「よくぞ、参った勇者よ」
王の大きな声が響き渡る。
ここは玉座の間、王が来客に会うための場所である。
そして王の前でひざまずく若者こそ、王の客であり、勇者の子孫である。
だが若者は、王の客とみなすにはみすぼらしい格好であった。
この服は、若者が用意できる一番良い服ではあったが、明らかに場違いだった。
だがそんな若者にも、王は笑顔で迎え入れた。
もっとも内心ではどう思っているかは分からない。
というのも王以外の側近や大臣、衛兵に至るまで、全員が冷たい表情をしていたからだ。
何かを達観したかのような、冷たい表情だった。
若者はこの場の雰囲気に圧倒され、委縮していた。
「顔をあげよ」
「はい、陛下」
王の声で、若者はうつむいた顔を上げ、緊張した面持ちで王を見る。
「今我が国は未曽有《みぞう》の危機に瀕しておるのは知っておるな?
魔王が復活し、奴が率いる魔王軍が我が国を攻めておるからだ」
「はい、存じております。陛下」
「うむ、そこでおぬしを呼んだのは他でもない。
その魔王を退治してもらいたいのだ」
その言葉に若者は表情をこわばらせる。
「もちろん、我が国の軍隊を動員し、魔王を抹殺したいのは山々であるが、魔王軍の対応で手がいっぱいなのだ……
なので、わが軍が魔王軍を抑えている間、お主に魔王を倒してもらいたい」
「不躾ながら……私にはやり切る自信がありません」
「うむ、分かっておる。もちろん、魔王の討伐をするための援助をしよう。
これ、例の物を持て」
王が手を叩くと、奥の扉から箱を持った男が若者に歩み寄る。
「これが国からの援助じゃ。
今は戦時下のため、渡せるものは少ないが、受け取るがいい」
「ありがとうございます。陛下」
若者は王に礼を述べ、渡された箱の中身を空ける。
若者は箱を覗いた瞬間、目をカッと見開き、信じられないような目で王を見た。
「陛下、これは……」
「うむ、50Gじゃ。少ないが、これを元手に魔王を倒してくれ」
その言葉を聞いた若者は逡巡した後、王をまっすぐ見て尋ね。
「恐れながら陛下。さすがにこれでは足りません。お金をもっと下さるか、強力な武器か防具をください」
若者の不遜ともいえる言葉に対し、王は気にした様子もなくことなく答える。
「お主の言いたいことは分かる。
だが先ほど言ったように我が国は戦時下。
お主に渡せるものはそれぐらいしかないのだよ」
「ですが――」
「残念ながら、これ以上は渡せない。
これ以上を望んでも、ないものねだりというヤツじゃ」
王の答えを聞いた若者は迷った表情になり、何かを言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。
「ありがとうございます、陛下。必ずや魔王を倒して見せます」
「うむ、期待しておるぞ」
勇者は恭しく礼をし、玉座の間から退室する。
若者がいなくなった瞬間、王を除く全員が一様に落胆した
誰も言葉を発しなかったが、心中で誰もが「今日も駄目だったか」「そりゃそうだよな」「ケチすぎる」と思っていた。
そう、この場の誰もが確信していた。
あんな端金では、誰も魔王の討伐には赴かないと……
王は一人、先ほどの笑顔とはうって変わり、怒りの表情だった
「ふうむ、アレは期待できんな。
全く最近の若者は……
たとえ50Gでも国を救って見せるという気概のあるものはいないのだろうか?」
王のそばで控えていた大臣が『王様』と声をかける。
王が振り向くと、大臣は困り果てた顔で、諫めるように言葉を続ける。
「さすがにもっとお金を出しませんと……
それは、ないものねだりと言う物です」
教室に来てから最初にするのは、和也の席を見ること。
別にアイツのことが、好きだからという訳じゃない。
なぜならアイツの隣が私の席だから。
そして自分の席ではなくあいつを探すのは、髪が少し派手なので目印にちょうどいいから。
だから何も変なこともない自然な事。
アイツの事を見つけて少し体が熱くなるのは、自分の席を見つけられた安心感からなのだ。
