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8/3/2022, 7:16:57 AM

毎年この時期に病室から見える花が好きだ。
大きい音を立てて、夜空に大きな花を咲かせて、私たちに元気を与えて散っていく花火。
いつも静かな小児病棟もこの日だけは花火の音と、小さい子たちがそれを見て喜ぶ声が響き渡る。
昔は、来年も楽しみだと思えていたのに、ここ最近は花火が散っていく度に、来年は見られるのだろうかという不安が心を侵食していく。私は生きていたい。
小さい頃からこの病室が、家の自室のようなものだった。学校に行きたいけれど、行けなくて、病室の窓の外から見える都会のビルの景色が変わらずにずっと一緒にいてくれる存在。この花火たちも一緒だ。

ここ最近、いつもできていたことができなくなっている。寝ていることが多くなった。目を覚まさなくなったらどうしようと。
今日は久しぶりにこの時間まで起きて、花火を昨年と同じように見ている。どれだけの人がこの花火をどこから見ているんだろう。
誰かが知らなくても、この病室でひとり、花火を見ている人がいたんだよと空に放たれる色とりどりの花が知っていてくれたらいいのにな。

私は花火の音が気にならないぐらいに瞼が重くなってきた。まだ見ていたいのに。来年も見れるよね、見たいよ……

7/17/2022, 6:44:17 AM

―― あなたは元気でやっているだろうか。

雲ひとつない青空は、曇ることなく鮮明に覚えている記憶を呼び起こす。
今まで空を見上げる余裕もなく働いていたのに、こういう時だけ感傷に浸るのは自分らしくない。

名前を呼ばれると嬉しかった。
隣にいてくれるだけで心が穏やかになれた。
仕事帰りに見る寝顔は一日の疲れを吹き飛ばしてくれるようだった。

もう、その頃に戻れないとしてもあなたがどこかで元気で過ごしてくれていればそれでいい。お互いに前に進むと決めて別れたのだから。

たまに思い出しては寂しくなる。何年も前の話であり、未だに想っているなんて誰かに言ったら、諦めの悪い男だと言われるかもしれない。でも、そうじゃない。

あなた以上に好きになれる人がいない。

だから、今日も願う。あなたが元気で、そしてできれば幸せに過ごせていますようにと。

6/6/2022, 5:40:37 AM



「誰にも言えない秘密ってありますか?」

この間、職場内研修で学んだことを実践してみる。仕事の会話だけではなく時には雑談を交えてみること。その例の中に入っていたこの質問を隣の席の彼に投げかけてみた。すると彼は何事かと目を見開いてから、少し悩んだ様子。やっぱり突然雑談をしようなんて難しい。どう声をかけてから雑談を始めてみるべきだったのかと後悔だけが彼の悩む姿を見る時間と比例して積もっていく。

「イエスノーで答えるならばイエスです」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます。」

ありがとうございます?それも何かが違う気がする。圧倒的にコミュニケーション力に欠けているのかもしれないと悩んでいた時に、上司に声をかけてもらって参加した研修だった。なのに、何ひとつ実践できていないではないか。雑談は返ってきた答えをどう広げるかが大事だと研修でも言っていたのに。

そんな私を見兼ねてか、彼は口を開く。

「誰にも『言えない』秘密を教えるわけにはいかないのですが、誰にも『言っていない』秘密なら、言えなくはないです」

そこで私は気づく。そうだよ、『誰にも言えない秘密』なんて言葉通りだ。彼の言う通り、『誰にも言っていない秘密』のほうがタイミングさえ合えば話せる機会はあるはず。

「言っていないといいますと、悩みごとですか?」
「いえ、気持ちですかね」
「気持ち…例えば、仕事への不満ですか?もし私が聞けるものでしたら、お話聞きますよ」

よし、良い調子。話を広げて、相手に話やすい雰囲気を作る。そしてまた別日でも話す機会を設けるように話を進めていく。ここまでは研修で教わった通りだ。

「いえ、大丈夫です」

彼はそう告げるとコーヒーの入っていたマグカップを持ちながら席を立ってしまった。やはり、私では駄目なのかと落胆する。このままでは一生昇級なんてできないんだろうな。それに比べて、隣の彼は昇級という言葉に最も近い人で、次の人事異動で違う花形部署に配属されるのではと期待されている。住む世界が違う?でも今は同じ部署で同僚として一緒に働いているのだから、私にだってチャンスはあるはず。

「考えごとですか?」
「…うまく、喋れないなって反省してます」
「先程の会話ですか」

彼はコーヒーを注ぎに行ったついでと言って私に自動販売機の紅茶を渡してくれる。最近暑さが続く中で、ひんやりとした缶の冷たさは私の頭をも冷やしてくれるようだった。

「それが苗字さんの『誰にも言っていない秘密』ですね」
「あ、えっと、それは…その……はい、」

彼の前では、嘘がつけない。彼の推理力もさながら、彼を目の前にして何かを聞かれると伝えようとしていないことまで口にしてしまう。彼のコミュニケーション力に吸い取られるような感覚。一瞬にして、彼との会話の世界に入り込んで、楽しいと思える。

