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3/27/2024, 10:11:38 AM

「よくぞ、参った勇者よ」
 王の大きな声が響き渡る。
 ここは玉座の間、王が来客に会うための場所である。
 そして王の前でひざまずく若者こそ、王の客であり、勇者の子孫である。
 だが若者は、王の客とみなすにはみすぼらしい格好であった。
 この服は、若者が用意できる一番良い服ではあったが、明らかに場違いだった。

 だがそんな若者にも、王は笑顔で迎え入れた。
 もっとも内心ではどう思っているかは分からない。
 というのも王以外の側近や大臣、衛兵に至るまで、全員が冷たい表情をしていたからだ。
 何かを達観したかのような、冷たい表情だった。
 若者はこの場の雰囲気に圧倒され、委縮していた。

「顔をあげよ」
「はい、陛下」
 王の声で、若者はうつむいた顔を上げ、緊張した面持ちで王を見る。
「今我が国は未曽有《みぞう》の危機に瀕しておるのは知っておるな?
 魔王が復活し、奴が率いる魔王軍が我が国を攻めておるからだ」
「はい、存じております。陛下」
「うむ、そこでおぬしを呼んだのは他でもない。
 その魔王を退治してもらいたいのだ」
 その言葉に若者は表情をこわばらせる。

「もちろん、我が国の軍隊を動員し、魔王を抹殺したいのは山々であるが、魔王軍の対応で手がいっぱいなのだ……
 なので、わが軍が魔王軍を抑えている間、お主に魔王を倒してもらいたい」
「不躾ながら……私にはやり切る自信がありません」
「うむ、分かっておる。もちろん、魔王の討伐をするための援助をしよう。
 これ、例の物を持て」
 王が手を叩くと、奥の扉から箱を持った男が若者に歩み寄る。

「これが国からの援助じゃ。
 今は戦時下のため、渡せるものは少ないが、受け取るがいい」
「ありがとうございます。陛下」
 若者は王に礼を述べ、渡された箱の中身を空ける。

 若者は箱を覗いた瞬間、目をカッと見開き、信じられないような目で王を見た。
「陛下、これは……」
「うむ、50Gじゃ。少ないが、これを元手に魔王を倒してくれ」
 その言葉を聞いた若者は逡巡した後、王をまっすぐ見て尋ね。
「恐れながら陛下。さすがにこれでは足りません。お金をもっと下さるか、強力な武器か防具をください」
 若者の不遜ともいえる言葉に対し、王は気にした様子もなくことなく答える。
「お主の言いたいことは分かる。
 だが先ほど言ったように我が国は戦時下。
 お主に渡せるものはそれぐらいしかないのだよ」
「ですが――」
「残念ながら、これ以上は渡せない。
 これ以上を望んでも、ないものねだりというヤツじゃ」

 王の答えを聞いた若者は迷った表情になり、何かを言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。
「ありがとうございます、陛下。必ずや魔王を倒して見せます」
「うむ、期待しておるぞ」
 勇者は恭しく礼をし、玉座の間から退室する。

 若者がいなくなった瞬間、王を除く全員が一様に落胆した
 誰も言葉を発しなかったが、心中で誰もが「今日も駄目だったか」「そりゃそうだよな」「ケチすぎる」と思っていた。
 そう、この場の誰もが確信していた。
 あんな端金では、誰も魔王の討伐には赴かないと……

 王は一人、先ほどの笑顔とはうって変わり、怒りの表情だった
「ふうむ、アレは期待できんな。
 全く最近の若者は……
 たとえ50Gでも国を救って見せるという気概のあるものはいないのだろうか?」

 王のそばで控えていた大臣が『王様』と声をかける。
 王が振り向くと、大臣は困り果てた顔で、諫めるように言葉を続ける。
「さすがにもっとお金を出しませんと……
 それは、ないものねだりと言う物です」

3/26/2024, 10:12:06 AM

 教室に来てから最初にするのは、和也の席を見ること。
 別にアイツのことが、好きだからという訳じゃない。
 なぜならアイツの隣が私の席だから。
 そして自分の席ではなくあいつを探すのは、髪が少し派手なので目印にちょうどいいから。
 だから何も変なこともない自然な事。
 アイツの事を見つけて少し体が熱くなるのは、自分の席を見つけられた安心感からなのだ。

 彼の頭を目印にして、自分の席に向かう途中、不意にアイツと目が合う。
 驚いて心臓が跳ね上がった私の事なんて気付かず、『おはよう』と挨拶してくる。
 私は極めて冷静に『おはよう』と返す。
 すこし、声が変だったかもしれないけれど、仕方がない。
 だって私は朝が弱い。
 アイツも知ってる事で、変に思われることはない
 
