『安心と不安』
安心することって、何?
——あの人の腕の中に居ること。
不安になることって、何?
——あの人が何も言わなくなってしまうこと。
……じゃあ、あの人の腕の中で、あの人が何も言わなくなってしまったのなら、それは安心なのかしら、不安なのかしら。
○○○
運命とは、ときに意地悪で残酷だ。
軽い気持ちで人に期待を持たせ、そして地獄に突き落とす。
そう、今の私の状況みたいに、ね。
「目を、目を開けて……ねぇ」
「……」
「もうすぐ私達、結婚しようって。式は教会でって話したじゃない。ねぇ、子供は何人が良いって、たくさん……話した、じゃない。ねぇ……」
「……」
彼の腕の中。私は必死に彼に呼び掛ける。
彼は何も言わない。だんだんと冷たくなっていく彼の体温に、顔の血が引くような感覚がする。
彼は強い、人だった。
山賊も、言い掛かりをつける貴族も、全て腕でねじ伏せる冒険者で、誰も彼に敵わない。
……それは半分当たりで、半分外れだったみたい。
ドラゴン。
人生で初めて見たソレに、私はどうすることも出来なくて。
彼だけが唯一動けた。
私を抱きしめて、守って……黒焦げになって、死んだ。
『ふぉっふぉっふぉ。人とは面白い……己一人であれば生きられたものを、そうやって有象無象のために、命を落とすことがある。我らには分からん下等生物よのぉ』
ドラゴンが喋った。
何か、込み上げる怒りを口にしようした時、強い風が吹く。
彼の背越しに、赤いドラゴンが空へ飛び立つ姿が見えた……もうその姿は、あっという間に豆粒ほどの小ささになっていく。
なんて生き物なのだろう。
……悔しい。
くやしい、くやしい、くやしい、くやしい、くやしい、悔しい!!!!
私が居なければ、私がもっと強ければ。
彼は死ななくて済んだかもしれない。
……強くなる。
そして、私は……あのドラゴンを討つわ。
もう、私達みたいな人がでないように。
「応援、してよね」
黒焦げになった彼の顔が、どこか笑ってくれているように感じた。
おわり
『逆光』
逆光が目に刺さった。
……文字通り、物理的に。
光、とは何だろう。
明るいこと? 眩いこと? 誰かにとっての希望であること?
では、逆とは何だろう。
本来の性質と反対になるもの? そうではないもの?
……神が信仰によって存在が保たれるというのならば、この現象は当然の末路だったと語る学者すらいた。もう死んだが。
人々は光を失った。
いや、正確には光の意味を見失った。というべきか。
人々は自分たちの未来に絶望し、俯き、希望を捨てた。
そんな物は持っていても辛いだけだから、と。
……だからこそ。この現象は起こったのだろう。
「ちょっと! 大丈夫かしら!?」
「片目負傷! もう片方は視えます、戦闘継続可能です。リーダー!!」
「っ!! ……わかったわ! それ以上は負傷しないようにね!」
「ラジャ!」
いつもより狭まった視界で前を見定める。
横切ったリーダーの長い髪が風にたなびいて、そしてドブのような暗い緑のバケモノの血潮が汚く舞い散った。
逆光怪物の血だ。
小鬼のような姿から、地獄で出てきそうな大鬼の姿まで。汚らしい鬼の姿をしたソレは、逆光と呼ばれる……人間が捨てた光の成れ果て。
人類は己の業と向き合わされている。
「妹の仇だ、クソ」
襲いかかってくる小鬼を、手に持った直刀で一閃する。
上下に二分割されドブ色の血を吹き出させる相手に、舌打ちをした。
……もうちょっと上で斬る予定だったのに。やはり、片目だと距離感が難しいな。
「残り! ラスト一体よ!! 気を抜かないでよね!」
「はい! リーダー!!」
リーダーの言葉に、そちらを見やる。
一階建ての家が一個分の大きさ。そんな大鬼が、こちらを向かって咆哮をあげる。理性はない。本能で動いているのだろう。
「弱ってる! あとちょっとよ!!」
「はい! がんばります!!」
正直、そろそろ限界だった。
連戦に継ぐ連戦。一体一体は雑魚でも、数が続くと体力が持たない。直刀だって、血に塗れて切れ味が落ちて、余計に力を込めて振るわなければならなくなり、もっと力を使うことになる。
……そんなことを思っていたのが悪かったのか。それとも男女の差が出たのか、もしくは俺が怪我したから自分がと張り切りさせてしまったのか。