「苗字さんが教えてくれたので、私もひとつ、誰にも言っていないこと、苗字さんだけにお伝えします」

そう彼は言うと手を引っ張り、私の耳元に口を近づける。マスク越しなのに、まるで耳に息を吹きかけられるかのように擽ったく、そして彼がいつにも増して距離が近いことに胸の高鳴りを覚える。

「あなたが好きです」

耳元でそう囁かれた声は私の身体を染色していく。
今、なんと言いましたか?なんて聞けなくて、耳から順に真っ赤に染まり行く身体。仕事なんて到底できそうにないほどに胸を熱くさせる。

誰にも『言っていない』秘密が増えた。
私も彼が好きだということ。

6/4/2022, 11:52:18 PM

白い天井、狭い部屋。誰の声も聞こえない静けさ。私が『あ』と大きな声で言ってみれば、狭い部屋中に響き渡る。この部屋にも随分慣れたものだ。

――いつになったらこの部屋を抜け出せる?

なんて考えるのは野暮なことだと知っている。でも、考えたくなる。未来を見据えるのと一緒だから。明日目を覚まさないかもしれない。目を瞑ったら私はこの世からいなくなっているかもしれない。不安になって、眠りたくない日々もあった。もうダメかもしれないと弱気になる日も。
それでも、私には生きる希望があった。

「名前ちゃん!」

狭い部屋に響き渡る声。毎度、五月蝿いと彼は怒られてしまうけれど響くぐらいの大きくて元気の良い声が私の調子を良くさせてくれる。
眠るのが怖い、と言った時も

「じゃあ、俺がずっと手を繋いでいてあげるから」

と彼はずっと手を繋いでいてくれた。目を覚ませば、彼の可愛い寝顔が見えて、それでも力が抜けることなくぎゅっと手は繋がれたまま。あたたかな温もりが伝わってきて安心を覚えた。

「大好きだよ」
「…私は」
「身体が弱いとかそういうのは関係ない。俺が大好きなの」
「あのね、」

『私も大好きだよ』と伝えたい。けれど、伝えてしまったら明日どうなるか分からない私は彼を縛り付けてしまう気がして止めた。

「大丈夫、明日も明後日も、1年後も何年後だってキミの傍には俺がいるよ、いさせてよ」

彼の優しさに何度も縋りたくなった。でも、私はその答えを有耶無耶にしてうまくかわす。
こんな私でも会いに来てくれる唯一無二の人。そんな彼に私は生かされているのかもしれない。

――私も大好きだよ。ずっと、一緒にいたいな

伝えられたらいいのに。

6/3/2022, 8:05:31 AM

いつかあなたは私の前からいなくなってしまう。それは遠い先の話ではなく、ある日突然。それが怖いのに、私はあなたから離れることはできない。いつの間にか虜になって、頭からあなたのことが離れなくなった。

私の口癖。
「ねぇ、いなくならないよね?」
口に出す度に彼はケタケタと笑って同じように答える。
「いなくならないよ。なに心配してるの?」

よく拠点を変える。シェアオフィスも池袋だったり、目黒だったり。たまにはクルーザーを拠点にすることだってある。その度に私に来るかどうか聞いてくれるのは嬉しい。あなたも、私のことが好きなのかもしれない、一緒にいたいのかもしれないと自惚れる。でも、不安は消えない。目の前からあなたが消える日が刻一刻と近づいているかのように、私の心はバクバクと音を立てながら夜も眠れなくなる。

「寝れないの?」
「…起きたらあなたがいなくなっている気がして」
「だから、ならないって。名前を置いていくことなんかしないよ」
「本当?」
「本当に。だから、ゆっくりおやすみ」

あなたの言葉は魔法のようだった。一緒のベッドで寝て、あなたの温もりを感じながら目を瞑るのは幸せ。

でも、やっぱり突然だったね。目を覚ませば置き手紙も何もなく、あなたがいたという形跡もなかった。慌ててスマートフォンからあなたの名前を探してみても、電話帳もSNSも何もかもあなたの痕跡すら残っていなかった。

これを恐れていたのに、いつかこうなることは分かっていたのに。ベッドでただひたすら泣くことしかできない。あなたがいなければ、私は夜眠ることもできなくなっているのに。

あなたがいない生活は続く。でも心の片隅にはいつもあなたがいて、変わらずケタケタと笑っている。不意に戻ってくるかもしれない。だってあなたはいつだって自由奔放だから。

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