 そして始まる朝の会話。
 毎朝の恒例行事。
 和也とは、趣味が合うので話が楽しいのだ。
 一日で最も楽しい時間。
 でも間違いが起こることはない
 私達はただの友人同士で、これからもずっと変わることはない。

 アイツと話すようになったのは最近のこと
 先月の席替えの時、席が隣同士になったのだ。
 今まで接点が無く、名前すら怪しいクラスメイトだったけど、話してみると以外に話は弾んだ。
 共通の趣味から、1㎜も理解していない物理の話まで。
 不思議と話しやすく、何を話しても盛り上がった。
 それ以来、機会があればよく話している。
 あまりに気持ちよく話せるので、ふとした時にアイツを探すようになった。

 でもアイツは異性として好きじゃないし、自分のタイプからもかけ離れている。
 友人としては好ましく思っている。
 仲のいい友人、それだけ。
 それにアイツには彼女がいる。
 仮に私がアイツの事が好きでも迷惑なだけ。
 だから、私のこの感情は『好き』じゃないのだ。

 教室に来てから最初にするのは、和也の席を見ること。
 アイツの事なんか好きじゃないのに、気づけばアイツのことを探してる。
 でも勘違いしちゃだめだ。
 だってこれは叶わない恋なんだから。

3/25/2024, 10:09:09 AM

 退屈な小学校の授業がおわり、俺は祐樹と二人一緒に帰っていた。
 いつものようにくだらない事を話しながら、家に向かって歩く。
 

「『ところにより』ってわけわかんねーよな、祐樹」
「突然、何さ?」
「朝の天気予報見ててさ。
 『本日のお天気は曇り、ところにより雨』みたいなこと言ってさ。」
「ああ。そういう事ね。康太も変なところ気にするね」
「母ちゃんが言ってたんだよ。TV局の責任逃れだって――どうした?」
 祐樹が急にソワソワし始め、周りを気にし始めた。

「他の人がいると困るから」
 困る?何に困るんだろう?
「……うん、いないね。
 じゃあ、教えてあげる。
 それは、符牒《ふちょう》なんだよ」
 突然、祐樹が難しい言葉を使う。
 頭がいいからなのか、俺が知らない言葉を使うことがよくある。

「フチョウ……って何?暗号?」
「うーん、まあ暗号みたいなものかな。
 例えば、警察物で言ったら『犯人』のことを『ホシ』。
 『被害者』の事を『ガイシャ』って言ってみたり。
 これは有名なヤツだけど、普通の人には分かんない符牒を使って、仲間で会話するんだ」
「全部理解したわ。で、なんで符牒使うの?」
「分かってないじゃんか……簡単に言えば会話の中身を知られないためだね」
「知られないため?」
「うん、困るから」
 また困る。なんでだろう。

「じゃあさ、今朝の天気予報の、フチョウだっけ?あれどういう意味」
「言ってもいいけど、皆には内緒だよ」
「分かってる。俺と祐樹だけの約束」
「じゃあ、指切りげんまんね」
 あまりに慎重な祐樹に少し戸惑いつつも、指切りげんまんをする。

 コホン、と祐樹は咳払いする。
「天気予報の『ところにより雨』っていうのはね……
 『雨が降っている場所から、あの世に行けますよ』って意味」
「はい?」
 まったく意味が分からない。

「あはは、全く分からないって顔をしてる」
「そりゃそうだよ。急にあの世って言われても」
 そういうと、祐樹はニヤリと笑った。

「本当だって、死んだ人たちはそこから来て、そこに帰るんだよ」
「その死んだ人、何しに来てるんだよ」
「友達と遊ぶため?」
「おい、急に適当かよ。絶対嘘だろ」
「あ、バレた?」
「途中まで信じかけたのに、急に雑になったぞ」
「ゴメンゴメン」
 祐樹は笑いながら謝ってくる。
 と、ふいに祐樹は立ち止まった。

「あ、僕はこっちだから」
 祐樹は脇道を指さす。
「え?お前の家って、もうちょい先だったろ」
「ううん、こっちで合ってる」
 引っ越したのか?
 そう言おうとして、言葉が出てこなかった。
 祐樹の指を差している脇道にだけ、雨が降っていたからだ。
 雲が出ていないのに雨粒が落ちて、道路が黒く塗れている。

