とある小学校に、香取 翔子という教師がいました。
翔子は非常に評判のいい先生でした。
まだ教師になってから3年の新米にもかかわらず、類まれなる指導力を発揮し、遊びたい盛りの年頃の子供たちを、見事にまとめ上げたのでした。
そんな彼女には夢がありました。
どんなベテランでも手が付けられないほどのワルい子供を、クラスのみんなで力を合わせて更生させる、そんなことを夢見ていました。
小学生のやさぐれた自分を救ってくれた恩師の様に、自分もそうありたいと願っていたのです。
ですが、幸か不幸か彼女は教師として才能が有り、どんな子供も心を開いてくれました。
彼女が受け持ったクラスは学級崩壊どころか、喧嘩らしい喧嘩もなく、みんなが真面目に授業を受けます。
また前学年まで素行の悪かった子供を受け持つことはありましたが、少し話しただけで、彼女を信頼し年齢相応の子供のような笑顔を見せます。
もちろん大きなトラブルがなく子供がすくすくと育つのはいい事ですし、彼女自身も誇りに思っていました。
ですが、それをつまらなく思っていたのも事実……
だからと言って、自分の勝手なエゴのために、手を抜いて子供たちを悪の道に進めては本末転倒……
そんなふうに悩んでいた時のことです。
鈴木 太郎と言う少年に出会ったのは――
◆
太郎は小学4年生で、祥子が今年の四月から受け持ったクラスにいました。
最初の見た時の印象は、大人しい子供というもの。
また他の子供たちとの共同作業が苦手で、協調性が低い。
あまり、特定の友達もおらず、いつも一人でこっそりゲームをしている。
ですが、それだけならその子の個性と捉えることもでしました。
ゲームが好きな、内向的な子供だと……
ですが、彼は学校行事の度にずる休みをする問題児。
入学以来、遠足や運動会に一度も出てきたことがないというツワモノでした。
前年の担任すら持て余し、翔子に対し申し訳なさそうに事情を説明するほどでした
ですが翔子は、太郎の受け持ったことに歓喜しました。
ワルではないにせよ、一癖ありそうな問題児!
この子を絶対に更生させると、心に誓ったのです。
祥子は夢を叶えるチャンスだと張り切りました
ですがその道のりは困難を極めました。
彼を他のクラスの輪に入れようとすると、そのたびに何か不可思議なことが起こり、有耶無耶になってしまうのです。
とくに今年の遠足は、太郎本人に参加の約束を取り付けたにもかかわらず、予定日に雨が降り、五回も延期すると言う異常事態も発生しました。
最終的に太郎は遠足に参加しましたが、誰もが彼が普通ではないことを感じていました
教師の間では、『彼は神に愛されているのではないのか?』と、噂されるほどです。
これは翔子たちにはあずかり知らぬことなのですが、太郎は本当に神の生まれ変わりなのです。
そして、神様パワーを駆使し、自分にとって嫌なことを回避するという、筋金入りのものぐさな少年でした。
この少年の更生は不可能に思えました
ベテラン教師も諦めたほどです。
ですが祥子は、数多の障害にも挫けるどころか、むしろやる気が増していました。
同僚の先生からも若干引ドン引きされる程度には、やる気満々でした。
ですが、うまくいってないのも事実。
そこで翔子はアプローチを変えることにしました。
まず、彼の事を知ることが最優先だと思ったのです
そして彼の事を知るために、あることを実行することにしたのでした。
◆
「はーい、みんな紙を受け取りましたか?
じゃあ、その紙に自分の将来の夢を書いてくださいね」
彼女が最初に知ろうとしたのは、将来の夢である。
彼の夢を知ることで、彼が何を望んでいるのかを把握し、指導がしやすくなると踏んだのです。
「みんな、ちゃんと書いてますか?
