G14

Open App

『神様へ。

 私の家に飼っている猫のタビ助が帰ってきません。
 タビ助は外が好きで、よく外出するのですが、いつもその日のうちに帰ってきました。
 でも、一昨日出ていったきり、帰ってきません。
 タビ助はおじいちゃんなので、どこかで倒れてないか心配です。
 親に探しに行こうって言っても、タビ助は大丈夫って言って探してくれません。

 お願いします、神様。
 タビ助を探してください』

「……何これ?」
 少年は手紙を読み終えた後、思わず呟きました。
「あなたへの依頼ですよ、太郎」
 その呟きを聞いた青年が、太郎と呼ばれた少年の疑問に答えます。
 太郎は、納得できないと言わんばかりに青年を睨みますが、青年はそのことを全く気にしませんでした。

「なんでこれが、俺への依頼なの?」
「書いてあるでしょう、あなたが『神様』だからですよ」
 そう、この青年の言う通り太郎は神様――正確には神様の生まれ変わりなのです。
 人間の理解を深めると言う理由で(本当は人間界でチヤホヤしてもらうため)生まれ変わったのです。

「待てよ、あんたも神様だろうが! あんたがやれ」
 太郎は唾を飛ばしながら反論します。
 この青年、名は拓真と言い、やはり生まれ変わった神様です。
 太郎は一般の家庭に生まれ変わることもできたのですが、事情を知っている神様が側にいる方が何かと都合がいい、ということで拓真の所で厄介になっているのです。

「確かにあなたの言う通り、私の仕事でもあります。
 ですが、他にも仕事が立て込んでいて、手が空かないのです」
「だからって俺がやることもないだろう?」
「いいえ、あなたはしなければいけません」
「なんでだ」
 こんな事意味があるのかと、太郎はイライラし始めました。

「あなたも人間の歳で十歳です。人間の世界に降り立った神として、そろそろ人を助ける仕事をせねばなりません」
「くつ」
 太郎は反論できませんでした。
 彼は生まれ変わる前に、そのことを何回も聞かされていたのです。
 『人間に生まれ変わったときは、人のためになることをしなさい。それは義務です』と。

「だけどさ、猫探しなんて無理だよ。やったことないもん。他に楽そうなやつないの?」
 太郎は居候の身分にもかかわらず、偉そうな態度で文句を言い始めました。
 拓真は呆れながらも、他の仕事の事を話し始めました。
「他のものですか…… ですが、他のと言っても、一番簡単なものはそれですよ。
 たとえば世界平和とか、たとえば病気を治してほしいとか、例えば恵まれない子供に幸せをとか、たとえば自分を裏切ったアイツに天罰を……
 とかですが、本当に別のものがいいですか?」
 とてもじゃないけれど、神として経験の浅い太郎には出来ないことばかりでした。
 とくに最後は怖いなあと思いつつも、答えは一つしかありませんでした
 
「猫探しでお願いします」
「ああ、よかった。こちらも無理強いはしたくありませんでしたからね」
 太郎は何かを言いたそうな顔でしたが、なにも言うことはありませんでした。

「はあ、憂鬱だ」
 これからゲームするはずだったのにな、と太郎はがっかりしました。
「おや気が乗りませんか?ではこれを差し上げましょう」
 そう言って拓真は一万円札を太郎に差し出します。
「え、お小遣いくれんの?」
「いいえ、これは猫探しの依頼金です」
「それがあるなら早く言え!」
 太郎は即座にお金をひったくるのでした。

 ◆

 さて、一万円札を受け取り、ほくほく顔で家を出た太郎。
 意気揚々と猫を探しますが、どこを探しても猫一匹見かけません。
 太郎は早まってしまったかもしれないと後悔しながら、公園のベンチで途方に暮れていました。

「こんにちは」
 突然声を掛けられます。
 声の主は、同じクラスの伊藤 万里加《まりか》でした。
 万里加は、太郎の同じクラスであり、活発で人見知りをしない女の子でクラスの人気者でした。
 ひねくれものの太郎にも笑顔で接してくれる、とてもいい子です。
 そしてこれは重要な事なのですが、太郎は彼女の事を少し意識しているのです。
 なので彼女との突然の出会いに、太郎は驚いて固まってしまいました。

「鈴木君はここで何してるの?」
 太郎の挨拶を待つこともなく、万里加は会話を続けました。
 なお鈴木と言うのは、太郎の上の名前です。
 太郎は質問に対しどう答えようか悩みましたが、結局正直に言うことにしました。

「猫探し」
 太郎はぶっきらぼうに答えます。
 そう、太郎は人づきあいが苦手なのです。
 神付き合いが嫌で、逃げるように生まれ変わった彼ですが、人間になったところで改善するはずがありませんでした。

 ですが、万里加は太郎の不愛想さを気にすることもなく、話を続けます。
「そうなんだ、奇遇だね。私も猫探しているの……」
「ふーん」
 太郎は何やら引っ掛かるものを感じました。?
 太郎は手紙の依頼を受けて猫を探し、万里加もまた猫を探している……
 こんな偶然あるのでしょうか?

