——私も、お兄ちゃんみたいに、外に出れるようになる?
——そうだな。生まれてから二番目の羽根が生え終わったらお前も。
さぁ冒険だ
生まれた時に生えていた羽は、生まれて10年もすれば枯れる。
そして枯れ落ちた場所から新たな羽根が芽吹き、1年もすれば生え揃う——はずなのに。
リリナの赤ちゃん羽根は、ちっとも枯れる様子がなかった。
(どうして?)
10年が経ったばかりの頃は、そういうこともあるかと無理矢理自分を納得させたリリナだったけど、同い年のハンスやアンが旅立ち、2つ年下のマリカやティムが去った頃には流石に焦りを感じ始めた。
果ては5つ下の弟ヨハネまでが申し訳なさそうに村を出立した時、弟がその羽根で飛び立つその時までは何とか堪えたものの、リリナは弟の見えなくなった空を高く見上げ、とうとう泣き出してしまった。
村長のオババはリリナの羽根が枯れないのにはわけがあると言う。
わけなんて、リリナにはどうでも良かった。
だって先に旅立った兄ミカエルと約束したのだ。
リリナの羽根が生え変わったら、2人で世界を旅しようと。
ヨハネが生まれるよりずっと前の話だ。
ヨハネは兄を知らない。ミカエルが旅立った頃、弟はまだ赤ちゃんだったのだから。
(赤ちゃん……)
リリナの羽根は、赤ちゃんのままだ。
うんと柔らかな若芽のまま、育つ事も枯れる事もなく、リリナの背中に根付いている。
引っこ抜いてしまいたかった。
とはいえ羽根は命そのものなので、抜くなんてことをすれば、どうなるか分からない。
リリナは赤ちゃんの羽根のままで一生を過ごすのかと思うと、悲しくて悔しくてどうしようもなくて、何処かに逃げ出してしまいたかった。
その、逃げ出すための羽根がないのに。
村長のオババが、母胎樹の処に行こうとリリナに言った。
母胎樹は森の奥に聳える、とても大きくて優しい母なる木だ。赤ちゃんは全てこの木から生まれる。
きょうだいは1つの木の実から、少しずつ分化して生まれる。だから、リリナとミカエルとヨハネは、元は同じ母胎樹の実だったのだ。
「リリナ、我らの母に触れるのだ」
オババに言われた通り、リリナは母胎樹に触れた。
(え……)
瞬間、母胎樹がほわりと柔らかな光を放った。
「やはりな」
「やはりって……?」
「3人きょうだいの中の子は、稀に羽根が生え替わらないのだそうだ」
その言葉に、リリナは絶望し、目を伏せた。
「それじゃあ……やっぱり私は、外の世界に行けないの?」
「そうではない。お前の羽根は枯れにくい一等特別な羽根なのだよ。私は曽祖母の遺した書物で読んだだけだったので半信半疑だったが、こうして母胎樹が反応しているということは、それは本当だったのだろう」
オババが何を言っているのか、リリナにはよく分からなかった。
「通常私らの羽根は、定期的に枯れては芽吹き、また生え揃う。その生え替わりのサイクルを、季節と呼ぶ」
「うん。春に芽吹き、夏に茂り、秋に萎れ、冬に枯れる。そうして、私たちは季節を巡り、生きていくんだよね。オババ」
「しかしお前の羽根は、未だ春のままなのだ」
「……どういうこと?」
「リリナよ。お前の羽根は季節を越えて成長し、お前の死と共に枯れる。お前の生が、一つのサイクルなのだ」
やっぱり、オババが何を言っているのか、リリナには分からなかった。
「オババ、分からないよ。それはどういう」
「お前が今母胎樹に触れた事で、その根源たる力がお前に渡ったはずだ。そら、羽根を見てご覧」
言われて背を見てみると、若芽だったはずの羽根が、大きく生い茂っていた。
「お前はこれから、長い長い夏を生きるのだ」
「……私の秋は、いつ来るの?」
「それは分からぬが、ただ、お前はこれから先、どの同胞よりも長い生を生きることとなる。それは酷く残酷なことだ」
「……お兄ちゃんよりも、ヨハネよりも?」
「あぁ、そうとも。もしかすると、これから先に生まれる赤子よりも」
リリナは自分の運命に頭を殴られた気持ちだった。
(どうして、私だけ……)
「ほら、お行き。兄がお前をずぅっと待っているのだろう。もうそろそろ冬が来る。その前に兄の元へ行っておあげなさい」
オババが空を見上げ、リリナもつられて上を見る。
雲ひとつない、旅立ちには打ってつけの輝かしい空だった。
「オババ! 私、お兄ちゃんとまたここに帰ってくるからね」
リリナは羽根に魔力を込めて、初めて宙に浮く。
「あぁ、待っているよ。リリナ」
そうして浮かびながらオババの手を握り、そっと離した。
「うん、行って来ます!!」
2/25/2025, 3:08:07 PM