※お題以外の投稿
タイトル:嫉妬すらできない
世界が暗い。暗いのは誰のせいだろうか。自問自答したって答えはいつも決まりきっていて。
「自分、なんだよな」
何度目ともしれないため息が零れた。
手にしたままのスマホを覗き込む。そこには可愛らしい顔立ちの、きらきらと輝く女の子、幸せそうなカップル。素敵な化粧品に、美味しそうなパンケーキ。
私は目を伏せた。見続けると何か、黒いものが込み上げてしまいそうだから。
分かっている、本当は分かっているのだ。
この人達は決して楽をしてその状況を勝ち取ったわけではないと。
だけど。
私は小さく首を振って、近くにあった紙の袋を引き寄せた。ひっくり返してみれば、中からざらざらとこぼれ落ちる、錠剤のシート。
ひときわ小さいそれをひとつだけ出して、口の中に放り込む。
忘れよう。そう、呟きスマホをベッドへと放る。静かな部屋の中、苦みだけが口の中を満たしていた。
初恋の日
僕の世界には色がついた。
灰一色だった世界が、モノクロ写真のようだった世界は、鮮やかに息づいた。
仕事を終えた太陽は今日もひときわ強く世界を照らし、黄昏色が僕らを包む。
今までもずっとたわいもない話をしてきたけれど、いつしか君の目を見る度になぜだか苦しくなって。艶やかな黒髪が風になびく度に目を奪われて。
ころころと鈴を転がすかのような笑い声に、僕の胸は強く高く脈を打つのだった。
走ってきた僕を見て、ゆっくりで良かったのに、とどこかくすぐったそうに微笑む君。
夕暮れの校舎、少しだけ開いている校門。
長く伸びた影ふたつ。
君は今日もたわいのない話をしている。
返事をしようと思うのに、からからに乾いた喉はうまく言葉を絞り出せない。
やっと出た声はすっとんきょうに裏返っていて。
どうしたの、そう、くすくすと笑う君に触れられたのならば。
ああ、僕は恋をしたのだ。
そう思う他なかった。
こんなにも胸が痛くて苦しくて、でも君が笑いかけてくれる、ただそれだけで天にも登る心地になる。
込み上げる愛しさのままに君を抱きしめてしまいたい。
思わず動かしてしまった手で頭を掻き、僕は笑う。
君が、どうしたの、今日ちょっと変じゃない?
そう、首を傾げるのを見つめながら。
君と出会って。君と出会って何年目だろう。
桜吹雪の吹きすさぶあの春に出会って、それから何回目の春だろう。
君は、もう何も言わない。僕は石造りの墓の側へとしゃがみこむ。
あのきらきらと輝く瞳も、風に靡く淡く柔らかな髪の毛も、くるくるとよく表情を変える顔も、何も、ない。
君はある日突然にいなくなってしまったね。何回も迎えた春を、急に冬に置き去りにして。君は少し飽きっぽいところがあったから、突然に飽きてしまったのかな。
墓の前に線香を立て、そして白いチューリップの花を置いた。君のすきだった花。花屋に並ぶ中、君のように燦然と、眩いばかりに輝いていた、白い花。
ぽたりと涙が石の床へと落ちる。とめどなく溢れる涙は、時雨のように降り注ぎ、その色を濃く変えていく。
ばか、そう小さく呟いた。
どうして僕を置いていくんだ、君のいない世界で僕はまた1人だ。他でもない君のせいで、君のおかげで。
君の笑顔のない世界に価値なんてあるものか。ぎゅっと握りしめた拳に爪が突き刺さった。
さらさら、と墓場の木々が揺れる。優しいはずのその音色が酷く鬱陶しい。僕は、ぼんやりと石に掘られた君の名前を見つめた。
流れる涙は止まることを知らなかった。
草木も揺れない寂しい廃墟で黒い服を着た少年は空を見上げる。
かつて緑が生い茂り、人々が行き交っていたはずのこの世界。
とある戦争を機に、全てが全てが焼け焦げて色を失った、この世界。
少年は視線を戻すと服のポケットから手のひらにのるほどの小さなアルバムを取り出す。
ばらり、と捲るとそこには少年と、もう1人の快活そうな、赤い服の少年が笑顔で映っていた。