それは起こった。
「っ! リーダーぁぁ!!!」
「……え、あれ……かはっ!!」
雑巾のようにねじ切られて上下に分割された身体。一瞬だった。まるでティッシュをくしゃりと潰すような軽さでそれは行われた。
おそらく、リーダーは強い痛みを感じる前に死んだ。
……それが、慰めになるのかどうかはさておき。
ゲッゲッゲッゲ。
目の前の鬼が、まるで笑ったような表情をする。
「そうか、オマエ……感情があるのか」
こちらに向かって指を差し、もう片方で腹を抱えて口角を吊り上げて笑う仕草は、まさに外道の嗤いだ。
「いや、違うなーーただの模倣か」
僅かにおかしい。どこかチグハグさを感じて、俺は妖怪が人間のフリして助けを求める話を思い出した。
こうすれば人間は怒りで動きが単純になって殺しやすくなる。
そんな野生の本能、もしくは生きていくコツの一つなのか。
「あいにく、俺は怒りで冷静になるタイプなんだ。残念だったな」
……コイツ、左腕を庇っている。
本当に僅かな様子だが、冷静にコイツを分析して、俺はそれを見つけた。
「相手が強気に出るときは、実はピンチなとき……てか?」
相手の一番嫌がる方法を考える。
それを躊躇なく行う。
リーダーの死体を前に、俺の頭は冷えに冷えていた。
「はい。終わり」
何度か打ち合ったあと、俺はドロドロの直刀を力任せに大鬼の身体に叩き込んだ。
流石に二分割とはいかないが、かなり深いところまで刳り裂いたそれは、大きくのドブの小川を作り、大鬼の目から光が消えて動かなくなる。
「リーダー。目を覚まして下さい。リーダー。戦闘、終わりましたよ。ほら、終わったら、一緒にカフェの新作を食べに行こうって話したじゃないですか、リーダー。ほら、俺……甘いもの苦手だから、新作が甘いヤツだったらリーダーが居ないとどうしようもないんです。ねぇ、リーダー、リーダー!! ……本当に死んじまったんですか、リーダー」
物言わぬ屍は、何も語らない。
綺麗な長い黒髪にドブ色の血がべたりと付いているのが気に食わなくて、俺はそれを片目を覆っていた布で拭って捨てた。
「帰りましょう、リーダー」
随分と軽くなってしまった身体。当然だ、上半分しかない。
「リーダー、ダイエットしなきゃって言ってましたもんね。良かったじゃないですか、大成功ですよ。むしろ、これからたくさん食べてもっと増やさないとですね、あはは……何か言ってくださいよ、今の笑うとこでしょ? 無理か、死んでますもんねリーダー」
逆光が目に刺さった。
物理的にではなく、視覚的な意味で。
太陽の光が目に入った。涙が出た。
俺は何に泣いているんだろう。太陽が眩しいから? リーダーが死んだから? 生き残って安心したから? わからない。
「逆光、全員殺そう。そうしよう」
これは、逆光をこの世から消え去るまで戦い続けた隻眼の男の話。涙とドブ色の血に塗れた復讐譚だ。
…続かない。
おわり
たしか、キーボードちょっと変えてみた。使いやすさは今は分からない。打ちにくいとこと、打ちやすいとこがある。
『こんな夢を見た』
こんな夢を見た。
巨大になった君が十人で、僕を取り囲む夢だ。
そして、今。それが正夢となっている。
……誰か、助けてくれ。
○○○
春はあけぼの、なんて言葉があるように。春の朝はどこか陽気で、命のスタートを感じさせる。青い空、白い雲。いつも見ている筈なのに、どこか真新しく感じてしまうのは、春のお陰だろうか。
何かが起こるようなワクワク感。
それを胸に秘めながら、一歩。
新学年になり、先輩になった高校への道を歩み始めたときだ。
「助けてぇ〜〜!!」
泣きべそをかいたような、よく知っている声。
少し軽やかな甘い鼻につくようなアニメ声……本当にどこから出しているんだろう。僕が男の子だから知らないだけで、実は女の子はみんなアニメ声が出せる喉をしているのだろうか? 僕は不思議そうに内心思いながら首を振り向かせた。
「やぁ、おは……よう。ほんとうに、ど、どうしたの?」
「ぐすっ。あ、朝起きたら……体が、大きくなってたのぉ!」
間近に近寄ってきた幼馴染。
よくクラスメイトの男友達に、お前の幼馴染って胸デカイよな。と揶揄われていたりする幼馴染。
だが、クラスメイトよ。上を見上げたら太陽を遮って本人の顔すら見えないデカさにはどう思う?