よーく考えてくださいね。
あら鈴木君はなんて書いたのかしら?」
翔子は、さりげなさく太郎に近づきます。
すると嫌そうな態度こそとるものの、拒否するような態度は取りませんでした。
それもそのはず、祥子はモデルでも通用するほどの美人であり、そのことを自覚している彼女は、積極的に利用していました。
実際、太郎も自分の事を構ってくる翔子の事は苦手でしたが、美人の祥子に構われて悪い気がしませんでした
年上の美人教師による秘密のレッスンをして欲しいと思っていたくらいです。
キモイと思われるかもしれませんが、この年頃の男の子にはよくある妄想です。
太郎の気が変わらないうちに、翔子はさっと紙に書きこまれた将来の夢を見ます。
そこに書かれていた言葉は――
『ニート』
でした。
ニート!
翔子はショックを受けました。
この年の子供の将来の夢がニート!
翔子は泣きそうでした。
『ゲームが好きな太郎ならプロゲーマーと書くだろう』と思っていた翔子は出鼻を挫かれてしまいました。
また彼の持つ深い心の闇に思いを馳せずにはいられませんでした。
もちろん、太郎にそこまで深い闇はありません。
『神様パワーを使えば、何不自由過ごすことが出来る。
けれど、さすがにそのまま書くわけにもいかないし、さりとて他にしたいことも無いので、とりあえずニートと書いた』というのが真相です。
ですが、そのことを知らない翔子は、この目の前の少年を救う事を決意します。
彼の心の闇を払い、将来に希望を持ち、夢を持ってもらおうと……
たしかに夢は叶うとは限らない。
けれど夢見る心は、人を動かす原動力!
それが無い太郎は、将来何かに躓き、本当にニートになってしまうかもしれない。
私の生徒にそんなことはさせない。
一人で燃え上がった翔子は、太郎の肩を力強く握ります。
「鈴木君、大丈夫だからね。先生が救って見せるから」
面倒事の気配がするも、何が起こっているのか分からず、だただ困惑するばかりの太郎。
いつもは面倒ごとは神様パワーで回避する太郎であったが、何も分からないので、どうすることも出来ません。
ただ面倒事が訪れることだけは確実であり、その事実で闇に落ちそうになる太郎なのでした。
「これをくらえ、魔王!」
勇者の剣が、魔王の体を貫き、魔王は大量の血を吐く。
長き戦いであったが、ついに勇者が勝ったのだ。
「まさか、これほどまでとはな……」
魔王は息絶え絶えの状態で、勇者を睨みつける。
「お前の野望はここまでだ。命乞いは聞かん」
「ククク、勝ったつもりか!」
命の灯は今にも消えそうだと言うのに、魔王は不敵な笑みを崩さなかった。
「お前はもう終わりだ!」
「そうだな、我はもう死ぬ。だが!」
もうすぐ死ぬとは思えないほどの魔王気迫に、勇者は思わず後ろに下がる
「全て邪神様がいれば済むこと!」
「何、まさか!」
「準備は万全ではないが、仕方あるまい。この体に邪神様を下ろす!」
「やめろ!」
勇者の叫びと共に、剣でもう一度魔王を突きさす。
だが魔王は痛みにうめくものの、邪神復活の儀式を続けた。
「もう遅い! 邪神様。この地にご降臨下さい。我が願いを聞き遂げてください。この地に破壊と絶望を!」
その瞬間、魔王の周囲に邪悪な魔力が満ち、空間が歪み始める。
そして――
何も起こらなかった。
何も起こらなかった。
何も起こらなかったことに、魔王はキョトンとした顔をする。
「あれ?邪神様?」
魔王は自分の体を調べるが、どこにも邪神の気配はない。
失敗したか?
