フィロ

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8/19/2024, 5:14:59 AM

私は宇田川美奈、都内の大手メーカー勤務の24歳
私には一卵性の双子の姉麗奈がいる

一卵性の双子はよく「合わせ鏡」のようだと言われるけれど、私達の場合も全くその通り
顔が見分けがつかない程そっくりなのはもちろんだけれど、思考や行動も申し合わせたようにピッタリとシンクロする

幼い頃は父親でさえ見分けがつかないこともあったらしいし、中学の時には入れ替わって授業を受けたこともあった
クラスの仲の良い子は気が付いてクスクス笑っていたけれど、声も殆ど同じだったからそれぞれの担任の先生は全く気が付かなかった
スリル満点の愉快な思い出だ


双子全般が同じかどうかは知らないけれど、時には気持ちが悪いほど私達は本当にシンクロする
呼び止められて振り返る時も、同じタイミングで同じ様な仕草
危ない時や咄嗟の行動も全く同じ
「鏡に映ってるみたい!」
と友達は良く大笑いした

別の部屋で同じ質問に答えても同じ答えになるし、
「麗奈はきっとこう答えるから逆にしよう!」
と答えを出すと、麗奈も同じ事を考えて、結局同じ答えになってしまうのだ

高校の時に麗奈が部活中に怪我をしたことがあった
私は別の場所で別の事をしていたのだけれど、突然左の足首がひどく痛んだ
実はその時麗奈は左の足首を捻挫したのだ


でも、そういう事はむしろ常で、そういうものだと思って生きてきていた
ところがお互い大人になるにつれ、鏡のようにシンクロし合う存在であることをお互いに疎ましく感じるようになった

それは私達が大学3年の時のことだ
二人ほぼ同時に好きな人が出来た
そして、ほぼ同じ時期にお付き合いをはじめた
そんなに分身のような仲でも、仲だからこそなのか好きなタイプについて話をしたことは無かったが、何となく想像はついた
きっと好きなタイプも似ているのだろう…と

ある日ダブルデートをすることになり、お互いの彼が登場すると、何と相手も双子同士だったのだ
そのことを麗奈は面白がったが、私は嫌だった
理由は分からないがすごく嫌だった
そこまではっきりと意見が分かれたことはその時が初めてだった

それ以降、私が麗奈を避けるようになり、私は自宅を出た
そして、麗奈とシンクロさせる心に蓋をした



それから数年が過ぎ、昨年麗奈は結婚した
相手は双子ではなかった
そしてまったく私のタイプでも無かった

あの時何故あれほどまでに麗奈を疎ましく思ってしまったのかは今でも分からない

でも、どれだけ疎ましく思おうとどれだけ離れていようと、所詮私達は合わせ鑑
結局は無意識にシンクロしてしまうのだ


でも、麗奈は家庭人になり、私は仕事人としてキャリアを積もうとしている
お互い別々の道を歩き始めている

二人を映し出す鏡の向きも、映し出す景色も少しずつ変化しているのかも知れない

「鏡も多様性の時代なのかもね…」
とちょっと可笑しくなった




『鏡』

8/18/2024, 2:50:20 AM

まだまだ自分に勢いがあった頃はあれも大事、これも大事と物への執着もかなりあった

ところが時を重ねるうちに次第に「どうしても捨てられない」と物に執着する気持ちは薄れてきている
それは多分その物の必要性が低くなったことももちろんだけれど、物事全般に対する執着心とか、何かを強く切望するような心のエネルギーも少しずつ減ってきているということなのかも知れない
(価値観は人それぞれなので、あくまで個人的な感想だけれど…)


そんな今でも「どうしても捨てられない」と心のエネルギーを燃やし続けていられものは、やはり私の中を貫いている「信念」や「生き方のこだわり」だ
もはやこれは「私」を形創る設計図のようなものであり、これに基づいて長年少しずつカスタマイズしながら「今の私」が成り立っている
今の私が良いか悪いかは別として、それを手放すことは「私」が「私」で失くなってしまう気がするのだ

人生もそこそこ長く生きていれば山もあれば谷もある
そんな時に常に支えになったのは、その「信念」であったし「生き方のこだわり」だった
それがあったからこそどんな時でも軌道修正しながら自分を立て直すことが出来たのだ


最近は「こだわりを持たず楽に生きることが幸せになる近道」という考え方も推奨されるようになってきてもいる

どんなにこだわりたくても、そのこだわりに自分のエンジンが保たない…という時が訪れるのもそれほど遠くはないのかも知れない
自分がこだわりを持って生きていたことさえ忘れてしまう時もいずれは訪れるのだろう

でもそれまでは、設計図に少しずつ手を加えながらでも、「どうしても捨てられない」信念やこだわりを持って今の自分を上手く乗りこなしていきたいと思う




『どうしても捨てられないもの』

8/17/2024, 4:52:25 AM

デスクの上のノートパソコンを開くと由香里は大きくため息をついた

夏休みの半分も過ぎた頃にはすでに宿題の課題はすべて終えていることが常であるのに、今回は課題の最後のひとつになった「作文」が遅々として進まない
テーマは『誇らしさ』

客観的事実を淡々と綴ることには何ら苦に感じたことは一度もなかったが、自分の内面を掘り下げるようなテーマは苦手というより意図的に避けてきていた
自己肯定感が極端に低い由香里にとって、自分に好意的な目を向けることはもはや苦行に近かった