「えっと、そっち雨降ってるぞ」
「うん、《《雨が降ってるから》》こっちなんだ」
 言うべきか迷った上での言葉も、あっさりと答えが返ってくる。

「バイバイ、またね」
「ああ」
 祐樹は何事もなかったかの様に、手を大きく振りながら雨の中を歩いていく。
 と、ふと急に祐樹の姿が消える。
 隠れる場所なんて無いのに、どこにも祐樹の姿は無かった。
 急に涙が出てきた。

 なんで忘れていたんだろう。
 祐樹はもう死んでいるのに。
 一年前のこの日、暴走する車に轢かれて死んだアイツ。

『友だちと遊ぶため?』
 祐樹はそう言った。
 俺に会いに来てくれたのか……

 俺は今はいない友に思いながら、雨に濡れた道路を見つめたのだった

3/24/2024, 9:24:19 AM

 私は特別な存在だけが集まるパーティを主催した。
 このパーティは、歓談や食事のために開催されたものではない。
 そのため、食事自体の質はあまりよくなく、歓談する人間も少ない。
 だが参加者全員が、これから起こる事にウズウズしていた。
 無理もない。
 彼らは、メインディッシュであるパーティの出し物を見に来たのだ。
 自分たちのつまらない人生を彩る、そんな出し物を……

 ◇ ◇ ◇

 私たちは何不自由ない人生を送ってきた。
 使いきれないほど持っている金。
 世界各地にある豪邸。
 アメリカ大統領ですら、ご機嫌伺いに来る影響力。
 私たちが持っていないものなどない。
 そう、私たちは特別な存在なのだ。

 だが、ある時から私は人生がつまらなく感じ始めた。
 何をしても満ち足りない。
 そんなとき、漫画を読んでいて思いついた
 それは人間の本性を暴くこと。
 これを思いついたとき、人生で経験したことのないくらいの高揚感を感じた。

 人間だれしも、醜い欲望をもっている。
 だがそれを理性の元に封じ込め、まるで聖人のように振舞っている。
 その欲望を、白日の下に暴き出す。
 素晴らしいエンターテイメント!

 それをどうやって暴くか……
 決まっている。
 デスゲームだ!

 適当な人間どもを集め、殺し合わせる。
 生き残った一人だけが生きて帰れ、しかも莫大な金を渡すと言ってだ。
 愛を囁く恋人たちや平和主義者たちも、自分の命がかかっていれば殺し合う事であろう。
 まさに痛快。

 そして私は同志を募り、計画を立ち上げた。
 巨万の富をつぎ込み、会場を作り上げ、ゲームの参加者を選定、いろいろやることがあった。
 それぞれの得意分野を活かし、デスゲームを実現したのだ。
 他の見込みのありそうな成功者たちにも声をかけた。
 喜びを共有するためだ。

 準備は整った。
 あとは観戦して楽しむだけ。
 私の人生はここから始まる。

 ◇ ◇ ◇

『えーー、お集りの皆さん、こんにちは。担当の鈴木です』
 パーティ会場に男の声が響き、はっと我に返る。
 どうやら、空想に入り込んでいたようだ。

『えーまず最初に……
 予定されていたデスゲームですが――』
 男の続きの言葉を聞くため、会場の人間が全員耳を澄ませる。

『――中止です』
 は?
 会場にいる全員が言葉を失う。

『実は、工事業者にお金を持ち逃げされました。
 誘拐業者も夜逃げして、ゲーム参加予定者もいません。
 何一つ、準備出来てないので開催できません』

 会場のあちこちからブーイングが巻き起こる。
 私たちは人間の醜い部分を見るために、ここに集った。
 それが叶わないとするなら、我々はいったい何をしに来たと言うのか。
 というかそれはそれで、報告上げるべきだろ!

『みなさん、人間の本性が見たいとのことだったのでご満足しただけたかと。
 全員崇高な使命より、お金のほうが大事なんですよ』
 鈴木は『満足でしょ』と間の抜けた事を言い放つ。
 いや、それで納得できるか!

