その日、街は異様な様子でした。
街のいたるところにテルテル坊主が飾られているのです。
少しくらいのテルテル坊主ならば、ほほえましいと思う事でしょう。
ですが、量が違いました。
見渡す限り、テルテル坊主ばかり……
少しでも空いているスペースがあれば、誰かが飛んで来てテルテル坊主を吊るという徹底ぶりでした。
もしかしたら『そういう祭りでは?』と思われるかも知れません。
残念ながら違います。
これは祭ではなく、明日行われる小学生の遠足で晴れることを願っての事です。
この遠足自体も特別なものではありません。
学校から近くにある大きな公園に行って、弁当を食べて帰る。
ただそれだけの遠足です。
なので、特段晴れを望む理由はないのですが、今回ばかりはいつもと違います。
遠足が5回も、雨によって延期されているのです。
4回目、5回目に至っては、『ならば雨天決行』としたのですが、大人でも危険になるほどの土砂降りになり、学校自体が休校になるほどでした。
ですので、遠足を楽しみにしている子供たちや街の住人たちは、諦めてなるものかと、全員総出でテルテル坊主を飾ったのです。
念には念をと祈祷師を呼び、晴れ乞いを依頼しました。
また天気予報士に連絡を取り、確実に晴れる日を割りだりたりと、すさまじい本気度を見せました。
まさに百万一心、町中が一致団結し、心が一つでした。
ただ一人、『鈴木太郎』という男の子を除いては……
この男の子、実は神様です。
人間について学ぶと言う理由で、人間に転生してこの小学校に通っているのです。
そして雨を降らせているのは、彼…
彼が神様パワーによって降らせているのでした。
なぜ彼がこんな事をするのか……
太郎は、学校の行事が大嫌いなのでした。
◆
彼が人間に転生する前、天界にいた時もずっとひきこもって本ばかり読んでました。
いい年になっても働かず、親の小言を聞かされる毎日……
ですがある日、彼は下界に降りて人間の勉強したいといいました。
彼の両親は喜びました。
本当は両親の事がうっとおしくなり、どうせなら小説のように人間相手に無双してやるのも悪くないと思ったのです
両親もその事にうっすら気づいていましたが、それでも自分から行きたいと言ったので、笑顔で送り出しました。
そうして転生し、鈴木太郎となった彼は、持ち前の神様パワーを駆使し、彼は人間相手に無双し、クラスの人気者に――
なりませんでした。
実は彼は人付き合いが苦手だったのです。
天界にいた時も、神付き合いを避けていたので、転生して人間になったところでうまくいくはずがありません。
そんな彼でしたので、みんなが集まるイベントはすべて休んでいました。
ですが、行事の度に休む彼をよく思わない担任の先生が、『今回は出ろ、いいな』と、威圧しながら言ったのです。
時代が時代なので、訴えられてもおかしくありませんでしたが、そんな度胸は太郎は持ち合わせていなかったので、渋々頷いたのでした。
◆
というわけで、鈴木太郎となった彼は、他の生徒と同じように、学校のあちこちにテルテル坊主を飾っていました
雨が降るかどうかを、自分で決めることができる彼にとって、テルテル坊主というのは無意味。
特に明日は雨を降らせることにしているので、無駄としか思えませんでした。
ですが文句を言いながらも、太郎にはそれをサボる度胸もなく、粛々とテルテル坊主を吊るしていたのでした。
。
「あ、鈴木君」
無心で作業をしていると、クラスのマドンナ山田華子ちゃんが声をかけてきました。
華子は、太郎のようなひねくれものにも優しい、とてもいい子でした。
「鈴木君、こっち側をやっていたんだね」
「う、うん」
彼は華子の目を合わせずに答えます。
神様とは言え男の子、可愛い女の子には弱いのです。
「明日晴れるといいね」
「そうだね」
ですが、太郎は明日も雨を降らせることにしていました。
なので、華子の希望に添えないことに、若干の申し訳なさを感じていました
「私ね、明日の遠足楽しみなの。最後のだから」
「最後?」
「あれ、鈴木君には言ってなかったかな? 私、来週転校するの……」
「えっ」
太郎は雷に打たれたような衝撃を受けました。
彼女は、彼のストライクゾーンの真ん中であり、ゆっくりとアプローチしていく予定だったのです。
10年にもわたる壮大な計画が壊れた瞬間でした。
そんな彼の気持ちを知らず、彼女は話を続けます。
「だからね、明日はぜーぇったい晴れてもらわないとね」
「そ、そうだね」
太郎の心の中は、複雑でした。
彼は、遠足には絶対に行きたくないので、雨を降らせる予定……
しかし雨が降ると華子はとても悲しむことになる。
かと言って晴れると、自分が遠足に行くことになる……
一体どうすべきなのか……
「あのさ」
「何?」
彼女はコテンと横に首をかしげました。
「明日晴れるよ、絶対に」
花子はぽかんとした
「うん」
と大きく頷きました。
「じゃあ、私あっちの方吊るしてくるから」
そう言って、彼女は彼の元から去っていきました。
そんな彼女の背中を、彼は見つめていました
◆
そして次の日。
関係者の誰もが不安に思っていた雨の気配はありません。
雲一つない青空、まさに快晴でした。
そんな気持ちのいい空の下、学校の校庭で生徒たちが整列していました。
その中にいる太郎もいます。
彼は憂鬱でした。
どうして歩かなければいけないのか?
