フィロ

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7/11/2024, 6:59:08 AM

「目が覚めると、私はすっかり若返っている!」はずだった…

飛び起きて鏡を覗いた真由子は溜息をついた
「そりゃ、そんなに上手い話がある訳ないわよね
魔法じゃあるまいし…」

ネットの広告で見た『若返る枕·····使っているうちにどんどん若返ります』という、嘘八百にしか思えない宣伝文句に、まるで引き寄せられるようにポチッてしまった、まさにその枕で寝て起きた翌朝のことだ

「何で、こんな物買っちゃったのかしら?魔が差したとしか思えない…」
とこの情けない気持ちをどうやって立て直そうと思いながら、テレビのスイッチを入れた

「あれっ?今日って何日?
テレビの表示が間違ってる?
そんな、バカなねぇ?!
もしかして、1日戻ったって言うこと?!」

確かに、昨日と全く同じ内容のテレビ番組が流れている
真由子は一瞬狐につままれた気分にはなったが、好奇心ともっとこの先の展開が気になって仕方なくなった

「これが本当に1日戻ったとするなら、寝れば寝るほど若返るという謳い文句を信じてもっと寝てみるか!」
と、翌日がちょうど休みなこともあり真由子は俄然挑戦モードになった


最近仕事が立て込んでいて睡眠不足が続いていたから、がっつりと寝る自信は満々にあった
いつもは自然な目覚めを促すために、遮光カーテンは引かずにいたが、その夜はしっかりと光が漏れないように、途中で目覚めないように念には念をいれてアイマスクもした
 
眠ることには自信のある真由子は案の定、途中で目覚めることなく丸1日ほど眠り続けた

「良く寝た〜!さすがに腰が痛いわぁ」
となかなかベッドから起きれずにいたが、這い出るように床に着地し、そのまま這うようにしてリビングへ向かって早速テレビをつけた

「やっぱり!   私の思っていた通りじゃない!」
日付は、真由子が眠りについた日から1週間前になっていた

「やだ、やだ、やだ!  これ、ヤバいじゃん!本当にドンドン時間遡ってるわ  信じられない!!」

真由子はその不気味さにたじろぐどころか益々この魔法の枕に取り憑かれたように、もう他の事は考えられなくなっていた

「これが本当なら、もう、やるしかないっしょ!
どうせなら、何年か遡りたいわよね
でも、いくら何でもそんなに眠れないかぁ
そうだ!医者から貰った眠剤あるから、それの力借りるか…」


真由子はもう正気を失っていた


しばらく会社に行かれなくなることも考え、有給休暇の願いの手続きも手早く済ませ、コンビニへ食料の調達に走った
冬眠前の熊のように、とにかく食べまくった

「もし、何日か寝ちゃっても寝てるだけなら何とかなるわよね」
普通なら何とかならないことはすぐ分かるはずだが、正気を失った真由子は走り出した機関車のようにもう止まるという意思も働かなかった


「いつもより多く飲まないとダメよね、目覚めたら困るもんね
さぁて、やるわよ〜!
目が覚めた時には何年か前の私とご対面よ〜!」
真由子はたっぶりの水で、手のひらにこんもり盛った錠剤を口の中に放り込んだ



霞のかかった空の向こうから白い光が差し込んで来る
真由子はその眩しさに思わず目を覆った

「この愚か者めが!」

低く響き渡る声がその空の方から聞こえてきた
驚いて顔をあげると、見たこともないようなシワ深い仙人の様な風貌の老人が立っていた

「命を粗末にしおって 
自分のしたことが分かっておるか?
ここがどこか分かるか?」

辺りを見回すと美しい川が流れている
水も冷たそうで、すぐにでも飛び込みたい衝動に駆られた
そうだ、喉もカラカラだ

「ここの川は命の川じゃ  これを越えてあちら側行けばお前さんは二度と戻っては来れまい
いわゆる三途の川じゃ
お前さんは、今まさにこの川を越えようとしているんじゃ
それも、くだらない理由で
そんな奴にはここさえ越える資格はない
この神聖な川を越えるに相応しい行いをするまで、もう一度修行し直しじゃ!」



