距離
どこの中学校でも冬になるとマラソン大会がある。走るのが苦手だった私にとっては1年のうちで1番嫌いなイベントだ。
長い距離を走れば、苦しいし疲れるし寒いし良いことなんで1つもない。毎年、予備日も含めて雨にならないかと1週間まえから天気予報を気にしていたが、カラッと晴れ、マラソン大会はいつも開催される。毎年辛くても、休むこともできずにマラソン大会に出ていた。
そんな私は、高校生になると偶然、本当に偶然マラソン大会のない学校に入学した。
マラソンがないからと喜んでいた9月、強行遠足なるものがあると知った。
強行遠足って何?
先生たちの説明によると1年生は半日、2年生は1日、3年生は1晩中歩くらしい。強行遠足に参加するためにこの学校を選ぶ生徒もいるらしく、学校の名物行事だ。
1年の時はわけも分からず、友達と話しながら楽しく歩くことができた。まあこのくらいなら大丈夫か。
2年の時は自分との戦いだった。去年の強行遠足は楽しかったのに時間が長くなり、距離が伸びた分、歩けば歩くほど疲労がたまり、足が上がらなくなる。最後は意地で歩いた。
3年は高校生活最後の強行遠足だ。去年、半日完走できなかった私は何としても朝まで歩いて学校に戻って来たかった。
朝9時に学校を出発。始めは1年の時と同じように友達と歩いていたが、口数は少なくみんな真剣だ。だんだん自分のペースとなっていくため、2年の時と同じように1人で歩くことになる。
秋とはいえ、日が登り切りお昼近くなると日差しが強くなり、ますます体力が奪われていく。沿道では恒例行事を見ようと集まる近所の人たちや父兄の姿があり、飲み物や食べ物を配ってくれる。沿道の人の応援を力に変えて、1歩1歩進んで行く。
午後から山道となり峠を越えて学校を目指すこととなるが、峠では今までの疲労が足にのしかかり、足が重く坂道が壁のように見える。自分の息づかいと足元のアスファルトしかない時間だ。
峠を越えれば平坦な道が学校まで続くが、もう辺りは真っ暗だ。少ない街灯と首から下げているライトだけが道を照らしている。でも、私の前にも後ろにも同じような光がいくつも見える。みんな歩いているのだ。私も頑張らないと。
徐々に辺りが明るくなってきた。朝9時までには学校に戻らないと完走にはならない。
制限時間も近づき、学校の正門までもう少しのところで、先にゴール友達が迎えに来てくれた。友達の顔を見たら、足が痛いこと、坂道が苦しかったこと、でも応援がうれしかったこと、いろいろなことが思い出され急に涙が溢れ出した。おえおえ泣きなが友達と肩を組みゴールし、マラソン嫌いな私の高校での強行遠足は終わった。
もうあんなに長い距離を歩くことはないだろう。
泣かないで
12月に入るころ、志望校のランクを1つ上げたいと担任に言った時、担任は辞めた方がいいと否定的だった。
それでも、家の経済事情を考えると私立の高校には行けないと思った。
10才の時に父が亡くなり、母と弟と私の3人での生活が始まった。母は毎日、遅くまで仕事で家にいることがなかったため、学校から帰ってくると弟は洗濯物をたたみ、
私は夕食を作り母を助けていた。私は家事をやりながらそれなりに勉強していたが、学力足りず、県立高校には行けないと思っていた。母にもそう言ってあったし、母も納得していると思っていた。
三者面談の時、委員会のため私だけ遅れてしまい、担任と母の話しを立ち聞きしてしまった。いつも笑顔の母の悲しそうな声が聞こえてきた。
「県立は無理ですか?県立に入れるように指導して下さい。私立はお金がかかる。」
「お母さん。気持ちは分かりますが、娘さんは県立の偏差値に達していませんよ。」
「でも、でも。先生何とかして下さい。
私たち生きていけなくなります。」
母は泣いていた。
私が始めて見た母の姿だった。それに生きていけないってどういうことだろう。
あとで分かったが、父には借金があり、母が返済していたのだ。
私は何も知らなかった。母を手伝っている気になっていただけたった。
「お母さん。私。高校行かないで働く」
「え?何言ってるの」
「だって、家、お金ないでしょ」
「辞めなさい。大丈夫よ。」
母は私が中卒で働くことを許してくれなかった。私に残され道は県立高校に行くことだけだ。
「みっちゃん。勉強教えてくれない。どうしても県立高校に行かないとならないの」
「勉強。いいけど。どうした。」
幼馴染のみっちゃんの学力は学校で1番だ。理由を話し、一緒に勉強を始めた。
毎日夕食を作り、3人で食べて片付けをして8時から12時まで勉強をした。休日はみっちゃんと図書館で1日中勉強をみてもらった。
「ごめんね。みっちゃんの邪魔して」
「いいよ。私の復習にちょうどいいしね」
試験当日は寒い日だった。
朝から落ち着かなっが、試験会場で椅子に座ると不思議と落ちついてきた。やれることはやった。大丈夫だ。
「おーい。試験どうだった〜。」
「みっちゃんは大丈夫そうだね。私も頑張ったから大丈夫だよね。」
「当たり前じゃん。」
試験結果は合格!
