「病院行ってきたよ。私、鼻レ離れだって」
彼女は言う。
「鼻レ離れ?何だそれ」
俺は耳慣れない言葉を聞き返えした。
「鼻歌でレの音が出なくなるんだ」
「…治るのか?」
「手遅れだって…」
「なんだと、ふざけてんのか」
「ゴメン」
彼女は弱々しく謝る。
「いや、悪い。お前に怒っているんじゃないんだ。お前に気づいてやれなかった俺が腹ただしい」
ずっと一緒にいた俺が気づいてやれなくて何が彼氏だ。
「ううん。私の方が悪いの。あなたが褒めてくれた鼻歌をもう聞かせてあげられないの。別れましょう」
彼女の言葉に俺はショックを受ける。
俺はここまで彼女を追い詰めていたのか。
このままでは離れ離れになってしまう。
そうあの時のように。
「待ってくれ。お前の鼻歌が聞けなくなるのは残念だが、お前の魅力が消えたわけじゃない」
「でもレの無い私なんて―」
「俺の話を聞いてくれ。昔バンドやってたの知ってるだろ」
「うん、音楽性の違いで解散したって」
「違うんだ」
俺は強く否定する。
「あのバンドで俺はボーカルだった。ライブをを盛り上げるために、いつも死ぬ気で歌ってた」
彼女は黙って聞いている。
「いつの頃からかシ抜きででしか歌えなくなってた。大問題さ。シが出ないボーカルに価値があるかってな」
「それでバンド辞めたの?」
「ああ」
気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸する。
「追放しようとするやつと俺をかばうやつ。お互いに喧嘩し始めて、ギスギスしてそれで解散。メンバーとはそれっきり。離れ離れさ」
涙が出そうになるのを堪える。
「そんな俺でも、お前は素敵だと言ってくれた。だから俺は、お前に言わなきゃいけないことがある」
彼女の泣きはらした目を見ながら告げる。
「お前は最高の彼女だ。たとえ、鼻歌でレの音が出なくても」
彼女が俺の胸に飛び込んで泣き始める。
「俺にはお前が必要なんだ」
彼女はまだ泣いたままだ。
彼女の不安を取り除くため、勇気を振り絞る
「本当はもっと準備してから言おうと思ってたんだけど―」
彼女が顔を上げる
「結婚しよう。お互いに足りない分を支え合おう」
「はい」
こうして俺達は結婚した。
おそらく俺達にはたくさんの試練があるだろう。
でも離れ離れになることはない。
俺たちはいつも一緒なのだから。
11/17/2023, 9:25:07 AM