そんな夢を見た記憶を脳裏に残しながら、真由子は目を覚ました
 
「おっきしましたかぁ〜  ママでちゅよ〜」
聞き覚えのある声だが、知らない顔が真由子を覗き込んでいる

「ママって言った?」
良く見ると、写真で見たことのある若かりし日の母だった

「えっ?? もしかして、私、赤ちゃんに戻ってるの?!」


「もう一度修行のし直しじゃ!」という長老の声が頭の中で響いている




『目が覚めると』

7/10/2024, 3:47:11 AM

「あなたの当たり前が、皆の当たり前だと思わないで下さいよ」
と、いきなりテーブルの向こう側から声が掛かった

大学のサークルの新入生歓迎会での出来事だ

新入生の世話役を任命された柚紀が甲斐甲斐しく動いている、まさにその時だった
一瞬、何の事だか分からずにキョトンとしていると 
「だから、そのレモンですよ、レモン。
唐揚げにレモンて、かけたくない人いるんですよ!    
まず、かけて良いですかとか聞くのが礼儀でしょ
ていうか、余計なお世話なんですよ
かけたい人は後から自分でかけますよ
レモンがかかった唐揚げなんて俺は食えませんよ」 

所謂、『唐揚げレモン論争』だ

柚紀はそんな事を考えたことも無かった
家では唐揚げにレモンは当たり前だったし、上手くレモンが絞れない弟のためにはいつも柚紀が絞ってあげていた
だから、これは柚紀にとっては「良かれと思って」したことだった

もちろん、そんな事をいきなり言われたショックと恥ずかしさでいたたまれない気持ちだったが、さらに柚紀を腹立たせたのは、新入生の分際で、あろうことか先輩の柚紀に向かってそんな事を皆の前で堂々と言ってのけた図々しさだった

だが、気の強い柚紀も負けてはいられないと
「そんなこと無いわよ!  レモンかけた方が良い人手を挙げてみて」
と30人ほど集まったメンバーに問いかけた

すると、しずしずと手を挙げたのは約半分
それも、柚紀を慕っている後輩や同学年の面々
そこには充分忖度も含まれていそうだった

(そうなんだ…  確かに、自分の当たり前が他の人の当たり前とは限らないのよね…)と内心納得したが、その新入生のことはギッと睨んでおいた

それが圭介との初めての最悪の出会いでもあった



普通なら二度と口もききたくない、と思うところだか、そこが柚紀の少し風変わりな前向きなところで

「コイツと居たら、私の価値観はどんどん広がりそうだ♪」
と柚紀の方から圭介に交際を申し込んだ


まさに今、柚紀は毎日
「私の当たり前を改革中!」
なのだ
もちろん、柚紀の当たり前を圭介にもレクチャーしている



『私の当たり前』



7/9/2024, 6:32:55 AM

西の空が茜色の夕陽で染まり始めると、それまでぼんやりと霞んでいたマンションやビル群が、背に夕陽を受けてはっきりとしたシルエットとしてその存在を主張し始める

そして、そこにひとつふたつと明りが灯り始める

私はこの時間帯がとても好きだ
そして何故だか必ず胸の奥がキュッとする

きっとそれは、
その明りのひとつひとつに家族の営みや職場の悲喜こもごもが繰り広げられているはずで、ひとつひつとの命が今日も健気に息づいていることを想像してしまうからだろう

やがて夜の帳が降り、明りの数が少しずつ減っていくオフィスビルとは対象的にほぼ全ての明りで満たされるマンション群
1日の仕事や学校を終えて辿り着く先では、どんな笑顔で迎えられるのだろうか…


そんな思いの込み上げる毎日のこの時間は、私にとって「街の明り」のショータイムだ



『街の明かり』

7/6/2024, 5:13:43 AM

早希子には星空を見上げると必ず思い出す出来事がある


その頃はまだ恋人であった達彦と、出会ってから3回目の夏を迎えようとしていたある日
「ねぇ、今度の七夕の日にプラネタに行かない?」
と、普段空を見上げることもあまりしないような達彦が珍しいことを言ってきた
(へぇ〜、そんなにロマンチックなところもあるんだ)
と、達彦の知らなかった一面を見た様な気がして早希子はその誘いがとても嬉しかった


七夕のプラネタリウムは予想通り、カップル客で一杯だった
「何だか私達も普通のカップルって感じね!」
と、普通のカップルが当たり前にするようなデートの経験のなかった早希子ははしゃいだ気分で達彦の腕に絡みついたが、何故が達彦はソワソワと心はここに無いように思えた

「柄にも無いことするから緊張するのよ」
と落ち着かない様子の達彦を茶化した


プラネタリウムなんて子供の時の校外学習で見た以来だったし、最近の進化したプラネタリウムの凄さへの驚きと、本当にどこかの旅先で夜空を見上げているような錯覚に感極まり、七夕の日に達彦とこの星空を見ることが出来たことに素直に感謝した


