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4/19/2024, 11:34:25 AM

「ククク、この世界の真実を教えてやろう!
 この世界に意味あることなどない。
 色とりどりの花々も、着飾る鳥たちも全てまやかし!
 ただの、色のない、無色の世界なのだ!」

 男は、荒廃し神殿で高らかに叫ぶ。
 神をも冒涜する発言だが、それを咎めるに人間はここにはいない。
 かつてこの場所は、白い基調で整えられ、神の居場所に恥じぬ神聖な空間であったのだろう。
 だが放棄されて長い年月であちこちがくすみ、奉る神の名さえ分からず、装飾品ひとつ残っていない。
 皮肉にも男の言う『無色の世界』を体現しているようであった……

「どうだ青年、この世界に絶望しただろう?
 死んでも待っているのは無のみ……
 私はその残酷なルールを変える」
 男の演説はたった一人の青年に向けられていた。
 何もかも意味が無いと豪語する男が、唯一意味を見出す存在……
 これは他の誰にでもない、青年のための言葉なのだ。

 最後の言葉から一拍置き、男は振り向く。
「どうだ?
 お前も一緒に来ないか?
 一緒に世界を変えよう」

 そう言って、差し伸ばす手の先にには――
 誰もおらず、ただ朽ちた女神像があるだけだった。

「ダメだな……」
 男はがっくりとうなだれて、肩を落とす。
 彼の渾身の演説を、青年が聞いていなかったことにではない。
 確かに青年に向けられた言葉ではあるが、実は最初から青年はいない。
 いるのはこの男一人だけ。
 これは練習なのだ。
 彼を説得するための、演説の練習……

 こうして演説の練習をしているのには理由がある。
 実はこの男、数日前に出会った青年に興味を持ち、親切にも世界の真理を教えようとした。
 だがその青年は話を聞くどころか、問答無用で男に襲いかかったのだ。
 男は、話を聞いてもらえなかったことに、ひどくショックを受けた。
 次こそは聞いてもらうため、何がダメだったのかこうして模索している。
 もっとも、この男は青年にとって両親の仇であるため、無駄な事なのだが……
 そうとも知らず、男は頭を悩ませる。
 
「分からん。なぜあの青年はなぜ、話を聞かなかったのだ。真理だぞ。特別な人間しか知ることのできない、特別な――はっ」
 その時男は天啓を得た。
 何故聞いてもらえなかったのか、ついに気が付いたのだ。

「そうか」
 男は天を仰ぎ見る。
 気が付いてしまえば、非常に簡単で何の変哲もない理由だった。

「上から目線がダメなのか」
 男は、青年と初めて会ったときのことを思い出していた。
 最初に言った言葉は何か?
『もっと知りたくはないか?』
 ああ、今思えばなんて傲慢な言葉なのだろう……
 まるで自分が彼より上位の存在であるようではないか……
 これはいけない。
 誰しも初対面の人間からマウントを取られて、いい気分はしないう。
 となれば、ある程度下手に出つつ、相手に興味を持ってもらうようにアプローチを変えねばならなない。

 演説の根本から変える必要があるが、青年のためを思えば――
 と、男が深い思考に入っていた時、彼の耳がこの場に近づく足音を捉える。
「まさか――」
 まさか、青年がこの場所を突き止めたと言うのか!?
 それはマズイ。
 まだ演説は完成していないのだ。

 だが時間は待ってくれない。
 残念だが、今回は予定通り『上から目線』バージョンを……
 そう思いながら、足音の方に顔を向けるが、そこにいたのは青年ではなかった。

 男の周りを、見慣れぬ鎧を身にまとった兵士たちが囲む。
 彼らは裏の仕事を受け持つ、この国の特殊部隊である。
 国民どころか有力な貴族でさえ知らず、国王子飼いの部隊だ。

 この国の王は、男が知る真理を吐かせるため、こうして何度も刺客を送っている。
 男はその執念には感服しつつも、溜息しか出なかった。

「ようやく見つけたぞ。この世界を吐いてもらおうか……
 抵抗するなら痛い目を見るぞ」
 リーダーと思わしき鎧の男が、剣を抜きながら脅しつける。
 話さなければ、この剣で拷問するという事なのだろう。
 しかし脅されようとも、男は真理を教える気は無かった。
 青年に対してはおせっかいレベルで教えようとする彼であるが、彼らや国王のような凡人には興味が無い。

