僕がこの空虚な空間に来てから随分経ったことだろう。
経っただろうなんて曖昧な表現を用いるのは元研究者として感心できないところではあるが、生憎とここではただの亡者。僕は生前とは厳密に言うと違う存在となっている。
こんな考えても意味の無いことはさておき。
この空間、何も無い、という訳では無いのだ。
目の前に一つだけ、現世を映し出すテレビのような何かが設置してある。テレビのような何か、これにはコードが繋がっていない。ただ、僕の葬式の風景や僕の見知った顔、それを一人称で移しているようだ。仮説にはなるのだが、この視点は現世に未だ存在する僕の魂(のようなもの)から消滅した僕の身体(のようなもの)に映し出されているいわば、ライブ中継のようなものなのではないか、と。となると、この空虚な空間にも説明がつく。ここは生前僕の脳として働いていた部分なのではないかと。何故肉体が滅んでもなお、このような空間が存在しているのか、疑問ではあるのだが。
さて、ここから映し出される恐らく現世の風景。
真夜中、1人の少年がとある家から出てきたところだ。
僕はこの少年を知っていた。
よく知っている。
小野寺音透がどんな人物で、過去何をしてきて、これから何をするのか。そして、その選択が迎える結末も予想出来てしまう。
彼はやはり、小宮冴人のもとから離れる決断をしたようだ。
あんなにも冴人君に執着していたようだから、このような行動に出たのに人生で経験したことの無いような苦渋を迫られたのだろう。でも、去っていく。
僕は、君の選択が正しいと思っている。
きっとこの先、君の中にいる醜い怪物が冴人君や君の周りさえも巻き込んで、大きな災いを起こす。それにみんなを…いや、冴人君を巻き込まない為の選択なのだろう。
僕を死に追いやった君のことだから、自分の周りの人間が瞬く間に肉塊になったところで何かを思うことはないだろう。でも、君にとって、冴人君は別なんでしょう?
ただ、1つだけ。
君はどこへ行ったって、逃げられはしない。
君の内に芽生えたソレはもう君を離すことはないのだから。
こんなこと今更言ったって、届きはしないけど。
意味の無い警告をそっと口にした。
『亡者からの警告』
2/14/2025, 7:06:21 AM