最近、彼氏の和也には仲よく話している女子がいるらしい。
『らしい』というのは、私は和也とは違うクラスのなので、その女子を見たことがないから。
もちろん和也にその女子の事を聞いた。
だけど、隠す様子もなく色々教えてくれる割に『仲のいい友達』という以上の情報が得られなかった。
かろうじて分かったのは、和也と隣の席にいて、休憩時間の度に楽しくお喋りしていると言う事。
……ギルティでは?
まあ、こうあっさりと言うあたり、本当に友達と思っているんだろう。
だけど不安なので、一度様子を見ることにした。
もちろん和也に気づかれないようこっそりとね。
休憩時間に和也のいる教室にこっそりと向かう。
教室を覗いたときに受けた衝撃は、とても言葉に出来ない。
なぜなら、和也は私に見せたことない笑顔で笑っていたからだ。
そして笑わせているのは、隣の席の女子。
私の心に怒りが満ちる。
許せない。
私の彼氏だぞ。
泥棒猫め。
嫉妬を感じながら、隣で話している女子を睨んで――
そして彼女を見て萎えてしまった。
彼女は和也に恋してる。
それは間違いない。
だけど、必死に好きじゃないフリをしているのが分かった。
なんで分かったのかって?
女の勘である。
彼女が和也に向ける、表情、しぐさ、目線。
それらは全部、友達に向けるソレ。
でも、全部作り物。
和也が好きな事が隠しきれていない。
好きだけど、好きじゃないフリってところか。
それにしても、和也はあんだけ近くで見ているのに気付かないなんて、とんでもないニブチンである。
むしろ、隣の彼女の方に同情してしまう。
気づかれても困るけども……
きっと、和也に彼女がいると聞いて、身を引く覚悟なんだろう
そんな彼女に対して、どうして泥棒猫なんて言えようか?
私は教室を後にする。
和也に気づかれないように、そっと……
不安を解消するためにやってきたけど、今度は別の感情が渦巻いていた。
自分だけを見て笑ってほしい私。
見たことがない顔で笑う和也。
好きじゃないフリをしている彼女。
私はその時に抱いた感情を、とても言葉に出来そうにない。
時は四月。
世界に春が訪れ、世界に緑に溢れ花が咲き乱れる。
それらを目当てに虫や蝶たちがやってくる。
鳥も恋の季節で、歌声で異性にアピール。
まさに春爛漫といった風景だ。
あらゆる生命が活動するこの季節。
春の陽気に誘われてクマが巣穴から出てくるように、桜の木の下から死体も這い出てくる季節でもある。
そう死体である。
皆さんは一度は聞いたことがあるだろう。
『桜の木の下には死体が埋まっている』と……
あまり知られていないが、本当に埋まっているのだ。
信じられていないのも当然で、その死体と言うのは普通の人間と見た目がそっくりで、まず見分けがつかない。
這い出てくる現場を見なければ、死体だと気づかないであろう。
ではなぜ『春になると出てくるのか?』。
それは簡単だ。
花見の宴会に参加するためである。
みなさんも花見会場に行ったとき、妙に人が多いなと思ったことは無いだろうか?
どこにこんなに人間がいたのだろうかと。
それは這い出てきた死体が混じっているからだ。
死体たちは、普通の人間に混ざって花見の料理に舌鼓《したつづみ》を打っているのである。
いくらなんでも知らない人間が参加していれば、すぐにでも気づくと思われるかもしれない。
だがそこは花見会場……
全員とは言わないが、酔っぱらって判断力が低下している人間も多い。
死体は入念に人間たちを観察し、大いに盛り上がっている宴会を選んで混じるので、まず気づかれる事はない。
宴会に参加した後は料理を食べて、頃合いを見てその場から離れる。
このことからも分かる通り、死体は人間を襲わない。
人間を襲うよりも、盗み食いする方がリスクが低いからだ。
もしかしたら花見会場で、うずくまって動かない人を見たことがあるかもしれない。
それも死体だ。
実は死体にも様々な個体がいて、宴会に混じるのが下手な個体がいる。
そうして何も食べれなかった個体がお腹が減って動けなくなった、と言うのが真相なのだ。
こうして桜の木の下に埋まっていた死体はエネルギーを補給するのだが、桜の花が見ごろなのは短い……
桜も散って花見が行われなくなったら、死体はどうするのか?