星空の説明のアナウンスが終了すると、今まで聴こえていた幻想的な音楽がパタリと止み、続いて『星に願いを』が流れ始め、会場は一気にロマンチックなムードに包まれた
これが、七夕の日の特別な演出なのかとそのムードに酔いしれているとまたアナウンスが流れた

「七夕の星空の夕べへようこそお越しくださいました
今夜の特別キャンペーンに見事当選された方の『星空のメッセージ』をご覧いただきます」
と、会場は一瞬真っ暗になり、次の瞬間さっきまで見上げていた「夜空」一面に星屑で描かれたメッセージが映し出された
「I LOVE YOU SAKIKO ♥」

早希子はあまりの驚きに、息が止まりそうになった
慌ててとなりの達彦を見ると、照れ臭そうに頷いた

早希子に内緒でこのキャンペーンに応募していたのだ
まさか、こんなサプライズがあるとは!
達彦自身実現するとは思ってもみなかったであろう

早希子はあまりの感動に言葉すら発することも出来ず、次から次に溢れ出る涙を拭うことさえ忘れていた
ただ、メッセージの最後に光っていたハートマーク♥のピンク色の可愛らしさが目に焼き付いた


それから半年後、早希子は達彦の姓になった

二人の穏やかな日常が5年経った頃、達彦が体調を崩した
悪性腫瘍が見つかったのだ
想像以上の早さで病状は進行した

あれこれ手を尽くしたが、今の医学ではもはやどうにもならない状態になっていた

そんな絶望と痛みに耐えていたある日、達彦はかすれる声でゆっくりと早希子に話しかけた
「あのプラネタリウムを覚えている?
僕さぁ、死んだらあのメッセージの最後に光っていた可愛いハートの星になりたいなぁ」

それが、早希子が聞いた達彦の最後の声になった



達彦が本当の星になってしまってから2度目の七夕が来る

今年こそ星空が見られるだろうか…

もし、星空が見られなかったとしても、私の心にはいつも♥の形の星が輝いている




『星空』

7/5/2024, 5:58:03 AM

東京のど真ん中の多くの人々が行き交う大通りから少し入った裏通りの館で、それはそれは多くの方々の人生を覗かせて頂いて来た者でございます

世の中には本当に様々な、大小それぞれの悩みを抱えた方が多くいらっしゃるもので、そんな方々のお蔭で私の商売も繁盛させていただいておりますことは、本当に有難いことでございます

こんな事申し上げるのは何でございますが、他人の不幸は蜜の味とは良く言ったものでございます…


さてさて、今日も朝からいろいろなお客様がいらしております

朝一番にいらした男性は、まあそれは横柄な態度の方で
「ここの占いは良く当たるそうじゃねーか   俺はこれから宝くじを買いに行くのよ  どこの売り場の何番あたりが良さそうか占ってみてよ」

と、まあ何と図々しいことを!
こちらは預言じゃございませんので、
そんな質問の方には決まってこう申して差し上げますの
「運というのは一生に与える量が決っていると申します   ですから、万が一宝くじ1等なんぞ当たった日にゃあ、一生分の運を使い切りますわよ
どんな事もほどほどがようござんすわよ」


もちろん、その方はプリプリ怒って帰られましたよ(笑)

(そんな事が分かれば、私が真っ先に買いに行くってーの)


次の方は、大変深刻な面持でいらっしゃいましたねぇ
何事も思い悩む質の方のようで
「先生、私はあと何年生きられるでしょうか?   それが分からないと先へ進むのが恐ろしくて…  分かっていれば、色々とやり様があるじゃないですか?」

こういう方、結構多いんですの
ご自分の寿命を知りたがる方
でも、これは分からないから生きていけると言うものです
昔から、知らぬが仏と言うじゃありませんか

だから、そういう方には必ずこう申し上げますのよ
「あと、どれくらい生きられるではなくて、命尽きるその日までただひたすらにお生きなさい   やりたい事があったら先延ばしにせず、とっととおやりなさい  そうしている間にそんな事は気にならなくなるし、気がついたら、こんなに生きちゃったわ!って思えるようになりますよ」

(あんたがどれくらい生きるかなんて、私の知ったぁこっちゃない  
それこそ、神様のみぞ知るってもんでしょ)


とかく世の中は皆悲喜こもごもいろいろなものを背負って生きているもので、
お陰さまで私の商売も今日も満員御礼でございます





『神のみぞ知る』

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