「Lは、楽しい?」
うん。楽しいよ。
前のこと、全部忘れたままだけど、みんなと過ごす時間はとっても楽しい。
みんなのこと、大好きなんだ。
強いやつと戦うのだって楽しいし、毎日、充実してるはずだよ。
でも、なんでだろうな。
何か、ボクを形作る決定的な何かがぽかんと穴を開けているんだ。
それがなんなのか、全然分からない。
いくらみんなとの想い出を積み重ねても、その空白がどんどん広がっていって、みんなとの想い出さえも飲み込まれそうになるんだ。
5年前、4年前、3年前、2年前、1年前、半年前、1か月前、1週間前、1日前、1時間前、1分前、1秒前……
どんどんボクが消えていく。
だから、みんなの記憶に残るようなせめてもの想い出を。
例えボクが忘れてしまっても、みんなが思い出してくれるなら、まあ、それもいいかもね。
でも、もし、叶うなら、ボクの空っぽの想い出の空白を、誰か埋めてくれないかな。
「空白の想い出」
朝。
瞼を開けると、ぼやけた世界が再起動する。
人の気配だけが脳裏に浮かぶ。とても不快だ。
忌まわしくあるが必要不可欠のこの瞳は、いつになっても外界を映すことを許さない。
窓から部屋の外を眺める。
まだ涼しげな春の風が頬にかかる。
鳥の鳴き声がする。恐らく、4羽。
あの鳥たちは当てもなく、空虚な空を飛び回っているのだろうか。
飛べるだけまだましなのかもしれない。
――なんで俺は、今日も生きているのだろう。
何時も何時も、朝になると考えてしまう。
死んでいった者達、殺した物達。それらの叫びが瞳に反射する。
でも、俺は足を止めはしないのだろう。
なぜならそれが使命だから。
それを出来ない俺に、長月五日に、価値はないのだから。
また、鳥の鳴き声がする。
破られた翼では、もうどこにも行けない。
『愛玩鳥の瞳』
世界が、真っ白になった。
先程まで繋がっていた頭と体が別々の所にあるのを、転がっている目玉から見ていた。
呆気ないものだ。
今の僕は……一種の幽体離脱的な感じなのだろうか。
化け物によって赤く散った自分の姿を、達観したような気で見守る。
――こんな冷静でいられるのは、君がらしくなく取り乱してるからだよ。
転がった僕の頭を抱えて、泣き叫んでいる少年。
いつもはもっと冷静沈着で、毒舌で、リアリストの癖にさ。
僕を殺した化け物は僕だけで満足する訳はなく、彼にも咆哮を浴びせる。
――危ないっ!!!
彼はそれを素早く避けると、先程まででは考えられないほどの殺意を込めて化け物に攻撃した。
その瞳には底知れない憎悪と怒りが宿っていた。
――余計な心配かあ……
まあひとまず、彼が無事でよかった。
この調子なら僕がいなくてもなんとか生き残ることができるだろう。
――さてと、僕も成仏しないとね。
どうやって成仏するんだろう。
この世に未練なんてないから、するなら早くしたいものだ。
――このままここに留まってたら、君のことが心配で憑いちゃいそうだし(笑)。
脳裏に今までの記憶が通っていく。
思えば、僕の人生は結構恵まれていたんだなあ。
沢山の人を救って、感謝されて。
家族や友達や仲間がすぐそこにいて。
傷つけることだってあったけど、それでも。
うん。総合的にみたらめっちゃいい生涯だね。
「お前の意思は必ず引き継ぐ。約束だ、司」
――頼んだよ、五日君。
覚悟の決まった五日君に安堵する。
バイバイ、世界。
また、会えたら会おうね。
『走馬灯の終わり』
「ありがとう、冴人。君に会えてよかったよ」
酷く混乱している彼に頭の整理をさせる暇も与えず、私は彼の前から立ち去った。
出てきた言葉は今までの感謝とそして少しの欲。
――もし、次に生まれるなら人間になりたい。それで冴人と……
考えても意味の無いこと。分かっている。
でも、生物というのは自らの死を悟ると死後に強く願うのかもしれない。今の私のように。
『死ぬことで、本当の生を手に入れる。』
死を自覚した瞬間、私は生きていたことを自覚する。
本当の生なんて、そこから呼吸が止まるまでの一瞬なんだ。
私の生涯には逃げても、逃げても、絶対に消えない罪がある。それが他人の罪としても、大衆にはそんなこと関係ない。
罪の業火に焼かれていつしか私という存在が抹消されるのだと思っていた。
『今の俺にはその答えが出せない……だから、待っていて欲しい。必ず、決断する。いや、しなくちゃいけないんだ。』
『果実(かさね)?変わった読み方をするんだな。……別に変なんて言ってないだろ。〈結果が実る〉いい名前だよ』
『俺は、果実が仇なんて思わない』
『待てよっ!俺はまだまだ未熟だけどお前の、果実の為に出来ることはしたいんだ。』
冴人との思い出が胸に染みる。
あれでお別れなんて、寂しいよ。
もっともっと、お話、したかったなあ。
幸せな走馬灯。
これさえあれば、私には死後の世界なんて必要ない。
来世なんていらない。
『無意味な戯れ』
「やあ、元気かい?」
薄暗い闇の中から、底知れない悪意が顔を出した。
少年にまとわりつく赤黒い泥は彼が先程まで行っていた所業を嫌というほど言い表していた。
「………」
無数の鎖に繋がれている私は彼の言葉には応えない。
答えることが何を意味するのか、きっと私は知っている。
「泉菜ちゃんさあ、なんの為に君を監禁したかちゃんと分かってんの?ボク、めっちゃ疲れたんだけど」
分かっている。だからこそ、私の中には躊躇いがあった。
確かに兄を救うには彼の力を借りるしかない。
しかし、それは彼と同類になってしまうことを意味していることも分かっていた。
目の前の、何人もの人を喰らったこの化け物になることと。
「ボク的にはどっちでもいいんだけどさあ、断ったら君を今ここで食べるだけだし」
彼の生暖かい手が私の顔に触れる。
両手を縛られてる今、彼の手を払い除けることはできない。
まるで人形だ。
「早く決断してね。待つのって好きじゃないんだ」
彼の顔が近づいて、私の唇にそっと触れる。
彼なりの縛りなのだと思う。
私が逃げないようにするための。
「どこにも行けないわ。この鎖じゃ」
「キミの心がボクから離れない保証はないから」
彼は手を離すと、そのまま踵を返した。
私と彼はこの先、どんな末路を迎えるのだろうか。
私は、選択出来るのだろうか。
「いつか、さま……」
兄のことを考える。
兄を救わなければならない。
たとえ、誰の犠牲を払っても。
私にはそれしか道が残されて居ないのだから。
私の価値など、そこにしかないのだから。
『ココロノクサリ』