シオウ

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2/25/2025, 3:08:07 PM

 ——私も、お兄ちゃんみたいに、外に出れるようになる?
 ——そうだな。生まれてから二番目の羽根が生え終わったらお前も。




さぁ冒険だ




 生まれた時に生えていた羽は、生まれて10年もすれば枯れる。
 そして枯れ落ちた場所から新たな羽根が芽吹き、1年もすれば生え揃う——はずなのに。
 リリナの赤ちゃん羽根は、ちっとも枯れる様子がなかった。
(どうして?)
 10年が経ったばかりの頃は、そういうこともあるかと無理矢理自分を納得させたリリナだったけど、同い年のハンスやアンが旅立ち、2つ年下のマリカやティムが去った頃には流石に焦りを感じ始めた。
 果ては5つ下の弟ヨハネまでが申し訳なさそうに村を出立した時、弟がその羽根で飛び立つその時までは何とか堪えたものの、リリナは弟の見えなくなった空を高く見上げ、とうとう泣き出してしまった。
 村長のオババはリリナの羽根が枯れないのにはわけがあると言う。
 わけなんて、リリナにはどうでも良かった。
 だって先に旅立った兄ミカエルと約束したのだ。
 リリナの羽根が生え変わったら、2人で世界を旅しようと。
 ヨハネが生まれるよりずっと前の話だ。
 ヨハネは兄を知らない。ミカエルが旅立った頃、弟はまだ赤ちゃんだったのだから。

(赤ちゃん……)

 リリナの羽根は、赤ちゃんのままだ。
 うんと柔らかな若芽のまま、育つ事も枯れる事もなく、リリナの背中に根付いている。
 引っこ抜いてしまいたかった。
 とはいえ羽根は命そのものなので、抜くなんてことをすれば、どうなるか分からない。
 リリナは赤ちゃんの羽根のままで一生を過ごすのかと思うと、悲しくて悔しくてどうしようもなくて、何処かに逃げ出してしまいたかった。
 その、逃げ出すための羽根がないのに。

 村長のオババが、母胎樹の処に行こうとリリナに言った。
 母胎樹は森の奥に聳える、とても大きくて優しい母なる木だ。赤ちゃんは全てこの木から生まれる。
 きょうだいは1つの木の実から、少しずつ分化して生まれる。だから、リリナとミカエルとヨハネは、元は同じ母胎樹の実だったのだ。
「リリナ、我らの母に触れるのだ」
 オババに言われた通り、リリナは母胎樹に触れた。
(え……)
 瞬間、母胎樹がほわりと柔らかな光を放った。
「やはりな」
「やはりって……?」
「3人きょうだいの中の子は、稀に羽根が生え替わらないのだそうだ」
 その言葉に、リリナは絶望し、目を伏せた。
「それじゃあ……やっぱり私は、外の世界に行けないの?」
「そうではない。お前の羽根は枯れにくい一等特別な羽根なのだよ。私は曽祖母の遺した書物で読んだだけだったので半信半疑だったが、こうして母胎樹が反応しているということは、それは本当だったのだろう」
 オババが何を言っているのか、リリナにはよく分からなかった。
「通常私らの羽根は、定期的に枯れては芽吹き、また生え揃う。その生え替わりのサイクルを、季節と呼ぶ」
「うん。春に芽吹き、夏に茂り、秋に萎れ、冬に枯れる。そうして、私たちは季節を巡り、生きていくんだよね。オババ」
「しかしお前の羽根は、未だ春のままなのだ」
「……どういうこと?」
「リリナよ。お前の羽根は季節を越えて成長し、お前の死と共に枯れる。お前の生が、一つのサイクルなのだ」
 やっぱり、オババが何を言っているのか、リリナには分からなかった。
「オババ、分からないよ。それはどういう」
「お前が今母胎樹に触れた事で、その根源たる力がお前に渡ったはずだ。そら、羽根を見てご覧」
 言われて背を見てみると、若芽だったはずの羽根が、大きく生い茂っていた。
「お前はこれから、長い長い夏を生きるのだ」
「……私の秋は、いつ来るの?」
「それは分からぬが、ただ、お前はこれから先、どの同胞よりも長い生を生きることとなる。それは酷く残酷なことだ」
「……お兄ちゃんよりも、ヨハネよりも?」
「あぁ、そうとも。もしかすると、これから先に生まれる赤子よりも」
 リリナは自分の運命に頭を殴られた気持ちだった。
(どうして、私だけ……)
「ほら、お行き。兄がお前をずぅっと待っているのだろう。もうそろそろ冬が来る。その前に兄の元へ行っておあげなさい」
 オババが空を見上げ、リリナもつられて上を見る。
 雲ひとつない、旅立ちには打ってつけの輝かしい空だった。