 なので真理を教えることもなく、いつもは適当にけむに巻いて逃げるのだが、今の男は機嫌が悪かった。
 青年の事を真摯に考えていたのに、それを鎧の男たちが台無しにしてくれたからだ。

「はあ――――つまらん」
 男はため息をつくと、血で辺りが真っ赤に染まる。
 そして一瞬の後、鎧の男たちの体が次々と地面に倒れていく。
 男は自らの異能を持って、彼らを一瞬で殺したのだ。
 彼らは自分が死んだことにすら気づいていない。
 男は大して疲れた様子もなく、ため息をこぼす。
 ただただ面倒だったなと思いながら……

 それにしても、と青年の事を思い出す。
 あの青年は良かった、と。
 彼もまた無色のように見えたが、彼の中に色が見えた。
 多くの人間とは違い、小さいが確かに色があった。
 男が青年に興味を持つのはそれが理由である。
 色のないこの世界で、なぜ彼だけが色を持っているのか……
 興味は尽きない。

「この場所を変えるか、なかなか気に入っていたんだがな」
 青年を迎えるために用意した場所だった。
 しかし国王に場所を知られたのであれば、また刺客を送ってくることだろう。
 またよい場所を探さねば……

 男がしゃべらぬ死体となった騎士たちを、感情の無い顔で見つめる。
 すると死体と血だまりが徐々に薄くなり、すでに手の先の方は完全に消えていた。
 だが、男が何かをしたわけではない。
 ただ自然の理《ことわり》として、この世界に死んだ者は長く存在できないのだ。

 この世界に住む人々は不思議に思わない。
 なぜなら、これは自然現象だから。
 自然現象を誰も疑うことは無い。
 ただ一人、この男を除いて……

 まるで『いらなくなったから消す』と言わんばかりに、消えていく。
 それこそ、ゴミを捨てるみたいに……
 男はこの事に疑問を持ったことで文献を調べ、あることを突き詰めた。
 『この世界は何者によって、自分勝手に管理されている』
 これこそが男の言う真理なのだ。

 男は死体が全て消えたことを確認した後、その場を去った。
 あとに残されたのは、無色の世界だった。

4/18/2024, 11:01:24 AM

「枯れ木に花を咲かせましょう」
 おじいさんが木に登り、灰をまきました。
 すると不思議なことにが起こりました。
 なんと辺りの木に桜が咲き始め、辺りがピンク色に染まったのです。
 まだ寒い時期と言うのに、お爺さんの庭だけが、まるで春の風景でした。

 それを見た近所の人たちは、起こった出来事に驚いてしまいました。
「こりゃすごい。これからはあんたの事を、花咲か爺さんと呼ぼう」
 近所の人たちは、ニコニコ笑ってました。
 花咲か爺さんは、最近飼い犬が死んだり、道具を無くしてしまったりと不幸続き。
 なので、近所の人たちは花咲か爺さんが楽しそうにしているのを見て、ホッとしました。

 そして、「せっかくだから花見をしよう」と言って、皆で花見の準備をしていた時の事です。
 花見を準備している人たちに、声をかける人物がいました。
「おや、楽しそうですな。儂も混ぜてもらえますかな?」
 その人物は何を隠そう、花咲か爺さんの隣の家に住む意地悪爺さんです。
 意地悪爺さんは、嬉しそうに季節外れの桜を眺めていました。

「何しに来た? 意地悪爺さんよ」
「言いがかりはよせ、何しないさ。
 爺さん――いいや今は花咲か爺さんだったか……」
 意地悪爺さんは、いかにも悪そうな顔で笑います。

「ふん、どうだが…
 まあいい、貴様の因縁も今日もまでだ。」
「ほう、今日は随分と威勢がいいな、花咲か爺さんよ。
 その手にある灰が、お前の頭をお花畑にしたか?」
「ぬかせ、その減らず口をきけなくしてやる」

