白井墓守

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『タイムマシーン』

タイムマシーンとは、揺りかごなのだ。
人類のためではなく、世界のための。

○○○

誰にだって、戻りたい過去がある。
僕だってそうだ。

秋の夕暮れ、僕は君に別れを告げた。
『また、明日』
些細なこと、よくあること。
……だが、君は死んだ。事故だった。

その日は恋人から友人に戻った日だった。
家まで送る恋人関係だったら、ナニカ違っていたかもしれない。
たった一日。たった一日で、彼女は死んだのだ。

『世界には揺りかごがある。それは別の名を――タイムマシーン、またはタイムカプセルという』

冷凍睡眠、という科学技術があるのを知っているだろうか。
もしくは、ゲームをスリープ状態にしていたこと。または、読みかけの読書に栞を挟んで閉じたことは?

世界というのは、一方通行に時が進んでいるようで実は断続的なのだ。
とか、イカれた無名の科学者が呈した発現だった。
オカルト染みた思想を馬鹿にするものが現れるなか、数人の著名な腕のある科学者達がどこか納得げな顔で頷く。
“あぁ、そういうことだったのか”……と。
それは、シーンとシーンの切れ目。小説における省かれた描写。日記における書かれなかった時間。
存在するはずの、書き記されなかった場所。

……それが、今。僕たちが生きている時間らしい。

時は一方通行なのではない。
僕たちが、一方通行しか手段を持ち得ないだけなのだ。

だから、動かすなら、世界なのだ。
本のページをパラパラと捲るように。
動画のシークバーを動かして過去に戻るように。

必要なのは、程度だった。
1ページでは大きすぎる。そして、シークバー1ミリでは巻き戻りすぎる。
行間という目に見えない、指標もない中、どれだか微細に巻き戻せるか、その手段を見つけられるのか。

パン屑の落ちて消えた道しるべを便りに、帰り道を探すような無謀な行為だ。
……それでも、やらなければならない。

対価は必要だった。
だけど、僕には勝算があった。

――僕は、彼女が死ぬ前の時間まで戻る。

僕の、彼女を含む人物に関する記憶、全てと。
過去における僕の存在の抹消を引き換えとして。

僕の両親は僕を生まなかった。僕と彼女は出会わず、恋人にはならなかった。僕を知っている人は、誰も居なくなった。
僕は自分がどうしてそこにいるのか、分からないだろう。

それでもやらなくてはならないのだ。

――ごめん。別れよう。
――どうして? あたし、なにかした?
――違う……他に、好きな人が出来た。
――嘘。本当の事を言ってよ。
――……本当だよ。これが、僕の本当。
――もういい。そんなにあたしの事信用出来ないなら、好きにすれば! さいってー!!

……本当は彼女が好きだ。今でもずっと。愛してる。
好きな人が出来たなんて、嘘だ。嘘っぱちだ。
それでも僕は言えなかった。本当の理由を、彼女だけには。

『僕たち、父親の血が繋がった異母兄妹なんだって』

とは、口が裂けても、言えなかったのだ。
この知ってしまった事実を、僕は墓場に持っていく。世界の墓場へ持っていく。そして存在しなかったことに、僕がするのだ。異物は僕だ。要らない存在は僕だ。
……だが、彼女だけは守ってみせる。僕の意地だ。

「ヘイ、クールボーイ? 準備はオーケイ?」
「ああ、博士。ひと思いにやってくれ」
「オーケイ!! ……良き旅路を」

イカれた発表をした科学者の顔が、酷く優しく笑う。
期待と不安がごちゃ混ぜになった感情の中、心に蓋を閉ざすように僕は目を閉じた。
タイムマシーンの扉が閉められる音がする。

……これは、終わりじゃない。はじまりだ。


おわり

1/23/2026, 3:15:47 AM