また桜の下に埋まっていくのである。
そう、死体は花見のシーズンだけ活動する存在なのだ。
埋まった後は、夏・秋・冬を土の中で過ごす。
そして季節が廻り、花見のシーズンが来れば、また土の中から出てきて花見客の料理を失敬する。
こうしてみると、死体は何の役にも立って無いように思えるだろう。
だが死体は埋まっている間に、桜の成長を促し花を綺麗に発色させる特殊な物質を生成する。
死体は桜の成長に貢献しているのだ。
そうして綺麗に咲いた桜を、人間が見て楽しむ。
これだけをとっても自然の複雑さが感じられるだろう。
人間は桜を見て花見を行い、桜は死体によって大きく成長し、死体は人間の料理を食べて命を長らえさせる。
桜と死体と人間は、お互いに欠かすことが出来ない、いわゆる共生関係なのだ!
くしくも今は花見シーズン。
これを読んでいるあなたも花見に行くことがあるかもしれない。
その時は自然の雄大さを感じながら、死体と一緒に桜を楽しんでいただければ幸いである。
吾輩は猫である。
名前はラリー。
自他ともに認めるこの屋敷一番のネズミハンターである。
子猫のころからネズミを狩りまくり、仲間の猫からは尊敬され、主人からも頼りにされている。
しかし最近は歳を取ったせいか、うまい具合に狩れなくなってきた。
始めは若いもんには負けんと踏ん張っていたものの、寄る年波には勝てず引退を考え始めていた。
その日も引退した後はどう振舞うべきか、日向ぼっこしながら考えていた時の事である。
暖かい日差しにウトウトしていると、誰かが近づく気配を感じ警戒を強める。
「ラリーさん、ですよね」
近づいてきた気配は、この屋敷では見たことが無い猫だった。
「新入りか?」
「はい。オレ、ミケっていいます」
ミケと名乗った猫は、ビクビクしながら答える。
「取って食うつもりは無いから、そんなに怖がらなくてもいい。この屋敷は食う物には困らないからな」
「はい」と言いつつも、ミケは相変わらずオドオドしていた。
そんなに吾輩の事が怖いのだろうか?
そのうち慣れるだろうと高を括り、
「それで、何の吾輩に何の用だ?」
「はい、ここでのことはラリーさんに聞けと言われまして……
「吾輩に? 誰がそんなことを?」
「俺を拾ってくれた方です」
ああ、と吾輩は合点がいく。
ご主人はよく吾輩を頼る。
今回も、コイツの面倒を見てくれという訳だろう。
ご主人の頼みとあらば、断ることは出来ない。
「事情は分かった。この屋敷の事を教えてやろう」
そういうと、ミケはほっとしたような顔をした。
「ここでは、仕事さえしていれば怒られることは無い。
仕事について聞いたか?」
「はい、ネズミを捕る事ですよね」
「そうだ」
「でも俺、ネズミを捕るのが下手糞で……」
ミケは不安げな表情になる。
「安心しろ。 ネズミを捕れなくても追い出されないし、飯も出る。
一度も捕まえたことがない猫だっているくらいだ」
「そうなんですか?」
ミケは意外そうに驚いた。
「ああ、もう一つ仕事があってな。これとどちらかが出来ていれば問題ない」
「もう一つの仕事ですか……」
ミケはゲンナリしたようだった。
奴も猫らしく、仕事が嫌いなようだ。
「二つ目の仕事は――
屋敷の人間には甘えろ。これも仕事だ」
「えっ、それ仕事なんですか?」
「ああ、やってみると分かるが、人間は甘えてやると喜ぶ。
主人も例外ではない」
「なるほど、ネズミが取れなくても甘えればいいんですね」
「そうだ。だが『甘える』と行為も奥が深い。
例えば、たまに冷たい態度をりそのあと甘えに行く『ツンデレ』というテクニックがある。おいおい教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「他には……
