1年間を振り返る
猫のトラ吉の調子が良くない。もう10才のおじいちゃん猫だから仕方がないのかもしれないが、少しでも長く一緒にいたい。
春先から目が悪くなってきたのか、住み慣れたリビングの壁にぶつかることが増えていた。
夏の終わりには歩くことが少なくなり、猫ベッドにいることが多かった。トイレも失敗するためオムツをつけていた。
秋には食事を食べなくなり、動物病院の先生からあまり時間がないかもしれないと言われた。
トラ吉は父の職場にいた子猫を父が拾ってきた。家に来た時はまだ産まれたばかりで、家族が交代で昼も夜もミルクをあげ、トイレのお世話もした。
今も交代で年老いたトラ吉のお世話をしているが、あの時のような高揚感はなく、静かな時間を一緒に過ごしたいと思っいる。
冬の日にトラ吉は、私の腕の中で亡くなった。大往生だったと父は言う。最後の時間が一緒に過ごせて良かったと母は言う。
私は涙が止まらなかった。寂しかった。
トラ吉に会いたい。
スマホの中にトラ吉の動画や写真が残っている。もうスマホの中だけでしか会うことも声を聞くこともできなくなった。それでもトラ吉に会えるのは嬉しい。
この1年は私たち家族とトラ吉にとっては濃厚な1年になった。
今はトラ吉ロスだけど、いつか自分たちのスマホを見せ合って、両親とトラ吉の話ができるといいなあ。
トラ吉ご苦労さま。ありがとう。
みかん
冬のある夜。こたつに入って彼氏の康太君とテレビを見ていた。
「なあ。これからもずっと俺とみかん食べてもらえないか。」
あまりに突然で何を言われたのか理解できなかった。
「どういうこと?」
「どういうことって、お前なぁ。プ、プロポーズに決まってるだろ。」
康太君は顔を真っ赤にしながらちょっと怒っていたが、今のはプロポーズだったのか。私は急に顔やら耳が熱くなるのを感じた。
プロポーズって言ったよね。
「俺はみかん農家だからな。そういうことだよ。」
そういことって。うん。そういうことだ。
私はみかん農家の嫁になった。
みかん畑は斜面にあり、作業をするたびに登ったり降りたりするのが大変だ。
でも、晴れた日にはみかん畑から見える青い海と空は太陽に照らされキラキラと輝き、疲れを忘れさせてくれる。
これからも康太君と一緒に美味しいみかんを作っていきたい。
冬休み
明日からニュージーランドに冬休みの間だけ短期間の留学に行く。パスポート、教科書、お金、洗面セット、洋服などなどをスーツケースにつめて1週間前から準備をしてきた。忘れ物がないか何度も確認もした。
1人で海外へ行くのは始めてで、心細く不安で一杯だ。でもそれ以上に楽しみが勝っていた。
ニュージーランドでは、ホームステイをしながら英語学校に通う。ニュージーランドでも年末年始なのは変わらないが、短期留学生のために学校を開校しているところもある。短い時間だか本番の英語に触れることができるため、人気の留学プランとなっている。
そしてもう一つの人気の理由は、日本は冬休みだか、南半球のニュジーランドは夏だ。
サンタクロースもサーフィンに乗ってやってくるらしい。
オークランド空港でコーディネーターのキャシーと会う約束をしていたが、時間になっても彼女は来なかった。
どうしよう。待ち合わせの場所を間違えたのだろうか。でも、やたらと動くと迷子になる可能性がある。どうしよう。
15分考えたが彼女はまだ現れない。すでにプチパニック状態だ。
「ごめんなさい。待った。混んでたのよ」
約束の時間から20分は過ぎた頃、私の前に金髪の白人の美人さんが手を振りながら歩いてきた。
「良かった〜。どうしようかと思ったよ」
キャシーの姿を見た時から涙が溢れ出しオエオエと泣いてしまった。デパートで親から逸れ迷子になってしまった子供の気持ちがよく分かるくらいに不安だったのだ。
それからホームステイ先に案内してもらったが、ホームステイ先のパパとママは私がすでにホームシックだと思っているらしい。きっとキャシーから私が空港で泣いた話を聞いたのだろう。
ホームシックで泣いた訳では無いと伝えたいが、私の英語力では上手く伝わらない。
この短期留学でもう少し英語力をつけて、待ち合わせにキャシーが現れずパニックだったことを伝えたい。それが目標となった。
ニュージーランドの年越しのカウントダウンは、水着でかき氷を片手に海水浴場で行われた。人が多く賑やかでエキサイティングした年越しも楽しかった。
冬休みが終わりに近づき、帰国のためにオークランド空港にきていた。飛行機が少し遅延するとのアナウンスが日本語で流れている。
今までは、相手の話を理解しようと頭で考えながら話を聞いていたが、遅延のアナウンスはスッと頭に入ってきた。楽くだ。
私はやっぱり日本人なんだなと改めて思った。
暑い年越しもいいけど、やっぱりこたつで年越し蕎麦が食べたい。お雑煮もお汁粉も食べたい。温泉も水着ではなく裸でゆっくり浸かりたい。
日本最高。
冬の年越しが1番だ。
ニュージーランドでいろいろなことを体験し学んでが、日本の良さを再確認できた留学となった。
手ぶくろ
電車で2駅先の会社まで自転車での通勤を始めた。夏の終わり頃からなので、風が気持ちよくてなかなか快適だ。
徐々に秋が深まると夏の景色から秋の景色となり、自転車に乗っていると街路樹の紅葉の黄色が鮮やかでついつい見とれてしまう。
「おっと。仕事遅れてしまう。」
秋が終わると寒さが日に日に増していく。自転車で会社に行くことは続けているが、手が冷たくて挫折してしまいそう。朝はグリップを握ると手が痛いほど冷たい。朝だけではなく会社帰りの夕方も風が冷たくて辛い。
「自転車通勤。挫折する前に手ぶくろしなさい。」
母に言われ手ぶくろを買うことにした。
どんな手ぶくろがいいだろうか。
毛糸の手ぶくろは風が編み目から入ってくるので、あまり実用的ではない。
風を遮断する物がいい。
買った手ぶくろをつけて、始めての自転車通勤。
「暖かくて快適〜。」
風を切って自転車を漕ぐ足にも力がこもる。自転車通勤を始めて半年経つが、季節の移り変わりを体で感じ、電車代も浮いて、私の体重も減った。手の冷たさも克服できたので最高にいいことばかりだ。
変わらないものはない。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
平家物語の冒頭の書き出しの文章らしく、物事は絶えず変化していて永遠不変のものはないとの意味らしい。
平家物語なんてよく知らないけれど、中学生の頃に暗記したこの書き出しはずっと忘れない。続きも少し覚えている。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。
どんなに勢い盛んなものも衰えていくとのこと。
日本語の美しさを体現した名文だとインターネットに載っていた。
確かに、使っているスマホの枠にピッタリ収まる文章となっている。七五調で覚えやすい。
日本語は世界一覚えるのが難しい言葉だと言われている。でも、音の響きで意味を作ることもでき、奥の深い言語だと思う。
そんな日本語を上手く使える文章を書いてみたいものだ。
平家物語の冒頭の書き出しの「諸行無常」は悪い意味ばかりではない。
絶えず変化しているのだから、辛いことや悪いことも必ず終わりがくる。と解釈する人もいる。
いろいろな解釈ができることも日本語の凄い所なのかもしれない。
いつか時間ができたら平家物語を読んでみたい。もちろん、原文そのままは無理だから現代語訳のものをさがしておこう