仕事終わりに会社を出て、彼女の元へ向かう。お団子にしていた髪を解いて、ネックレスと、リングを外して。今日は焼肉でも食べようと話したから、ベルトも緩めておく。
後輩に譲った割引券、貰っとくんだったな。
音と光に溢れている夜の街はやはり苦手だ。酒に酔った大人が、自分に酔った子供が、人に酔った私が、気持ち悪い。
あぁ、不思議だ。混ざりすぎて色を失った世界で、あんたのヒールの音だけは鮮やかに届く。
「あれ、髪下ろしたんだ?」
うん、だって、そっちの方が好きでしょ?
いっぱい食べたし、話した。御手洗に立ったタイミングで、服に着いた煙の匂いに気が付く。お互い旦那に内緒で来ているため、これは不味いなと笑う。名残惜しくも焼肉屋を出て、コンビニで消臭剤を買って、休憩場を探す。「私たちお姫様だから」悪戯に笑って指した先は、ピンク色のお城。「ねぇ、ダメ?」そんな目で見ないでくれ。
お城の中の大きなベッドで2人、横たわる。スーツはハンガーにかけて、消臭剤をかけて。
お風呂上がりの肌が吸い付いて心地よかった。軽く湿った長い髪が私の頬を、貴方の肩を撫でる。珍しく巻いてる髪は、誰のためだろうか。
額、頬、首、そして指。順番にキスをする。
似合わない紅には、私の願いが詰まってる。
あんたの薬指、世界で唯一憎らしいその輝きを、私が奪ってしまえるように。
不思議よね。お互い旦那が居るはずなのに、指輪をするのは
ただ、あんただけ。
この森は静かである。
蟻は、蟷螂を運んでいる。
狐は、鼠を咥えている。
人の炊いた火に、蝿が飛び入る。
いつもどこかで命が絶えているこの森は、静かである。
四十雀の卵が孵る。
小鹿が落ち着きのない足で立つ。
柔らかい土から、若葉が顔を出す。
いつもどこかで命が芽吹くこの森は、音に溢れている。
溢れた音の中で、母の声を探す。
今日私は、静かな森へ帰る。
反芻。
一度飲み込んだはずのそれは、ふとした瞬間込み上がる。
忘れたはずの熱が、辛さが、再び口の中に広がる。
いつだって一緒に飲み込んできたはずの甘い言葉は
なぜだか思い出せないでいる。
だから私は、じっくりと味わってみることにした。
辛いも甘いも、忘れないように。
同じ辛さに出会わないように。そして次の反芻で
甘い言葉も思い出せたら、きっと少し辛くない。
「私、この桜と共に散ります。」
そう言って君は、春風のように吹き抜けた。
僕は、きっと酷い顔をしているから、
ただ静かに、遠のく風声に耳を澄ませる。
微かに、花弁の落ちる音がした。
あれから4年、今年も桜が咲いている。
公園のベンチで本を読みながら、
彼女と、未来の話をした。
栞を挟んで、本を閉じる。
「その栞、もうボロボロじゃない?
でも素敵ね、桜の押し花だなんて。」
これから僕は幸せになる、君の分も、
取り返すように生きていくんだ。
あの時のひとひらを、二度と落とさないように。
窓の外は
ゆっくりと着実に変わって行くのに
この部屋は何も変わらない
それを安息の地と思うか
抜け出すべき場所と思うか
移り変わる風景が、私を外へ誘う。