退屈な小学校の授業がおわり、俺は祐樹と二人一緒に帰っていた。
いつものようにくだらない事を話しながら、家に向かって歩く。
「『ところにより』ってわけわかんねーよな、祐樹」
「突然、何さ?」
「朝の天気予報見ててさ。
『本日のお天気は曇り、ところにより雨』みたいなこと言ってさ。」
「ああ。そういう事ね。康太も変なところ気にするね」
「母ちゃんが言ってたんだよ。TV局の責任逃れだって――どうした?」
祐樹が急にソワソワし始め、周りを気にし始めた。
「他の人がいると困るから」
困る?何に困るんだろう?
「……うん、いないね。
じゃあ、教えてあげる。
それは、符牒《ふちょう》なんだよ」
突然、祐樹が難しい言葉を使う。
頭がいいからなのか、俺が知らない言葉を使うことがよくある。
「フチョウ……って何?暗号?」
「うーん、まあ暗号みたいなものかな。
例えば、警察物で言ったら『犯人』のことを『ホシ』。
『被害者』の事を『ガイシャ』って言ってみたり。
これは有名なヤツだけど、普通の人には分かんない符牒を使って、仲間で会話するんだ」
「全部理解したわ。で、なんで符牒使うの?」
「分かってないじゃんか……簡単に言えば会話の中身を知られないためだね」
「知られないため?」
「うん、困るから」
また困る。なんでだろう。
「じゃあさ、今朝の天気予報の、フチョウだっけ?あれどういう意味」
「言ってもいいけど、皆には内緒だよ」
「分かってる。俺と祐樹だけの約束」
「じゃあ、指切りげんまんね」
あまりに慎重な祐樹に少し戸惑いつつも、指切りげんまんをする。
コホン、と祐樹は咳払いする。
「天気予報の『ところにより雨』っていうのはね……
『雨が降っている場所から、あの世に行けますよ』って意味」
「はい?」
まったく意味が分からない。
「あはは、全く分からないって顔をしてる」
「そりゃそうだよ。急にあの世って言われても」
そういうと、祐樹はニヤリと笑った。
「本当だって、死んだ人たちはそこから来て、そこに帰るんだよ」
「その死んだ人、何しに来てるんだよ」
「友達と遊ぶため?」
「おい、急に適当かよ。絶対嘘だろ」
「あ、バレた?」
「途中まで信じかけたのに、急に雑になったぞ」
「ゴメンゴメン」
祐樹は笑いながら謝ってくる。
と、ふいに祐樹は立ち止まった。
「あ、僕はこっちだから」
祐樹は脇道を指さす。
「え?お前の家って、もうちょい先だったろ」
「ううん、こっちで合ってる」
引っ越したのか?
そう言おうとして、言葉が出てこなかった。
祐樹の指を差している脇道にだけ、雨が降っていたからだ。
雲が出ていないのに雨粒が落ちて、道路が黒く塗れている。
「えっと、そっち雨降ってるぞ」
「うん、《《雨が降ってるから》》こっちなんだ」
言うべきか迷った上での言葉も、あっさりと答えが返ってくる。
「バイバイ、またね」
「ああ」
祐樹は何事もなかったかの様に、手を大きく振りながら雨の中を歩いていく。
と、ふと急に祐樹の姿が消える。
隠れる場所なんて無いのに、どこにも祐樹の姿は無かった。
急に涙が出てきた。
なんで忘れていたんだろう。
祐樹はもう死んでいるのに。
一年前のこの日、暴走する車に轢かれて死んだアイツ。
『友だちと遊ぶため?』
祐樹はそう言った。
俺に会いに来てくれたのか……
俺は今はいない友に思いながら、雨に濡れた道路を見つめたのだった
3/25/2024, 10:09:09 AM