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1/29/2024, 9:55:08 AM

 今日、街へ行くことにした。
 何年ぶりだろうか。
 何度も行きたいと思っていたけれど、どうしても体が動かなかった。
 前に街に行った時の記憶が、私を臆病にさせた。

 だけどいつまでも家に閉じこもったも仕方がない。
 私は勇気を出し、再び街へ行くことにした。

 街に向かいながら前回のことを思い出す。
 数年前のことながら、今でも鮮明に思いだせる。
 ずっと頭から離れなかったあの光景。

 あの日私は町をぶらついていた。
 特に理由は無い。
 なんとなくだ。

 だけど街に着くと、私に気づいた人達がキャーキャー歓声を上げ始めた。
 私は突然の事に戸惑い――
 いや、正直に言うと気分がよかった。
 だってあんなに注目されることなんて、生まれて初めての事だから。

 だから調子に乗った。
 みんなから見えるように、大きな道を歩いたり、たまに歓声に応えたりした。
 そうすれば、みんな喜んでくれたからだ。
 たまらなく気分がよかった。

 それがいけなかったのだろう。
 私が注目を浴びることを気に入らない人たち――いわゆるアンチがいることに気が付かなかった。

 そのまま私は調子に乗って街を歩いていると、ふと周りに人がいないことに気が付いた。
 周りを見渡しても誰もいない。
 歓声どころか、物音一つしない。
 まるで最初から誰もいなかったかののように……
 何が起こったのかわからず、恐怖に支配される。

 その時だった。
 何かが体にぶつけられた。
 アンチは私に暴力を振るってきたのだ。

 誓って私は何もしていない。
 でもアンチには関係が無かったのだろう。
 見えない所から、何かを何度もぶつけられた。
 私は抵抗をしたが、それでも暴力は止まず、泣きながら家に帰ったのだ。
 今思い出しただけでも、身震いがしてくる。

 でも私は決めたのだ。
 アンチたちと対決すると。
 ベストな方法じゃないことは分かっている。
 でも悪いことをしていないのに、やられっ放しなのは許せない。

 私が街に姿を現すと、みんなが私に注目しているのが分かる。
 だけど突然のことで驚いたのか、私を見て固まっていた。
 歓迎の声が無いのはちょっとだけ残念だ。

 だけど気にしない。
 だって今回の目的はそうじゃないから。
 こうしていれば、またアンチが姿を現すだろう。

 それまでは、この光景を楽しむことにしよう。
 みんなが私を《見上げる》光景は何物にも代えがたい。
 私はこの光景を守るために戦うんだ。

 私の決意を感じ取ってくれたのか、一人の女性が私を歓迎する声をあげてくれた。

「キャー。怪獣よー」

1/28/2024, 9:29:57 AM

『優しさ始めました』
 いつも行く食堂に、そう書かれたノボリが置かれていた。
「はあ、やっと始めたのか……」
 どれだけこの日を待ちわびたことか……

 冬は人肌が恋しくなる寒い季節。
 だが人肌が無くても人は生きていける。

 同じように人は優しさが無くても生きていける。
 だからといって優しさが無くてもいいわけではない。
 そう言った理念のもと、この店は毎年冬の初めに『優しさ』を始めるのだ。

 今年の冬は、暖かい日が続き冬がなかなか来なかった。
 出すタイミングを逃して、そのまま忘れていたのだろう。
 あのとぼけた店主の事だ。
 そうに違いない。

 俺は扉を開けて店に入る。
「店主さん、張り紙見たよ。やっと優しさ始めたんだって?」
「ははは、すいません。
 どうにも優しさがなかなか入荷しなくって……」
「忘れていただけだしょ?」
「はは、バレましたか」

 店主は笑いながら、俺を先導して空いている席に案内する。
 この店は小さいので、週末以外は店長一人で切り盛りしている。

 案内された席に着くと、そこには腰痛軽減クッションが置かれていた。
 昨日は置かれてなかったので、わざわざ用意してくれたのだろう。

 腰痛に悩まされる俺のために置かれているクッション。
 先日、腰痛が辛いと言ったことを覚えていていてくれたらしい。
 このさりげない優しさが憎い。

「外は寒かったでしょう。ご注文の前にこちらを」
 そう言って差し出されたのは、ホットミルク。
 受け取って飲めば、体の芯から暖まっていく。
 優しさが体の隅々までいきわたる。