トイレの場所だな。 これを間違えると、人間がかなり怒る。
とんでもなく怒る……気を付けろよ」
「はい、追い出されたくないので気を付けます」
少しビビっているミケに、笑いがこみあげてきそうになる。
そんなことぐらいで、追い出すご主人ではない。
ただ知らない方が緊張感が出るだろうから、黙っておくことにする。
「次に、毛玉を吐くときの事なんだが――
ん、少し待て」
「何かあったんですか?」
「ああ、ご主人が来る」
「!」
俺の言葉に、ミケが驚いた顔をする。
「分かるんですか?」
「長いこと居れば、お前も分かるさ。さっき言ったこと覚えているか」
「甘えろ、ですね」
「そうだ!」
吾輩たちはご主人が入ってくるであろう扉に顔を向ける。
「いいか、ご主人が入ってきたら甘えに行くんだ。いいな」
「はい!」
そして吾輩たちは、ご主人がドアをあけるタイミングを見計らって――
🚪 🐈🐈
「あっ、ラリー、こんにちは。遊びに来たよ〜。
今日もおもちゃで遊ぼうね。
……あれ、知らない子がいる」
「昨日からいるの。名前はミケよ」
「そうなんだ。私、百合子っていうの。
君のご主人様の友だちです。
これからよろしくね、ミケ」
「にゃー」
「ラリーの側にいるって事は、ラリーの弟子ってことかな。
てことは、将来この子も甘えん坊になるね」
「ええ、間違いないわ。
だってラリーはこの屋敷の誰よりも、ずっと甘えん坊だもの」
初めまして。
私、伝説の木をやっている木下と申します。
伝説と言いながらも、実はタダの木ですけどね。
木下と言う名前も勝手に呼ばれているだけで、名乗っているわけではありません、念のため。
それで何が伝説かと言いますと、『伝説の木の下で告白すると必ず成功する』と言うベタなモノ。
いい機会なのではっきり言いますね。
ガセです。
私がこの地に生を受けて以来、数えきれないほど多くの告白の現場を見てきました。
ですが、結構な割合で断られています。
泣いて帰っていく人を見るのも一度や二度ではありません。
だから、事実無根の根拠のない噂なんです――とも言い切れなかったりします。
コレ、植物仲間に聞いたのですが、普通に告白するより私の下で告白する方が成功する確率が高いんだそうです。
どういう事なんでしょうか。
私にそんな特別な力なんて無いのに……
私はただ見ているだけです。
私としても手伝ってあげたいのですが、私には光合成しかできません。
残念なことです。
それにしても、なぜ何もできない私が伝説扱いされているのでしょう?
昔、有力な説を聞いたことがあります。
もう枯れてしまったんですけど、当時一番長生きだった老木が言うには、『お前はなんかそれっぽいから』。
つまり私の見た目だけで、伝説扱いされていると言うのです。
失礼な話です。
たしかに私は、同世代の木よりも大きく立派だと言う自負がありますが、それだけで決めると言うのは、失礼以外の何物でもありません。
もっと中身を見て欲しいものです。
とまあ、先ほどまで『伝説の木』扱いに憤《いきどお》っていた私ですが、最近では悪くないと思っているんです。
実は私、告白の現場を見るのが好きなのです。
あまり大きな声では言えないのですが、光合成飽きてきたんですよね……
告白の現場をみるのはいい暇つぶしになるんですよ。
ただ最近は告白の仕方が似たり寄ったりなので、少し食傷気味……
もっと奇抜に告白してくれませんかね。
おや、どうやらまた誰かがやって来たようです。
あっ、何か言う前に振られた。
からの、断った側が告白!?
さらに三人目がやって来て告白!?
最後は三人で付き合う!?
カップルとは二人で成立するものでは?
コレは初めて見るパターンです
どういうことなんでしょうか?