「オババ! 私、お兄ちゃんとまたここに帰ってくるからね」
 リリナは羽根に魔力を込めて、初めて宙に浮く。
「あぁ、待っているよ。リリナ」
 そうして浮かびながらオババの手を握り、そっと離した。
「うん、行って来ます!!」

2/24/2025, 6:38:47 AM

 僕は魔女の孫と呼ばれている。
 僕のおばあちゃんは、魔女だ。





魔法





 僕のパパとママは忙しくて、夏休みの間はおばあちゃんの住む山奥の家に預けられる。
 おばあちゃんが暮らすのは、山の中の小さな集落。
 おばあちゃんの他には、多分10人くらいが住んでいる。
 僕のクラスメイトよりも少ない、小さな小さな、村とも呼べない狭い集落。
 そんな集落で、おばあちゃんは魔女と呼ばれている。
 初めてここに来た時に、おばあちゃんにその理由を聞いてみたことがあるけど、子供騙しのそれらしいことを言ってはぐらかされた。

「魔女の孫だ」
「やだねぇ~」

 集落を歩いていると、そんな声が聞こえてくる。
 魔女という言葉は、きっと悪い意味だ。
 だって、魔法なんてないと僕は知っている。
 僕が魔女の孫なら、パパは魔女の子供だろうか。

 集落に、子供はいない。
 若者もいない。
 パパとママより年上に見える、おじさんとおばさんと、おじいさんとおばあさん。
 たった10人ほどの、小さな集落。


「いいかいユキ、人を恨んではいけないよ」

 いつだったか、おばあちゃんが僕に言った。
 理由を聞けば、僕は魔女の血を引く者だからだとよく分からない事を言っていた。



***



 思えば、お父さんが僕にサッカーをさせたのも、髪を伸ばさせないのも、同じところに理由があったのだと、今気がついた。

 耳をつんざく悲鳴と、ワックスが少し禿げた木の床に、滴る血痕。
 机の間を僕が歩けば、学校指定の上靴がぬちゃりと水音を立てる。
 そして鼻を突く、異様な獣の臭い。

「ユキ、ちゃん……?」

 僕がいじめられているのを見て見ぬふりしていた友達もどきが、規則正しく並んだロッカーの前で、怯えた瞳で僕を見る。

 お父さんが、ずっとずっと前に教えてくれた、ご先祖様の罪の話。
 あれは本当だったのかと、今知った。
 僕は犬神憑きの家の子だった。
 飢えさせた犬を残虐な方法で殺し、家に取り憑いた犬の怨霊が、家の者に仇なす者を喰い殺すという外法。
 犬神は主に、女子を主人とする。
 だからお父さんは、僕を男の子みたいに育てたんだ。
 そうすれば、犬神を騙せるかもしれないと思って。