自分の周りにいる友達は皆、如何に自分を可愛く見せるかとかどこの何がな美味しいとか、自分をご機嫌にすることに躍起になっていたが、感情というものを意識した頃から自分をまったく好きになることが出来ない由香里には、そうした彼女達の行動は不可解で滑稽ですらあった

彼女達と同じように着飾ったり、スイーツ巡りをすることに興じることが出来たらどんなに幸せだっただろう…


「由香里は何が一体不満なのよ〜?
学力テストは全国で一番だし、街を歩けばスカウトの声は掛かりまくりだし、私だったら浮かれまくってバンバン目立とうとするけどなぁ
本当に勿体ないよ…贅沢過ぎるよ〜」
と、親友の真奈美はいつもそう言った

学力テストで一番でも、それは単なる相対的な評価に過ぎない
周りに比べてどうか、ということであって、私の個人的な能力や可能性が評価されたわけではない
ましてや、すでに学んだことをどれくらい理解しているかを評価することに由香里はあまり意味を感じられなかった

周りからどう見られているかにはまったく興味の無い由香里には、そういった様々な評価や賛辞が由香里の心に満足感を与えることは無かった


「誇らしさ…ねぇ   ダメだ、何も無い  私に誇れるところなんて無いもの」
パソコンの画面ではタイトルのところでカーソルが虚しく点滅するだけだった

その時飼い猫のレディが音もなく近づいて来て、由香里の足元に絡みついた

この家の一員として10年にはなるシャム猫のレディは、家族の誰にも懐こうとせず常に距離を取りたがり、よそよそしさを漂わせるかなり個性の強いメス猫なのだ
一番世話をしている母にもほとんど懐かない

それなのに、何故か由香里だけには心を許しているようだった
由香里も特別に可愛がるという訳でもなかったが、何故かレディには親近感を覚えて唯一心に通ずるものを感じ合える相手だった


「そっか!レディがいたよね
あんたが私に懐いてくれていることが、私の誇りっていうヤツかもね」

レディは忖度をしない
他の誰かと比べたりもしない
皆の中での一番とかじゃなく、「私」が良い!って認めてくれている…

珍しく由香里の心に「嬉しい」という感情が湧いた

由香里はレディのうなじに顔を埋めた




『誇らしさ』



8/9/2024, 6:25:49 AM

☆お知らせ☆

いつも楽しく参加させて頂きありがとうございます

ただ自分の楽しみのために何かを綴ってみたいと始めた「書く」生活ですが、♡が増えていく嬉しさについ惹かれ拙い文章を綴り続けてしまっております

「今日も読んだよ!」とか「次を楽しみにしてるね!」という声があの♡マークから聞こえてくるようで、その声欲しさに綴るわけではなくても単純な私は「じゃあ、明日も頑張っちゃおうかな」などと勝手に気分を良くしている次第です

読んで下さっている方にはこの場をお借りして御礼申し上げます
また、皆様の素晴らしい投稿にも大変刺激を頂いておりますことも重ねて御礼申し上げます


実は諸事情がございまして、しばらくこちらへの投稿をお休みいたします
また、戻りましたら「書く」毎日を楽しみたいと思います



暑さ厳しき折、皆様お健やかにお過ごしくださいませ

また、地震の甚大な被害に遭われた地域の方々にはお見舞い申し上げます



8/8/2024, 5:39:37 AM

「あ、来た!」
ドアホンのモニターから外を確認すると、郵便配達員がボストに何かを入れている姿が見えた

有紗は朝からそれを今か、今かと待っていたのだ
先月受けたデザインコンテストの発表通知が今日届くことになっていた
今時には珍しく、オンラインではなく個別に通知が来るシステムが未だに採用されている

有紗の受けたコンテストは昔からの権威あるもので、今回のテーマは国主催の大きなイベントを象徴するマークを作成するもので、このコンテストは商業デザイナーとして活躍するための登竜門として知れ渡っている

有紗もその道を目指す一人として是非ともその栄冠を掴みたいと日々努力を重ねてきたのだ


震える手でポストの扉を開けた瞬間、すべて上の方に張り付いていた内臓があるべき場所に戻った様な感覚がした

「やった…  受かった…」
その封筒は今まで何度となく涙を飲んできた薄さの封筒ではなく、しっかりと厚みのある合格を知らせる確かな重味だった
これまでの努力がようやく実った嬉しさが胸に込み上げ溢れ出す涙に天を仰いだ


まるでその様子をどこかで見ていたかのタイミングで花屋が贈り物を届けに来たという
お祝いの熨斗が大きく貼られた胡蝶蘭だった

その状況が全く理解出来ずに受領のサインをしていると
これまた絶妙なタイミングで家の中から電話の鳴る音がした

その電話は父の事務所の人間からのもので、大袈裟なほど妙にテンションの高い声がする

「いやぁ〜、この度は大変な賞を受賞されたようでおめでとうございます〜
まもなくお花も届くはずで…
えっ?もう届いた?  これは、これは、本当におめでたい!
理事長様のお嬢様ですものね〜
そりゃ、これは、もうねぇ〜
いやいや、本当におめでとうございます!」


頭から冷水を掛けられた思いがした


有紗の父はこの業界では知らぬ人のいない存在でこのコンテストを主催している団体の理事長でもあった

だからこそこれまでも本名ではなく通称で、家族の誰にも内緒でこのコンテストを受け続けてきたというのに…
何故ここに来て…


落胆と失望で有紗の手から合格通知が滑り落ちた




『最初から決まってた』

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