喪失感
子供たちが大学を卒業した。
小さい頃はお兄ちゃんも妹の花菜も私の後ろを付いて回っていたのに、反抗期には話しかけてもろくに返事もしなくて本当に手がかかった。
毎日お弁当を作り、朝は子供たちを起こして朝ごはんを食べさせ、お弁当を持たせて送り出す。そのあと自分も仕事に向かい、帰ってきたら夕食を作り、片付け、明日の準備をしてからやっと休む。そんな生活を20 年以上続けて来た。今までは本当に子供中心の生活だった。
そんな生活がやっと終わった。
これからは夫婦2人の時間が持てる。夫婦で食事や旅行に行ったり、私は趣味のパッチワーク出大作を作りたい。
ワクワクして楽しみだ。そんなふうにに思っていた。
それなのに妹の花菜が家を出て一人暮らしの生活を始めて1週間が経った頃から、なんだか落ち付かず、家に1人でいると喪失感で押しつぶされそうだった。
自分の時間、夫婦の時間ができると思っていたのに、子供たちの存在がかけがえのないものであったと思い知らされた。
でも、子供たちには子供たちの人生がある。母親である私がそれを歪めてしまう訳にはいかない。ずっと子供たちのための生きてきたのだから、これからも子供たちの応援団でいたい。
そして、子供たちが私を必要とした時に全力で手助けが出来るように心構えと体力は作っておかなければならない。
まだ喪失感からは抜け出せないが少しずつ
埋めて行きたいと思っている。
世界に1つだけ
君に始めて会ったのは僕が大学3年で君が2年の時だ。同じサークルに所属する仲間として知り合い、君の笑顔や仕草に惹かれていくのに時間はかからなかった。僕から「付き合って欲しい」とお願いした時、君ははにかみながら小さく頷いた。
あれから5年、僕たちも結婚し子供が1人いる。可愛くて可愛く仕方がない娘だ。
このままの幸せがずっと続くと思っていたのに神様は本当に意地悪をする。
君は調子が悪そうだった。息が辛そうで、顔色も悪く、食事がのどを通らないようで日に日に痩せていく。「大丈夫か」と聞けば、いつもの笑顔で「大丈夫」と返す君をどうして僕は早く病院に連れていかなかったのだろう。
いまさらだ。
悔しくて、悔しくてたまらない。
病院に着いたとき、医者は「あと半年てす」と言った。君はあと半年でいなくなってしまう。
入院してから本当に食事ができなくなり点滴となった。呼吸ができなくなり人工呼吸器をつけた。それでも意識が朦朧とする中で君はいつもと同じ笑みをたたえたていた。
君が旅だった。
晴れた日に青い青い空へと登っていった。
小さな箱となった君。
寂ししい。悔しい。どんな言葉でも表し切れないほど、辛くて苦しい。君も僕と娘を残して旅立つことが悔しかったたろう。
タンスの中に君からの手紙を見つけた。
僕と娘への愛が溢れ、僕たちの幸せな未来を願う手紙だった。
僕たちも君を「愛しています。」
世界にひとつだけの、僕たちから君に贈る大切な大切な言葉。
これからもずっと君に贈り続けよう。
胸の鼓動
私はエイリアンだ。つまり人類でなく地球外生命体ということだ。
でも、両親が地球に越して来てから生まれたので地球生まれということになる。なんなら地球以外は知らないし、人類として普通に生きている。
でも私はエイリアンた。
私はパリでを1人で旅していた時にパリコレのモデル募集に応募した。もちろん合格はしなかったが、そこで仲間に会った。
彼も人類に紛れ混んていたが、同類は見分けが付くのか私に3度も声をかけてきた。
彼に進められるままにオーディション会場に行ったが、どの会場でも自分がエイリアンであることに気づかれるのではないかと胸の鼓動が聞こえてくるほどドキドキしっぱなしだった。
なぜ、エイリアンでることを隠さなければならないのか?