私は県立高校に合格した。
「やったねー。やった。良かったよ〜。
うれしい。うれしいよ〜。」
「なんでそんなにみっちゃんが泣いてるの。泣かないでよ。」
「だって、だって。うれしいんだもん。
凄く頑張ったの知ってるしうれしいよ〜」
私のために「良かった」と泣いてくれる友人がいてくれる。合格できたことは勿論うれしいが、合格を一緒に喜んでくれるみっちゃんがいてくれたことが1番うれしい。
みっちゃんとは別の高校になってしまったが、今でも1番の親友だ。
冬のはじまり
こんばんは。◯◯動物園の広報を担当しています榊原と申します。
今日は我が動物園の冬の風物詩についてお知らせします。季節は進みもう12月です。
寒い季節になると温かい温泉が恋しくなりますが、温泉に入りたいと思うのは人間ばかりではありません。冬のはじまりを告げる冬至とともにカピバラが温泉にはいるようになります。
寒さが苦手なカピバラにとって温泉は温まるだけでなく、癒し効果があります。そのための温泉に一度入ると何時間でも出てきません。温泉でほっこり、ゆったりとくつろいでいる姿が見られ、こちらの心も温まります。
「ママ〜。カピバラさんがいる。お風呂入ってるよ。僕も一緒に入る。」
「こらこら。服は脱がないで。あのお風呂はカピバラさんで満員だから、拓ちゃんが入ったら、一匹カピバラさんが入れなくなるのよ。寒いでしょ。かわいそうねぇ。」
「寒いのかわいそうだねぇ。僕見てるだけにするよ。」
「拓ちゃん。えらい。えらい。」
動物園にお越しの際は、カピバラ温泉だけでなく、ふれあい広場にもいらして下さい。ふれあい広場ではウサギにモルモット、亀があなたの来園をお待ちしております。カピバラも見ているだけで癒されますが、ウサギたちをモフモフすれば、ちょっとイヤなことがあっても忘れることができます。
可愛い動物たちにぜひ会いに来て下さい。
待ってま〜す。
以上。
広報担当の榊原ばらがお伝えしました。
終わらせないで
宇宙は広い。
小さい頃からスペースサッカーの神童と呼ばれ、サッカーでは誰にも負けたことがなかった。小学生で名門チームの下部組織に所属し、高校生の時にはトップチームでレギュラーとなっていた。トップチームでもエースストライカーとしてチームの勝利に何度も貢献してきた僕は、スペースサッカーに嫌気がさしていた。
何をやっても上手くいきすぎて面白くない
のだ。
そんな僕のドリブルの足元からボールを奪い取った選手ガいた。今まで、ドリブルを止められたことなどない。
奴のチームは名門でもなんでもなく、人類とスペースノイドが混ざったいわゆる雑草チームだ。奴だけでなく正確なアーリクロスを上げてきた奴もクロスの精度は名門のそれと変わらない。分からないものだ。
僕が井の中の蛙だったとは思ってもみなかった。宇宙は広い。この試合、思い通りに行っていないが、それでも楽しい。
あと10分で試合終了の笛がなってしまう。
まだまだ試合がしたい。終わりたくない。
終わらせないで欲しい。
今まで水の中で、もがき苦しんでいたが、やっと息のできる場所にたどりついたのだ。
最後のコーナーキックで蹴ったボールは、ゴールキーパーの手をかすめ、弧を書くように曲がった。しかし、ゴールポストに弾かれ点数にはならなかった。あの双子のセンターバックの1人が足を出したのか。僕の弾道を変えるなんて誰もできなかったことだ。