アルバムを捲っている少年は、いわゆる人造人間、と呼ばれるものだった。完全な機械と違い、クローン人間を元にしているため、感情を持っており、戦争が起きる前の世界では友達やら恋人として人間と暮らすことが多かった存在だ。
写真の中でピースをしている赤い服の少年は人間。戦争で焼けて、血の一滴も遺さずにいなくなってしまった。当時、2人で公園で遊んでいたところに人類史上最悪の兵器による光が2人を包んだのだ。
人造人間、特にこの黒い服の少年には類まれなる防衛機能が備えられていたこと、ちょうど建物の影になっていたことで彼は生き残ったのだった。
写真の中の2人の後ろには、どこまでも続く星空が映っている。ちょうど、この廃虚の空と同じような。
少年は再び空を見上げた。
あの時は、ふたり一緒に見あげたその先で流れ星を見つけた。また見つけられたら、かつての想い出に浸れるような気がしたのだ。
ぐるりと空を仰ぎ見て、上へ下へと忙しなく視線を動かす。きらり、と視界の端で光るものが見えた。
慌ててそちらを見やるもすでに光は消えてしまっていた。肩を落とすもつかの間、ちょうど見上げた視線の先、煌めく星々の中で一筋の線が走る。
「……また、君と遊べますように」
友達だった、否、友達の少年は既にこの世にいない。だからこれは叶わない願いだ、そう分かってはいても3回同じことを繰り返すのをやめることはできなかった。
流れていった先をしばし見つめ、少年は歩き出す。どこへ行くとも分からないまま。
再び流れた星が彼の後を追うように、すぅ、と光の筋を描いて消えていった。
僕は布団の端っこから顔だけを覗かせる。つけっぱなしのテレビから聞こえる落ち着いた声音。明日は雲ひとつない晴れでしょう、と明日の予報を伝えていた。
僕はむくりと起き上がり、無造作に机に積まれていたカップ麺をとった。3分のタイマーをセットし、再びベッドへと舞い戻った。
明日はどうやら晴れるらしい。一昨日は晴れで、今日はざんざん降りだったというのに、まぁよくもころころと変わるものだ。
天気と言えば、今日の心模様は散々だった。大方、曇りのち雷のち雨、といったところだろうか?
朝起きた瞬間の爽快さは訪れず、ただどんよりと行き場のない気持ちを持て余しながらカーテンを開けた。
せっかくの休日だったというのにベッドから動くこともできずただ菓子パンだけを口に詰め込んだ。
そうして何もできないままに過ぎていく時計を眺めていると、ふと、湧き上がるような恐怖に身がすくんだ。
最近の出来事がまざまざと蘇り、まるで今この場で起きているかのような映像を伴った。そこには何もいないと分かっているのに、響く笑い声は僕を責め、は、は、と上がる息を押さえるのがやっと。どくどくと脈打つ心臓は口から飛び出しそうなほどで、僕は胸のあたりの布をきゅ、と握る。
縋る思いでシートに包まれた小さな錠剤を水とともに流し込み、布団を頭まで被ると今度は止まない雨のような、しとしとと降り続ける悲しみに包まれる。
いつしか海になりそうな涙から逃げるように目をつむったのが覚えている限りの記憶だ。
次に意識が浮上した時には、とうに日は暮れて時計の針は上と下を真っ直ぐに指していたのだった。
今日はあまり良い1日ではなかった。僕は出来上がったカップラーメンを啜り、机に置いたスマホを見た。
そろそろ国民的アニメが始まる頃合いだ。
テレビのチャンネルを変えると、見慣れたおかっぱ頭の女の子が画面に映る。ぼんやりと画面を見つめていると、懐かしさで胸がいっぱいになった。
番組が終わると、僕はテレビを切り窓から外を見上げた。きらりと光る星が綺麗だ。明日は晴れるらしい。僕の心も晴れてくれるだろうか?
僕は錠剤のシートが入ったポケットを、そっと上から握る。明日は心もいい天気でありますように。