魔王が不安になり始めた時、勇者が笑い始めた。
「だから、やめろって言ったんだ」
「貴様、まさか……」
「そうさ、この魔王城に来る前に、懲らしめてやったのさ。最終的に逃げられたけど、あの様子じゃあ、もう千年くらいは再起不能だろう」
「馬鹿な。邪神様に人間が敵《かな》うはずなど……」
魔王には信じられなかった。
邪神は神であり、人間が太刀打ちできる存在ではない。
「そうだな、力では敵わなかった。力ではな……」
「ではどうやって」
「言葉だ」
「言葉?」
「ああ、悪口と言う言葉をな」
魔王は信じられないとばかりに、勇者を見る。
「温室でぬくぬくと育てたのが間違いだったな。
悪口に対する耐性がまったく無かったぜ。
ここぞとばかりにとびっきりの悪口を言ってやっら、泣いて逃げた」
「邪神様が……泣いて……」
魔王は絶望し、がっくりと膝をつく。
「最後に言い残すことはあるか、魔王……」
勇者の剣が、魔王の首元に突き付けられる。
「……一人で死ぬのは寂しいな」
「安心しろ、他の仲間もすぐ送ってやるよ」
「いや、それには及ばん」
魔王の体に魔力が集まる。
「こいつ、自爆を!」
「ふはは、油断したな勇者よ。貴様も地獄に道連れだ!」
「くそ」
勇者は自爆に巻き込まれまいと距離を離す
しかし間に合わない。
「では邪神様、あとは頼みました。どうか世界に破壊と絶望を――」
そして魔王は、魔王城ごと勇者を巻き込み自爆した。
◆
魔王城が跡形もなく吹き飛ぶ様子を見ていたものがいた。
それは異空間に逃げ込んだ邪神であった。
邪神は毛布にくるまりながら、勇者と対峙したときの事を思い出し震えている。
そして勇者の死ぬところを見れば少しは楽になるかと思い、魔王との戦いを見ていたが、少しも心が動くことは無かった。
勇者との対決は、邪神の心に決して癒えぬ傷を作ったのだ。
おろらく、あの爆発で勇者は死んだだろう。
だがそれが何になるのだろう?
たとえ勇者が消えようとも、この心の傷は癒えはしない。
魔王は世界を破壊せよと言った。
だが、それが何になろう?
世界を滅ぼしたとて、この心の傷は癒えはしない。
だが魔王城がモクモクと煙を上げているのを見て、少しだけ心が揺らぐ。
それが何に由来するものかは知らない。
だが邪神はこれだけは言わねばならぬと、口を動かした。
「爆発オチなんてサイテー」
『神様へ。
私の家に飼っている猫のタビ助が帰ってきません。
タビ助は外が好きで、よく外出するのですが、いつもその日のうちに帰ってきました。
でも、一昨日出ていったきり、帰ってきません。
タビ助はおじいちゃんなので、どこかで倒れてないか心配です。
親に探しに行こうって言っても、タビ助は大丈夫って言って探してくれません。
お願いします、神様。
タビ助を探してください』
「……何これ?」
少年は手紙を読み終えた後、思わず呟きました。
「あなたへの依頼ですよ、太郎」
その呟きを聞いた青年が、太郎と呼ばれた少年の疑問に答えます。
太郎は、納得できないと言わんばかりに青年を睨みますが、青年はそのことを全く気にしませんでした。
「なんでこれが、俺への依頼なの?」
「書いてあるでしょう、あなたが『神様』だからですよ」
そう、この青年の言う通り太郎は神様――正確には神様の生まれ変わりなのです。
人間の理解を深めると言う理由で(本当は人間界でチヤホヤしてもらうため)生まれ変わったのです。
「待てよ、あんたも神様だろうが! あんたがやれ」
太郎は唾を飛ばしながら反論します。
この青年、名は拓真と言い、やはり生まれ変わった神様です。
太郎は一般の家庭に生まれ変わることもできたのですが、事情を知っている神様が側にいる方が何かと都合がいい、ということで拓真の所で厄介になっているのです。
「確かにあなたの言う通り、私の仕事でもあります。
ですが、他にも仕事が立て込んでいて、手が空かないのです」
