「これをくらえ、魔王!」
勇者の剣が、魔王の体を貫き、魔王は大量の血を吐く。
長き戦いであったが、ついに勇者が勝ったのだ。
「まさか、これほどまでとはな……」
魔王は息絶え絶えの状態で、勇者を睨みつける。
「お前の野望はここまでだ。命乞いは聞かん」
「ククク、勝ったつもりか!」
命の灯は今にも消えそうだと言うのに、魔王は不敵な笑みを崩さなかった。
「お前はもう終わりだ!」
「そうだな、我はもう死ぬ。だが!」
もうすぐ死ぬとは思えないほどの魔王気迫に、勇者は思わず後ろに下がる
「全て邪神様がいれば済むこと!」
「何、まさか!」
「準備は万全ではないが、仕方あるまい。この体に邪神様を下ろす!」
「やめろ!」
勇者の叫びと共に、剣でもう一度魔王を突きさす。
だが魔王は痛みにうめくものの、邪神復活の儀式を続けた。
「もう遅い! 邪神様。この地にご降臨下さい。我が願いを聞き遂げてください。この地に破壊と絶望を!」
その瞬間、魔王の周囲に邪悪な魔力が満ち、空間が歪み始める。
そして――
何も起こらなかった。
何も起こらなかった。
何も起こらなかったことに、魔王はキョトンとした顔をする。
「あれ?邪神様?」
魔王は自分の体を調べるが、どこにも邪神の気配はない。
失敗したか?
魔王が不安になり始めた時、勇者が笑い始めた。
「だから、やめろって言ったんだ」
「貴様、まさか……」
「そうさ、この魔王城に来る前に、懲らしめてやったのさ。最終的に逃げられたけど、あの様子じゃあ、もう千年くらいは再起不能だろう」
「馬鹿な。邪神様に人間が敵《かな》うはずなど……」
魔王には信じられなかった。
邪神は神であり、人間が太刀打ちできる存在ではない。
「そうだな、力では敵わなかった。力ではな……」
「ではどうやって」
「言葉だ」
「言葉?」
「ああ、悪口と言う言葉をな」
魔王は信じられないとばかりに、勇者を見る。
「温室でぬくぬくと育てたのが間違いだったな。
悪口に対する耐性がまったく無かったぜ。
ここぞとばかりにとびっきりの悪口を言ってやっら、泣いて逃げた」
「邪神様が……泣いて……」
魔王は絶望し、がっくりと膝をつく。
「最後に言い残すことはあるか、魔王……」
勇者の剣が、魔王の首元に突き付けられる。
「……一人で死ぬのは寂しいな」
「安心しろ、他の仲間もすぐ送ってやるよ」
「いや、それには及ばん」
魔王の体に魔力が集まる。
「こいつ、自爆を!」
「ふはは、油断したな勇者よ。貴様も地獄に道連れだ!」
「くそ」
勇者は自爆に巻き込まれまいと距離を離す
しかし間に合わない。
「では邪神様、あとは頼みました。どうか世界に破壊と絶望を――」
そして魔王は、魔王城ごと勇者を巻き込み自爆した。
◆
魔王城が跡形もなく吹き飛ぶ様子を見ていたものがいた。
それは異空間に逃げ込んだ邪神であった。
邪神は毛布にくるまりながら、勇者と対峙したときの事を思い出し震えている。
そして勇者の死ぬところを見れば少しは楽になるかと思い、魔王との戦いを見ていたが、少しも心が動くことは無かった。
勇者との対決は、邪神の心に決して癒えぬ傷を作ったのだ。
おろらく、あの爆発で勇者は死んだだろう。
だがそれが何になるのだろう?
たとえ勇者が消えようとも、この心の傷は癒えはしない。
魔王は世界を破壊せよと言った。
だが、それが何になろう?
世界を滅ぼしたとて、この心の傷は癒えはしない。
だが魔王城がモクモクと煙を上げているのを見て、少しだけ心が揺らぐ。
それが何に由来するものかは知らない。
だが邪神はこれだけは言わねばならぬと、口を動かした。
「爆発オチなんてサイテー」
4/16/2024, 10:28:05 AM