1日の始まりはいつもVサイン。
元気が出るおまじない。
嫌なことばかりあるこの現代社会で、自らの士気を高めることは必須スキルである。
今日も鏡の前でVサイン。
でも今日は元気になれない。
何故なら、就職の面接があるから。
連敗記録更新中。
私には何の価値もないのだろうか。
世界は価値のない人間に厳しい。
なんて生きづらい世の中なんだ。
「そんな顔をするなよ。俺がいるだろ」
「その声は!」
振り向くと、そこには同棲中の彼くんがいた。
彼は理解のある彼くんだ。
「一人では出来なくても―」
理解のある彼くんが歩み寄り、私の隣に立つ。
「二人で力を合わせれば、出来ないことはない。そうだろ」
彼くんが私の目を見る。
確かに私は自分一人では何もできない。
でも彼くんとなら。
私はコクリと頷き、鏡を見る。
「いくよ、彼くん」
「いつでもいいぜ」
「1日の始まりは」
「いつも」
「「Vサイン」」
決まった。
私と彼くんの息のあったVサイン。
そして鏡には見事なWサインが写っていた。
元気が溢れてくる。
今日の面接はバッチリだ。
「もう大丈夫だな」
彼くんはしんみり言う。
どうしたのだろうと思い、彼くんの方を見ると少し薄くなっていた。
「彼くん!」
「お前はもう俺がいなくても大丈夫だ」
彼がさっきより薄くなっていた。
「無理よ。私一人じゃWサインなんてできない」
「大丈夫だ。お前にはもう一本腕がある。それを使えばいい」
彼くんの体はほとんど透けていた。
「彼くん!」
彼くんを捕まえようとして手を伸ばす。
「大丈夫だよ。君ならできる」
しかし、触れる直前で光の粒子となって消えていった。
「そんな‥彼くん」
彼くんが成仏してしまった。
私の様子を見て満足したのだろう。
つまり彼くんとはもう会えない。
その事実が私を叩きのめす。
崩れ落ちて、目から涙が溢れる。
しばらくして私は立ち上がる。
彼くんは言ってくれた。
大丈夫だと。
頑張ろう。
自分は信じれないけど、彼くんの言葉なら信じることが出来る。
―君ならできる―
その言葉を胸に生きていこう
それが彼くんの望みだから。
1日の始まりはいつもWサイン。
元気が出るおまじない。
嫌なことばかりあるこの現代社会で、自らの士気を高めることは必須スキルである
あの後の就職面接は完璧で、採用を勝ち取った。
でもいつも側にいた理解ある彼くんは、もういない。
でも寂しがってはいられない。
彼くんがくれた言葉で、今日も私は元気です。
見守っててね、彼くん。
俺は、アパートに部屋を借りて二人で住んでいる。
SNSで知り合い、そして近所に住んでいると言うことで意気投合し、一緒に住むことになった。
しかし、不思議なことに同居人と一度も会ったことがない。
ニアミスは結構あるのだが、その時いつもすれ違ってしまい、顔を合わせず仕舞いで顔どころか性別も知らない。
メールで連絡を取り合っているし、家賃も折半なのではじめのうちは気にしなかった。
とはいえもう3ヶ月経つ。
いくらなんでもおかしいと思い、正直存在しないのではないかと疑い始めた。
さすが本人に確認するわけにもいかず、何か策を使うことにした。
こういうとき、一番ありきたりなのはカメラの設置である
こうすれば、もう一人の存在を確かめられるはずだ。
その日の晩、家に戻ると人の気配があった。
驚いて部屋を覗くと、バイトの後輩の女の子がいた。
「何してるの?」
「何って、ここに住んでるんですよ。先輩こそどうしましたか?」
「いや、俺もここに住んでる。っていうか同居人はお前か」
「みたいですね。初めまして先輩」
「ああ、初めましてって。そうじゃないだろ、男女で一緒に住めないぞ。間違い起きてしまう」
「え、間違いなんて起きませんよ。3ヶ月も一緒に住んで、何もなかったでしょう」
「あれ、そうなるのか。いやでも―」
「大丈夫です」
そのまま後輩に押し切られ、一緒に住むことになった。
あとでカメラを確認したが、ボタンを押し忘れたらしく何も写ってなかった。
写ってなくて正解なんだろう。
さすがに女の子のプライベートを覗くのは間違いだからな。
――――――――――――――――――――――――――
危ないところでした。
先輩がカメラを仕掛けるとは。
防犯のためでしょうけど、さすがにダラダラしたりしているところを見られるわけには行きません。
データを消すだけでは、不審に思われるので、行動せざるを得ませんでした。
先輩とすれ違いを演出することで、ミステリアスな存在としてアピール。
そして機を見計らって、運命の出会いを果たす予定だったのですが、計算が狂ってしまいました。
すれ違う期間は、もっと粘る予定でしたが‥
まあ先輩と同居できたので良しとしましょう。
それにしても、的確にすれ違うために先輩の行動を把握していて、本当に助かりました
カメラを仕掛けておいて正解でした。
あとは先輩に間違いをさせるだけですね
「秋晴れ?天晴じゃなくて!?」
思わず叫ぶ。
「なんで、そんな聞き間違いするのよ。音は似てるけどさ」
彼女が呆れたように笑う。
「えー。じゃあ俺一人で勘違いして、一人で盛り上がってたのか」
恥ずかしさのあまり、顔が熱くなる。
