フィロ

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6/26/2024, 5:34:41 AM

「あなたは花のような人ね」
と言われて気分を害する人は多くはないだろう

花のような可憐さ、優しさ、軽やかさ、華やかさ、繊細さ、そして儚さ…を連想させるからだろう


ただ、一見表面上には見えないような面も、花はその美しい姿の下に隠し持っている

目に鮮やかな色合いや、芳しい香りはもちろん我々人間を楽しませる為のものではない
自らの種の保存を目的とした子孫を増やすための花たちの『武器』だ

赤や黄色といった原色のみを判別できる虫でも寄って来させるために色付き、芳しい香りで彼らを誘い込み
、甘い蜜を吸わせ、そして彼らの体中に自らの花粉をなすり付けてもらい、あちこちへと飛び立ってもらうのだ

自らは一歩もそこを動くことなく、遠くへ遠くへと虫たちが自分のDNAを運び届けてくれるという訳だ

何と賢く、したたかなのだろう


一方、何十年に一度しか開花しないような希少性の高い花などは、とても近くへ寄れないような悪臭を放つことで
他を寄せ付けずに、独りで孤独に気高く咲き誇って朽ちていく
これもまた見事としか言えない生き様だ


『繊細さ』かつ『聡明さ』を持つような、一見『繊細な花』のように見える表面的な美しさだけではない深みのある人でありたいと今回のお題でつくづく思った





『繊細な花』


6/25/2024, 5:34:15 AM

時間の感じ方は人それぞれだ

1年をアッと言う間と感じる人もいれば、ようやく1年と感じる人もいるだろう


「1年後なんて、僕のように余命半年と宣言された人間にとっては、おそらく訪れることの無い未来だ
もちろん、医学的に説明出来ない奇跡だってあるから、もしかしたら訪れるかも知れないけどね

でも、だからと言って、自分が不幸だとは思わない
余命宣告を受けて入来、まさに1秒1秒がしっかり感じられるんだよ
それだけじゃない 鳥のさえずりひとつだって、雨音ひとつだって愛おしくてたまらないんだ

かつて、元気だった頃は1日がアツと言う間だったし、生きている実感なんて感じたことあまり無かったよ
それが今は、良い意味で『一日千秋』の思いなんだよ
その一時一時が輝いて見えるから1日がとても長く充実しているんだ

あと僅かしか生きられないことに悔いがないと言ったら嘘になるけど、こんな状況になって初めて『生きてる』ことを実感しているよ

こんな風に思える時間も正直あと僅かだろうと思う  そのうち思考力も無くなるのだろうからね……
だから、この僕からのメッセージを読んでくれた人がひとりでも多く、生きることを実感しながら1年後に今よりも幸せに生きていて欲しいと心から思うよ」



直之は新聞を閉じ、妻に声をかけた

「君は今朝の新聞のこの記事を読んだかい?
ちょっと読んでみると良いよ
そうだよな…   当たり前じゃないんだよな…」






『1年後』


6/23/2024, 10:23:59 PM

子供の頃は、早く大人になりたいと思っていた

大人の世界は何もかもが大きく見えたし、
大人になれば、何でも出来るようになって
夢が何でも叶うと思っていた
大人になれば、何でも見渡せて自由になれると思っていた

大人になってみたら、子供の頃大きく見えていたものが「こんなに小さかったんだ」と思ったし、大人になっても出来ないことの方がずっと多かった
叶わなかった夢の方が、ずっとずっと多かった

大人になったら、遠くまで見渡せるどころか視野はもっと狭くり、自由どころか目に見えないものに縛られることを知った



そんな大人になってしまった





『子供の頃は』

6/23/2024, 5:55:54 AM

早朝5時のアラームで雅代の1日が始まる

朝食には炊き立ての白飯と味噌汁が無ければ不機嫌な夫の為に、結婚以来それだけは欠かさずに守ってきた

職場で出会った夫との結婚は約20年前
生真面目な夫は面白味には欠けるが、酒もタバコももちろんギャンブルもやらず、ほぼ会社と自宅を往復するだけの夫としては優良と言って良いだろう
子供は授からなかったが、お互い特に不満もなく穏やかに過ごしてきている

夫の強い希望で郊外に一軒家を購入したため、片道2時間もかけて都内へ通勤しているが、夫本人はそれほど苦でもないようだ


夫を送り出し、手早く家事を済ませ、身支度を整える
軽く化粧を施し、無造作に垂らしていた髪は低い位置でシニヨンにまとめ、家ではほぼパンツしか掃かないが、外出には必ずスカートを選ぶことにしている


いつもの電車に乗るために駅へと足早に急ぐ途中、雅代は「雅代のスイッチ」を切る


電車で1時間ほどで、幸夫の待つマンションの最寄駅に着く
その改札を通るタイミングで「環」としてのスイッチが入る

幸夫との出会いは、15年ほど前の幸夫の本の出版記念のサイン会だった
当時もうすでに、人気に翳りが出始めていた彼のサイン会に訪れるファンはまばらで、環もそれほどファンという訳ではなかったが、たまたま立ち寄ったのだ

