スリル
「おい。あの女。確か隣りのクラスの援交してるって奴だろ。」
「援交ってさぁ〜。他にも稼ぐ方法あるだろにぃ。」
「尾行しようぜ。そんで、写真撮ってSNSに上げるって言えば金出すだろ。出さなかったら本当に上げちまえばいいさ。」
「悪い奴だな。お前。」
「まあ、スリルあって面白そうじゃん。尾行。」
「行くぞ。」
俺たちはすでに取り返しのつかない世界に迷い込んでいたことに気がつかなかった。
「おいおい。本当にラブホ街に行くじゃん。あの先曲がったとこだろ。ウケる。」
隣りのクラスの女子は、俺たちには気づかないまま横断歩道を渡り、ホテル街の方に曲がらす、真っ直ぐに歩いて行った。
「はぁ~。ラブボ行かねぇのかよ。」
「もう少し尾行しようぜ。全然気づいてねぇし、あとで驚かそうぜ。泣いちまうかもな。」
ふと目を離した隙にあの女子はいなくなっていた。どこ行ったんだ。俺たちは走り出し辺りを探す。
いた!
ザシュ。
あの女子の首飛んだ。
な、なんだ。
「これは。これは。エサとしてはザコだと思いましたが、3人も連れてくるなんて優秀ですねぇ」
「なんだ。お前!」
「何だって。あなた達、漫画とかゲームとかで知っているでしょ。大きな鎌を持った黒尽くめの化け物。」
「し、しにがみ。」
「はい!正解。おっと逃げられませんよ。彼女が見える時点であなた達の行き先は決っているのでね。」
スリルはほどほどにして下さい。貴方の命より大切なものはないのですから死神からの忠告ですよ。
飛べない翼
アパートの階段の三段目くらいに小さな雀の雛がうずくまっていた。死んでいるのかと近づくと「ピィピィ」と鳴いた。生きていた。良かったと思いつつどうしたものか悩む。このままにしておくのは可愛そうだし、かと言ってこの薄汚れた小さな生き物を手で持つ勇気はない。
手袋をつければ何とかなるか?
イヤ無理か。
でも可愛そう。
持ち上げたとして、そのあとどうする。
雀は鳥獣管理方法により許可なく野鳥の保護、飼育は禁止されているはず…。
ますますどうしよう。
だいたい、この雀を手袋をつけていたとしても持ち上げると考えるとゾワッとする。可愛そうだし可愛いとも思うが、なんだかゾワッとする。やっぱり無理だ。
あー。どうしよう。親鳥が気がついて迎えにきてくれないだろうか。困った。
「母ちゃん!何してんの。あ!雀!」
息子が興味深げに雀を覗きこむ。雀は大きな口を開けて「ピィピィ」と鳴いた。
「お腹空いたのかな。お母さん鳥さんはどこにいるの。」
雀に問いかける。
「母ちゃん。この雀さん、外の芝生の広いところの方がお母さん鳥さんに見つけもらえるかな。僕が芝生公園まで連れて行ってあげる。」
手袋をした手で雀を優しく掴み、アパートの下の芝生公園の木の根元にそっと雀を置いた息子。
すると雀が一羽、小さな雀のそばに舞い降りてきた。親鳥だろうか。
まだ、飛べない翼を一杯に広げ喜びを表現するかのように小さな雀は、羽をバタバタとさせた。
2週間ぐらいして芝生の公園に雀を見に行ったが、あの雀はいなかった。成長して飛べるようになったのだろうか。
雀と同じように我が息子も勇気と優しさのある人間に育ったとしみじみ思う。
息子の成長を感じた雀との出会いだった。
ススキ
僕の生まれた村は、たくさんのススキにぐるっと囲まれた小さな村だ。昼間は太陽の光に照らされ黄金色に、夜は月の光で銀色になる。黄金色も銀色もとっても綺麗で、秋になるのを村を人たちは楽しみしている。僕もススキが大好きだ。
秋の昼過ぎ、僕は母さんに頼まれて隣り町におつかいに出された。隣り町までは、ススキの原っぱを抜け、橋を2つ渡った先にある。僕の足でもおつかいを済ませ帰ってくるまでにそれほど時間は掛からない。
ただ、出かけるとき母さんから「帰りにススキの原っぱを通る時、誰かに声を掛けられても絶対に振り向いては駄目よ。約束できる。」と言われた。
誰が声をかけるのかな?