ですがこの考察で、三年は暇が潰せますね。
とまあこんな感じで、これからも告白をしに誰かがやってくることでしょう。
私が『伝説の木』と呼ばれる限り。
これからも、ずっと。
私はそれが楽しみでなりません
「武《たけし》君。最近君の目を見つめようとすると、露骨に目をそらすよね。なんで?」
帰り道、隣で歩く幼馴染に私は問いただす。
さりげなく目を見ようとするが、目をそらされる。
「それは……見つめらるのが苦手だから……かな」
「ダウト。何年幼馴染をやっていると思うの」
「うぐ」
図星を突かれた武君は、嫌そうに表情をゆがめる。
分かりやすい。
「そういう咲夜こそ、なんで俺の目を見ようとするのさ」
これ以上、追及されまいとする意図が見え見えの質問をしてくる。
だけど、この問いに対する答えは、私にとって恥ずかしいものではない。
「言ってなかったっけ?好きなの、あなたのその黒い目。綺麗だし」
「え、好きって……」
『好き』という言葉に過剰反応する武君。
思春期か。
「それに私の目、少し茶色が入ってるでしょ。ちょっとコンプレックスでね」
「そんなことないぞ。咲夜の目も、その、綺麗だ」
「ありがとう。という訳で、武君の目を見せてもらうね?
その代わり、私の目は好きなだけ見ていいよ」
「は、バカか。やるわけないじゃん」
くそ、引っ掛からなかったか……
もう少しだったのに……
それにしても、嫌がり方が普通ではない。
まさか――
私の頭に閃きが走る。
「ははーん、分かったぞ」
私の言葉に武君の体がビクッと震える。
「さては目を見られると、頭の中読まれると思ってるんだね。 安心していいよ、私にそんな芸当は出来ん」
「はあ、ちげーし」
がっかりしたような、安心したような複雑な反応を見せる武君。
反応を見るに、私の推測は間違っているらしい。
だ・け・ど。
「隙あり!」
「あっ」
私は素早く武君の正面に回って彼の顔をガシッと掴み、息がかかるほどの距離まで自分の顔に近づける。
「コレで目をそらすことは出来まい」
武君が何やら言っているが無視だ無視。
さて武くんの目をじっくりと堪能することにしよう。
と思ったのだが、意地でも目を合わせたくないのか、いきなり目をつむった。
「武君、そんなに嫌?」
「それは……」
「嫌だって言うなら、二度と言わない」
それを聞いた武君はビクッと大きく体を震わせた。
私も、武君がどうしても嫌だと言うのなら諦める。
私も嫌われてまでやろうとは思ってない。
拒否されるだろうなという予想とは裏腹に、武君はゆっくりと目を開けた。
OKてことね。
じゃあ、存分に見させてもらおう。
ふむふむ。
相変わらず綺麗な黒い目である。
心が洗われるようだ。
それにしてもこの嫌がりっぷり、もしかしたら武君の目を見る機会はもう無いかもしれない。
いったいいかなる理由なのだろうか。
これは理由を知って解決しておくべき問題だと、私は考える。
武君には黙ってるけど、実は他人の目を見ると人の心が読める。
さっき、心が読めないって言ったな?
あれは嘘だ。
まあ、ここまで近づかなければ読めないし、簡単な感情しか分からないけどね。
では早速、心を読んでみよう。
さて一体何を考えて……
と武君の目をじーと見つめてみる。
すると瞳に浮かび上がるのは……
ハート?
そしてハートの中に私の姿が見える。
何これ?
一瞬ぽかんとするが、すぐさまその意味を理解して、武君の顔から突き飛ばすように離れる。
武君は驚いたようで、目をぱちくりさせていた。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
武君の心配そうに声をかけるも、ぶっきらぼうに答えるしかなかった。
私は衝撃の事実に頭がくらくらしていた。
『武君が私の事が好き』
ということは……
ということは……
つまり、武君と両想いって事!?
なんてことだ。
勝手に私の片思いだと思って、ギリギリ何でもないフリが出来たのに……
向こうも私の事が好きだとか、そんなの知っちゃったら、もう恥ずかしくて目どころか、顔すら見れないじゃんか。
そこから家に帰るまでの記憶が全くなかった。
のだが、家に帰って冷静になったら、『付き合えば毎日好きな時に、彼の目を見ることが出来るんじゃね』ということに気づいた。
よし、明日会ったらいっちょ告白するか――
◆
そうしてまた一組のカップルが生まれた
そのカップルは、時間さえあればいつもお互いを見つめ合い、学校で一番有名なバカップルになったのであった。
めでたしめでたし