「ご注文が決まってますか?」
 店長は頃合いを見計らって注文を聞いてくる。
「今日は中華定食で」
「かしこまりました」
 そう言って店長は店の奥に入っていく。
 料理を作るために、厨房へいったのだ。

 料理が来るまで時間があるので、店の中を見渡す。
 すると暖炉に火が入っているのが見えた。
 昨日来たときは点いてなかったので、今日からなのだろう。

 冬の間、ずっと点ければいいのにと思うのだが、なかなか掃除が面倒らしい。
 この暖炉は、店で『優しさ』をやっている間だけの期間限定のものなのだ。
 暖炉から何か優しさ的なものが出ている気がする。
 掃除が面倒でも、『優しさ』をやる間だけは点けるというのは納得である。

 どれだけ見入っていたのだろうか、店主が店の奥から出てきた。
「お待たせしました」
 目の前に料理が並べられていく。

「今、『優しさ』が期間限定で100%増量しています」
「見た目変わんないけど」
「大丈夫ですよ。きちんと入ってますから」
「本当?違ったらSNSで炎上させるから」

 もちろん本気じゃない。
 優しさなんて入っていなかったところで、分かる人間なんていない。
 店長もそれを分かっているので、一緒に笑う。

「こちらサービスになります」
 そう言って、店長はあるものを置く。
 中華定食のデザート、俺の大好物の杏仁豆腐だ。
 これ自体は、いつもサービスで付く。
 だけど今回は――

「こちらも、優しさ増量中となっております」
 目の前に出されたのは、いつもより大きめの茶碗に入った杏仁豆腐。
 だがこれはこの期間だけのスペシャル杏仁豆腐なのだ。
 これがとんでもなくうまい。

 それもそのはず、店主が食材からこだわった、スペシャルな杏仁豆腐。
 店主のお客様のためという『優しさ』が暴走した結果の杏仁豆腐なのだ。

「ありがとうございます」
 俺は心の底からの感謝を述べる。
 これを毎年楽しみにしているのだ。

 デザートを早く味わうため、定食を手早く食べる。
 優しさどころか、味もまともに分からない。
 定食を食べ終えて、一度深呼吸する。

 スペシャルな杏仁豆腐なのだ。
 慌ててはいけない。

 しっかり精神を落ち着かせてから、ゆっくりと杏仁豆腐を口に運ぶ。
「やっぱり、優しさが入っていると違うな」
 杏仁豆腐は優しさに溢れた味がした。

1/27/2024, 9:54:53 AM

 草木も眠る丑三つ時。
 それは人ならざる存在が活動する時間。
 昔は人間が出歩かないのをいい事に、妖怪や魑魅魍魎が悪事を働くと信じられていました。
 なぜ人間が出歩かないと言えば、当時は外出用の灯りは日常的に使われていなかったからです。

 昔の灯りと言えば、提灯を思い浮かべると思います。
 ですが当時ろうそくは高級品で、一本4000円したとか。
 だからと言って使わないで外に出れば、何も見えないので非常に危険なことは明白です。
 なので庶民で使う人は少なく、夜になればすぐ寝ていたと言われています。

 しかしそんな真夜中にとある街道を歩く男がおりました。
 彼は提灯も持たず、月の光だけを頼りに道を歩いております。
 この男、名を甚平と言う。

 なぜ甚平がこんなところを歩いているのか。
 それは、近頃このあたりに妖怪が出るという噂を聞いたからです。

 なんでも真夜中に歩いていると、『みっともないど』と言って馬鹿にしてくるというのです。
 そして何度も何度も『みっともないど』と言い、どんなに身なりに自信がある伊達男でもがっくりと肩を落として帰って来るのです。

 ですがこの甚平、ご近所から天邪鬼として有名でした。
 そんなに自信を奪うのが好きなら、逆にこちらが妖怪の自信を奪ってやろうと思い立ちます。
 そこで自分が立派な服を着ていれば、『みっともないど』なんて言えず自信を無くしてしまうだろうと考えました。

 そこで甚平は借金をこさえ、良い服を買い付けました。
 何も知らない人が見ればどこぞの若旦那に見えるほどです。
 なるほど、これなら誰にも『みっともない』なんて言われることは無いでしょう。