デカけりゃいいってもんじゃないと僕は思う。てか、今思った。普通に恐怖だよ? これ。僕、死ぬもん。この質量は。
にしても、幼馴染の実家が僕と違ってお金持ちの豪邸で良かった。行ったときに東京ドーム入るじゃんってぐらいデカくなければ、このサイズは間違いなく家を潰されてたし、まだ春とはいえ夜明けは冷えるから、幼馴染は風邪を引いてしまうことになってただろう。良かった、神様ありがとう。大事な幼馴染なんだ。
「と、とりあえず。変なもの、食べた? ほら、お兄さんが異国で買ってきたお土産の、ゾンビのミイラの指の燻製とか。この前食べてたじゃん」
「お兄やんは先週に『セイレーンのカルパッチョにもワサビ醤油が合うのか気になってきた。これぞジャポニズム!』って行って西洋の海に西洋人魚の肉を探しに行って、まだ帰って来てないから違うよぉ」
「うん、わかった。もしそれ、お土産にカルパッチョ持ってきても絶対にうちに持って来ないでね。僕は不老不死じゃなくて、定命を大事に生きたいんだ。桜の精神、もののあわれ、ジャポニズムだよね」
「うん。それで、うち、どうすればいいと思う??」
「うーん。まあ、とりあえず学校に行って先生に聞いてみようよ。サイズ以外は特に健康体みたいだし。そういや、制服や弁当はどうしたの?」
「うちのメイドさんや執事さんが、急いで頑張って作ってくれたよぉ、まぢ感謝!!」
僕は小さい頃から可愛がってくれたメイドさんや執事さん達に黙祷した。お疲れ様です。
特に経理のバーコードハゲを気にする茂田さんなんて、突然の出費に胃がキリキリしただろうな。あの人は優秀だけど、神経がか細いから薄毛が進行しないといいけど……無理か。僕も、ワカメとかひじきとか、もっと食べとこ。
……まあ、とりあえず学校行くか。
そんな中だった。
「まって〜〜! うちのこと、置いてかないでぇ〜!!」
もう一人。同じサイズの幼馴染が現れた。
「え」
「わあ! うちじゃん!」
「あれあれ? うちがぁ、めっちゃいる〜うける〜!」
「ちょっと〜! 本物と間違えるとか! うちのこと、なんだと思ってるの〜!?」
「うちがたくさんで〜、うちたく〜なんちゃって〜!」
「オレ、オマエ、マルカジリ」
「うちとうちとうちと……まあ、いっか! お腹空いたぁ!」
「さっきねぇ。可愛いウサちゃんの雲みたのぉ、えへへ」
「……こ、こんなにいっぱい。うち、恥ずかしいよぉ」
「うちの計算によれば、これは……異常事態なのです! きりっ!!」
合計十人、ビックなサイズの幼馴染に囲まれた僕。
いったい僕にどうしろってんだ。
僕が吐けた言葉は一つ。唯一、今の僕の気持ちを分かってくれる人に向けたエールだった。
「茂田さん、頑張って下さい。大丈夫。男は髪じゃない。ストレスで一本も毛が無くなっても、茂田さんはカッコイイです」
幼馴染の家の経済状況が終わる前に、茂田さんの胃と髪が終わる。
現実から意識を逃走させた僕が唯一考えられたのは、それだけだった。
「せめて、これも夢であってくれ」
「どうしたの? 現実だよ?」
「……うん、だよね」
……続かない。
おわり!
『タイムマシーン』
タイムマシーンとは、揺りかごなのだ。
人類のためではなく、世界のための。
○○○
誰にだって、戻りたい過去がある。
僕だってそうだ。
秋の夕暮れ、僕は君に別れを告げた。
『また、明日』
些細なこと、よくあること。
……だが、君は死んだ。事故だった。
その日は恋人から友人に戻った日だった。
家まで送る恋人関係だったら、ナニカ違っていたかもしれない。
たった一日。たった一日で、彼女は死んだのだ。
『世界には揺りかごがある。それは別の名を――タイムマシーン、またはタイムカプセルという』
冷凍睡眠、という科学技術があるのを知っているだろうか。
もしくは、ゲームをスリープ状態にしていたこと。または、読みかけの読書に栞を挟んで閉じたことは?