 花咲か爺さんは、意地悪爺さんを睨みつけます。
 花咲か爺さんはこれまで、意地悪爺さんにたくさんの意地悪をされてきました。
 もはや我慢の限界だったのです。
 今回も意地悪されてはたまらないと、追い出すことにしました。

 ですが、意地悪爺さんは、心外と言わんばかりに肩をすくめます。
「おやおや、花咲か爺さん。喧嘩はよくないな。話し合いをしようじゃないか?」
「ふん、お前と話す言葉など――」
「そういえば、貴様の婆さんはどうした?」
 花咲か爺さんは、訝しみました。
 なぜなら、婆さんはそこで花見の準備をしているはずだからです。

 花咲か爺さんは、不思議に思いつつも振り返ると、そこで信じられないものを見ました。
 婆さんは、意地悪婆さんに包丁を突き付けられていたのです
 卑怯にも意地悪爺さんは人質を取ったのです。

「花咲か爺さん、これで自分の状況が分かったか?」
 意地悪爺さんは、意地の悪そうに笑います。
「動くなよ、儂も人殺しをしたいわけじゃない
「……何が望みだ」
「花咲か爺さん、貴様の持っている灰をよこせ」
「なに?」
 花咲か爺さんは持っている灰を見つめました。

「儂はそれを殿様に献上し、褒美をもらう。
 なにせ、花を咲かせる魔法の灰だ。
 とてもお喜びになるだろう」
 意地悪爺さんの笑いは、より意地悪になっていきます。
「儂も出来れば話し合いで済ませたい。 だが渡さないのであれば……」
 意地悪爺さんの言わんとすることに、花咲か爺さんは顔を歪ませました。

「さあ、どうする?」
「……いいだろう、その代わり婆さんを離せ」
「灰が先だ」
「分かった」
 花咲か爺さんは、意地悪爺さんにゆっくり近づきます。

「ほら、これだ」
「ククク、これで儂も大金もち――」
「くらえ!」
 花咲か爺さんは、手に持っていた灰を意地悪爺さんに投げつけたのです。
「ゴホっ、貴様何を」
 意地悪爺さんは、投げつけられた灰でむせてしまいました。
 そして舞い上がった灰は、桜をさらに咲き進めます。
 咲き進んだ桜は、花を満開に咲かせた後、一斉に散りはじめ花びらを落とします。
 ですがその量が尋常ではなく、辺り一帯が桜の花吹雪でいっぱいになり何も見えなくなりました。

「くそ、花咲かの奴め。なんてことをしやがる」
 意地悪爺さんは、むせながらも半吹雪が収まるのを待ちます。
 そして、ようやく周囲が見えるようになった時、意地悪爺さんは驚愕しました。
 半さ梶井さんは、花吹雪で視界が塞がっている間に、人質を救助し意地悪婆さんを縄でぐるぐる巻きにしていたのです。

「形勢逆転だな、意地悪爺さんよ」
 意地悪爺さんは、自らの不利を悟り、逃げ出そうとしました。
 ですが辺り一面の桜の花びらで滑って転んでしまいました。
 その機を逃すまいと、花咲か爺さんは縄を持って意地悪爺さんをぐるぐる巻きにしてしまいました。

 捕まってしまった意地悪爺さんは恐怖に顔を曇らせます。
「お前たちをお奉行様に突き出す。 今までの証拠と一緒にな。
 生きているうちに、牢屋からは出られまい」
 こうして意地悪爺さんと意地悪ばあさんは、これまでの悪事を全て暴かれ、一生牢屋で過ごすことになったのでした。

 そして二人を奉行に突き出した帰り道のことです。
 花咲か爺さんは、婆さんと一緒に夕日を見ながら歩いていました。
「爺さんや。本気でこの灰を捨てるのかい?」
「婆さん、本気だ。この灰は争いを呼ぶ……
 この世界にあってはならないものだ」
「分かりました。爺さんの言う通りにしましょう」

