フィロ

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デスクの上のノートパソコンを開くと由香里は大きくため息をついた

夏休みの半分も過ぎた頃にはすでに宿題の課題はすべて終えていることが常であるのに、今回は課題の最後のひとつになった「作文」が遅々として進まない
テーマは『誇らしさ』

客観的事実を淡々と綴ることには何ら苦に感じたことは一度もなかったが、自分の内面を掘り下げるようなテーマは苦手というより意図的に避けてきていた
自己肯定感が極端に低い由香里にとって、自分に好意的な目を向けることはもはや苦行に近かった


自分の周りにいる友達は皆、如何に自分を可愛く見せるかとかどこの何がな美味しいとか、自分をご機嫌にすることに躍起になっていたが、感情というものを意識した頃から自分をまったく好きになることが出来ない由香里には、そうした彼女達の行動は不可解で滑稽ですらあった

彼女達と同じように着飾ったり、スイーツ巡りをすることに興じることが出来たらどんなに幸せだっただろう…


「由香里は何が一体不満なのよ〜?
学力テストは全国で一番だし、街を歩けばスカウトの声は掛かりまくりだし、私だったら浮かれまくってバンバン目立とうとするけどなぁ
本当に勿体ないよ…贅沢過ぎるよ〜」
と、親友の真奈美はいつもそう言った

学力テストで一番でも、それは単なる相対的な評価に過ぎない
周りに比べてどうか、ということであって、私の個人的な能力や可能性が評価されたわけではない
ましてや、すでに学んだことをどれくらい理解しているかを評価することに由香里はあまり意味を感じられなかった

周りからどう見られているかにはまったく興味の無い由香里には、そういった様々な評価や賛辞が由香里の心に満足感を与えることは無かった


「誇らしさ…ねぇ   ダメだ、何も無い  私に誇れるところなんて無いもの」
パソコンの画面ではタイトルのところでカーソルが虚しく点滅するだけだった

その時飼い猫のレディが音もなく近づいて来て、由香里の足元に絡みついた

この家の一員として10年にはなるシャム猫のレディは、家族の誰にも懐こうとせず常に距離を取りたがり、よそよそしさを漂わせるかなり個性の強いメス猫なのだ
一番世話をしている母にもほとんど懐かない

それなのに、何故か由香里だけには心を許しているようだった
由香里も特別に可愛がるという訳でもなかったが、何故かレディには親近感を覚えて唯一心に通ずるものを感じ合える相手だった


「そっか!レディがいたよね
あんたが私に懐いてくれていることが、私の誇りっていうヤツかもね」

レディは忖度をしない
他の誰かと比べたりもしない
皆の中での一番とかじゃなく、「私」が良い!って認めてくれている…

珍しく由香里の心に「嬉しい」という感情が湧いた

由香里はレディのうなじに顔を埋めた




『誇らしさ』



8/17/2024, 4:52:25 AM