彼の頭を目印にして、自分の席に向かう途中、不意にアイツと目が合う。
驚いて心臓が跳ね上がった私の事なんて気付かず、『おはよう』と挨拶してくる。
私は極めて冷静に『おはよう』と返す。
すこし、声が変だったかもしれないけれど、仕方がない。
だって私は朝が弱い。
アイツも知ってる事で、変に思われることはない
そして始まる朝の会話。
毎朝の恒例行事。
和也とは、趣味が合うので話が楽しいのだ。
一日で最も楽しい時間。
でも間違いが起こることはない
私達はただの友人同士で、これからもずっと変わることはない。
アイツと話すようになったのは最近のこと
先月の席替えの時、席が隣同士になったのだ。
今まで接点が無く、名前すら怪しいクラスメイトだったけど、話してみると以外に話は弾んだ。
共通の趣味から、1㎜も理解していない物理の話まで。
不思議と話しやすく、何を話しても盛り上がった。
それ以来、機会があればよく話している。
あまりに気持ちよく話せるので、ふとした時にアイツを探すようになった。
でもアイツは異性として好きじゃないし、自分のタイプからもかけ離れている。
友人としては好ましく思っている。
仲のいい友人、それだけ。
それにアイツには彼女がいる。
仮に私がアイツの事が好きでも迷惑なだけ。
だから、私のこの感情は『好き』じゃないのだ。
教室に来てから最初にするのは、和也の席を見ること。
アイツの事なんか好きじゃないのに、気づけばアイツのことを探してる。
でも勘違いしちゃだめだ。
だってこれは叶わない恋なんだから。
退屈な小学校の授業がおわり、俺は祐樹と二人一緒に帰っていた。
いつものようにくだらない事を話しながら、家に向かって歩く。
「『ところにより』ってわけわかんねーよな、祐樹」
「突然、何さ?」
「朝の天気予報見ててさ。
『本日のお天気は曇り、ところにより雨』みたいなこと言ってさ。」
「ああ。そういう事ね。康太も変なところ気にするね」
「母ちゃんが言ってたんだよ。TV局の責任逃れだって――どうした?」
祐樹が急にソワソワし始め、周りを気にし始めた。
「他の人がいると困るから」
困る?何に困るんだろう?
「……うん、いないね。
じゃあ、教えてあげる。
それは、符牒《ふちょう》なんだよ」
突然、祐樹が難しい言葉を使う。
頭がいいからなのか、俺が知らない言葉を使うことがよくある。
「フチョウ……って何?暗号?」
「うーん、まあ暗号みたいなものかな。
例えば、警察物で言ったら『犯人』のことを『ホシ』。
『被害者』の事を『ガイシャ』って言ってみたり。
これは有名なヤツだけど、普通の人には分かんない符牒を使って、仲間で会話するんだ」
「全部理解したわ。で、なんで符牒使うの?」
「分かってないじゃんか……簡単に言えば会話の中身を知られないためだね」
「知られないため?」
「うん、困るから」
また困る。なんでだろう。
「じゃあさ、今朝の天気予報の、フチョウだっけ?あれどういう意味」
「言ってもいいけど、皆には内緒だよ」
「分かってる。俺と祐樹だけの約束」
「じゃあ、指切りげんまんね」
あまりに慎重な祐樹に少し戸惑いつつも、指切りげんまんをする。
コホン、と祐樹は咳払いする。
「天気予報の『ところにより雨』っていうのはね……
『雨が降っている場所から、あの世に行けますよ』って意味」
「はい?」
まったく意味が分からない。
「あはは、全く分からないって顔をしてる」
「そりゃそうだよ。急にあの世って言われても」
そういうと、祐樹はニヤリと笑った。
「本当だって、死んだ人たちはそこから来て、そこに帰るんだよ」
「その死んだ人、何しに来てるんだよ」
「友達と遊ぶため?」
「おい、急に適当かよ。絶対嘘だろ」
「あ、バレた?」
「途中まで信じかけたのに、急に雑になったぞ」
「ゴメンゴメン」
祐樹は笑いながら謝ってくる。
と、ふいに祐樹は立ち止まった。
「あ、僕はこっちだから」
祐樹は脇道を指さす。
「え?お前の家って、もうちょい先だったろ」
「ううん、こっちで合ってる」
引っ越したのか?