 そういうと二人は、持っていた灰すべてを辺り一面にまきました。
 すると周囲の枯れ木に花が咲き始め、すぐに満開になり、そして散り始めました。

「これでいい。桜は春に咲くからいいんだ」
 花咲か爺さんは散っていく桜を眺めながら、呟くのでした。

 めでたし、めでたし。

 ◆

「分からん、何にもわからん」
 とある小学校の職員室で、教師の一人が一枚の原稿用紙の前で呻いていました。
 これは、この日の授業で『昔話をアレンジしてみよう』と言ってクラスの生徒に書かせたものです。
 しかしそれは建前です。

 実は彼女のクラスには問題児がおり、何を考えているのか分かりません
 だからその子供の考えている事を少しでも知るために、作文を書かせたのでした。
 ですが、結果はご覧の通り。

 最後こそいい話風に終わっているのですが、途中の展開が支離滅裂で、結局何がしたかったのか分からない。
 教訓もよく分からないし、そもそも何が『めでたし』なのか?

「ていうか、小説書けなんて言ってないんだけど……」
 書いてきたものは、どう考えてもラノベに影響されたようにしか思えません。
 『もしかして小説家になりたいのか』と思いつつも、これ以上の分析は無意味だと諦め帰ることにしました

 校門を出ると、彼女の目の前をピンクの花びらがヒラヒラ落ちていきました。
「桜散ってる。もう春も終わりかな」
 彼女は桜吹雪の中、夏の訪れを感じながら家路につくのでした。

4/17/2024, 10:39:01 AM

 とある小学校に、香取 翔子という教師がいました。
 翔子は非常に評判のいい先生でした。
 まだ教師になってから3年の新米にもかかわらず、類まれなる指導力を発揮し、遊びたい盛りの年頃の子供たちを、見事にまとめ上げたのでした。

 そんな彼女には夢がありました。
 どんなベテランでも手が付けられないほどのワルい子供を、クラスのみんなで力を合わせて更生させる、そんなことを夢見ていました。
 小学生のやさぐれた自分を救ってくれた恩師の様に、自分もそうありたいと願っていたのです。
 ですが、幸か不幸か彼女は教師として才能が有り、どんな子供も心を開いてくれました。
 彼女が受け持ったクラスは学級崩壊どころか、喧嘩らしい喧嘩もなく、みんなが真面目に授業を受けます。
 また前学年まで素行の悪かった子供を受け持つことはありましたが、少し話しただけで、彼女を信頼し年齢相応の子供のような笑顔を見せます。

 もちろん大きなトラブルがなく子供がすくすくと育つのはいい事ですし、彼女自身も誇りに思っていました。
 ですが、それをつまらなく思っていたのも事実……
 だからと言って、自分の勝手なエゴのために、手を抜いて子供たちを悪の道に進めては本末転倒……

 そんなふうに悩んでいた時のことです。
 鈴木 太郎と言う少年に出会ったのは――

 ◆

 太郎は小学4年生で、祥子が今年の四月から受け持ったクラスにいました。

 最初の見た時の印象は、大人しい子供というもの。
 また他の子供たちとの共同作業が苦手で、協調性が低い。
 あまり、特定の友達もおらず、いつも一人でこっそりゲームをしている。

 ですが、それだけならその子の個性と捉えることもでしました。
 ゲームが好きな、内向的な子供だと……

 ですが、彼は学校行事の度にずる休みをする問題児。
 入学以来、遠足や運動会に一度も出てきたことがないというツワモノでした。

 前年の担任すら持て余し、翔子に対し申し訳なさそうに事情を説明するほどでした
 ですが翔子は、太郎の受け持ったことに歓喜しました。
 ワルではないにせよ、一癖ありそうな問題児!
 この子を絶対に更生させると、心に誓ったのです。
 祥子は夢を叶えるチャンスだと張り切りました

 ですがその道のりは困難を極めました。
 彼を他のクラスの輪に入れようとすると、そのたびに何か不可思議なことが起こり、有耶無耶になってしまうのです。
 とくに今年の遠足は、太郎本人に参加の約束を取り付けたにもかかわらず、予定日に雨が降り、五回も延期すると言う異常事態も発生しました。
 最終的に太郎は遠足に参加しましたが、誰もが彼が普通ではないことを感じていました

 教師の間では、『彼は神に愛されているのではないのか?』と、噂されるほどです。
 これは翔子たちにはあずかり知らぬことなのですが、太郎は本当に神の生まれ変わりなのです。
 そして、神様パワーを駆使し、自分にとって嫌なことを回避するという、筋金入りのものぐさな少年でした。