考えることはそればかりです。
彼は、ふと華子の方に顔を向けると、華子は友達と仲良くお喋りをしていました。
しばらく眺めていた太郎でしたが、華子と目があってしまいました。
太郎は見ていたことをどう言い訳するか迷いましたが、華子は手を小さく振って、また友だちとお喋りを再開しました。
太郎はホッとしつつも、楽しそうな華子の様子を見て、ちょっとだけ憂鬱な気持ちが晴れました。
たまには学校の行事もいいもんだ。
そう思う太郎なのでした。
「全然だめだったね」
「そうだな」
広場のベンチに座っている男女が二人。
はたから見れば、何の変哲もないカップルである。
だが二人は恋人ではない。
この二人は、姉弟同然に育った幼馴染である。
故郷の村は、子供の数が少ない事もあり、二人はいつも一緒に遊んでいた。
平和という言葉を体現したかのような、のどかな村。
ずっとそんな日が続くと思われた。
だがある時、事件が起きた
二人が幼いころ、謎の男に二人の両親が殺されたのだ。
当時、幼い事もあり何もできなかった二人は何もできなかった。
だが体が大きくなり、力もつけ、二人は親の仇を探すため村を出た。
そして男の場所を突き止めるため、様々な場所で情報を集めた。
その際に男を目撃したという情報を聞きつけ、この町にやってきたのである。
しかし聞き込みをするも、まったく成果を得られない。
道行く人に聞けども聞けども、全員揃って『知らない』。
調査はここにきて、行き詰まりを見せた。
『このまま続けても疲れるだけだ』と、広場のベンチで少し休憩することになったのだった。
◆ ◆
青年は、ベンチで休みながら、これからどうするべきかを考えていた。
目撃情報があったのはこの町で間違いがない。
にもかかわらず、尻尾すら掴めないのはどういう事だろうか?
何か前提が間違っているのかもしれない。
青年はそこまで考えるが、それ以上は何も思いつかない。
ちらと横で座っている少女の横顔を見る。
しかしその少女も、難しそうな顔で考え事をしていた。
少女も同じような状態であるらしい。
このまま、ただ聞き込みをしても進展はないだろう。
まだ早いが、宿に戻って作戦会議をすべきだろうか。
青年は大きなため息を吐きながら、なんとなく空を見上げる。
見上げれば、雲一つない青い空が広が広がっていた。
そういえば、と青年は思う。
こんなにゆっくりと空を眺めたのは、いつぶりだろうか?
少なくとも、仇を探し始めてからは無いだろう。
「どうしたの?」
少女は、青年が空を見上げて動かないことに心配して尋ねる。
「空に何かあるの?」
「いや、故郷の村もこんな空だったなと思って」
青年の言葉に、少女は空を見上げる。
「本当だ。故郷で見る空みたいね。子供の頃、よくこうして見上げてたね」
遠くまで来たね、と少女は独り言のように呟く。
「ねえ、復讐が終わったらさ、故郷に戻っていつもの場所に行かない?それで一緒に空を見よう」
「……それもいいな」
子供の頃、お気に入りの場所で日が暮れるまで遊んでいたことを思い出す。
そこには座るにはちょうどいい岩があり、遊び疲れた時は空を見上げていた。
懐かしき平和な日々。
だが両親が殺されてからは、以前の様に遊ぶことは無くなった。
けれど……
全てが終わったら、昔の様に空を見上げてもいいだろう。
二人はそんな事を思いながら、故郷にある遠くの空へ思いを馳せるのであった。
最近、彼氏の和也には仲よく話している女子がいるらしい。
『らしい』というのは、私は和也とは違うクラスのなので、その女子を見たことがないから。
もちろん和也にその女子の事を聞いた。
だけど、隠す様子もなく色々教えてくれる割に『仲のいい友達』という以上の情報が得られなかった。
かろうじて分かったのは、和也と隣の席にいて、休憩時間の度に楽しくお喋りしていると言う事。
……ギルティでは?