そう言おうとして、言葉が出てこなかった。
祐樹の指を差している脇道にだけ、雨が降っていたからだ。
雲が出ていないのに雨粒が落ちて、道路が黒く塗れている。
「えっと、そっち雨降ってるぞ」
「うん、《《雨が降ってるから》》こっちなんだ」
言うべきか迷った上での言葉も、あっさりと答えが返ってくる。
「バイバイ、またね」
「ああ」
祐樹は何事もなかったかの様に、手を大きく振りながら雨の中を歩いていく。
と、ふと急に祐樹の姿が消える。
隠れる場所なんて無いのに、どこにも祐樹の姿は無かった。
急に涙が出てきた。
なんで忘れていたんだろう。
祐樹はもう死んでいるのに。
一年前のこの日、暴走する車に轢かれて死んだアイツ。
『友だちと遊ぶため?』
祐樹はそう言った。
俺に会いに来てくれたのか……
俺は今はいない友に思いながら、雨に濡れた道路を見つめたのだった
私は特別な存在だけが集まるパーティを主催した。
このパーティは、歓談や食事のために開催されたものではない。
そのため、食事自体の質はあまりよくなく、歓談する人間も少ない。
だが参加者全員が、これから起こる事にウズウズしていた。
無理もない。
彼らは、メインディッシュであるパーティの出し物を見に来たのだ。
自分たちのつまらない人生を彩る、そんな出し物を……
◇ ◇ ◇
私たちは何不自由ない人生を送ってきた。
使いきれないほど持っている金。
世界各地にある豪邸。
アメリカ大統領ですら、ご機嫌伺いに来る影響力。
私たちが持っていないものなどない。
そう、私たちは特別な存在なのだ。
だが、ある時から私は人生がつまらなく感じ始めた。
何をしても満ち足りない。
そんなとき、漫画を読んでいて思いついた
それは人間の本性を暴くこと。
これを思いついたとき、人生で経験したことのないくらいの高揚感を感じた。
人間だれしも、醜い欲望をもっている。
だがそれを理性の元に封じ込め、まるで聖人のように振舞っている。
その欲望を、白日の下に暴き出す。
素晴らしいエンターテイメント!
それをどうやって暴くか……
決まっている。
デスゲームだ!
適当な人間どもを集め、殺し合わせる。
生き残った一人だけが生きて帰れ、しかも莫大な金を渡すと言ってだ。
愛を囁く恋人たちや平和主義者たちも、自分の命がかかっていれば殺し合う事であろう。
まさに痛快。
そして私は同志を募り、計画を立ち上げた。
巨万の富をつぎ込み、会場を作り上げ、ゲームの参加者を選定、いろいろやることがあった。
それぞれの得意分野を活かし、デスゲームを実現したのだ。
他の見込みのありそうな成功者たちにも声をかけた。
喜びを共有するためだ。
準備は整った。
あとは観戦して楽しむだけ。
私の人生はここから始まる。
◇ ◇ ◇
『えーー、お集りの皆さん、こんにちは。担当の鈴木です』
パーティ会場に男の声が響き、はっと我に返る。
どうやら、空想に入り込んでいたようだ。
『えーまず最初に……
予定されていたデスゲームですが――』
男の続きの言葉を聞くため、会場の人間が全員耳を澄ませる。
『――中止です』
は?
会場にいる全員が言葉を失う。
『実は、工事業者にお金を持ち逃げされました。
誘拐業者も夜逃げして、ゲーム参加予定者もいません。
何一つ、準備出来てないので開催できません』
会場のあちこちからブーイングが巻き起こる。
私たちは人間の醜い部分を見るために、ここに集った。
それが叶わないとするなら、我々はいったい何をしに来たと言うのか。
というかそれはそれで、報告上げるべきだろ!
『みなさん、人間の本性が見たいとのことだったのでご満足しただけたかと。
全員崇高な使命より、お金のほうが大事なんですよ』
鈴木は『満足でしょ』と間の抜けた事を言い放つ。
いや、それで納得できるか!