 この少年の更生は不可能に思えました
 ベテラン教師も諦めたほどです。
 ですが祥子は、数多の障害にも挫けるどころか、むしろやる気が増していました。
 同僚の先生からも若干引ドン引きされる程度には、やる気満々でした。

 ですが、うまくいってないのも事実。
 そこで翔子はアプローチを変えることにしました。
 まず、彼の事を知ることが最優先だと思ったのです
 そして彼の事を知るために、あることを実行することにしたのでした。

 ◆


「はーい、みんな紙を受け取りましたか?
 じゃあ、その紙に自分の将来の夢を書いてくださいね」
 彼女が最初に知ろうとしたのは、将来の夢である。
 彼の夢を知ることで、彼が何を望んでいるのかを把握し、指導がしやすくなると踏んだのです。

「みんな、ちゃんと書いてますか?
 よーく考えてくださいね。
 あら鈴木君はなんて書いたのかしら?」
 翔子は、さりげなさく太郎に近づきます。
 すると嫌そうな態度こそとるものの、拒否するような態度は取りませんでした。
 それもそのはず、祥子はモデルでも通用するほどの美人であり、そのことを自覚している彼女は、積極的に利用していました。
 実際、太郎も自分の事を構ってくる翔子の事は苦手でしたが、美人の祥子に構われて悪い気がしませんでした
 年上の美人教師による秘密のレッスンをして欲しいと思っていたくらいです。
 キモイと思われるかもしれませんが、この年頃の男の子にはよくある妄想です。

 太郎の気が変わらないうちに、翔子はさっと紙に書きこまれた将来の夢を見ます。
 そこに書かれていた言葉は――

 『ニート』
 でした。

 ニート!
 翔子はショックを受けました。
 この年の子供の将来の夢がニート!
 翔子は泣きそうでした。
 『ゲームが好きな太郎ならプロゲーマーと書くだろう』と思っていた翔子は出鼻を挫かれてしまいました。
 また彼の持つ深い心の闇に思いを馳せずにはいられませんでした。

 もちろん、太郎にそこまで深い闇はありません。
 『神様パワーを使えば、何不自由過ごすことが出来る。
 けれど、さすがにそのまま書くわけにもいかないし、さりとて他にしたいことも無いので、とりあえずニートと書いた』というのが真相です。

 ですが、そのことを知らない翔子は、この目の前の少年を救う事を決意します。
 彼の心の闇を払い、将来に希望を持ち、夢を持ってもらおうと……
 たしかに夢は叶うとは限らない。
 けれど夢見る心は、人を動かす原動力!
 それが無い太郎は、将来何かに躓き、本当にニートになってしまうかもしれない。
 私の生徒にそんなことはさせない。

 一人で燃え上がった翔子は、太郎の肩を力強く握ります。
「鈴木君、大丈夫だからね。先生が救って見せるから」
 面倒事の気配がするも、何が起こっているのか分からず、だただ困惑するばかりの太郎。

 いつもは面倒ごとは神様パワーで回避する太郎であったが、何も分からないので、どうすることも出来ません。
 ただ面倒事が訪れることだけは確実であり、その事実で闇に落ちそうになる太郎なのでした。

4/16/2024, 10:28:05 AM

「これをくらえ、魔王!」
 勇者の剣が、魔王の体を貫き、魔王は大量の血を吐く。
 長き戦いであったが、ついに勇者が勝ったのだ。

「まさか、これほどまでとはな……」
 魔王は息絶え絶えの状態で、勇者を睨みつける。
「お前の野望はここまでだ。命乞いは聞かん」
「ククク、勝ったつもりか!」
 命の灯は今にも消えそうだと言うのに、魔王は不敵な笑みを崩さなかった。

「お前はもう終わりだ!」
「そうだな、我はもう死ぬ。だが!」
 もうすぐ死ぬとは思えないほどの魔王気迫に、勇者は思わず後ろに下がる
「全て邪神様がいれば済むこと!」
「何、まさか!」
「準備は万全ではないが、仕方あるまい。この体に邪神様を下ろす!」
「やめろ!」
 勇者の叫びと共に、剣でもう一度魔王を突きさす。
 だが魔王は痛みにうめくものの、邪神復活の儀式を続けた。