————お父さん、無理だったみたいだよ。

 髪を短くしても、スラックスの制服を履いても、僕が女であることは、紛れもなくこの血が証明しているのだろう。




 僕はかつて、魔女の孫と呼ばれていた。
 その魔女は死に、僕が魔女になった。
 魔法なんてない。
 僕にあるのは遠く薄れた外法の血だけだ。

3/28/2023, 7:13:18 AM

 ————どくん、と心臓が跳ね上がる。
 目の前のあなたの表情は、どこか判然としないものだった。





My Heart





 僕はその日、買い物に出かけた。大学を卒業した時から結局引っ越す機を逃し、ずっと暮らし続けているワンルームのアパートから徒歩10分のスーパーで、食材を見繕う。
 大きな駅から少し外れた立地の、子供連れや高齢夫婦もいる雑然とした店内で、僕は何を買おうか悩んでいた。
(……土曜日はやっぱり人が多いな)
 次第に混雑してきた売り場に、買い物に出る時間を見誤ったかと一人溜息を吐く。
(えーっと……確か油が切れていたっけ)
 こんな行き当たりばったりの買い出しではなく、きちんとメモを用意してから家を出ようとは思っているものの、結局いつもメモを忘れてしまう。
 油売り場に辿り着き、いつもの油を探していると、足に軽い衝撃があった。
「…….おっと、大丈夫?」
 五歳くらいだろうか、小さな女の子が僕の足にぶつかった様で、咄嗟に声をかけた。
「ごめんなさい! 大丈夫!」
 そう元気に返事が返ってきたのでさらに笑顔を返し、迷子かなと周りへと視線を巡らせて保護者を探す。
 すると、僕と歳の頃がそう変わらなそうな女性が小走りでこちらに向かってきている。
「ママ!」
 どうやら女の子の母親らしい。よかった、迷子ではない様だ。
「すみません、うちの子が迷惑をおかけして」
「いえいえ~」
 僕はへらりと笑い、油を手に取って会釈しその場を去った。
(あと、は…………肉でも買ってくか)
 そうして会計も済ませて店を出た僕は、来た時もそうした様に、店の駐車場を突っ切って家路につく。
 先程の親子も買い物を終えたらしく、僕の後から店を出たのが視界に入った。こちらに気づいた女の子が大振りに手を振ってくるので、こちらは小さく振り返す。
 何とも微笑ましい光景だ。
 なんだか心満ちたような気になって、気を取り直して歩き出す。

 瞬間。

————————キキィッ!!!!

 僕が今し方出たばかりの、駐車場の出口から逆走して侵入しようとした車が僕目掛けて走ってくる光景がスローモーションに見えた。

 どくん、と心臓が跳ね上がる。
 後ろへ飛ぶ様に転んだ際に視界に入った少女の顔は、判然としない表情であったことが瞼の裏に焼きついた。

3/26/2023, 2:21:09 PM

————あのこがほしい はないちもんめ
————あのこじゃわからん
————そうだんしましょ そうしましょ





ないものねだり





 この学校では密かにとあるおまじないが流行っている。
 きっと誰もが一度は願う、望みを叶えてくれるおまじない。

「……ねぇ、知ってる?」
 佐渡 千草は友人にそのおまじないを聞いた。
 曰く、その名は"ササキ ケイコ"。
 かつてこの学校に在籍した女生徒だという。
 金持ちの家に生まれた彼女は、頭脳明晰でスポーツ万能、まさに天が二物も三物も与えた存在だったとか。
 千草も、もしもそんな子が同級生にいたのなら、多少羨んだり妬んだりすると思った。
 "ササキ ケイコ"は、その羨んだ生徒たちに虐げられていた。
 彼女の持ち物は盗まれ、隠され、時に捨てられた。
 テストや体育の時間には皆が口を揃えて、ありもしない彼女の不正を訴えた。
 結果として、彼女は死んだ。
 学校の屋上からの落下死だった。
 彼女が自ら飛び降りたとも、虐めていた生徒に突き落とされたともいわれていると。
「それでね、"ササキ ケイコ"さんの奪われたものを返してあげるの。そうすれば、"自分に足りないもの'をお礼に分けてくれるんだって」
 そう話を一旦締めくくった友人は、千草の反応を見ている様だった。
「へー。そんなの初めて聞いたけど、七不思議ってやつ?」
 努めて、興味無さげに話す千草。
「さあ? ほかのは聞いたことないからウチもわかんない。これはね、先輩から聞いたの」
 どこか楽しげに話す友人は、心底信じているわけではなさそうだった。千草に違和を感じている様子はない。
「それでね、おまじないの方法なんだけど————」