『とはいえ、中には人間が殺しあう様子をご覧になりたい人もいるでしょう。
そちらだけは準備させていただきました』
いろいろ予想外だったが、デスゲーム自体はやるんだな。
ほっと、胸を撫でおろす。
いや待て、さっきデスゲームは中止と言って……
『皆様、近くのテーブルの裏をご覧ください』
男に言われるがまま、テーブルの裏を覗く。
そこには小さな箱がある。
嫌な予感がしながら開けてみると、そこには小さなナイフが入っていた。
「おい扉が開かないぞ」
参加者の一人が、扉を開けようと体当たりをしている。
そして周囲を見渡せば、先ほどまでいたウェイターが一人もいない。
まさか、これは……
『皆さん、人間が争うのがお好きなようなので――』
最初と同じ、淡々とした口調。
だが、私は背筋に冷たいものを感じた。
『パーティの参加者にやってもらおうと思います。
それでは……殺し合いを始めてください』
「バカみたいな事したなあ」
目の前のぬいぐるみをを見て、私はため息をつく。
先日、酔った勢いで注文したもので、本日晴れて届けられたものだ。
その時間違いなく欲しくて注文したもの。
だけど今の私には溜息しか出ない。
別にぬいぐるみは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
私の部屋には、他にもいくつものぬいぐるみがある。
このクマのぬいぐるみも、デザイン『は』好きだ。
だけど一つ不満がある。
唯一にして最大の問題点。
目の前のぬいぐるみはバカみたいに大きいのだ。
私より大きなぬいぐるみって何?
ここ狭い賃貸アパートだぞ。
置くトコねえよ。
どうしてこんなことに……
事の発端は、先週の会社の飲み会。
飲み会が開始されてみんなが酔ってバカみたいに騒いでいた頃、誰かが言った。
『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』と……
そこで酒を飲んでいい気分の私。
『そんなぬいぐるみが!?私が買っちゃる!』
とスマホを取り出し、ささっと注文。
『夢みたい』と思いながら次の酒を飲む。
そして今に至る。
……あれ、本当に夢だったらよかったのに。
やはり酒を控えよう。
何度目かもわからない反省をするが、きっと次もやらかす。
それが私。
だが、買ったものはしょうがない。
目の前の現実に向き合うことにしよう。
私はぬいぐるみに抱き着く。
おお、柔らかい。
この包み込むような安心感。
やはりぬいぐるみは良い物だ。
予定外の出費で、来月ピンチという事実がどうでも良くなっていく。
ピンポーン。
現実逃避している私の耳に、玄関のチャイムが鳴り響く。
配送業者くらいしか訪れることのない私の部屋に、誰かが来たようだ。
まさか、私の記憶がないだけで他にも注文をした!?
キャンセルの可能性をも考えながら、扉を開けると先輩が立っていた。
「来ちゃった」
まるで先輩は恋する乙女の様に微笑む。
だが笑顔の先輩とは逆に、私は混乱する。
なぜ先輩がここに?
「えっと、先輩。何か御用で?」
すると先輩はにこやかに笑って、
「うん、アレ届いたかと思って……今日だったよね」
「??」
「覚えてない?デカいぬいぐるみ注文したんでしょ」
その時私の脳裏が高速回転をし始める。
頭に浮かぶ一つの言葉。
『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』
「ぬいぐるみ欲しがったの、先輩だったんですか!」
「今気づいたの?」
先輩はおかしそうに笑う。
「で、届いた?」
「届きましたけど……なんで先輩が届く日を知っているんですか?」
「え?聞いたら教えてくれたよ。見せてくれるとも言った。覚えてない?」
覚えてない。
本格的に酒との付き合いを考える日が来たのかもしれない。
それはともかく。
「まあ、入って下さい」
私は先輩を招き入れる。
そして部屋に入った先輩は、置かれたぬいぐるみを見渡す。
「ひえー、バカみたいにでけぇ」
目を輝かせながら、先輩は大きなクマのぬいぐるみに抱き着く。
「ひゃー、すごい安心感。あっ他にも小さなぬいぐるみがある。可愛い~」
今まで見たこともないくらい、先輩のテンションが高い。
こんな一面もあったのか、と先輩を眺めていると不意にこちらを向いた。
「あ、そうだ。タダで見せてもらうのが気が引けたから、お土産あるんだよ」
と先輩はポリ袋からお酒を取り出す。
私はそれを見てニヤリと笑う。
「じゃあ、飲みましょう」
私は急いで、プチ宴会の準備を行う。
「では、この素晴らしきぬいぐるみたちに乾杯」
「乾杯」
そして私たちは缶ビールを片手に、ぬいぐるみに人生相談したり抱き着いたりして、バカみたいな宴会を繰り広げる。。
「このぬいぐるみ可愛くない?」
「可愛いー。買っちゃう?買っちゃう?」
そして、1週間後には新たなぬいぐるみがやってくるのであった。