オレの心は光と闇の間で揺れていた。
今、オレの目の前には、財布が落ちている。
もちろん拾って交番に届けるべきなんだろう。
その一方で、この中に入っている金をネコババすれば、生活は楽になる。
自分の中の天使が言う。
―困っている人を助けるべきだ、と。
自分の中の悪魔が言う。
―大丈夫、バレはしない、と。
悪魔はささやく。
―これでいいものを食おうぜ、と。
悪魔はさらに追撃をかける。
―欲しいゲームあるだろ、と。
悪魔はこれでもかと誘惑する。
―よし、じゃあ買い物行こうぜ、と。
さっきから悪魔の押しが強い。
天使も助けるべきだ、としか言わない。
もっと無いのかとも思うが、オレも何も思いつかない。
自分の心は汚れているのだろうか?
違う。
たとえ心は汚れていても問題ではない。
どう生きるか、どう行動するかが問題なのだ
確か、婆ちゃんもそう言ってた。
そうと決まれば話は早い
オレは財布を握りしめ、近くの交番に向かう。
意外にも悪魔は反対しなかった。
そして悪魔はつぶやく。
―まあ、落とし主が美人かもしれないからね、と。
期待してないといえば嘘になるが、そんな都合のいいことはない。
交番に行って遺失物の届け出を書いていると、なんと婆ちゃんがやってきた。。
「あら、その財布。おばあちゃんのものね。拾ってくてありがとう」
そう言って婆ちゃんは、いくつかの確認の後、財布をお巡りさんから受け取る。
一緒に家に帰ったあと、婆ちゃんは財布からお金を取り出して、オレにくれた。
「拾ってくれて、ありがとうね。はい、お小遣いあげるわ」
オレは、渡されたそのお小遣いを、どんな感情で受け取るべきなのか?
オレの心は光と闇の間で揺れていた。
「テレビを見るときは、部屋を明るくして離れてみてね」
「え、うん」
彼女が突然俺の隣に座り、声をかけてくる。
「基本的に、寝る時以外は明るくする方がいいの」
「そうだね」
「それにね、何事にも適切な距離っていうのがあるの」
「うん」
急に饒舌になった彼女に相槌を打つ。
「もちろん、距離を離してはいけ無いときもある」
「今みたいに?」
「そう」
俺の問いに、彼女は間髪を入れず答える。
そんな彼女の様子を見て、オレの心に悪魔がささやく。
ちょっと彼女に少し意地悪をしてみる
「でもさ、こういうときって暗いほうが雰囲気でないか?」
「!」
彼女が、お前マジか、という顔をする。
「それにさ。距離だって近すぎたら集中できないだろ」
「…集中できなくてもいい」
彼女が、唇を尖らせて拗ねる。
「駄目だよ。集中出来ないなら距離を取るよ」
「くっ。痛い所を…」
「でどうする?」
「集中するから、このまま」
そう言って彼女は俺の腕にしがみつく。
「じゃあそろそろ…」
それを聞いて彼女はビクッとする。
「どうしても見なきゃ駄目?」
「駄目です。罰ゲームなんだから。さて、電気を消すか」
「それは絶対にさせない」
彼女はしがみついている腕に、さらに力を込める
どうやら電気を消すのは諦めた方がいいらしい。
「分かった。じゃあ明るいままで」
彼女は、当然だ、と言わんばかりの顔で頷く
「じゃあ再生するぞ」
そう言って、俺はデッキに入ったDVDを再生する。
そして本編が始まり、彼女は恐怖に顔を歪ませる。
そう、俺たちが見ているのはホラーである。
そして彼女はホラーが大の苦手。
話が進むにつれ、俺の腕がどんどん締まっていく。
終わる頃には俺の胸に顔を埋めていた
もはや見ていないのだが、指摘するのは酷と言うものであろう。
「終わった?」
「終わったよ」
そう言って彼女を抱きしめる
俺たち二人にとって、いつもの風景。
世間の恋人たちもそうしているであろう、ありふれた光景。
俺たちは毎日、様々な試練を乗り越えて、心の距離を近づけていくのだ
「今度は泣かないでと来たか。人間は、勝手だねぇ」
声がしたので振り向くとそこにはホトトギスがいた。
その物憂げな雰囲気に思わず声をかける。
「何かあったのか?」
我ながら馬鹿な質問をしたと思う。
鳥が喋るはずなんて無いのに。
だが、その鳥は事もなげに返事をする。
「ああ、聞いてくれるか。昔な、人間が来て、泣かないなら殺すって、言われたことあるんだ」
「それは大変だな」
流暢に話すホトトギスを見て、これは夢だと気づく
「その後には、泣かせてみせようって、逆さ吊りにさせられて、無理矢理泣かされたことがある」
