G14

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 吾輩は猫である。
 名前はラリー。
 自他ともに認めるこの屋敷一番のネズミハンターである。
 子猫のころからネズミを狩りまくり、仲間の猫からは尊敬され、主人からも頼りにされている。
 しかし最近は歳を取ったせいか、うまい具合に狩れなくなってきた。
 始めは若いもんには負けんと踏ん張っていたものの、寄る年波には勝てず引退を考え始めていた。

 その日も引退した後はどう振舞うべきか、日向ぼっこしながら考えていた時の事である。
 暖かい日差しにウトウトしていると、誰かが近づく気配を感じ警戒を強める。

「ラリーさん、ですよね」
 近づいてきた気配は、この屋敷では見たことが無い猫だった。
「新入りか?」
「はい。オレ、ミケっていいます」
 ミケと名乗った猫は、ビクビクしながら答える。

「取って食うつもりは無いから、そんなに怖がらなくてもいい。この屋敷は食う物には困らないからな」
 「はい」と言いつつも、ミケは相変わらずオドオドしていた。
 そんなに吾輩の事が怖いのだろうか?
 そのうち慣れるだろうと高を括り、
「それで、何の吾輩に何の用だ?」
「はい、ここでのことはラリーさんに聞けと言われまして……
「吾輩に? 誰がそんなことを?」
「俺を拾ってくれた方です」
 ああ、と吾輩は合点がいく。

 ご主人はよく吾輩を頼る。
 今回も、コイツの面倒を見てくれという訳だろう。
 ご主人の頼みとあらば、断ることは出来ない。
「事情は分かった。この屋敷の事を教えてやろう」
 そういうと、ミケはほっとしたような顔をした。

「ここでは、仕事さえしていれば怒られることは無い。
 仕事について聞いたか?」
「はい、ネズミを捕る事ですよね」
「そうだ」
「でも俺、ネズミを捕るのが下手糞で……」
 ミケは不安げな表情になる。
「安心しろ。 ネズミを捕れなくても追い出されないし、飯も出る。
 一度も捕まえたことがない猫だっているくらいだ」
「そうなんですか?」
 ミケは意外そうに驚いた。
「ああ、もう一つ仕事があってな。これとどちらかが出来ていれば問題ない」
「もう一つの仕事ですか……」
 ミケはゲンナリしたようだった。
 奴も猫らしく、仕事が嫌いなようだ。
 
「二つ目の仕事は――
 屋敷の人間には甘えろ。これも仕事だ」
「えっ、それ仕事なんですか?」
「ああ、やってみると分かるが、人間は甘えてやると喜ぶ。
 主人も例外ではない」
「なるほど、ネズミが取れなくても甘えればいいんですね」
「そうだ。だが『甘える』と行為も奥が深い。
 例えば、たまに冷たい態度をりそのあと甘えに行く『ツンデレ』というテクニックがある。おいおい教えてやるよ」
「ありがとうございます」

「他には……
 トイレの場所だな。 これを間違えると、人間がかなり怒る。
 とんでもなく怒る……気を付けろよ」
「はい、追い出されたくないので気を付けます」
 少しビビっているミケに、笑いがこみあげてきそうになる。
 そんなことぐらいで、追い出すご主人ではない。
 ただ知らない方が緊張感が出るだろうから、黙っておくことにする。

「次に、毛玉を吐くときの事なんだが――
 ん、少し待て」
「何かあったんですか?」
「ああ、ご主人が来る」
「!」
 俺の言葉に、ミケが驚いた顔をする。
「分かるんですか?」
「長いこと居れば、お前も分かるさ。さっき言ったこと覚えているか」
「甘えろ、ですね」
「そうだ!」
 吾輩たちはご主人が入ってくるであろう扉に顔を向ける。

「いいか、ご主人が入ってきたら甘えに行くんだ。いいな」
「はい!」
 そして吾輩たちは、ご主人がドアをあけるタイミングを見計らって――


 🚪 🐈🐈

「あっ、ラリー、こんにちは。遊びに来たよ〜。
 今日もおもちゃで遊ぼうね。
 ……あれ、知らない子がいる」
「昨日からいるの。名前はミケよ」
「そうなんだ。私、百合子っていうの。
 君のご主人様の友だちです。
 これからよろしくね、ミケ」
「にゃー」

「ラリーの側にいるって事は、ラリーの弟子ってことかな。
 てことは、将来この子も甘えん坊になるね」
「ええ、間違いないわ。
 だってラリーはこの屋敷の誰よりも、ずっと甘えん坊だもの」

4/10/2024, 10:23:05 AM