「だからって俺がやることもないだろう?」
「いいえ、あなたはしなければいけません」
「なんでだ」
こんな事意味があるのかと、太郎はイライラし始めました。
「あなたも人間の歳で十歳です。人間の世界に降り立った神として、そろそろ人を助ける仕事をせねばなりません」
「くつ」
太郎は反論できませんでした。
彼は生まれ変わる前に、そのことを何回も聞かされていたのです。
『人間に生まれ変わったときは、人のためになることをしなさい。それは義務です』と。
「だけどさ、猫探しなんて無理だよ。やったことないもん。他に楽そうなやつないの?」
太郎は居候の身分にもかかわらず、偉そうな態度で文句を言い始めました。
拓真は呆れながらも、他の仕事の事を話し始めました。
「他のものですか…… ですが、他のと言っても、一番簡単なものはそれですよ。
たとえば世界平和とか、たとえば病気を治してほしいとか、例えば恵まれない子供に幸せをとか、たとえば自分を裏切ったアイツに天罰を……
とかですが、本当に別のものがいいですか?」
とてもじゃないけれど、神として経験の浅い太郎には出来ないことばかりでした。
とくに最後は怖いなあと思いつつも、答えは一つしかありませんでした
「猫探しでお願いします」
「ああ、よかった。こちらも無理強いはしたくありませんでしたからね」
太郎は何かを言いたそうな顔でしたが、なにも言うことはありませんでした。
「はあ、憂鬱だ」
これからゲームするはずだったのにな、と太郎はがっかりしました。
「おや気が乗りませんか?ではこれを差し上げましょう」
そう言って拓真は一万円札を太郎に差し出します。
「え、お小遣いくれんの?」
「いいえ、これは猫探しの依頼金です」
「それがあるなら早く言え!」
太郎は即座にお金をひったくるのでした。
◆
さて、一万円札を受け取り、ほくほく顔で家を出た太郎。
意気揚々と猫を探しますが、どこを探しても猫一匹見かけません。
太郎は早まってしまったかもしれないと後悔しながら、公園のベンチで途方に暮れていました。
「こんにちは」
突然声を掛けられます。
声の主は、同じクラスの伊藤 万里加《まりか》でした。
万里加は、太郎の同じクラスであり、活発で人見知りをしない女の子でクラスの人気者でした。
ひねくれものの太郎にも笑顔で接してくれる、とてもいい子です。
そしてこれは重要な事なのですが、太郎は彼女の事を少し意識しているのです。
なので彼女との突然の出会いに、太郎は驚いて固まってしまいました。
「鈴木君はここで何してるの?」
太郎の挨拶を待つこともなく、万里加は会話を続けました。
なお鈴木と言うのは、太郎の上の名前です。
太郎は質問に対しどう答えようか悩みましたが、結局正直に言うことにしました。
「猫探し」
太郎はぶっきらぼうに答えます。
そう、太郎は人づきあいが苦手なのです。
神付き合いが嫌で、逃げるように生まれ変わった彼ですが、人間になったところで改善するはずがありませんでした。
ですが、万里加は太郎の不愛想さを気にすることもなく、話を続けます。
「そうなんだ、奇遇だね。私も猫探しているの……」
「ふーん」
太郎は何やら引っ掛かるものを感じました。?
太郎は手紙の依頼を受けて猫を探し、万里加もまた猫を探している……
こんな偶然あるのでしょうか?
「でも見つからなくて……
神様ポストに出したんだ」
神様ポスト!
太郎はその言葉を頭の中で反芻します。
神様ポストとは、小学生の間でまことしやかに囁かれる噂。
『このポストに手紙を出すと願いを叶えてくれる』というもの。
その真実は、拓真が某妖怪アニメを見て『そうだ、こうやって募集すれば願い事を効率よく集められるな』と思いついて、作ったものだったのです。
そこに出された手紙は回収され、太郎と拓真のいる鈴木家に運ばれる、というシステムなのです。
つまり、太郎が読んだ手紙は、万里加が書いたもの!