 ただ服を買うことばかりに意識が行ってしまい、提灯を買い忘れていたのはご愛敬。
 しかたがないのでそのまま出かけることにしました。

 そうして甚平は噂の街道に差し掛かりますと、やはり声が聞こえてきました。
「みっともないど、みっともないど」
 なんと妖怪は甚平の姿を見ても『みっともない』というのです。
 さすがに甚平も怒りました。

 怒った甚平は、声の正体を確かめ、妖怪を成敗しようと考えます。
 そして耳を澄ませ、声がどこから聞こえてくるのか探ります。
 その間にも『みっともないど』の声は絶えることがありません。

「そこだ!」
 甚平は声のする方に向かって走り出し、声の主の元に駆け寄ります。
 そこには突然入って来た甚平にびっくりし、立っていたのは年端も行かぬ子供でした。

「貴様、この格好を見て『みっともないど』とは何事だ」
「ええっ。なんのことです?」
「とぼけるな。貴様が毎晩『みっともないど』と言っているのは知っているんだぞ」

 と言って甚平は刀を抜くようなそぶりを見せます。
 もちろん甚平は侍ではなく刀も持っていないので、抜くフリだけです。

 ですが子供には効果がありました。
 なにせ暗くて刀を持っていないことが分からず、良い服を着ていたので、てっきり侍だと勘違いしたのです。

「いえ、お侍様。私ここで何もやましい事をしておりません」
「嘘をつけ。ではここで何をしているのだ」
「何と言われても……
 ここで外国語の練習をしていたのです」
「練習?」
「はい。寺小屋で外国語を習っているのですが、苦手な単語がありましたので……」

 子供の答えに甚平は一瞬ぽかんとします。
「一応聞くが、どのような単語か?」
「はい、midnightです」
「は?」
 甚平が聞いたことが無い言葉でした。

「どのような意味なのだ?」
「真夜中と言う意味です。たまにうまく発音できないので練習していました」
「その、なんだ、毎晩貴様は『みっどないと』と言っているのか?」
 はい、と子供は頷く。

「嘘をつくでない、貴様『みっともないど』と言って――
 待てよ、みっどないと、みっどおないと、みっともないと、『みっともないど』。
 嘘だろ」
 甚平は呆れてしまいました。

「お侍様、どうかお許しを。お侍様を馬鹿にするつもりは無かったのです」
「安心しろ、処罰はせん。
 俺は侍ではないからな」
「ですが、いい着物を着ています。どこかの偉い人ではないのですか?」

 子供の質問に、甚平は少し考えます。
「訳を話すと長いのだが、買ったのだ」
「お金持ちですか」
「いや、お金は借りた。
 まあ俺に返せるあてはないから、家族の誰かが返すだろうよ」

 それを聞いた子供は呆れてしまいました。
「それ、いくらなんでも、みっともないど」

1/26/2024, 9:49:01 AM

 彼女と手を繋いで大通りを歩く。
 一緒にいるととても安心できる彼女。
 でも今の僕の心の中は不安でいっぱいだった

 こんな事彼女と一緒にいる時に考えるべきではないと分かっている。
 でも考えないようにすればするほど、深みにはまっていく。
 
 思い出されるのは朝の事。
 僕は大事なデートの日、がっつり寝坊して慌てて支度して家を出た。
 問題はその後だ。
 その時僕は玄関のカギをかけただろうか?
 どうしても思い出せない。

 いつもは家を出る時、ちゃんとかけてあるか確認する。
 でも今日は普通じゃなかった。
 いつも無意識でカギをかけているけれど、慌てて出てきたのでカギがかかっていないのかもしれない

「どうしたの?」
 彼女が僕の顔を覗いていた。
「何でもないよ」
 僕は嘘をつく。
 こんな自分を知られるわけにはいかない。

「嘘。だって私の手、痛くなるくらい握ってるもの」
「ごめん!」
 僕は思わず握った手を離す。
 だけど彼女はにこりと笑って、再び僕の手を握る。

「大丈夫」
 僕の目をじっと見る。
「困っていることがあるなら一緒に悩みましょう。私たちは恋人なんだからね」

 彼女の優しい言葉に思わず、目から涙がこぼれる。
 なぜ僕はこの人に隠し事なんてしようと思ったのだろう。
 こんなにも頼りになる人なのに。

「実はね。もしかしたら玄関のカギをかけてないかもしれないんだ」
「そっか。それは不安ね」
 そういうと彼女は少し考えた。

「じゃあ、今から君の家に行きましょう」
「えっ。
 駄目だよ。今から家に行くとなるとデートできなくなってしまう」
「でも不安、そうでしょ」
「そうだけど……」
 彼女の言葉は正鵠を射ていて、何も反論ができない。