人類は未知なるものを相容れないものとして排除しようとすることがある。それは暴力的だったり、社会的だったり、精神的だつたりする。
私はそれが怖い。
私にモデルとしての実力がなかったのはもちろんだか、こんな状態では合格などできるはずもない。目立ちたくなければモデルなんてやらなければいいと何度も思ったことがある。でも、私にはエイリアンとしての自覚はない。むしろ人類として生まれた時から生きているのだから人類だと思っている。やりたいことをやってみたいだけだった。
てもあの時、エイリアンの彼に会ったことで、自分の正体が気づかれる恐怖心が強くなってしまった。怖い。
これからどうやって生きていこう。誰にも会わず、1人家に篭って息を殺すように生きていくしかないのだろうか。
あのエイリアンの彼は輝いていた。自分に自信があり、強い意志を持っているように感じた。あんなふうに生きてみたい。人類とかエイリアンとか関係なく、自分のやりたいことをやって自分の価値を見つけていきたい。
「あの人たちは見る目がないわね。あなたなら受かると思った。」
彼の言う通りなら、私だってパリコレモデルとしてランウェイを歩くことができる。
私の弱い心を信じるのではなく、あの光り輝く彼を信じてみるのも悪くない。
まだ頑張れる。まずは、ほどほどに頑張ってみよう。
きっと上手くいく。
踊るように
山間の小さなレストランは毎日大盛況だ。
素朴なメニューがほとんどで、カレーやナポリタン、オムライスなどを目当てに常連客がやってくる。料理の味が良く常連となる人も多いが、もう一つの理由は、料理を運んで来るスタッフにあった。
彼は無口だが真面目で一生懸命に仕事をする。けして愛想が良いわけではないが、踊るように料理を次々に運び華麗なダンスを見ているようだと人気となっていた。
「シュウ君。今日も華麗ね」
「あんなにクルクルしてもこぼれたりしないなんて。不思議〜。」
常連客は彼の高く上がる足やリズミカルなステップ、クルクル回るピルエットを楽しそうに見ながら料理の到着を待つ。
どの席からも温かく優しい笑顔や笑い声が溢れている。
でも。
みんなが知っている。
シュウ君がアンドロイドであることを。
本当は国立の大きなダンスホールで踊ることが、彼の本当の役目であることを。
なぜ彼がここにいるのかを。
アンドロイドとして欠陥品。
決められたダンスがプログラム通りに踊れず、別のダンスになってしまう欠陥品。
それでも、ここでは花形スターだ。みんなから拍手され、「すごい」「カッコイイ」と囃し立てられる。
山間のレストランに来れば、常連客から愛されている欠陥品のアンドロイドに会うことができる。今日も大行列だ。
僕は大きな劇場でダンスがしたい。
それだけなのに…。
時を告げる
時は誰にても平等に訪れる。赤ちゃんでも老人であっても変わらずに時を刻む。
時をを告げる鐘の音は、この世界とあの世界を隔てる境界線。境界線を越えてしまえばそこは魑魅魍魎の住むあの世界。平等な時を刻めない世界。
魑魅魍魎。得体の知れない化け物。
それ見てみたい。
この世界は退屈でつまらない物で溢れている。でもあの世界は魑魅魍魎が闊歩する世界。どんなところだろう。
時を告げる鐘の音は丘の上の時計台から聞こえる。まずは時計台を目指してみよう。
丘を登ると青い三角屋根の時計台が見えて来る。螺旋階段が外側に付いていて、外から階段で時計台の振り子のところまで上がって行ける。鐘の音は毎日は鳴らないし、決まった時間にも鳴らない。満月の夜、月がちょうど時計台の屋根に差し掛かる時に鳴る。この時計台は針が無ので時間では鳴らない。
今日は満月。
月が昇り、時計台のところまで来るとあたりは暗闇に包まれていた。不意に時計台の振り子が動きだす。
カラーン。カラーン。
時を告げる鐘の音が響き始める。
いいよだ。
懐中電灯を手に時計台のテラスから街を見下ろすと月の光が時計台の三角屋根の頂点にあたり、街に向かって月光が延び境界線となっていた。月光の右側がこの世界で左側があの世界。今、私は2つの世界の境目にいる。
あの世界。どんなとろこだろう。好奇心が抑えられずに魑魅魍魎がいる左側の世界へ自然と体が動き、時計台のテラスから身を乗り出していた。その時、左側から何が私にが向かって飛んてきた。
グフゥ。
私の胸にボーガンの矢が刺さっている。
「やれやれ。国家の秘密をあなたのような小娘に知られる訳にはいかないのでね。」
国防軍の制服を着た男がボーガンを右手に持ち時計台の螺旋階段を上がってきた。
「魑魅魍魎がいると分かっていてどうして覗き見なんて真似するするのか。理解に苦しむわね」
男と一緒に歩いてくる若い女も制服組だ。
国家は国防のための化学兵器を時計台の西側の地で作っていた。国民には魑魅魍魎が住むところだと噂を流し、そこに近づけないように操作していたのだ。
「時々困った人がいるものです。知りすぎることは危険を伴うなんて古臭い言葉ですが、迷信は侮れませんよ。全く。後始末する身にもなってもらわないと本当に困ったものです。」
男が続ける。
「満月の夜は霧が晴れて街の全貌が見えてしまう。化学兵器工場の煙も何もかも。」
時計台から見える街の姿がいつも同じとは限らない。そして、魑魅魍魎もあの世界だけにいるものではなく、私たちの住むこの世界にも存在している。
この世界も魑魅魍魎が跳梁跋扈している。