僕たちのチームは雑草チームに負けた。負けチームのエースストライカーは、点数が取れなかった責任を取らなければならない。僕は名門チームを辞めた。蛙が川に飛び出したのだ。
明日からは雑草チームのエースストライカーとしてスペースサッカーを続けて行こう。僕の知らない世界が広がっている。
愛情
地域のタウン誌のコラムを書くようになったのは、隣りの家のおばあちゃまがそろそろコラムを辞めて、次の人に渡したいと言っているのを聞いたからだ。
結婚前は本の構成の仕事をしていたが、自分で1から文章を書くことは余りなかったので、興味が湧き、コラムの仕事を受けることにした。
コラムの内容は、時には子育てのこと、時には100円均一の便利グッズのこと、時には新しくできたカフェのこと、などなど多岐にわたる。おばあちゃま曰く。
「読んでくださる方がほっこりできるような内容が1番。」
難しいアドバイスだが、そんなコラムが書けるように頑張っている。
今日は娘と散歩をしながらコラムの材料探しに川の近くまでやって来た。
川の近くには、雑貨屋さんやカフェ、ケーキ屋さん、レストランと新しいお店が続々と開店している。雑貨屋巡りなんて楽しそうだが、5才になる娘の手を引いて長い距離を歩くのは無理なのでゆっくり川沿いの景色を見ながらの散歩だ。急に娘が鼻をクンクンとし始めた。
なんだろう?
「いい匂い。シチューの匂い。お腹空いたよねぇ。」
シチュー?
うんうん、たしかにシチューの匂いだ。
「お昼ご飯を食べようか。」
「うん。シチューがいい〜。」
娘のリクエストに答えようと匂いのする
レストランを探すが見つけることができなかった。
「お腹空いた〜。」
私もお腹空いた。頬を膨らまし「お腹空いた」を連発する娘を抱き上げ、どうしようかと考える。
「お家でママのシチューでもいい?」
キョトンとした娘の顔がにっこりと笑顔になりうんうんと頷いた。
「いいよ。帰ろうよ。ママ。」
「帰ろうねぇ〜」
シチューの材料を買い込み、足早に帰宅し、シチューを作り出す。ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、お肉を煮込み牛乳を入れかき混ぜる。美味しくなるようにと愛情込めて作っていく。私のエプロンを掴み、鍋を覗こうとする娘も「美味しくなぁれ〜」と言いながら見守る。
「さあ。できた。食べようか」
シチューを口一杯に頬張る娘を見ながら、ほっこりする。心がほっこりすることは、日常生活の中にもあるのだと、おばあちゃまの言っていたことを見つけた気がした。
後日、保育園に娘を預けて再び川沿いへ。シチューの匂いの出どころがどうしても気になり、あちこちお店を見て回ることにした。何軒目かのお店でやっと探し当てたのは、パン屋さんだった。厚めに切られた食パンをお皿のようにしてパンから溢れるくらいのシチューの乗ったシチュートースト。シチューとパンのいい香りがする。
レストランやカフェばかり探していたので気がつかなかった。美味しそう。
1つ買って食べたが、熱々のシチューの塩味と外がカリカリ、中がふんわりとした食パンのほんのりとした甘さが混ざり、めちゃくちゃ美味しかった。パンを食べたことは娘には内緒だが、心がほっこりするパンだった。
次のコラムにはこのパンの話しを載せてみよう。