「もう遅い! 邪神様。この地にご降臨下さい。我が願いを聞き遂げてください。この地に破壊と絶望を!」
 その瞬間、魔王の周囲に邪悪な魔力が満ち、空間が歪み始める。
 そして――

 何も起こらなかった。



 何も起こらなかった。


 何も起こらなかったことに、魔王はキョトンとした顔をする。
「あれ?邪神様?」
 魔王は自分の体を調べるが、どこにも邪神の気配はない。
 失敗したか?
 魔王が不安になり始めた時、勇者が笑い始めた。

「だから、やめろって言ったんだ」
「貴様、まさか……」
「そうさ、この魔王城に来る前に、懲らしめてやったのさ。最終的に逃げられたけど、あの様子じゃあ、もう千年くらいは再起不能だろう」
「馬鹿な。邪神様に人間が敵《かな》うはずなど……」
 魔王には信じられなかった。
 邪神は神であり、人間が太刀打ちできる存在ではない。

「そうだな、力では敵わなかった。力ではな……」
「ではどうやって」
「言葉だ」
「言葉?」
「ああ、悪口と言う言葉をな」
 魔王は信じられないとばかりに、勇者を見る。

「温室でぬくぬくと育てたのが間違いだったな。
 悪口に対する耐性がまったく無かったぜ。
 ここぞとばかりにとびっきりの悪口を言ってやっら、泣いて逃げた」
「邪神様が……泣いて……」
 魔王は絶望し、がっくりと膝をつく。

「最後に言い残すことはあるか、魔王……」
 勇者の剣が、魔王の首元に突き付けられる。
「……一人で死ぬのは寂しいな」
「安心しろ、他の仲間もすぐ送ってやるよ」
「いや、それには及ばん」
 魔王の体に魔力が集まる。
「こいつ、自爆を!」
「ふはは、油断したな勇者よ。貴様も地獄に道連れだ!」
「くそ」
 勇者は自爆に巻き込まれまいと距離を離す
 しかし間に合わない。
「では邪神様、あとは頼みました。どうか世界に破壊と絶望を――」
 そして魔王は、魔王城ごと勇者を巻き込み自爆した。

 ◆

 魔王城が跡形もなく吹き飛ぶ様子を見ていたものがいた。
 それは異空間に逃げ込んだ邪神であった。
 邪神は毛布にくるまりながら、勇者と対峙したときの事を思い出し震えている。
 そして勇者の死ぬところを見れば少しは楽になるかと思い、魔王との戦いを見ていたが、少しも心が動くことは無かった。
 勇者との対決は、邪神の心に決して癒えぬ傷を作ったのだ。

 おろらく、あの爆発で勇者は死んだだろう。
 だがそれが何になるのだろう?
 たとえ勇者が消えようとも、この心の傷は癒えはしない。

 魔王は世界を破壊せよと言った。
 だが、それが何になろう?
 世界を滅ぼしたとて、この心の傷は癒えはしない。

 だが魔王城がモクモクと煙を上げているのを見て、少しだけ心が揺らぐ。
 それが何に由来するものかは知らない。
 だが邪神はこれだけは言わねばならぬと、口を動かした。

「爆発オチなんてサイテー」

4/15/2024, 11:52:52 AM

『神様へ。

 私の家に飼っている猫のタビ助が帰ってきません。
 タビ助は外が好きで、よく外出するのですが、いつもその日のうちに帰ってきました。
 でも、一昨日出ていったきり、帰ってきません。
 タビ助はおじいちゃんなので、どこかで倒れてないか心配です。
 親に探しに行こうって言っても、タビ助は大丈夫って言って探してくれません。

 お願いします、神様。
 タビ助を探してください』

「……何これ?」
 少年は手紙を読み終えた後、思わず呟きました。
「あなたへの依頼ですよ、太郎」
 その呟きを聞いた青年が、太郎と呼ばれた少年の疑問に答えます。
 太郎は、納得できないと言わんばかりに青年を睨みますが、青年はそのことを全く気にしませんでした。