まあ、こうあっさりと言うあたり、本当に友達と思っているんだろう。
だけど不安なので、一度様子を見ることにした。
もちろん和也に気づかれないようこっそりとね。
休憩時間に和也のいる教室にこっそりと向かう。
教室を覗いたときに受けた衝撃は、とても言葉に出来ない。
なぜなら、和也は私に見せたことない笑顔で笑っていたからだ。
そして笑わせているのは、隣の席の女子。
私の心に怒りが満ちる。
許せない。
私の彼氏だぞ。
泥棒猫め。
嫉妬を感じながら、隣で話している女子を睨んで――
そして彼女を見て萎えてしまった。
彼女は和也に恋してる。
それは間違いない。
だけど、必死に好きじゃないフリをしているのが分かった。
なんで分かったのかって?
女の勘である。
彼女が和也に向ける、表情、しぐさ、目線。
それらは全部、友達に向けるソレ。
でも、全部作り物。
和也が好きな事が隠しきれていない。
好きだけど、好きじゃないフリってところか。
それにしても、和也はあんだけ近くで見ているのに気付かないなんて、とんでもないニブチンである。
むしろ、隣の彼女の方に同情してしまう。
気づかれても困るけども……
きっと、和也に彼女がいると聞いて、身を引く覚悟なんだろう
そんな彼女に対して、どうして泥棒猫なんて言えようか?
私は教室を後にする。
和也に気づかれないように、そっと……
不安を解消するためにやってきたけど、今度は別の感情が渦巻いていた。
自分だけを見て笑ってほしい私。
見たことがない顔で笑う和也。
好きじゃないフリをしている彼女。
私はその時に抱いた感情を、とても言葉に出来そうにない。
時は四月。
世界に春が訪れ、世界に緑に溢れ花が咲き乱れる。
それらを目当てに虫や蝶たちがやってくる。
鳥も恋の季節で、歌声で異性にアピール。
まさに春爛漫といった風景だ。
あらゆる生命が活動するこの季節。
春の陽気に誘われてクマが巣穴から出てくるように、桜の木の下から死体も這い出てくる季節でもある。
そう死体である。
皆さんは一度は聞いたことがあるだろう。
『桜の木の下には死体が埋まっている』と……
あまり知られていないが、本当に埋まっているのだ。
信じられていないのも当然で、その死体と言うのは普通の人間と見た目がそっくりで、まず見分けがつかない。
這い出てくる現場を見なければ、死体だと気づかないであろう。
ではなぜ『春になると出てくるのか?』。
それは簡単だ。
花見の宴会に参加するためである。
みなさんも花見会場に行ったとき、妙に人が多いなと思ったことは無いだろうか?
どこにこんなに人間がいたのだろうかと。
それは這い出てきた死体が混じっているからだ。
死体たちは、普通の人間に混ざって花見の料理に舌鼓《したつづみ》を打っているのである。
いくらなんでも知らない人間が参加していれば、すぐにでも気づくと思われるかもしれない。
だがそこは花見会場……
全員とは言わないが、酔っぱらって判断力が低下している人間も多い。
死体は入念に人間たちを観察し、大いに盛り上がっている宴会を選んで混じるので、まず気づかれる事はない。
宴会に参加した後は料理を食べて、頃合いを見てその場から離れる。
このことからも分かる通り、死体は人間を襲わない。
人間を襲うよりも、盗み食いする方がリスクが低いからだ。
もしかしたら花見会場で、うずくまって動かない人を見たことがあるかもしれない。
それも死体だ。
実は死体にも様々な個体がいて、宴会に混じるのが下手な個体がいる。
そうして何も食べれなかった個体がお腹が減って動けなくなった、と言うのが真相なのだ。
こうして桜の木の下に埋まっていた死体はエネルギーを補給するのだが、桜の花が見ごろなのは短い……
桜も散って花見が行われなくなったら、死体はどうするのか?
また桜の下に埋まっていくのである。
そう、死体は花見のシーズンだけ活動する存在なのだ。
埋まった後は、夏・秋・冬を土の中で過ごす。
そして季節が廻り、花見のシーズンが来れば、また土の中から出てきて花見客の料理を失敬する。
こうしてみると、死体は何の役にも立って無いように思えるだろう。
だが死体は埋まっている間に、桜の成長を促し花を綺麗に発色させる特殊な物質を生成する。
死体は桜の成長に貢献しているのだ。
そうして綺麗に咲いた桜を、人間が見て楽しむ。
これだけをとっても自然の複雑さが感じられるだろう。
人間は桜を見て花見を行い、桜は死体によって大きく成長し、死体は人間の料理を食べて命を長らえさせる。
桜と死体と人間は、お互いに欠かすことが出来ない、いわゆる共生関係なのだ!
