夢のようなひと時だった。
今となってはそんなふうに思う。
君と過した数年間、ボクの中では瞬きのように短い時間だった。目を再び開けた時、その短さに驚く程に。
付き合いとしてはそこまで長くは無い。
高校が同じで、それからも何かと縁があって、たまに会って、世間話して、遊んで。普通の友達だ。
かけがえのない普通の友達。
いつだか君は空を見上げてこう言ったね。
「虹がかかっている」と。
喜びもせず淡々と述べたものだから、てっきり虹という現象が嫌いなのだと思ってしまったよ。私が不服そうに見つめていることに君も気づいていたんだろう?
「見え方が変わっただけで、その実、空は何も変わってないんだよ。それにいちいち感動するなら、僕はいつもの空にだって感嘆の声をあげているさ」
なんとひねくれた考えだ。
まあ、変に夢がないところが君らしいといえる。
いつだって、物事の本質を見抜く君へ。
ボクの大事な友達の君へ。
君は、ボクの目的に実は気づいていたんじゃないの?
ボクの心の内を知っていたんじゃないの?
なんで、知らないふりをし続けてくれたの?
ボクが君や、君以外のみんなにそうし続けたから?
「馬鹿だな、本当に馬鹿だよ」
君が数時間でも、数分でも、数秒でも早く、ボクに助けを求めていたら。
ボクは君のためにボクの命さえも捧げる事ができたのに。
何でボクに頼らなかったの?
聡明な君のことだから、ボクら一族のことは知っていたんでしょう?
友達の君になら、一族の天啓と関係なく、利用されることも厭わなかったのに。
雨が私の頬を静かに濡らした。
今日は雨上がりの晴天だ。
空には七色の橋が架かっていた。
『最愛の友人へ』
僕がこの空虚な空間に来てから随分経ったことだろう。
経っただろうなんて曖昧な表現を用いるのは元研究者として感心できないところではあるが、生憎とここではただの亡者。僕は生前とは厳密に言うと違う存在となっている。
こんな考えても意味の無いことはさておき。
この空間、何も無い、という訳では無いのだ。
目の前に一つだけ、現世を映し出すテレビのような何かが設置してある。テレビのような何か、これにはコードが繋がっていない。ただ、僕の葬式の風景や僕の見知った顔、それを一人称で移しているようだ。仮説にはなるのだが、この視点は現世に未だ存在する僕の魂(のようなもの)から消滅した僕の身体(のようなもの)に映し出されているいわば、ライブ中継のようなものなのではないか、と。となると、この空虚な空間にも説明がつく。ここは生前僕の脳として働いていた部分なのではないかと。何故肉体が滅んでもなお、このような空間が存在しているのか、疑問ではあるのだが。
さて、ここから映し出される恐らく現世の風景。
真夜中、1人の少年がとある家から出てきたところだ。
僕はこの少年を知っていた。
よく知っている。
小野寺音透がどんな人物で、過去何をしてきて、これから何をするのか。そして、その選択が迎える結末も予想出来てしまう。
彼はやはり、小宮冴人のもとから離れる決断をしたようだ。
あんなにも冴人君に執着していたようだから、このような行動に出たのに人生で経験したことの無いような苦渋を迫られたのだろう。でも、去っていく。
僕は、君の選択が正しいと思っている。
きっとこの先、君の中にいる醜い怪物が冴人君や君の周りさえも巻き込んで、大きな災いを起こす。それにみんなを…いや、冴人君を巻き込まない為の選択なのだろう。
僕を死に追いやった君のことだから、自分の周りの人間が瞬く間に肉塊になったところで何かを思うことはないだろう。でも、君にとって、冴人君は別なんでしょう?
ただ、1つだけ。
君はどこへ行ったって、逃げられはしない。
君の内に芽生えたソレはもう君を離すことはないのだから。
こんなこと今更言ったって、届きはしないけど。
意味の無い警告をそっと口にした。
『亡者からの警告』
「Lは、楽しい?」
うん。楽しいよ。
前のこと、全部忘れたままだけど、みんなと過ごす時間はとっても楽しい。
みんなのこと、大好きなんだ。
強いやつと戦うのだって楽しいし、毎日、充実してるはずだよ。
でも、なんでだろうな。
何か、ボクを形作る決定的な何かがぽかんと穴を開けているんだ。
それがなんなのか、全然分からない。
いくらみんなとの想い出を積み重ねても、その空白がどんどん広がっていって、みんなとの想い出さえも飲み込まれそうになるんだ。
5年前、4年前、3年前、2年前、1年前、半年前、1か月前、1週間前、1日前、1時間前、1分前、1秒前……
どんどんボクが消えていく。
だから、みんなの記憶に残るようなせめてもの想い出を。
例えボクが忘れてしまっても、みんなが思い出してくれるなら、まあ、それもいいかもね。
でも、もし、叶うなら、ボクの空っぽの想い出の空白を、誰か埋めてくれないかな。
「空白の想い出」
朝。
瞼を開けると、ぼやけた世界が再起動する。
人の気配だけが脳裏に浮かぶ。とても不快だ。
忌まわしくあるが必要不可欠のこの瞳は、いつになっても外界を映すことを許さない。
窓から部屋の外を眺める。
まだ涼しげな春の風が頬にかかる。
鳥の鳴き声がする。恐らく、4羽。
あの鳥たちは当てもなく、空虚な空を飛び回っているのだろうか。
飛べるだけまだましなのかもしれない。
――なんで俺は、今日も生きているのだろう。
何時も何時も、朝になると考えてしまう。
死んでいった者達、殺した物達。それらの叫びが瞳に反射する。
でも、俺は足を止めはしないのだろう。
なぜならそれが使命だから。
それを出来ない俺に、長月五日に、価値はないのだから。
また、鳥の鳴き声がする。
破られた翼では、もうどこにも行けない。
『愛玩鳥の瞳』
世界が、真っ白になった。
先程まで繋がっていた頭と体が別々の所にあるのを、転がっている目玉から見ていた。
呆気ないものだ。
今の僕は……一種の幽体離脱的な感じなのだろうか。
化け物によって赤く散った自分の姿を、達観したような気で見守る。
――こんな冷静でいられるのは、君がらしくなく取り乱してるからだよ。
転がった僕の頭を抱えて、泣き叫んでいる少年。
いつもはもっと冷静沈着で、毒舌で、リアリストの癖にさ。
僕を殺した化け物は僕だけで満足する訳はなく、彼にも咆哮を浴びせる。
――危ないっ!!!
彼はそれを素早く避けると、先程まででは考えられないほどの殺意を込めて化け物に攻撃した。
その瞳には底知れない憎悪と怒りが宿っていた。
――余計な心配かあ……
まあひとまず、彼が無事でよかった。
この調子なら僕がいなくてもなんとか生き残ることができるだろう。
――さてと、僕も成仏しないとね。
どうやって成仏するんだろう。
この世に未練なんてないから、するなら早くしたいものだ。
――このままここに留まってたら、君のことが心配で憑いちゃいそうだし(笑)。
脳裏に今までの記憶が通っていく。
思えば、僕の人生は結構恵まれていたんだなあ。
沢山の人を救って、感謝されて。
家族や友達や仲間がすぐそこにいて。
傷つけることだってあったけど、それでも。
うん。総合的にみたらめっちゃいい生涯だね。
「お前の意思は必ず引き継ぐ。約束だ、司」
――頼んだよ、五日君。
覚悟の決まった五日君に安堵する。
バイバイ、世界。
また、会えたら会おうね。
『走馬灯の終わり』