と言うことは、一緒に猫探しをすれば自ずと目的が達せられ、万里加とも仲良くなり、そして仲を深めた二人は付き合うことになり、親のいない家に呼ばれて……
と、そんな下種な妄想をしていると、あることに気づきました。
万里加の足元に黒い猫がいるのです。
それも親し気に頭をこすりつけていますが、万里加はその猫に気づく様子がありません。
太郎はそれを見て、ピンときました。
「ねえ、探している猫ってどんな猫?」
「え? うーんと黒猫。真っ黒なの」
もう一度太郎は、万里加の足元を見ます。
万里加の言う通り、真っ黒な猫でした。
と言うことは、この猫を捕まえればミッションコンプリート……
な訳がありません。
なぜならこの猫は幽霊で、捕まえることはできませんし、死んでいるので万里加の望みをかなえることはできません。
ですが死んだことをどう伝えればよいのか……
なぜ万里加には見えないタビ助の幽霊が見えるのかと言えば、それは太郎が神様だからです。
普通の人間には見えません。
もし、そのまま『タビ助は死んでいる』と言えば、万里加に嫌われて二度と口をきいてもらえないでしょう。
それだけは避たいが、死んでいることを黙っている訳にもいきません。
別に伝えなかったところで、太郎には何の不都合も無いのですが、好きなこの前で混乱している太郎は、そのことには思い至りませんでした。
どうしたものかとタビ助を見ながら悩んでいると、太郎は黒猫のタビ助と目があいました。
するとタビ助は突然万里加の足元を離れていきました。
太郎は何事かと驚きますが、タビ助はある程度離れたところで振り返りました。
まるで『ついてこい』と言っているようでした。
太郎は少し迷いましたが、決心しました。
「あっ」
「どうしたの?鈴木君」
「あそこでタビ助っぽいのがいた」
「本当?」
うん、と太郎は答えます。
タビ助はどこかに連れて行きたがっている
そう確信した太郎は、万里加を連れてタビ助を追いかけたのでした。
◆
三日後の夕方、太郎は学校から帰ってきました
「ただいま」
「お帰りなさい。手紙が来てますよ」
太郎はショックを受けました。
仕事はもう嫌だからです。
すぐに逃げようとする太郎でしたが、拓真に引き留められます。
「安心してください。 お礼の手紙です」
「お礼の手紙?」
太郎はホッとしながら、拓真から手紙を受け取ります。
太郎は可愛い絵柄の封筒から、便箋を取り出し、読み初めました。
そこには可愛らしい文字で、感謝の言葉が綴られていました。
『神様へ。
タビ助にまた会わせてくれてありがとうございます。
でも私が行ったときにはもう死んでいて、悲しくて私は泣いてしまいました。
でも気づかなかったら、一生タビ助は独りぼっちだったので、会えてよかったと思います。
でもいい事もありました。
友達ができました。
タビ助を一緒に探してくれて、泣いている私を励ましてくれて、タビ助のお墓も作ってくれました。
今まであまり話したことは無かったけど、意外といい人で、面白い人でした。
多分タビ助が、私が寂しくないように会わせてくれたんだと思います。
タビ助に『ありがとう』と伝えてください。
『天国で元気でいてね』とも。
ありがとうございました』
その日、街は異様な様子でした。
街のいたるところにテルテル坊主が飾られているのです。
少しくらいのテルテル坊主ならば、ほほえましいと思う事でしょう。
ですが、量が違いました。
見渡す限り、テルテル坊主ばかり……
少しでも空いているスペースがあれば、誰かが飛んで来てテルテル坊主を吊るという徹底ぶりでした。
もしかしたら『そういう祭りでは?』と思われるかも知れません。
残念ながら違います。
これは祭ではなく、明日行われる小学生の遠足で晴れることを願っての事です。
この遠足自体も特別なものではありません。
学校から近くにある大きな公園に行って、弁当を食べて帰る。
ただそれだけの遠足です。
なので、特段晴れを望む理由はないのですが、今回ばかりはいつもと違います。
遠足が5回も、雨によって延期されているのです。
4回目、5回目に至っては、『ならば雨天決行』としたのですが、大人でも危険になるほどの土砂降りになり、学校自体が休校になるほどでした。
