵士たちが囲む。
彼らは裏の仕事を受け持つ、この国の特殊部隊である。
国民どころか有力な貴族でさえ知らず、国王子飼いの部隊だ。
この国の王は、男が知る真理を吐かせるため、こうして何度も刺客を送っている。
男はその執念には感服しつつも、溜息しか出なかった。
「ようやく見つけたぞ。この世界を吐いてもらおうか……
抵抗するなら痛い目を見るぞ」
リーダーと思わしき鎧の男が、剣を抜きながら脅しつける。
話さなければ、この剣で拷問するという事なのだろう。
しかし脅されようとも、男は真理を教える気は無かった。
青年に対してはおせっかいレベルで教えようとする彼であるが、彼らや国王のような凡人には興味が無い。
なので真理を教えることもなく、いつもは適当にけむに巻いて逃げるのだが、今の男は機嫌が悪かった。
青年の事を真摯に考えていたのに、それを鎧の男たちが台無しにしてくれたからだ。
「はあ――――つまらん」
男はため息をつくと、血で辺りが真っ赤に染まる。
そして一瞬の後、鎧の男たちの体が次々と地面に倒れていく。
男は自らの異能を持って、彼らを一瞬で殺したのだ。
彼らは自分が死んだことにすら気づいていない。
男は大して疲れた様子もなく、ため息をこぼす。
ただただ面倒だったなと思いながら……
それにしても、と青年の事を思い出す。
あの青年は良かった、と。
彼もまた無色のように見えたが、彼の中に色が見えた。
多くの人間とは違い、小さいが確かに色があった。
男が青年に興味を持つのはそれが理由である。
色のないこの世界で、なぜ彼だけが色を持っているのか……
興味は尽きない。
「この場所を変えるか、なかなか気に入っていたんだがな」
青年を迎えるために用意した場所だった。
しかし国王に場所を知られたのであれば、また刺客を送ってくることだろう。
またよい場所を探さねば……
男がしゃべらぬ死体となった騎士たちを、感情の無い顔で見つめる。
すると死体と血だまりが徐々に薄くなり、すでに手の先の方は完全に消えていた。
だが、男が何かをしたわけではない。
ただ自然の理《ことわり》として、この世界に死んだ者は長く存在できないのだ。
この世界に住む人々は不思議に思わない。
なぜなら、これは自然現象だから。
自然現象を誰も疑うことは無い。
ただ一人、この男を除いて……
まるで『いらなくなったから消す』と言わんばかりに、消えていく。
それこそ、ゴミを捨てるみたいに……
男はこの事に疑問を持ったことで文献を調べ、あることを突き詰めた。
『この世界は何者によって、自分勝手に管理されている』
これこそが男の言う真理なのだ。
男は死体が全て消えたことを確認した後、その場を去った。
あとに残されたのは、無色の世界だった。
4/19/2024, 11:34:25 AM