「おかしいと思ったんだよね。話、噛み合わないし」
「その時に言ってくれ」
「初デートで舞い上がってると思って温かい目で見てた。なんせ相手が私だし、緊張してるんでしょ」
「してねえ。というか全部吹っ飛んだ」
「でしょうね」
と、彼女は笑う。
笑顔の彼女はとても可愛かった。
その顔に見惚れると、彼女がこっちを見た。
「顔になんか付いてる?」
「いや、可愛いなって思って」
「なっ」
今度は彼女が真っ赤だ。
「照れた?」
「あんたなんかにしないわよ」
彼女は声を荒げる。
「図星か」
「違う。これは天晴だな、と思っただけよ」
「は、何が?」
「空がよ。この秋晴れ、天晴でしょ」
二人で空を見上げる。
空は澄み切って、見事な秋晴れだった。
「確かにこれは天晴だな」
「そう、天晴な秋晴れ」
「ダジャレか。いやダジャレでもないか」
「うるさい。聞き間違えたくせに」
さっきのやり取りを思い出し、また顔が赤くなる。
「くそ卑怯だぞ、可愛いくせに」
「あー、またそういうこと言う」
彼女が赤くなるのが気配でわかる。
「一時休戦しよう」
「それがいい」
それで、お互い落ち着くまで空を見上げていた。
「うむ実に秋晴れだなあ」
「ああ、まことに天晴な秋晴れだ」
空は、どこまでも天晴な秋晴れだった。
朝食の時、パンを落とすと、必ずジャムを塗った面を下にして着地する。
そして床にジャムがぶちまけられる。
そう必ず、だ。
普通ならば二分の一のはずだ。
だが必ずジャムと床が接触する。
はっきり言って異常事態だ。
困った俺は物知りな幼馴染みに相談した。
こいつが言うには、それはマーフィの法則なんだそうだ。
難しそうな法則が出てきたが、知りたいのはそんなことではない。
どうすれば解決するかということだ。
こいつが言うには解決方法は2つ。
1つ目は気にしすぎないこと、だそうだ。
俺は激怒した。
気にするな、だと。
パンが落ちていくのをスローモーションで眺め、そして床にジャムがぶち撒けられていく様子を忘れろというのか。
あの悲惨な出来事は忘れたくても忘れることはできない。
俺は話の続きを聞かず、その場を去った。
夜、家に帰り夕食を食べていると、だんだん頭が冷えて、今日のことはやり過ぎではないかと思い始めた。
せっかく力になってくれたというのに、お失礼だったと思う。
幼馴染みにどう謝るべきか考えていたところ、あいつからメールが届く。
『そろそろ頭冷えたか?お前は短気すぎる』
さすが幼馴染みだ。俺のことはお見通しである。
そして、2つ目の解決方法が書かれていた。
『お前、パン食べるのをやめて、ご飯に転向しな』
俺は戦慄した。
まさかそんな方法があるとは!
明日からご飯にしよう。
これでジャムは床に撒かれない。
俺が感動していると、メールには続きがあることに気づく。
『朝ごはんはちゃんと食べろ。お前は腹減ると怒りっぽくなる』
何もかもお見通しらしい。今朝食べていない。
『パンを落として大騒ぎして、朝ごはん食べるのを忘れるの、お前くらいだよ。普通、忘れたくても忘れられないぞ』
晴れていた空が急に曇りだし、すぐに降り始めた。
念のために持っておいた折り畳み傘を広げる。
遠くの空を見ると、雨雲はなく降っているのはこの辺りだけのようだ。
今朝見た天気予報を思い出す。
「トコロニヨリコウウって、本当にあるのか」
あれ、責任逃れの常套句だと思ってたよ。
そのまま歩いて学校に入る。
下駄箱で靴を脱いでいると、友人が走ってくるのが見える。
「セーフ」
「アウトだよ」
友人のボケに律儀にツッコミを入れる。
友人は直視できないくらい光っていた。
「あーあ、ピカピカじゃん。天気予報で“光雨”って言ってたじゃん」
「行けると思ったんだけどな―」
「あんたいっつもそれじゃん」
「そういうあんたも、ところどころ光ってる」
「どうよ。光、零れるいいオンナだろ」
「すげー。写真あげたらバズるかな」
「おい、SNSにはあげんな」
教室で友人と中身のない話をしていると、チラホラ生徒が登校してきた。
「みんな光ってるね」
「直前まで晴れてたからね。油断してたんだよ」
「けどこれ眩しすぎて授業どころじゃなくなるね」
そんな話をしていると一人の教員がやってきた。
「おい、傘を忘れたマヌケども。シャワー開放するから洗い流してこい」
それを聞いて、クラスメイトたちが我先にと教室を出ていく。
「私も行ってくる」
そう言って友人も出ていく。
さっきまで騒がしい教室が一瞬で静かになる。
急に暇になり、外を見る。
すると外は光雨が上がり、日が差していた。
校庭のところどころが光っている。
光溜まりや光雨に濡れた木が、光っているのだ。
眺めていて、いいことを思いついた。
これを写真に撮ったらきっとバズるはずだ。
スマホを取り出して、より綺麗に見える位置を探す。
満足の行く構図ができたので、ボタンを押す。
取れた画像を見て、納得の行く出来栄えに頷く。
それは窓枠という額縁に収められた風景画。
味気ない校庭を飾り立てる光たち。
木々が優しく光っている。
そして空から差し込む陽の光。
見慣れた場所が、輝やいて見える。
タイトルは、“やわらかな光”。