ですので、遠足を楽しみにしている子供たちや街の住人たちは、諦めてなるものかと、全員総出でテルテル坊主を飾ったのです。
念には念をと祈祷師を呼び、晴れ乞いを依頼しました。
また天気予報士に連絡を取り、確実に晴れる日を割りだりたりと、すさまじい本気度を見せました。
まさに百万一心、町中が一致団結し、心が一つでした。
ただ一人、『鈴木太郎』という男の子を除いては……
この男の子、実は神様です。
人間について学ぶと言う理由で、人間に転生してこの小学校に通っているのです。
そして雨を降らせているのは、彼…
彼が神様パワーによって降らせているのでした。
なぜ彼がこんな事をするのか……
太郎は、学校の行事が大嫌いなのでした。
◆
彼が人間に転生する前、天界にいた時もずっとひきこもって本ばかり読んでました。
いい年になっても働かず、親の小言を聞かされる毎日……
ですがある日、彼は下界に降りて人間の勉強したいといいました。
彼の両親は喜びました。
本当は両親の事がうっとおしくなり、どうせなら小説のように人間相手に無双してやるのも悪くないと思ったのです
両親もその事にうっすら気づいていましたが、それでも自分から行きたいと言ったので、笑顔で送り出しました。
そうして転生し、鈴木太郎となった彼は、持ち前の神様パワーを駆使し、彼は人間相手に無双し、クラスの人気者に――
なりませんでした。
実は彼は人付き合いが苦手だったのです。
天界にいた時も、神付き合いを避けていたので、転生して人間になったところでうまくいくはずがありません。
そんな彼でしたので、みんなが集まるイベントはすべて休んでいました。
ですが、行事の度に休む彼をよく思わない担任の先生が、『今回は出ろ、いいな』と、威圧しながら言ったのです。
時代が時代なので、訴えられてもおかしくありませんでしたが、そんな度胸は太郎は持ち合わせていなかったので、渋々頷いたのでした。
◆
というわけで、鈴木太郎となった彼は、他の生徒と同じように、学校のあちこちにテルテル坊主を飾っていました
雨が降るかどうかを、自分で決めることができる彼にとって、テルテル坊主というのは無意味。
特に明日は雨を降らせることにしているので、無駄としか思えませんでした。
ですが文句を言いながらも、太郎にはそれをサボる度胸もなく、粛々とテルテル坊主を吊るしていたのでした。
。
「あ、鈴木君」
無心で作業をしていると、クラスのマドンナ山田華子ちゃんが声をかけてきました。
華子は、太郎のようなひねくれものにも優しい、とてもいい子でした。
「鈴木君、こっち側をやっていたんだね」
「う、うん」
彼は華子の目を合わせずに答えます。
神様とは言え男の子、可愛い女の子には弱いのです。
「明日晴れるといいね」
「そうだね」
ですが、太郎は明日も雨を降らせることにしていました。
なので、華子の希望に添えないことに、若干の申し訳なさを感じていました
「私ね、明日の遠足楽しみなの。最後のだから」
「最後?」
「あれ、鈴木君には言ってなかったかな? 私、来週転校するの……」
「えっ」
太郎は雷に打たれたような衝撃を受けました。
彼女は、彼のストライクゾーンの真ん中であり、ゆっくりとアプローチしていく予定だったのです。
10年にもわたる壮大な計画が壊れた瞬間でした。
そんな彼の気持ちを知らず、彼女は話を続けます。
「だからね、明日はぜーぇったい晴れてもらわないとね」
「そ、そうだね」
太郎の心の中は、複雑でした。
彼は、遠足には絶対に行きたくないので、雨を降らせる予定……
しかし雨が降ると華子はとても悲しむことになる。
かと言って晴れると、自分が遠足に行くことになる……
一体どうすべきなのか……
「あのさ」
「何?」
彼女はコテンと横に首をかしげました。
「明日晴れるよ、絶対に」
花子はぽかんとした
「うん」
と大きく頷きました。
「じゃあ、私あっちの方吊るしてくるから」
そう言って、彼女は彼の元から去っていきました。
そんな彼女の背中を、彼は見つめていました
◆
そして次の日。
関係者の誰もが不安に思っていた雨の気配はありません。
雲一つない青空、まさに快晴でした。
そんな気持ちのいい空の下、学校の校庭で生徒たちが整列していました。
その中にいる太郎もいます。
彼は憂鬱でした。
どうして歩かなければいけないのか?