「なんでこれが、俺への依頼なの?」
「書いてあるでしょう、あなたが『神様』だからですよ」
 そう、この青年の言う通り太郎は神様――正確には神様の生まれ変わりなのです。
 人間の理解を深めると言う理由で(本当は人間界でチヤホヤしてもらうため)生まれ変わったのです。

「待てよ、あんたも神様だろうが! あんたがやれ」
 太郎は唾を飛ばしながら反論します。
 この青年、名は拓真と言い、やはり生まれ変わった神様です。
 太郎は一般の家庭に生まれ変わることもできたのですが、事情を知っている神様が側にいる方が何かと都合がいい、ということで拓真の所で厄介になっているのです。

「確かにあなたの言う通り、私の仕事でもあります。
 ですが、他にも仕事が立て込んでいて、手が空かないのです」
「だからって俺がやることもないだろう?」
「いいえ、あなたはしなければいけません」
「なんでだ」
 こんな事意味があるのかと、太郎はイライラし始めました。

「あなたも人間の歳で十歳です。人間の世界に降り立った神として、そろそろ人を助ける仕事をせねばなりません」
「くつ」
 太郎は反論できませんでした。
 彼は生まれ変わる前に、そのことを何回も聞かされていたのです。
 『人間に生まれ変わったときは、人のためになることをしなさい。それは義務です』と。

「だけどさ、猫探しなんて無理だよ。やったことないもん。他に楽そうなやつないの?」
 太郎は居候の身分にもかかわらず、偉そうな態度で文句を言い始めました。
 拓真は呆れながらも、他の仕事の事を話し始めました。
「他のものですか…… ですが、他のと言っても、一番簡単なものはそれですよ。
 たとえば世界平和とか、たとえば病気を治してほしいとか、例えば恵まれない子供に幸せをとか、たとえば自分を裏切ったアイツに天罰を……
 とかですが、本当に別のものがいいですか?」
 とてもじゃないけれど、神として経験の浅い太郎には出来ないことばかりでした。
 とくに最後は怖いなあと思いつつも、答えは一つしかありませんでした
 
「猫探しでお願いします」
「ああ、よかった。こちらも無理強いはしたくありませんでしたからね」
 太郎は何かを言いたそうな顔でしたが、なにも言うことはありませんでした。

「はあ、憂鬱だ」
 これからゲームするはずだったのにな、と太郎はがっかりしました。
「おや気が乗りませんか?ではこれを差し上げましょう」
 そう言って拓真は一万円札を太郎に差し出します。
「え、お小遣いくれんの?」
「いいえ、これは猫探しの依頼金です」
「それがあるなら早く言え!」
 太郎は即座にお金をひったくるのでした。

 ◆

 さて、一万円札を受け取り、ほくほく顔で家を出た太郎。
 意気揚々と猫を探しますが、どこを探しても猫一匹見かけません。
 太郎は早まってしまったかもしれないと後悔しながら、公園のベンチで途方に暮れていました。

「こんにちは」
 突然声を掛けられます。
 声の主は、同じクラスの伊藤 万里加《まりか》でした。
 万里加は、太郎の同じクラスであり、活発で人見知りをしない女の子でクラスの人気者でした。
 ひねくれものの太郎にも笑顔で接してくれる、とてもいい子です。
 そしてこれは重要な事なのですが、太郎は彼女の事を少し意識しているのです。
 なので彼女との突然の出会いに、太郎は驚いて固まってしまいました。

「鈴木君はここで何してるの?」
 太郎の挨拶を待つこともなく、万里加は会話を続けました。
 なお鈴木と言うのは、太郎の上の名前です。
 太郎は質問に対しどう答えようか悩みましたが、結局正直に言うことにしました。

「猫探し」
 太郎はぶっきらぼうに答えます。
 そう、太郎は人づきあいが苦手なのです。
 神付き合いが嫌で、逃げるように生まれ変わった彼ですが、人間になったところで改善するはずがありませんでした。

 ですが、万里加は太郎の不愛想さを気にすることもなく、話を続けます。
「そうなんだ、奇遇だね。私も猫探しているの……」
「ふーん」
 太郎は何やら引っ掛かるものを感じました。?
 太郎は手紙の依頼を受けて猫を探し、万里加もまた猫を探している……
 こんな偶然あるのでしょうか?