「でも見つからなくて……
 神様ポストに出したんだ」
 神様ポスト!
 太郎はその言葉を頭の中で反芻します。
 神様ポストとは、小学生の間でまことしやかに囁かれる噂。
 『このポストに手紙を出すと願いを叶えてくれる』というもの。

 その真実は、拓真が某妖怪アニメを見て『そうだ、こうやって募集すれば願い事を効率よく集められるな』と思いついて、作ったものだったのです。
 そこに出された手紙は回収され、太郎と拓真のいる鈴木家に運ばれる、というシステムなのです。

 つまり、太郎が読んだ手紙は、万里加が書いたもの!
 と言うことは、一緒に猫探しをすれば自ずと目的が達せられ、万里加とも仲良くなり、そして仲を深めた二人は付き合うことになり、親のいない家に呼ばれて……

 と、そんな下種な妄想をしていると、あることに気づきました。
 万里加の足元に黒い猫がいるのです。
 それも親し気に頭をこすりつけていますが、万里加はその猫に気づく様子がありません。
 太郎はそれを見て、ピンときました。
「ねえ、探している猫ってどんな猫?」
「え? うーんと黒猫。真っ黒なの」

 もう一度太郎は、万里加の足元を見ます。
 万里加の言う通り、真っ黒な猫でした。
 と言うことは、この猫を捕まえればミッションコンプリート……
 な訳がありません。
 なぜならこの猫は幽霊で、捕まえることはできませんし、死んでいるので万里加の望みをかなえることはできません。
 ですが死んだことをどう伝えればよいのか……

 なぜ万里加には見えないタビ助の幽霊が見えるのかと言えば、それは太郎が神様だからです。
 普通の人間には見えません。
 もし、そのまま『タビ助は死んでいる』と言えば、万里加に嫌われて二度と口をきいてもらえないでしょう。
 それだけは避たいが、死んでいることを黙っている訳にもいきません。
 別に伝えなかったところで、太郎には何の不都合も無いのですが、好きなこの前で混乱している太郎は、そのことには思い至りませんでした。

 どうしたものかとタビ助を見ながら悩んでいると、太郎は黒猫のタビ助と目があいました。
 するとタビ助は突然万里加の足元を離れていきました。
 太郎は何事かと驚きますが、タビ助はある程度離れたところで振り返りました。
 まるで『ついてこい』と言っているようでした。
 太郎は少し迷いましたが、決心しました。

「あっ」
「どうしたの?鈴木君」
「あそこでタビ助っぽいのがいた」
「本当?」
 うん、と太郎は答えます。
 タビ助はどこかに連れて行きたがっている

 そう確信した太郎は、万里加を連れてタビ助を追いかけたのでした。

 ◆

 三日後の夕方、太郎は学校から帰ってきました
「ただいま」
「お帰りなさい。手紙が来てますよ」
 太郎はショックを受けました。
 仕事はもう嫌だからです。
 すぐに逃げようとする太郎でしたが、拓真に引き留められます。
「安心してください。 お礼の手紙です」
「お礼の手紙?」
 太郎はホッとしながら、拓真から手紙を受け取ります。
 太郎は可愛い絵柄の封筒から、便箋を取り出し、読み初めました。
 そこには可愛らしい文字で、感謝の言葉が綴られていました。

『神様へ。

 タビ助にまた会わせてくれてありがとうございます。
 でも私が行ったときにはもう死んでいて、悲しくて私は泣いてしまいました。
 でも気づかなかったら、一生タビ助は独りぼっちだったので、会えてよかったと思います。

 でもいい事もありました。
 友達ができました。
 タビ助を一緒に探してくれて、泣いている私を励ましてくれて、タビ助のお墓も作ってくれました。

 今まであまり話したことは無かったけど、意外といい人で、面白い人でした。
 多分タビ助が、私が寂しくないように会わせてくれたんだと思います。

 タビ助に『ありがとう』と伝えてください。
 『天国で元気でいてね』とも。
 ありがとうございました』
 

4/15/2024, 11:52:52 AM