「それにさ。おうちデートができるって考え方もあるでしょ。
 おうちデートのついでにカギの確認、それで行こう」
 彼女はあっさりと予定を決めてしまった。

「さあ、君の家にレッツゴー。
 私は君の家を知らないからエスコートしてね」
 そう言って彼女は無邪気に笑った。
 本当に敵わないなあ。

「分かったよ。こっち」
 僕は繋いだ手を引いて、自分の家に案内する。
 彼女の温かさが、不安だった僕を安心させてくれる。

 しばらく歩いていると、彼女が質問をしてきた。
「一つ、聞きたいことがあるんだけど……」
「何?」
「君って玄関のカギがかけてあるかどうか、気になるタイプ?」
「うん、毎日出る時確認してる。
 今日は忘れちゃったけど……」
「なるほど。提案なんだけど、次から私が確認してあげようか?」
「えっ」

彼女の言葉に思わず振り向く。
「つまりそれって」
「うん、一緒に住もうよ」
 彼女の言葉は魅力的だ。
 もしそうなれば、僕は安心して外出することが出来る。

「私はきっちりカギをかけられるタイプだから、頼りにしていいよ」
「うーん、突然すぎて……」
「もー。じゃあデートが終わるまでに決めておいてね」
 これ駄目って言えないやつだな。
 言うつもりもないけど。

「そうだ、同棲が無理でも私がカギを確認するから安心してね」
「どういう意味?」
 わざわざ家に来て確認してくれるのだろうか?

「君の家の近くに部屋を借りて、玄関を監視してあげる。
 さながらストーカーのように」
「……冗談だよね?」
 僕が聞くと、彼女はふふふ笑う。
「それどういう意味なの?」
 僕の質問に、彼女は笑うだけで答えてくれない。

 今まで見たことのない彼女の様子に動揺してしまう。
 初めて僕の家に来るから、緊張しているのだろうか?

 彼女の知らない一面を見てしまい、僕は不安になるのだった。
 

1/25/2024, 9:50:37 AM

 <存在しない前回のあらすじ>
 美紀が商店街で歩いていた時、突如怪人が現れ街で暴れ始めた。
 美紀は逃げるが、転んで足をひねってしまい動けなくなる。

 動けなくなった美紀を見つけた怪人は、他の人間に対する見せしめに殺そうとする。
 怪人は持っていた斧で美紀を斬ろうとするが、間一髪のところで謎の男に助けられる。

 謎の男の正体とは――

 ☆ ☆ ☆


 目を開けると、さきほど私を殺そうとした怪人から離れていた。
 そして私がさっきまでいた場所には、深く斧が突き刺さっている。
 自分があそこにいたかもと思うと、体の芯から冷える感覚がする。

「大丈夫かい?」
 声が聞こえたので振り向くと、逆光で見えなかったものの男性の顔があった。
 なぜこんな近くに男性がいるのか?
 ふと自分の体の見てみると、この知らない男性に抱きかかえられていた。
 お姫様抱っこだ。
 少し恥ずかしいが、どうやら状況的に彼が助けてくれたのだろう。

「ありがとうございます」
 私は助けてくれた彼に礼を言う。

「無事なら何よりだ」
 彼は口端を上げニヒルに笑った――ような気がした。
 逆光で見えなかったのだ。
 逆光?
 この男、もしや……

「貴様、何者だ?」
 対して怪人はいらだっていた。
 当然である。
 自分の獲物を横取りされたのだ。

「ふっ、私がわからんか」
 男は怪人に向き直る。
「私は悪を挫き、弱きを助ける。
 人呼んで――
    逆  光  仮  面  !」
「なに!?逆光仮面だと!?」
 怪人が驚愕する。

 逆光仮面!
 怪人が暴れるとどこからともなくやってくる正義の味方。
 卓越した戦闘力で怪人を倒し、巻き込まれた人々を救助する。 
 そしてその善行に対して何一つ見返りを求めない。
 まさにヒーロー。

 そんな彼の最大の特徴は、誰も顔を知らない事。
 名前のように仮面をつけているわけではない。
 彼の顔を見るとなぜか逆光で目が眩み、だれも顔を見ることが出来ないのだ。
 誰が呼んだか逆光仮面。

「ふん、貴様が逆光仮面とやらか。
 どおりで顔が見えないはずだ」
 私からも逆光で見えないが、怪人からも見えないらしい。
 どういう理屈だろうか?