『とはいえ、中には人間が殺しあう様子をご覧になりたい人もいるでしょう。
 そちらだけは準備させていただきました』

 いろいろ予想外だったが、デスゲーム自体はやるんだな。
 ほっと、胸を撫でおろす。
 いや待て、さっきデスゲームは中止と言って……

『皆様、近くのテーブルの裏をご覧ください』
 男に言われるがまま、テーブルの裏を覗く。
 そこには小さな箱がある。
 嫌な予感がしながら開けてみると、そこには小さなナイフが入っていた。

「おい扉が開かないぞ」
 参加者の一人が、扉を開けようと体当たりをしている。
 そして周囲を見渡せば、先ほどまでいたウェイターが一人もいない。
 まさか、これは……

『皆さん、人間が争うのがお好きなようなので――』
 最初と同じ、淡々とした口調。
 だが、私は背筋に冷たいものを感じた。

『パーティの参加者にやってもらおうと思います。
 それでは……殺し合いを始めてください』

3/23/2024, 9:59:00 AM

「バカみたいな事したなあ」
 目の前のぬいぐるみをを見て、私はため息をつく。
 先日、酔った勢いで注文したもので、本日晴れて届けられたものだ。
 その時間違いなく欲しくて注文したもの。
 だけど今の私には溜息しか出ない。

 別にぬいぐるみは嫌いじゃない。
 むしろ好きだ。
 私の部屋には、他にもいくつものぬいぐるみがある。
 このクマのぬいぐるみも、デザイン『は』好きだ。
 だけど一つ不満がある。
 唯一にして最大の問題点。

 目の前のぬいぐるみはバカみたいに大きいのだ。
 私より大きなぬいぐるみって何?
 ここ狭い賃貸アパートだぞ。
 置くトコねえよ。
 どうしてこんなことに……

 事の発端は、先週の会社の飲み会。
 飲み会が開始されてみんなが酔ってバカみたいに騒いでいた頃、誰かが言った。
 『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』と……
 そこで酒を飲んでいい気分の私。
 『そんなぬいぐるみが!?私が買っちゃる!』
 とスマホを取り出し、ささっと注文。
 『夢みたい』と思いながら次の酒を飲む。
 そして今に至る。
 ……あれ、本当に夢だったらよかったのに。

 やはり酒を控えよう。
 何度目かもわからない反省をするが、きっと次もやらかす。
 それが私。
 だが、買ったものはしょうがない。
 目の前の現実に向き合うことにしよう。

 私はぬいぐるみに抱き着く。
 おお、柔らかい。
 この包み込むような安心感。
 やはりぬいぐるみは良い物だ。
 予定外の出費で、来月ピンチという事実がどうでも良くなっていく。

 ピンポーン。
 現実逃避している私の耳に、玄関のチャイムが鳴り響く。
 配送業者くらいしか訪れることのない私の部屋に、誰かが来たようだ。
 まさか、私の記憶がないだけで他にも注文をした!?
 キャンセルの可能性をも考えながら、扉を開けると先輩が立っていた。

「来ちゃった」
 まるで先輩は恋する乙女の様に微笑む。
 だが笑顔の先輩とは逆に、私は混乱する。
 なぜ先輩がここに?

「えっと、先輩。何か御用で?」
 すると先輩はにこやかに笑って、
「うん、アレ届いたかと思って……今日だったよね」
「??」
「覚えてない?デカいぬいぐるみ注文したんでしょ」
 その時私の脳裏が高速回転をし始める。
 頭に浮かぶ一つの言葉。
『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』
「ぬいぐるみ欲しがったの、先輩だったんですか!」
「今気づいたの?」
 先輩はおかしそうに笑う。

「で、届いた?」
「届きましたけど……なんで先輩が届く日を知っているんですか?」
「え?聞いたら教えてくれたよ。見せてくれるとも言った。覚えてない?」
 覚えてない。
 本格的に酒との付き合いを考える日が来たのかもしれない。
 それはともかく。

「まあ、入って下さい」
 私は先輩を招き入れる。
 そして部屋に入った先輩は、置かれたぬいぐるみを見渡す。
「ひえー、バカみたいにでけぇ」
 目を輝かせながら、先輩は大きなクマのぬいぐるみに抱き着く。
「ひゃー、すごい安心感。あっ他にも小さなぬいぐるみがある。可愛い~」
 今まで見たこともないくらい、先輩のテンションが高い。
 こんな一面もあったのか、と先輩を眺めていると不意にこちらを向いた。

「あ、そうだ。タダで見せてもらうのが気が引けたから、お土産あるんだよ」
 と先輩はポリ袋からお酒を取り出す。
 私はそれを見てニヤリと笑う。

「じゃあ、飲みましょう」
 私は急いで、プチ宴会の準備を行う。
「では、この素晴らしきぬいぐるみたちに乾杯」
「乾杯」

 そして私たちは缶ビールを片手に、ぬいぐるみに人生相談したり抱き着いたりして、バカみたいな宴会を繰り広げる。。

「このぬいぐるみ可愛くない?」
「可愛いー。買っちゃう?買っちゃう?」
 そして、1週間後には新たなぬいぐるみがやってくるのであった。

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