母さんの顔が笑っていなくて心配そうだったから分かったと答えた。そんなに遅くならないし大丈夫。
ススキの原っぱを出て、橋を渡り順調におつかいを済ませることができた。帰ろう。
ボツボツ
雨が降ってきた。このまま帰ったらおつかいの品が濡れてしまうし、通り雨かもしれない。雨宿りしてから帰ろう。
雨が上がると夕闇が迫ってきていて、だいぶ時間が経ってしまったらしい。急いで歩き出す。もう少しでススキの原っぱだ。
「おーい。坊主。忘れ物だよ。」
え?忘れ物?
驚いて振り向うとした時、ススキの原っぱの方からも声がした。
「振り向いてはダメ。約束したでしょ。」
「さあ。走って。早く帰らないと」
「お母さんが待っているわ」
そうだ。母さんとの約束。
僕は走り出す。
「坊主。待て。待て。そんなに走ったら転ぶぞ。」
あの声があとから追いかけてくる。
「待ちなさい。父さんだ。一緒に帰ろう」
え?父さん?
確かに父さんの声だ。
「ダメよ。」
「さあさあ。前を向いて走って。」
「私たちが守ってあげるから。走って。」
ススキが一斉にざわざわと大きな音をたて揺れ始めた。
そうだ。父さんは出稼ぎに行っていて、こんな時期には帰ってこない。あの声だ。
早く、早く、ススキの原っぱを抜けないと。捕まる。あの声に捕まる。
僕はススキたちの声に励まされながらススキの原っぱを走り抜け、村に入り急いで家の玄関を開けた。
「ただいま。母さん!」
「おかえり。遅くなったから心配してたのよ。誰かに呼び止められなかった。
「大丈夫。ススキが守ってくれたから。」
この村はススキに守らている。外の世界は色んな魔物が住んでいて、特に人間と言う魔物が一番怖い。人間に声を掛けられても決して振り向いてはいけない。捕まってしまえば見世物小屋に売られてしまうから。僕らはススキに守ら静かに暮らしていたいだけ。
脳裏
「痛っ〜。」
ハンドボールの試合中にもろ頭にボールが当たった。ゴールキーパーだから仕方がないと言えば仕方かない。
ん?俺は誰だ?
あーあ。高校2年ハンドボール部キーパーで副部長だ。間違いない。
でも、俺は大正時代の将校だった。
将校って。厨二病かよ。イヤ。これは前世の記憶で、確かに俺は陸軍将校だった。
あー、頭痛てなぁ。
さっきボールが当たった時に全てを思い出した。本当の俺を取り戻した。
あの時、俺は陸軍の研究所で生物化学兵器の実験をしていた。今でも物理や化学は得意だ。
あと少しで生物化学兵器が完成するという時に、上層部から待ったがかかった。軍の穏健派なんて呼ばれている奴らが、生物化学兵器は人の倫理に反するとかいちゃもんをつけて来て、俺は投獄された。
俺は獄中で死んだんだっけ?
なんで投獄されなければならないのか。俺はお国のために、戦争に勝つため兵器の開発を行っただけなのに。
今の時代は平和ボケしているし、戦争なんて遠い国話しだ。けど、俺の今はこの世界だ。前世の記憶があるからと言っても何のメリットもないか。
「おーい。キーパー。大丈夫か〜。」
大丈夫ではない。頭痛ていわ!
ふと脳裏に浮かんだのは女の人。懐かしい人だった。将校だった俺が、ただ1人愛した人だ。俺たちは婚約していた。1年後に結婚する約束もしていたが、俺が投獄されたため婚約は破棄されたはずた。
俺が前世を思い出したように、あの人もこの世界に生まれ変わっているかもしれない。前世持ちかもしれない。
いつか会いたい。
会えるだろうか。俺があの人の面影を覚えていれば会える日がくるかもしれない。
そうか。あの人に会うために俺は前世の記憶を取り戻したのだ。探しに行こう。
あの人に会うために。
意味がないこと
寒くなってきたので暖房器具を新しくしたが、母はスイッチも入れられず、寒い寒いと言っている。スイッチいれられないならなんの意味もない。
前に使っていた古いストーブを出した。年老いた母は、「あんたに怒られてばかりだよ。早く死にたい」と言う。
誰しもが年を取り衰えていく。簡単に使いこなせる最先端の器具がないのだろうかといつも思う。