シオウ

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 僕は魔女の孫と呼ばれている。
 僕のおばあちゃんは、魔女だ。





魔法





 僕のパパとママは忙しくて、夏休みの間はおばあちゃんの住む山奥の家に預けられる。
 おばあちゃんが暮らすのは、山の中の小さな集落。
 おばあちゃんの他には、多分10人くらいが住んでいる。
 僕のクラスメイトよりも少ない、小さな小さな、村とも呼べない狭い集落。
 そんな集落で、おばあちゃんは魔女と呼ばれている。
 初めてここに来た時に、おばあちゃんにその理由を聞いてみたことがあるけど、子供騙しのそれらしいことを言ってはぐらかされた。

「魔女の孫だ」
「やだねぇ~」

 集落を歩いていると、そんな声が聞こえてくる。
 魔女という言葉は、きっと悪い意味だ。
 だって、魔法なんてないと僕は知っている。
 僕が魔女の孫なら、パパは魔女の子供だろうか。

 集落に、子供はいない。
 若者もいない。
 パパとママより年上に見える、おじさんとおばさんと、おじいさんとおばあさん。
 たった10人ほどの、小さな集落。


「いいかいユキ、人を恨んではいけないよ」

 いつだったか、おばあちゃんが僕に言った。
 理由を聞けば、僕は魔女の血を引く者だからだとよく分からない事を言っていた。



***



 思えば、お父さんが僕にサッカーをさせたのも、髪を伸ばさせないのも、同じところに理由があったのだと、今気がついた。

 耳をつんざく悲鳴と、ワックスが少し禿げた木の床に、滴る血痕。
 机の間を僕が歩けば、学校指定の上靴がぬちゃりと水音を立てる。
 そして鼻を突く、異様な獣の臭い。

「ユキ、ちゃん……?」

 僕がいじめられているのを見て見ぬふりしていた友達もどきが、規則正しく並んだロッカーの前で、怯えた瞳で僕を見る。

 お父さんが、ずっとずっと前に教えてくれた、ご先祖様の罪の話。
 あれは本当だったのかと、今知った。
 僕は犬神憑きの家の子だった。
 飢えさせた犬を残虐な方法で殺し、家に取り憑いた犬の怨霊が、家の者に仇なす者を喰い殺すという外法。
 犬神は主に、女子を主人とする。
 だからお父さんは、僕を男の子みたいに育てたんだ。
 そうすれば、犬神を騙せるかもしれないと思って。

————お父さん、無理だったみたいだよ。

 髪を短くしても、スラックスの制服を履いても、僕が女であることは、紛れもなくこの血が証明しているのだろう。




 僕はかつて、魔女の孫と呼ばれていた。
 その魔女は死に、僕が魔女になった。
 魔法なんてない。
 僕にあるのは遠く薄れた外法の血だけだ。

2/24/2025, 6:38:47 AM