世界というのは、一方通行に時が進んでいるようで実は断続的なのだ。
とか、イカれた無名の科学者が呈した発現だった。
オカルト染みた思想を馬鹿にするものが現れるなか、数人の著名な腕のある科学者達がどこか納得げな顔で頷く。
“あぁ、そういうことだったのか”……と。
それは、シーンとシーンの切れ目。小説における省かれた描写。日記における書かれなかった時間。
存在するはずの、書き記されなかった場所。
……それが、今。僕たちが生きている時間らしい。
時は一方通行なのではない。
僕たちが、一方通行しか手段を持ち得ないだけなのだ。
だから、動かすなら、世界なのだ。
本のページをパラパラと捲るように。
動画のシークバーを動かして過去に戻るように。
必要なのは、程度だった。
1ページでは大きすぎる。そして、シークバー1ミリでは巻き戻りすぎる。
行間という目に見えない、指標もない中、どれだか微細に巻き戻せるか、その手段を見つけられるのか。
パン屑の落ちて消えた道しるべを便りに、帰り道を探すような無謀な行為だ。
……それでも、やらなければならない。
対価は必要だった。
だけど、僕には勝算があった。
――僕は、彼女が死ぬ前の時間まで戻る。
僕の、彼女を含む人物に関する記憶、全てと。
過去における僕の存在の抹消を引き換えとして。
僕の両親は僕を生まなかった。僕と彼女は出会わず、恋人にはならなかった。僕を知っている人は、誰も居なくなった。
僕は自分がどうしてそこにいるのか、分からないだろう。
それでもやらなくてはならないのだ。
――ごめん。別れよう。
――どうして? あたし、なにかした?
――違う……他に、好きな人が出来た。
――嘘。本当の事を言ってよ。
――……本当だよ。これが、僕の本当。
――もういい。そんなにあたしの事信用出来ないなら、好きにすれば! さいってー!!
……本当は彼女が好きだ。今でもずっと。愛してる。
好きな人が出来たなんて、嘘だ。嘘っぱちだ。
それでも僕は言えなかった。本当の理由を、彼女だけには。
『僕たち、父親の血が繋がった異母兄妹なんだって』
とは、口が裂けても、言えなかったのだ。
この知ってしまった事実を、僕は墓場に持っていく。世界の墓場へ持っていく。そして存在しなかったことに、僕がするのだ。異物は僕だ。要らない存在は僕だ。
……だが、彼女だけは守ってみせる。僕の意地だ。
「ヘイ、クールボーイ? 準備はオーケイ?」
「ああ、博士。ひと思いにやってくれ」
「オーケイ!! ……良き旅路を」
イカれた発表をした科学者の顔が、酷く優しく笑う。
期待と不安がごちゃ混ぜになった感情の中、心に蓋を閉ざすように僕は目を閉じた。
タイムマシーンの扉が閉められる音がする。
……これは、終わりじゃない。はじまりだ。
おわり
『特別な夜』
特別な夜がきた。
今日、世界は終わるのだ。
終末理論。
誰もが聞いたことがあるだろう。
だが、それは唐突に訪れた。
朝、起きた。ベッドを降りる。手洗い場に向かう。歯ブラシを加えながらリビングに行き、テレビのリモコンをつける。
『今日、世界は終わります』
「…………は?」
世界の終わりは、まるで天気予報のように、日常の一部みたいな感じで、流れ星のように唐突だった。
真夏に雪が降ると言われた地域もこんな感じだったのだろうか。いや、まあ、今度は規模が世界なのだけど。
電車は普段通り動いていた。
そうだ。誰もが信じて居なかった。
だから、世界は平和だった。
この世界の終わりの日は、いつも通りの日だった。
それがデマではない事に気づいたのは夕暮れだった。
星が見えるようになるころ。近づいてきたのはナニカだった。
それがなんだったのかは、分からない。
隕石かもしれないし、宇宙人の兵器かもしれないし、もしくは神話生物というヤツだったのかもしれない。
だけどそれを見た人々は、みな……思ったのだ。同じことを。
――あれが近づいたら、世界は終わる。
一気にパニックになった。
風船が弾けたような感覚。
だけど、何処にも逃げ場はなく、対処法も分からなかった。
刻々と夕陽が沈む。
待ってくれ、行かないでくれ!!
そう叫んだところで、世界は止まらず歩みを進める。
世界の終焉は、天気予報100%のニュース番組みたいに予定道理に進められた。
夕陽が沈んだその瞬間。
プチリ、と音がした。
そして世界は終わった。
夜の始まりと共に、世界は終わった。
今日は、特別な夜だった。
世界、最期の……夜だった。
おわり