————あのこがほしい はないちもんめ
————あのこじゃわからん
————そうだんしましょ そうしましょ
ないものねだり
この学校では密かにとあるおまじないが流行っている。
きっと誰もが一度は願う、望みを叶えてくれるおまじない。
「……ねぇ、知ってる?」
佐渡 千草は友人にそのおまじないを聞いた。
曰く、その名は"ササキ ケイコ"。
かつてこの学校に在籍した女生徒だという。
金持ちの家に生まれた彼女は、頭脳明晰でスポーツ万能、まさに天が二物も三物も与えた存在だったとか。
千草も、もしもそんな子が同級生にいたのなら、多少羨んだり妬んだりすると思った。
"ササキ ケイコ"は、その羨んだ生徒たちに虐げられていた。
彼女の持ち物は盗まれ、隠され、時に捨てられた。
テストや体育の時間には皆が口を揃えて、ありもしない彼女の不正を訴えた。
結果として、彼女は死んだ。
学校の屋上からの落下死だった。
彼女が自ら飛び降りたとも、虐めていた生徒に突き落とされたともいわれていると。
「それでね、"ササキ ケイコ"さんの奪われたものを返してあげるの。そうすれば、"自分に足りないもの'をお礼に分けてくれるんだって」
そう話を一旦締めくくった友人は、千草の反応を見ている様だった。
「へー。そんなの初めて聞いたけど、七不思議ってやつ?」
努めて、興味無さげに話す千草。
「さあ? ほかのは聞いたことないからウチもわかんない。これはね、先輩から聞いたの」
どこか楽しげに話す友人は、心底信じているわけではなさそうだった。千草に違和を感じている様子はない。
「それでね、おまじないの方法なんだけど————」
***
時刻は23時55分。
千草は今、自宅の自室でそのおまじないを試そうとしている。
0時きっかりに行うため、準備をしたところだ。
用意するもの
・何も書かれていないノート
・ペン
・自分の望みを書いたノートの切れ端(ルーズリーフでも可)
友人に聞いた必要なものはそれだけ。
あとは誰にも見られてはいけないというのと、使ったものはすぐに見つからない様に処分するルール。
そして最後の必要なものはルーズリーフで用意した。
千草の願いはただ一つ。
——人前で話す時のあがり症を治したい
そう書いたルーズリーフ一枚と、ノート一冊を置いた自身の勉強机を前に、千草は右手にペンを握っている。
ノートの表紙に ササキ ケイコ、と記入する。
かち、かち、と、秒針が静寂に響く。
時計が、0時を指した。
千草は唱える。
「ササキ ケイコさん、ササキ ケイコさん、あなたのノートをお返しします。あなたのノートをお返しします」
千草は願う。
「あなたの才能はあなたのもの、あなたの家族はあなたのもの、あなたのものはあなたのもの」
ふわり、と室内に風が吹いた気がした。
…………………………………………
………………
……
翌朝。
千草は目を覚まし、学校に向かう。
「おはよう」
「おはよ!」
いつも通り、昇降口で出会った友人と挨拶を交わして教室に向かう。
それなのに何かが違うと、そう感じたのは何故だろう。
自分の何かが欠けている気がする。
教室に着いた時、その違和が頂点に達した。
————"みんな"、何かが足りていない。
隣にいる、友人でさえも。
まるで、"誰かに無理矢理大事なものを抜き取られて、他人の持っているまるきり別のものと摺り替えられたような"————————……
3/26/2023, 2:21:09 PM