「それはまた災難であったな」
「その後のやつも変なやつだったよ。泣かないならって泣くまで待つって言うんだ」
「ほう」
「で、何もせずじーっと見てるだけなの。俺、いたたまれなくって、泣く振りしたんだ」
ホトトギスの言葉に思わず吹き出す。
夢とはいえ、話のうまいホトトギスだ。
「それで、今回は泣くなって言われたのか?」
「そうなんだよ。人間って勝手だよな」
「そうか。でもお前は泣いているようには見えないな。泣くなとはどういう意味だ」
「いや、あんたが泣くなよって意味だよ」
「何言ってるんだ。意味分からん」
「そりゃそうだ。これは夢だぞ」
「そうだったな。それで、なんで泣くんだ?」
「ああ、これからあんたの大切な人が死ぬんだ」
大切な人と言われて考えてみるが、思考がまとまらない。
夢だからだろう。
「いいか、泣くなよ」
「はあ」
自分を呼んでいる声が聞こえる。
自分の意識が浮上してきて、目が覚めるのを自覚する。
「忘れるな。泣くなよ。己の為すべきことを為すために…」
――――――――
「起きてください。殿」
「どうした。仮眠中だぞ」
「緊急の連絡です。これを」
部下から渡された文を寝ぼけた頭で読むが、その衝撃的な内容に一気に頭が冴える。
「ば、馬鹿な。信長様が…」
信長様と過ごした日々を思い出し、涙が零れそうにになる。
―泣くなよ
その言葉が頭を過ぎる。
そうだ泣いてはいけない。
自分には、やるべきことがあるのだ
「官兵衛を呼べ。相談がしたい」
「はっ」
走っていく伝令を見ながら、これからのことを考える。
―泣くなよ
あれは信長様だったのかもしれない
頬を叩き、自分に活を入れる
泣いてはいけない
為すために為すために。
為したあとに泣けばいいのだ。
自分の体の調子が良くなってくると、ついに冬が始まったと心の中でガッツポーズする。
私は夏のあの暑さが大ッッ嫌いであり、夏など無くなればいいと思う。
あの暑さは、呪いのように私の体を蝕み、体力を常に消耗させ、頭のキレを鈍らせる。
ふつうの人は汗をかいて対抗するけれど、私は体質なのか汗があまり出ない。
出る頃には最早手遅れである
私の体は空冷式なのだ
しかし冬は違う
冬の寒さは、体の熱を取り去ってくれる。
体は羽のように軽く、頭のほうも雲ひとつ無い青空のようにクリアなのだ。
そして冬は暖かい食べものにボーナスがつく
肉まん、ホットコーヒー、鍋、出来立ての料理
ああ、そうだ、イチゴも美味しくなる
すべてが素晴らしい
そしてイベントが目白押し
クリスマス、正月、バレンタイン
これから楽しみだ
なので私は、冬のはじまりを祝福したいと思う。
みんな、冬をもっと評価すべきだ
冬をもっと讃えよ
私の熱くなったハートが訴える
冬、万歳
「はあ、このイベントも今年で終わりか」
「仕方がない。だって人来ないもの…」
そう言って彼女は周囲を見渡す。
人はまばらで、俺たちがサボっても、文句を言う客はいない。
俺と彼女は何年もイベントの実行委員で参加していて、サボる要領がいいのもあるのだが…
町おこしで大大的に宣伝し、初めは客がたくさん来たものの、次第にいなくなった
まあ善戦したほうだろう
「終わらせないで、ってお願いしたら来年もやらないかな」
「ないだろ。こんなんでもカネがかかるんだ。予算が降りない。次はないよ」
そういうと、彼女は少し考えて、
「じゃあ、君と私の自腹で!」
「なんでだ」
「いいじゃん。美少女と一緒にいられるんだよ」
「自分で美少女っていうな」
「なんで終わってほしくないんだよ」
「君と一緒に居たいからかな。楽しいし、終わらせたくないんだよ」
彼女の言葉にちょっとドキッとする。
それでも、今年で彼女とはお別れだ。
俺は動揺を隠しながら彼女を諭す。
「あのな、何事にも終わりがあるんだよ。でも悪いことじゃない。終わるからこそ、新しいものが始まる。そうだろ?」
「…なに言ってんの?」
「俺今いいこと言ったよな」
全然響いてなかった。
「終わらせて始める、ね」
彼女は小さな声でつぶやく。
「じゃあ、パアーっと終わらせますか」
「何を?」
「それはもちろん!」
彼女は俺の正面に向き直る。
「友達同士の関係を終わらせて、私と恋人関係を始めませんか?」
そう言い切ると彼女は笑った。
「恋人関係は終わらせないで、ね」