「まあいい。邪魔するのなら消すだけだ」
 怪人は一歩前へ出る。

「このまま走って逃げるんだ」
 そう言って彼は地面に優しく下ろしてくれた。
 実に紳士的である。
「でも足を挫いてしまって……」
「そうか、じゃあここから動かないように。すぐ終わるからね」
 そういうと、彼は怪人の方を見る。
 だけど、彼の横顔も逆光で見えない。

「ほう、やってみるといい」
 逆光仮面が一歩前に出る。

「お前を殺して、その女も殺す」
 怪人も一歩前に出る。

「怪人、聞き忘れていたことがある。名前は?」
 近づきながら怪人に問う。

「俺は斧怪人オーノ。貴様を殺す名だ」
 両者がゆっくりと歩み寄り、徐々にスピードを上げていく。
 そしてすれ違う寸前に、光が彼から放たれる。

 私は眩い光に目が眩み、一瞬目をそらす。
 光が収まって、視線を戻すと両者はすでにすれ違っていた。
 どちらも動かない。
 どちらが勝ったのか?
 少しの静寂の後、オーノが膝をつく。

「くそ、目が、眩ま、なけ、れ、ば……」
 そして怪人オーノは目に倒れ込む。
 勝ったのは逆光仮面だった。

「今日も一つ悪が滅びた。ではお嬢さん、さらば――」
「待ってください」
 私は彼を引き留める。

 一瞬彼が驚いたような顔が見えたが、すぐに逆光で見えなくなる。
「ふむ、何かね?」
 彼は何事も無かったかのように私に歩み寄る。

「あの、私、ファンです。一緒に写真を撮ってください」
「いいとも。ファンサービスもヒーローの務め。スマホで撮るのかい?」
「いいえ、この私のカメラでお願いします」

 こうして私は持っていたカメラでツーショットを撮ったのだった。


 ☆ ☆ ☆

 私はジャーナリスト。
 真実を追い求めるのが仕事。
 あの場に怪人が出るかもしれないという情報があり、私はそこに派遣された。
 もちろん目的は逆光仮面だ
 そして情報通り、怪人は現れ、死にそうになりながらも、写真を撮ることができた。
 だが――

「やはり逆光か。最新型の逆光対応のカメラならあるいは、と思ったのだが」
 私が撮った写真を見た上司が呟く。
 写真の彼の顔は見事に逆光で映っていない。

「すいません」
 私は少しも悪いと思ってないが、とりあえず謝る。

「いいよ。期待してなかったから」
 その言い草にカチンとくる。
 ならお前が行けよ。
 こっちは死にそうになったんだぞ。

「じゃあ、次の取材に行ってこい。今度は書けるネタ取って来いよ」
「はい、行ってきます」
 こいつ、言い方もそうだが無駄に偉そうで嫌いなんだよな。
 怪我人だぞ、嘘でもいいから労われ。

 私は痛む足を庇いながら、地下駐車場に停めてある自分の車に乗り込む。
 そして周囲に誰もいないことを確認して、一枚の写真を取り出す。
 その写真は私と彼のツーショット写真。
 そして彼の顔がきれいに映ったものだった。

 そう、逆光対応カメラはちゃんと彼の顔を映していたのだ。
 上司に渡したものは、印刷する前にパソコンで加工した。
 推しとのツーショットだぞ。
 嫌いな上司に渡せるかよ。

 笑顔の私と、少しはにかんでいる彼。
 あんまり女性慣れしていないのかな?
 あんなに勇敢なのに、ちょっとおかしくて笑ってしまう。

「よし頑張ろう」
 その写真を見て気合を入れる。
 上司に腹が立つがそれはそれ。
 私は誰かの役に立ちたいからジャーナリストになったんだ。
 いつか私も彼のようなヒーローになるんだ。

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