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 やっちまった。
 私は手に持ったコーヒーを眺めながら、心中で呟く。
 私はコーヒーが嫌いだ。
 とくにブラックのやつが……

 本当は別の物、たとえば紅茶とかがよかった。
 コップを取る際、よそ見しながら取ったからである。
 なぜコーヒー以外にも飲み物があるのに、よりにもよってなぜコーヒーなのか?
 畜生め。

 じゃあ交換してもらえればとなるのだが、それは出来ない。
 今この屋敷にいる人間で集まって、重要な会議をしているから。
 非常にシリアスな場面であり、とてもじゃないが『飲み物を間違えたから変えて(はーと)』なんて言えるわけない。

 私は憂鬱な気分で会議を聞いていた。
「電話は駄目だ。スマホの電波も入らない」
「ここに来るまでの道が土砂崩れで通れなかった」
「車のタイヤがパンクしてる。 しかも全部だ」

 お分かりいただけただろうか?
 私たちは、いわゆる陸の孤島で孤立しているのだ。
 しかも――

「そんな! じゃあ、助けに来るまで人殺しと一緒にいなきゃいけないの?」
「……残念ながら、そういう事になる」
 この会話でお察しだろう。
 私は、いや私たちはこの屋敷に閉じ込められた。
 よりにもよって、人殺しと一緒に……

 面々はこの窮地から脱出しようと、討論を繰り広げるが有効な打開策は出ない。
 不毛な会議を聞きながら、やっぱり来るんじゃなかったと後悔する。
 どうしてもと乞われ渋々来たのだが、こんな事になるとは……
 どうしてこうなった……

「貴女は何か案がありますか?」
 顔を上げると、イケメンが私を見つめていた。
 よく見れば他の面々も私の事を見ている。
 会議の面々は美男美女ばかり。
 こういう場でなければ、眼福だと言って喜んだのだろうけど、今の私にそんな余裕はない。

「別に何も」
 私は感情を込めず答える。
 興味は無いから仕方がない。
 殺人鬼などどうでもいい。
 私の興味はただ一つ、目の前にある嫌いなコーヒーだけ。

「そうですか……」
 私のぶっきらぼうな返事に、声をかけたイケメンは悲しそうな顔をする。
 ああ、イケメンの悲しむ顔は綺麗なのに、なぜこんなにも気持ちが高ぶらないのか……
 やっぱり、来なければよかった。

 憂鬱な気持ちの中、もう一度私は持っているコーヒーを見つめる。
 私は、今からこれを飲む。
 たとえ間違いだとしても、手に持っている以上はこれを飲み干さなければいけない……
 そういう運命だ。

 私は、運命を呪いながら、意を決し、コップの中のコーヒーをあおる。
 案の定、口の中にコーヒーの苦みが広がる。
 やっぱり紅茶がよかったなあ。

 周りの人間は何事かと私に注目する。
 突然、何もしゃべらないヤツがコーヒーを一気飲みし始めたら、そりゃ見る。
 私は視線の中、ゆっくりと、後ろのソファーに体を沈める。
 ああ、やっぱりコーヒーは嫌いだ。

「あの、大丈夫ですか?」
 さすがに心配したのか、イケメンが再び声をかけてくる。
 でも。
「……」
 私は問いかけに応えない。
 そんな気分じゃない。
 それに――

「あの」
 反応のない事を不思議に思ったのか、私の肩を叩く。
 私は返事をする代わりに、座ったまま、ゆっくりと、横に、体を倒す。
 イケメンには悪いが仕方がないんだ。
 だって、私は――
「うわあああ、死んでる」


 ――死んだのだから……





「カーーート」

 🎬


「瑞樹ちゃん、今日も良かったよ」
「はあ、どうも」
 監督にお褒めの言葉に、素っ気ない返事を返す。

「えっと、ゴメンね」
 失礼な返答をしたにもかかわらず、申し訳なさそうに謝る監督。
 私が不機嫌な理由の一つに監督に原因があるからだ。
 
「急にキャンセルされちゃってさあ。」
「分かってます」
 私は本来、この撮影に参加する予定は無かった。
 けれど、予定していた役者がドタキャンしたので、代役の話が私に回ってきたのだ。
 本当なら……本当なら久しぶりの休暇を楽しむはずだったのに……

「あの、怒ってる?」
「いいえ」
 もちろん嘘だ。
 監督から『一生のお願い』とか、『ギャラ倍出す』とか、『あなたにぴったりの役』とか、『おしいい役だから』などのセールストークを受け、嫌々ながらもここに来た。
 にもかかわらず、私の役柄は序盤ですぐ死ぬ『いつも不機嫌そうな女性』……
 これが私にぴったりってどういう意味だ、コラ。

 でも言わない。
 なぜなら私は出来る女……
 仕事に私情はもちこまないのがモットー。

「分かってます。仕事ですから」
「そんな冷たい事言わないでよ。 瑞樹ちゃんと私の仲でしょ?」
「はい、ただの監督と役者の、ビジネスライクな仲ですよね」
「だめ、怒ってるわ。準備してたお菓子持ってきて。なるはやで!」
 監督がスタッフに呼びかけ、すぐに私の目の前にたくさんのお菓子が並べられる。

 先ほどまで不機嫌だった私も、さすがに笑顔になってしまう。
 目の前にあるのは、テレビでしか見ないような、お高いお菓子たち。
 それがたくさんあれば、誰だって喜ぶことだろう。

「仕方ない。コレで許しましょう」
 私は早速、そのうちの一つを口に放り込む。
 うむ、うまい。
 思わず、笑いがこみあげてくるほどのおいしさ!

「あの、瑞樹ちゃん、余計なお世話だけど、一つ言っていいかしら」
 その様子を呆れるように見ていた監督が、口を開く
「ふぁに(何)?」
 私はお菓子を頬張りながら返事をする。
「そんなにお菓子食べたら太るわよ。 役者は体形管理も仕事よ」
 そんなこと言われなくても分かってる。
 目の前のお菓子を全部食べれば、きっと太るだろう。

 でも、それが何だと言うのか……
 お菓子を口に入れるたびに、体中に広がる多幸感。
 そして溢れる生きてる幸せ。
 たとえ間違いだったとしても、この手が止まることは無い。
 

4/23/2024, 10:55:42 AM