考えることはそればかりです。
彼は、ふと華子の方に顔を向けると、華子は友達と仲良くお喋りをしていました。
しばらく眺めていた太郎でしたが、華子と目があってしまいました。
太郎は見ていたことをどう言い訳するか迷いましたが、華子は手を小さく振って、また友だちとお喋りを再開しました。
太郎はホッとしつつも、楽しそうな華子の様子を見て、ちょっとだけ憂鬱な気持ちが晴れました。
たまには学校の行事もいいもんだ。
そう思う太郎なのでした。
「全然だめだったね」
「そうだな」
広場のベンチに座っている男女が二人。
はたから見れば、何の変哲もないカップルである。
だが二人は恋人ではない。
この二人は、姉弟同然に育った幼馴染である。
故郷の村は、子供の数が少ない事もあり、二人はいつも一緒に遊んでいた。
平和という言葉を体現したかのような、のどかな村。
ずっとそんな日が続くと思われた。
だがある時、事件が起きた
二人が幼いころ、謎の男に二人の両親が殺されたのだ。
当時、幼い事もあり何もできなかった二人は何もできなかった。
だが体が大きくなり、力もつけ、二人は親の仇を探すため村を出た。
そして男の場所を突き止めるため、様々な場所で情報を集めた。
その際に男を目撃したという情報を聞きつけ、この町にやってきたのである。
しかし聞き込みをするも、まったく成果を得られない。
道行く人に聞けども聞けども、全員揃って『知らない』。
調査はここにきて、行き詰まりを見せた。
『このまま続けても疲れるだけだ』と、広場のベンチで少し休憩することになったのだった。
◆ ◆
青年は、ベンチで休みながら、これからどうするべきかを考えていた。
目撃情報があったのはこの町で間違いがない。
にもかかわらず、尻尾すら掴めないのはどういう事だろうか?
何か前提が間違っているのかもしれない。
青年はそこまで考えるが、それ以上は何も思いつかない。
ちらと横で座っている少女の横顔を見る。
しかしその少女も、難しそうな顔で考え事をしていた。
少女も同じような状態であるらしい。
このまま、ただ聞き込みをしても進展はないだろう。
まだ早いが、宿に戻って作戦会議をすべきだろうか。
青年は大きなため息を吐きながら、なんとなく空を見上げる。
見上げれば、雲一つない青い空が広が広がっていた。
そういえば、と青年は思う。
こんなにゆっくりと空を眺めたのは、いつぶりだろうか?
少なくとも、仇を探し始めてからは無いだろう。
「どうしたの?」
少女は、青年が空を見上げて動かないことに心配して尋ねる。
「空に何かあるの?」
「いや、故郷の村もこんな空だったなと思って」
青年の言葉に、少女は空を見上げる。
「本当だ。故郷で見る空みたいね。子供の頃、よくこうして見上げてたね」
遠くまで来たね、と少女は独り言のように呟く。
「ねえ、復讐が終わったらさ、故郷に戻っていつもの場所に行かない?それで一緒に空を見よう」
「……それもいいな」
子供の頃、お気に入りの場所で日が暮れるまで遊んでいたことを思い出す。
そこには座るにはちょうどいい岩があり、遊び疲れた時は空を見上げていた。
懐かしき平和な日々。
だが両親が殺されてからは、以前の様に遊ぶことは無くなった。
けれど……
全てが終わったら、昔の様に空を見上げてもいいだろう。
二人はそんな事を思いながら、故郷にある遠くの空へ思いを馳せるのであった。