縁とは、そういうものだ

そうなることが当然のことのように、ほどなく幸夫とは深い仲になり、「内縁の妻」として毎日通う生活を続けて来た

幸夫には環が、「雅代」として夫があることは伝えていない
1度も泊まることをしないのは、病気がちな母と実家で暮らしているから、と伝えている

幸夫がそれを信じているのかは分からないが、「泊まって欲しい」と口にすることが、二人のこの穏やかな関係が傾くきっかけになることが怖いのだろう


幸夫は環より20も歳が上なので、もう性的な交わりを求めてくることはほとんど無い
だから、一緒に音楽を聴いたりテレビを観たり食事を共にしてゆっくりと時間を過ごす

たまには健康の為に散歩に誘うが、人の目があるから、と応じない
もはや彼のことを覚えている人も少ないだろうし、今の容姿からでは彼のことに気付くこともないだろうに…


多目に作った夕食を、母と食べるからとタッパーに詰め、帰り支度を済ませる
「また、明日ね」と額に唇を軽く寄せ、握ってくる幸夫の手を優しくほどき、マンションを後にする


そして、帰りの電車の中で「環」から「雅代」に切り替える


こんな生活をもう長いこと続けてきた


どちらが日常で、どちらが非日常か…
「雅代」でいる時間と「環」でいる時間はほぼ等しい
だから、どちらも日常であり、非日常なのだ

「雅代」でいる時は、夫に忠実に尽くし愛着も感じているし
「環」でいる時は、幸夫を愛しく思い彼の愛も受け入れている
だから、不思議と罪悪感はまったく湧かない

どちらも同じ様に大切で、どちらも真剣なのだ


こんな2つの「日常」を往き来して暮らしている






『日常』


6/22/2024, 4:57:29 AM

「いい子にして待っていてね」
そう言い残して、母はこの家を後にした

いつもはベージュというよりは肌色の、グレーというよりは鼠色の地味な服ばかりを着る母が、その日は珊瑚色の、サーモンピンクの華やかなワンピースを着ていた


元々顔の造りは美しい人だったが、普段は化粧をすることなく長い髪も後ろで無造作に結ぶだけだった
それがその日は、薄く化粧を施し軽く巻かれた髪が母の美しさをより華やかにさせていた

その時まだ幼かった私でさえドキドキするような母の美しさに、驚きと憧れの気持ちが込み上げた
と同時に、知ってはいけない、見てはいけなかった母の美しいだけではない生々しい女の艶やかさを見てしまったことに胸騒ぎも感じた

サーモンピンクが妙に私の心に焼き付いた



母はその日以来私の前から姿を消した
あの胸騒ぎは的中していたのだ



「そこに沢山ドレスがあるでしょ
取りあえず好きなの選んで着てみて
それ着て今日1日働いてみてよ
それで貴女を気に入ったら採用するわ」
と、その店のママは言った


私は23歳になっていた
色々な街を転々としながら、この北の地に流れ着いた
そしてその街でまあまあ流行っていそうなクラブにやって来たのだ

「じゃあ、このサーモンピンクのドレスをお借りします」


再婚した父の元で人形のように暮らしながら、何とか高校は卒業し、かつて母とも暮らした街を逃げるように出た


母から受け継いだ容姿のお陰で、その手の店では即採用され、生活にはあまり困らなかった
自分が思う以上に私には男を惹き付ける力があるらしく、一生援助させて欲しいと申し出る男も一人や二人ではなかった

そんな男達の間を行ったり来たり、成り行きに身を委ねることも少なくなかった

けれど、どれだけ高価な贈り物も、恥ずかしささえ覚えるような甘い言葉も何一つ私の心を満たすことはない


それまでのどんな時でも自分を支えていたのは、あの日最後となった母の美しいサーモンピンクのワンピース姿だった

以来、同じ色の洋服の女性を見る度、母では?と胸が高鳴り
後を追い掛けてしまったこともある


自分が女になり、同じ色のワンピースを着ると鏡の中にいるのはまるで「母」だった

だから、私はどこの店へ行っても必ずこの色のドレスを選ぶ
当時の母と同じ様な美しさを放つ私の姿が、何かの形で母の知るところとなりはしないか…
運命の糸を繋げてはくれないだろうか…と
一縷の望みをかけて、私はサーモンピンクに身を包んで各地を転々としているのだ

母がこの世に存在しているかすら分からないのに…


サーモンピンク
この色は私にとって、憧れであり、憎しみであり、執着であり、命を燃やす源であり、愛して止まない色なのだ



あの日、すべてを捨てる覚悟をした母にとっも特別な色であったに違いない

もし、今の私を母が見たらどんな顔をするだろう
その一心でここまで生きて来た



唯一私と母とを繋ぐこの色が、私をいつかきっと母の元へ導いてくれる…
そう信じて私は今日もこのサーモンピンクを纏い続ける




『好きな色』




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