「この燃え尽きかけている蝋燭見ろ。
これは貴様の寿命だ。
燃え尽きるとお前は死ぬ」
死神は衝撃の事実を告げる。
だが俺は動揺しながらも、疑問に思うことがあった。
思い切って死神に聞いてみる
「あの、これ蝋燭って言うよりキャンドルでは。
アロマキャンドル」
蝋燭からすごくいい匂いがするのだ。
気になって仕方がない。
すると今まで無表情だった死神は、バツが悪そうに答える。
「閻魔のやつがな。
今どき蝋燭は古臭い。
もっと現代的なオシャレな物を、と言ってこれに変わったのだ」
ああ、上司の無茶振りか。
死神も大変だな
しかし雰囲気が台なしである
「理由はわかったな。
お前も死にたくないだろう。
お前の蝋燭の火を、他の蝋燭に付け替えるといい」
飽くまでも蝋燭と言い張る死神。
「ここにフローラルや柑橘系など色々ある。
好きなものを選ぶといい」
「なんで種類あるんだ」
「一種類だと飽きると、閻魔のやつがな」
「そっか」
そう言うしか無かった。
下手な慰めは彼のプライドを傷つけるだろう
「じゃあ、フローラルで」
「これだ。自分でつけろ」
そう言って死神はアロマキャンドルを俺に手渡す。
緊張するかと思ったが、アロマキャンドルの香りのおかげなのか、リラックスして火を付け替えることはできた。
「ほう、うまいものだな」
「俺もびっくりしています」
俺は正直に言う。
「ところで、このアロマ、なんの花ですか。
鼻がムズムズするんすけど」
死神が考える素振りをする。
「さて何だったか。
部下に命令して取りに行かせたものでな。
部下が言うには、春にたくさん咲く黄色い花だそうだ」
「ちょっと待て。
まさかスギじゃないよな。
俺、花粉症―
ぶえっくしょん」
俺が最後に見た光景は、蝋燭の火がクシャミで消えるところだった。
眼の前には、たくさんの写真が入ったアルバムがある
旅先で撮ったもの、イベントの記念写真や家族写真
たくさんの思い出の証だ
写真を見ると、忘れていた記憶が昨日のように思い出される
学校の入学式、就職の時、結婚、子供が生まれたとき
こんなにも大切なことを、なぜ忘れていたのだろうか。
分かっている
若い頃の私がこんな思い出は不必要だと決めてかかったからだ
だが、全てを捨てたら俺には何も残らなかった
そして絶望して―
「思い出されましたか」
眼の前の天使は言う
ああ、思い出した
俺は死んだんだな
「はい、あの世に連れて行く前にすべてを思い出して貰う必要がありました」
そうか
俺は地獄行きだろうな
「それはお答えできません。主がお決めになることです」
そうか
まあ、いい
それで一つ聞きたいことがある
「何でしょう」
このアルバムは持っていけるのか
「はい、構いません。そのつもりで持ってきました」
なら、良かった
これさえあれば地獄も怖くない
冬になったらしたいこと?
そうね、寒いと外で暖かいものが食べたい
例えばホカホカの肉まんとか唐揚げとか。
あと、ホットコーヒーやホットココアとかもいい
寒くて体が震えている時に、暖かい物を体にいれ時の体中に熱が広がっていく感覚がいいのよ
ホッとするというか、生きてるって感じるっていうか
ともかくその感覚が好きなの
でもそれは叶わないのよね
私知ってるの
もう長くないんでしょ
あなたを見てればわかるよ
隠しごとしてるのは分かるの
そしてあの木の葉っぱが全部落ちたら死ぬの
そうでしょ
治る?
でも不治の病だって
え、科学の進歩で治るようになったの
冬になったらって言うのは?
え、冬になるくらいには治るからなの
でも隠しごとしてるでしょ
いったい何を隠してるの?
冬になったら温泉に行きたい?
食べ物の話ばっかりするから、言い出せなかったって、うるさいわ
私が食いしん坊みたいじゃん
はあ、心配して損した
仕方ない
冬になったら温泉行って、肉まん食べにいこうね
「病院行ってきたよ。私、鼻レ離れだって」
彼女は言う。
「鼻レ離れ?何だそれ」
俺は耳慣れない言葉を聞き返えした。
「鼻歌でレの音が出なくなるんだ」
「…治るのか?」
「手遅れだって…」
「なんだと、ふざけてんのか」
「ゴメン」
彼女は弱々しく謝る。
「いや、悪い。お前に怒っているんじゃないんだ。お前に気づいてやれなかった俺が腹ただしい」
ずっと一緒にいた俺が気づいてやれなくて何が彼氏だ。
「ううん。私の方が悪いの。あなたが褒めてくれた鼻歌をもう聞かせてあげられないの。別れましょう」
彼女の言葉に俺はショックを受ける。
俺はここまで彼女を追い詰めていたのか。
このままでは離れ離れになってしまう。
そうあの時のように。
「待ってくれ。お前の鼻歌が聞けなくなるのは残念だが、お前の魅力が消えたわけじゃない」
「でもレの無い私なんて―」
「俺の話を聞いてくれ。昔バンドやってたの知ってるだろ」
「うん、音楽性の違いで解散したって」
「違うんだ」
俺は強く否定する。
「あのバンドで俺はボーカルだった。ライブをを盛り上げるために、いつも死ぬ気で歌ってた」
彼女は黙って聞いている。
「いつの頃からかシ抜きででしか歌えなくなってた。大問題さ。シが出ないボーカルに価値があるかってな」
「それでバンド辞めたの?」
「ああ」
気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸する。
「追放しようとするやつと俺をかばうやつ。お互いに喧嘩し始めて、ギスギスしてそれで解散。メンバーとはそれっきり。離れ離れさ」
涙が出そうになるのを堪える。
「そんな俺でも、お前は素敵だと言ってくれた。だから俺は、お前に言わなきゃいけないことがある」
彼女の泣きはらした目を見ながら告げる。
「お前は最高の彼女だ。たとえ、鼻歌でレの音が出なくても」
彼女が俺の胸に飛び込んで泣き始める。
「俺にはお前が必要なんだ」
彼女はまだ泣いたままだ。
彼女の不安を取り除くため、勇気を振り絞る
「本当はもっと準備してから言おうと思ってたんだけど―」
彼女が顔を上げる
「結婚しよう。お互いに足りない分を支え合おう」
「はい」
こうして俺達は結婚した。
おそらく俺達にはたくさんの試練があるだろう。
でも離れ離れになることはない。
俺たちはいつも一緒なのだから。
子猫は暴れていた
彼の中の抑えきれない衝動が、彼を突き動かしていた
彼はもはや子猫ではない
トラと呼ぶべきだろう
柱で爪を研ぎ、障子に穴を開け、机の上にあるものをひっくり返す
短い時間の間に、秩序の保たれた空間は、混沌へと変わり果てた
暴虐の限りを尽くしていると、どこからか女神が現れた
女神は彼の名前を呼びながら、彼を捕まえようとする
しかし彼は速かった
女神をあざ笑うかのように、華麗に回避する
もはや誰にも彼を止めることは出来ない
しかし女神は覚悟を決め、魔法の呪文を唱えた
「チュール」
それを聞いた瞬間、小さなトラは自分がただの子猫だということを思い出した
そして子猫は女神をどんなに愛しているか、訴えながら歩み寄る
そして女神に捕まり、説教をされたのだった
なおチュールは出なかった