くしくも今は花見シーズン。
これを読んでいるあなたも花見に行くことがあるかもしれない。
その時は自然の雄大さを感じながら、死体と一緒に桜を楽しんでいただければ幸いである。
吾輩は猫である。
名前はラリー。
自他ともに認めるこの屋敷一番のネズミハンターである。
子猫のころからネズミを狩りまくり、仲間の猫からは尊敬され、主人からも頼りにされている。
しかし最近は歳を取ったせいか、うまい具合に狩れなくなってきた。
始めは若いもんには負けんと踏ん張っていたものの、寄る年波には勝てず引退を考え始めていた。
その日も引退した後はどう振舞うべきか、日向ぼっこしながら考えていた時の事である。
暖かい日差しにウトウトしていると、誰かが近づく気配を感じ警戒を強める。
「ラリーさん、ですよね」
近づいてきた気配は、この屋敷では見たことが無い猫だった。
「新入りか?」
「はい。オレ、ミケっていいます」
ミケと名乗った猫は、ビクビクしながら答える。
「取って食うつもりは無いから、そんなに怖がらなくてもいい。この屋敷は食う物には困らないからな」
「はい」と言いつつも、ミケは相変わらずオドオドしていた。
そんなに吾輩の事が怖いのだろうか?
そのうち慣れるだろうと高を括り、
「それで、何の吾輩に何の用だ?」
「はい、ここでのことはラリーさんに聞けと言われまして……
「吾輩に? 誰がそんなことを?」
「俺を拾ってくれた方です」
ああ、と吾輩は合点がいく。
ご主人はよく吾輩を頼る。
今回も、コイツの面倒を見てくれという訳だろう。
ご主人の頼みとあらば、断ることは出来ない。
「事情は分かった。この屋敷の事を教えてやろう」
そういうと、ミケはほっとしたような顔をした。
「ここでは、仕事さえしていれば怒られることは無い。
仕事について聞いたか?」
「はい、ネズミを捕る事ですよね」
「そうだ」
「でも俺、ネズミを捕るのが下手糞で……」
ミケは不安げな表情になる。
「安心しろ。 ネズミを捕れなくても追い出されないし、飯も出る。
一度も捕まえたことがない猫だっているくらいだ」
「そうなんですか?」
ミケは意外そうに驚いた。
「ああ、もう一つ仕事があってな。これとどちらかが出来ていれば問題ない」
「もう一つの仕事ですか……」
ミケはゲンナリしたようだった。
奴も猫らしく、仕事が嫌いなようだ。
「二つ目の仕事は――
屋敷の人間には甘えろ。これも仕事だ」
「えっ、それ仕事なんですか?」
「ああ、やってみると分かるが、人間は甘えてやると喜ぶ。
主人も例外ではない」
「なるほど、ネズミが取れなくても甘えればいいんですね」
「そうだ。だが『甘える』と行為も奥が深い。
例えば、たまに冷たい態度をりそのあと甘えに行く『ツンデレ』というテクニックがある。おいおい教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「他には……
トイレの場所だな。 これを間違えると、人間がかなり怒る。
とんでもなく怒る……気を付けろよ」
「はい、追い出されたくないので気を付けます」
少しビビっているミケに、笑いがこみあげてきそうになる。
そんなことぐらいで、追い出すご主人ではない。
ただ知らない方が緊張感が出るだろうから、黙っておくことにする。
「次に、毛玉を吐くときの事なんだが――
ん、少し待て」
「何かあったんですか?」
「ああ、ご主人が来る」
「!」
俺の言葉に、ミケが驚いた顔をする。
「分かるんですか?」
「長いこと居れば、お前も分かるさ。さっき言ったこと覚えているか」
「甘えろ、ですね」
「そうだ!」
吾輩たちはご主人が入ってくるであろう扉に顔を向ける。
「いいか、ご主人が入ってきたら甘えに行くんだ。いいな」
「はい!」
そして吾輩たちは、ご主人がドアをあけるタイミングを見計らって――
🚪 🐈🐈
「あっ、ラリー、こんにちは。遊びに来たよ〜。
今日もおもちゃで遊ぼうね。
……あれ、知らない子がいる」
「昨日からいるの。名前はミケよ」
「そうなんだ。私、百合子っていうの。
君のご主人様の友だちです。
これからよろしくね、ミケ」
「にゃー」
「ラリーの側にいるって事は、ラリーの弟子ってことかな。
てことは、将来この子も甘えん坊になるね」
「ええ、間違いないわ。
だってラリーはこの屋敷の誰よりも、ずっと甘えん坊だもの」