「でも見つからなくて……
 神様ポストに出したんだ」
 神様ポスト!
 太郎はその言葉を頭の中で反芻します。
 神様ポストとは、小学生の間でまことしやかに囁かれる噂。
 『このポストに手紙を出すと願いを叶えてくれる』というもの。

 その真実は、拓真が某妖怪アニメを見て『そうだ、こうやって募集すれば願い事を効率よく集められるな』と思いついて、作ったものだったのです。
 そこに出された手紙は回収され、太郎と拓真のいる鈴木家に運ばれる、というシステムなのです。

 つまり、太郎が読んだ手紙は、万里加が書いたもの!
 と言うことは、一緒に猫探しをすれば自ずと目的が達せられ、万里加とも仲良くなり、そして仲を深めた二人は付き合うことになり、親のいない家に呼ばれて……

 と、そんな下種な妄想をしていると、あることに気づきました。
 万里加の足元に黒い猫がいるのです。
 それも親し気に頭をこすりつけていますが、万里加はその猫に気づく様子がありません。
 太郎はそれを見て、ピンときました。
「ねえ、探している猫ってどんな猫?」
「え? うーんと黒猫。真っ黒なの」

 もう一度太郎は、万里加の足元を見ます。
 万里加の言う通り、真っ黒な猫でした。
 と言うことは、この猫を捕まえればミッションコンプリート……
 な訳がありません。
 なぜならこの猫は幽霊で、捕まえることはできませんし、死んでいるので万里加の望みをかなえることはできません。
 ですが死んだことをどう伝えればよいのか……

 なぜ万里加には見えないタビ助の幽霊が見えるのかと言えば、それは太郎が神様だからです。
 普通の人間には見えません。
 もし、そのまま『タビ助は死んでいる』と言えば、万里加に嫌われて二度と口をきいてもらえないでしょう。
 それだけは避たいが、死んでいることを黙っている訳にもいきません。
 別に伝えなかったところで、太郎には何の不都合も無いのですが、好きなこの前で混乱している太郎は、そのことには思い至りませんでした。

 どうしたものかとタビ助を見ながら悩んでいると、太郎は黒猫のタビ助と目があいました。
 するとタビ助は突然万里加の足元を離れていきました。
 太郎は何事かと驚きますが、タビ助はある程度離れたところで振り返りました。
 まるで『ついてこい』と言っているようでした。
 太郎は少し迷いましたが、決心しました。

「あっ」
「どうしたの?鈴木君」
「あそこでタビ助っぽいのがいた」
「本当?」
 うん、と太郎は答えます。
 タビ助はどこかに連れて行きたがっている

 そう確信した太郎は、万里加を連れてタビ助を追いかけたのでした。

 ◆

 三日後の夕方、太郎は学校から帰ってきました
「ただいま」
「お帰りなさい。手紙が来てますよ」
 太郎はショックを受けました。
 仕事はもう嫌だからです。
 すぐに逃げようとする太郎でしたが、拓真に引き留められます。
「安心してください。 お礼の手紙です」
「お礼の手紙?」
 太郎はホッとしながら、拓真から手紙を受け取ります。
 太郎は可愛い絵柄の封筒から、便箋を取り出し、読み初めました。
 そこには可愛らしい文字で、感謝の言葉が綴られていました。

『神様へ。

 タビ助にまた会わせてくれてありがとうございます。
 でも私が行ったときにはもう死んでいて、悲しくて私は泣いてしまいました。
 でも気づかなかったら、一生タビ助は独りぼっちだったので、会えてよかったと思います。

 でもいい事もありました。
 友達ができました。
 タビ助を一緒に探してくれて、泣いている私を励ましてくれて、タビ助のお墓も作ってくれました。

 今まであまり話したことは無かったけど、意外といい人で、面白い人でした。
 多分タビ助が、私が寂しくないように会わせてくれたんだと思います。

 タビ助に『ありがとう』と伝えてください。
 『天国で元気でいてね』とも。
 ありがとうございました』
 

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