フィロ

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「目が覚めると、私はすっかり若返っている!」はずだった…

飛び起きて鏡を覗いた真由子は溜息をついた
「そりゃ、そんなに上手い話がある訳ないわよね
魔法じゃあるまいし…」

ネットの広告で見た『若返る枕·····使っているうちにどんどん若返ります』という、嘘八百にしか思えない宣伝文句に、まるで引き寄せられるようにポチッてしまった、まさにその枕で寝て起きた翌朝のことだ

「何で、こんな物買っちゃったのかしら?魔が差したとしか思えない…」
とこの情けない気持ちをどうやって立て直そうと思いながら、テレビのスイッチを入れた

「あれっ?今日って何日?
テレビの表示が間違ってる?
そんな、バカなねぇ?!
もしかして、1日戻ったって言うこと?!」

確かに、昨日と全く同じ内容のテレビ番組が流れている
真由子は一瞬狐につままれた気分にはなったが、好奇心ともっとこの先の展開が気になって仕方なくなった

「これが本当に1日戻ったとするなら、寝れば寝るほど若返るという謳い文句を信じてもっと寝てみるか!」
と、翌日がちょうど休みなこともあり真由子は俄然挑戦モードになった


最近仕事が立て込んでいて睡眠不足が続いていたから、がっつりと寝る自信は満々にあった
いつもは自然な目覚めを促すために、遮光カーテンは引かずにいたが、その夜はしっかりと光が漏れないように、途中で目覚めないように念には念をいれてアイマスクもした
 
眠ることには自信のある真由子は案の定、途中で目覚めることなく丸1日ほど眠り続けた

「良く寝た〜!さすがに腰が痛いわぁ」
となかなかベッドから起きれずにいたが、這い出るように床に着地し、そのまま這うようにしてリビングへ向かって早速テレビをつけた

「やっぱり!   私の思っていた通りじゃない!」
日付は、真由子が眠りについた日から1週間前になっていた

「やだ、やだ、やだ!  これ、ヤバいじゃん!本当にドンドン時間遡ってるわ  信じられない!!」

真由子はその不気味さにたじろぐどころか益々この魔法の枕に取り憑かれたように、もう他の事は考えられなくなっていた

「これが本当なら、もう、やるしかないっしょ!
どうせなら、何年か遡りたいわよね
でも、いくら何でもそんなに眠れないかぁ
そうだ!医者から貰った眠剤あるから、それの力借りるか…」


真由子はもう正気を失っていた


しばらく会社に行かれなくなることも考え、有給休暇の願いの手続きも手早く済ませ、コンビニへ食料の調達に走った
冬眠前の熊のように、とにかく食べまくった

「もし、何日か寝ちゃっても寝てるだけなら何とかなるわよね」
普通なら何とかならないことはすぐ分かるはずだが、正気を失った真由子は走り出した機関車のようにもう止まるという意思も働かなかった


「いつもより多く飲まないとダメよね、目覚めたら困るもんね
さぁて、やるわよ〜!
目が覚めた時には何年か前の私とご対面よ〜!」
真由子はたっぶりの水で、手のひらにこんもり盛った錠剤を口の中に放り込んだ



霞のかかった空の向こうから白い光が差し込んで来る
真由子はその眩しさに思わず目を覆った

「この愚か者めが!」

低く響き渡る声がその空の方から聞こえてきた
驚いて顔をあげると、見たこともないようなシワ深い仙人の様な風貌の老人が立っていた

「命を粗末にしおって 
自分のしたことが分かっておるか?
ここがどこか分かるか?」

辺りを見回すと美しい川が流れている
水も冷たそうで、すぐにでも飛び込みたい衝動に駆られた
そうだ、喉もカラカラだ

「ここの川は命の川じゃ  これを越えてあちら側行けばお前さんは二度と戻っては来れまい
いわゆる三途の川じゃ
お前さんは、今まさにこの川を越えようとしているんじゃ
それも、くだらない理由で
そんな奴にはここさえ越える資格はない
この神聖な川を越えるに相応しい行いをするまで、もう一度修行し直しじゃ!」



そんな夢を見た記憶を脳裏に残しながら、真由子は目を覚ました
 
「おっきしましたかぁ〜  ママでちゅよ〜」
聞き覚えのある声だが、知らない顔が真由子を覗き込んでいる

「ママって言った?」
良く見ると、写真で見たことのある若かりし日の母だった

「えっ?? もしかして、私、赤ちゃんに戻ってるの?!」


「もう一度修行のし直しじゃ!」という長老の声が頭の中で響いている




『目が覚めると』

7/11/2024, 6:59:08 AM