「あなたの当たり前が、皆の当たり前だと思わないで下さいよ」
と、いきなりテーブルの向こう側から声が掛かった
大学のサークルの新入生歓迎会での出来事だ
新入生の世話役を任命された柚紀が甲斐甲斐しく動いている、まさにその時だった
一瞬、何の事だか分からずにキョトンとしていると
「だから、そのレモンですよ、レモン。
唐揚げにレモンて、かけたくない人いるんですよ!
まず、かけて良いですかとか聞くのが礼儀でしょ
ていうか、余計なお世話なんですよ
かけたい人は後から自分でかけますよ
レモンがかかった唐揚げなんて俺は食えませんよ」
所謂、『唐揚げレモン論争』だ
柚紀はそんな事を考えたことも無かった
家では唐揚げにレモンは当たり前だったし、上手くレモンが絞れない弟のためにはいつも柚紀が絞ってあげていた
だから、これは柚紀にとっては「良かれと思って」したことだった
もちろん、そんな事をいきなり言われたショックと恥ずかしさでいたたまれない気持ちだったが、さらに柚紀を腹立たせたのは、新入生の分際で、あろうことか先輩の柚紀に向かってそんな事を皆の前で堂々と言ってのけた図々しさだった
だが、気の強い柚紀も負けてはいられないと
「そんなこと無いわよ! レモンかけた方が良い人手を挙げてみて」
と30人ほど集まったメンバーに問いかけた
すると、しずしずと手を挙げたのは約半分
それも、柚紀を慕っている後輩や同学年の面々
そこには充分忖度も含まれていそうだった
(そうなんだ… 確かに、自分の当たり前が他の人の当たり前とは限らないのよね…)と内心納得したが、その新入生のことはギッと睨んでおいた
それが圭介との初めての最悪の出会いでもあった
普通なら二度と口もききたくない、と思うところだか、そこが柚紀の少し風変わりな前向きなところで
「コイツと居たら、私の価値観はどんどん広がりそうだ♪」
と柚紀の方から圭介に交際を申し込んだ
まさに今、柚紀は毎日
「私の当たり前を改革中!」
なのだ
もちろん、柚紀の当たり前を圭介にもレクチャーしている
『私の当たり前』
7/10/2024, 3:47:11 AM