紫櫻

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 シーツの擦れる音に目を醒ます。
 あの子の笑う夢を見た。
 気怠い腰と、咽せ返る汗の匂いが嫌でも現実を思い出させ、私は枕に顔を沈めた。






好きじゃないのに






 ベッドに腰をかけ、服を着てコーヒーを飲んでいる彼氏が、裸のまま寝ていた私の髪を撫ぜてくる。
「……起きた?」
 黒い髪を白いシーツに無造作に散りばめながら寝返った私は彼氏の顔を見上げた。
「おきた、……何時?」
「10時。帰る?」
 起き上がって、こくんと頷く。
「シャワー浴びてくる」
 あくびを一つして伸び上がる。腰近くまで伸びた長い髪は汗を含んで気持ち悪い。今更恥じらいなどなく裸のままで、ラブホテル特有の知らない音楽が流れる明るい部屋を進み、浴室に向かう。
 彼氏はもう済ませたのだろう。「行ってらっしゃい」と言ったきり、付いてくる気配はない。
 かこん、
 と響く浴室のドアを閉めて、シャワーから湯を出し頭から浴びる。
 心地良い。

 私は彼氏のことが好きなわけではない。告白されたから付き合った。あの子の、好きな人だったから。
 あの子——伊原 梨恵は私の親友だ。高校二年生の時に出会い、地元の同じ大学に進学した。そして、彼氏とは大学で出会った。軽音サークルでベースをやっているという、一つ年上の少しお調子者な彼に、梨恵は恋をした。そして彼は私に恋をしたのだ。梨恵を愛する私に。
 梨恵は私の全てで、私は梨恵に愛されたかった。しかし叶わなかった、だから梨恵の愛する者に愛されることで満足する事とした。
 それだけだ。
 だから私は、今日も好きでもない男に抱かれ、あの子の嫉妬も何もかも、全てを手中にする。
 シャワーの音が、私の体を伝って床に滴る湯が、世界を包み込む様だった。

 ————嗚呼。
 あの子の笑顔が見たいと、ただただそう願う。

3/25/2023, 1:19:46 PM