草木も眠る丑三つ時。
それは人ならざる存在が活動する時間。
昔は人間が出歩かないのをいい事に、妖怪や魑魅魍魎が悪事を働くと信じられていました。
なぜ人間が出歩かないと言えば、当時は外出用の灯りは日常的に使われていなかったからです。
昔の灯りと言えば、提灯を思い浮かべると思います。
ですが当時ろうそくは高級品で、一本4000円したとか。
だからと言って使わないで外に出れば、何も見えないので非常に危険なことは明白です。
なので庶民で使う人は少なく、夜になればすぐ寝ていたと言われています。
しかしそんな真夜中にとある街道を歩く男がおりました。
彼は提灯も持たず、月の光だけを頼りに道を歩いております。
この男、名を甚平と言う。
なぜ甚平がこんなところを歩いているのか。
それは、近頃このあたりに妖怪が出るという噂を聞いたからです。
なんでも真夜中に歩いていると、『みっともないど』と言って馬鹿にしてくるというのです。
そして何度も何度も『みっともないど』と言い、どんなに身なりに自信がある伊達男でもがっくりと肩を落として帰って来るのです。
ですがこの甚平、ご近所から天邪鬼として有名でした。
そんなに自信を奪うのが好きなら、逆にこちらが妖怪の自信を奪ってやろうと思い立ちます。
そこで自分が立派な服を着ていれば、『みっともないど』なんて言えず自信を無くしてしまうだろうと考えました。
そこで甚平は借金をこさえ、良い服を買い付けました。
何も知らない人が見ればどこぞの若旦那に見えるほどです。
なるほど、これなら誰にも『みっともない』なんて言われることは無いでしょう。
ただ服を買うことばかりに意識が行ってしまい、提灯を買い忘れていたのはご愛敬。
しかたがないのでそのまま出かけることにしました。
そうして甚平は噂の街道に差し掛かりますと、やはり声が聞こえてきました。
「みっともないど、みっともないど」
なんと妖怪は甚平の姿を見ても『みっともない』というのです。
さすがに甚平も怒りました。
怒った甚平は、声の正体を確かめ、妖怪を成敗しようと考えます。
そして耳を澄ませ、声がどこから聞こえてくるのか探ります。
その間にも『みっともないど』の声は絶えることがありません。
「そこだ!」
甚平は声のする方に向かって走り出し、声の主の元に駆け寄ります。
そこには突然入って来た甚平にびっくりし、立っていたのは年端も行かぬ子供でした。
「貴様、この格好を見て『みっともないど』とは何事だ」
「ええっ。なんのことです?」
「とぼけるな。貴様が毎晩『みっともないど』と言っているのは知っているんだぞ」
と言って甚平は刀を抜くようなそぶりを見せます。
もちろん甚平は侍ではなく刀も持っていないので、抜くフリだけです。
ですが子供には効果がありました。
なにせ暗くて刀を持っていないことが分からず、良い服を着ていたので、てっきり侍だと勘違いしたのです。
「いえ、お侍様。私ここで何もやましい事をしておりません」
「嘘をつけ。ではここで何をしているのだ」
「何と言われても……
ここで外国語の練習をしていたのです」
「練習?」
「はい。寺小屋で外国語を習っているのですが、苦手な単語がありましたので……」
子供の答えに甚平は一瞬ぽかんとします。
「一応聞くが、どのような単語か?」
「はい、midnightです」
「は?」
甚平が聞いたことが無い言葉でした。
「どのような意味なのだ?」
「真夜中と言う意味です。たまにうまく発音できないので練習していました」
「その、なんだ、毎晩貴様は『みっどないと』と言っているのか?」
はい、と子供は頷く。
「嘘をつくでない、貴様『みっともないど』と言って――
待てよ、みっどないと、みっどおないと、みっともないと、『みっともないど』。
嘘だろ」
甚平は呆れてしまいました。
「お侍様、どうかお許しを。お侍様を馬鹿にするつもりは無かったのです」
「安心しろ、処罰はせん。
俺は侍ではないからな」
「ですが、いい着物を着ています。どこかの偉い人ではないのですか?」
子供の質問に、甚平は少し考えます。
「訳を話すと長いのだが、買ったのだ」
「お金持ちですか」
「いや、お金は借りた。
まあ俺に返せるあてはないから、家族の誰かが返すだろうよ」
それを聞いた子供は呆れてしまいました。
「それ、いくらなんでも、みっともないど」
1/27/2024, 9:54:53 AM