***


 時刻は23時55分。

 千草は今、自宅の自室でそのおまじないを試そうとしている。
 0時きっかりに行うため、準備をしたところだ。
 
用意するもの
・何も書かれていないノート
・ペン
・自分の望みを書いたノートの切れ端(ルーズリーフでも可)

 友人に聞いた必要なものはそれだけ。
 あとは誰にも見られてはいけないというのと、使ったものはすぐに見つからない様に処分するルール。
 そして最後の必要なものはルーズリーフで用意した。
 千草の願いはただ一つ。
——人前で話す時のあがり症を治したい
 そう書いたルーズリーフ一枚と、ノート一冊を置いた自身の勉強机を前に、千草は右手にペンを握っている。
 ノートの表紙に ササキ ケイコ、と記入する。
 かち、かち、と、秒針が静寂に響く。

 時計が、0時を指した。

 千草は唱える。
「ササキ ケイコさん、ササキ ケイコさん、あなたのノートをお返しします。あなたのノートをお返しします」
 千草は願う。
「あなたの才能はあなたのもの、あなたの家族はあなたのもの、あなたのものはあなたのもの」

 ふわり、と室内に風が吹いた気がした。



 
…………………………………………
………………

……



 翌朝。
 千草は目を覚まし、学校に向かう。


「おはよう」
「おはよ!」

 いつも通り、昇降口で出会った友人と挨拶を交わして教室に向かう。
 それなのに何かが違うと、そう感じたのは何故だろう。
 自分の何かが欠けている気がする。
 教室に着いた時、その違和が頂点に達した。

————"みんな"、何かが足りていない。
 隣にいる、友人でさえも。

 まるで、"誰かに無理矢理大事なものを抜き取られて、他人の持っているまるきり別のものと摺り替えられたような"————————……

3/25/2023, 1:19:46 PM

 シーツの擦れる音に目を醒ます。
 あの子の笑う夢を見た。
 気怠い腰と、咽せ返る汗の匂いが嫌でも現実を思い出させ、私は枕に顔を沈めた。






好きじゃないのに






 ベッドに腰をかけ、服を着てコーヒーを飲んでいる彼氏が、裸のまま寝ていた私の髪を撫ぜてくる。
「……起きた?」
 黒い髪を白いシーツに無造作に散りばめながら寝返った私は彼氏の顔を見上げた。
「おきた、……何時?」
「10時。帰る?」
 起き上がって、こくんと頷く。
「シャワー浴びてくる」
 あくびを一つして伸び上がる。腰近くまで伸びた長い髪は汗を含んで気持ち悪い。今更恥じらいなどなく裸のままで、ラブホテル特有の知らない音楽が流れる明るい部屋を進み、浴室に向かう。
 彼氏はもう済ませたのだろう。「行ってらっしゃい」と言ったきり、付いてくる気配はない。
 かこん、
 と響く浴室のドアを閉めて、シャワーから湯を出し頭から浴びる。
 心地良い。

 私は彼氏のことが好きなわけではない。告白されたから付き合った。あの子の、好きな人だったから。
 あの子——伊原 梨恵は私の親友だ。高校二年生の時に出会い、地元の同じ大学に進学した。そして、彼氏とは大学で出会った。軽音サークルでベースをやっているという、一つ年上の少しお調子者な彼に、梨恵は恋をした。そして彼は私に恋をしたのだ。梨恵を愛する私に。
 梨恵は私の全てで、私は梨恵に愛されたかった。しかし叶わなかった、だから梨恵の愛する者に愛されることで満足する事とした。
 それだけだ。
 だから私は、今日も好きでもない男に抱かれ、あの子の嫉妬も何もかも、全てを手中にする。
 シャワーの音が、私の体を伝って床に滴る湯が、世界を包み込む様だった。

 ————嗚呼。
 あの子の笑顔が見たいと、ただただそう願う。

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