『閉ざされた日記』
「閉ざされた日記を探せ!!」
「それはこの世に、災いをもたらす!」
「所有者の娘は何処に行った!? 見つけて、殺せ!!」
閉ざされた日記。
それは、かの大魔術師が魔術を込めて毎日書いていた本である。
大魔術師が亡きあと、それは一人の親友へと託され……子孫であるアタシへと受け継がれた。
「くそ! なんてものを託してくれるのよ、おじいちゃん!!」
真っ暗な月の無い夜。
アタシは草むらに身を縮めて、小声で呪い言を吐いた。
泣きたい気持ちが湧き水のよう溢れてくるが、鼻をすする事も出来ない現状に、私はゆっくりと音をたてないように、目尻が赤くなるまで痛いぐらいに袖で拭った。
自分で噛み締めた唇が痛い。松明の木が燃える香りが風で漂ってくるだけで心臓の跳ねる自分が惨めに感じる。
……いっそ、死にたい。
そんな気持ちで、全てを放り出して諦めたくなる中、それでもしっかりと抱えて手放せなかった日記を見つめる。
『可愛い愛し子や、それはね……世界を救うための、親友が残してくれた希望の欠片なんじゃよ』
「嘘ばっかり、おじいちゃんのばか……」
世界を滅ぼす日記、世界を救う日記。
果たしていったいどちらが正しいのだろう。
……いや、そんなこと、実は関係ないのだ。興味もない。
だって、これは。両親に捨てられたアタシが、唯一おじいちゃんから貰った、たった一つ残るアタシのもの。掛け替えのない形見なんだもの。
「おい! ここに娘が居るぞ!!」
「!!!」
バレた!!
咄嗟に逃げようとすると、即座に草むらに押し付けられ、身動きが取れなくなる。
「きゃ! やめて!!」
「この魔女め!! 潔く、世界のために死ね!!」
「っ!! いや! 誰か、誰か、助けて!!」
誰も助けてくれる筈がない。
パニックなる心に、どこか冷静な頭の理性の一部がそう答えた。当然だ。
おじいちゃん、ごめんなさい。
固く目を瞑ったときだった。
――彼は、来た。
「おいおい、べっぴんさんにそりゃねぇだろ。まさか、レディのエスコートの仕方も知らねぇのか?」
癖のあるスラム育ちのような口調。酒に焼けたようなハスキーな、しかしどこか背筋を擽るような色気のある低い声。
私は顔を上げた。
この辺でみない人種だった。アタシ達の白人種とは違う、浅黒い肌。その髪は夜を溶かしたように黒く、瞳もまた黒かった。
どこか浮世離れしていて、伝承に出てくる悪魔みたい。
「大丈夫かい? レディ?」
「え? ! あ、あの、えっと!!」
気がつけば、私を殺そうとした兵士は倒れていて、私の手を引いて立たせてくれていた。
私は、なにか言おうとするも、言いたいことがありすぎて、うまく言葉にならなくて、もどかしい。
「ところでお嬢ちゃん。少し、聞きたいんだが……ここらで、月光の書士って異名のジジイ知らねぇかな? 探してんだ」
「! あの、それなら。アタシの、おじいちゃんだけど……おじいちゃんはアタシを残して死んじゃったわ」
「!! もしや、お嬢ちゃん。アンタが大事にそうに、抱えてるソレは魔導書(グリモア)かい? あの閉ざされた日記の。兵士に絡まれたときも抵抗せずに大事に抱えてたから何だろうなたは思っていたんだが、まさか、こんなちっちぇレディが所有者になるとはねぇ……」
「?? ごめんなさい。あなたの言っている意味が、アタシにはよく分からないわ?」
ふと、彼が真剣な顔をした。
今までヘラリと笑った口元が、一文字のようにピタリと閉じられる。真っ直ぐの視線が突き刺さり、アタシは思わずビクリとした。
「古の契約に基づき、あなたの“おんみ”を御護り致します」
「……え」
すっと屈められた身体。
まるで騎士の忠誠のようだと思ったが、すぐに違うと気づいた。昔、おじいちゃんが語ってくれた、忍者だ、これは。
アタシには、何が起こっているのか分からない。
しかし、アタシの人生を変えるナニかが起こっている。
それも世界を巻き込むほどのナニかが。
それだけはわかった。
そして、なぜかそのことに、胸を高鳴らせている自分がいる。
アタシは、このときの旅のことを、何十年たって老婆になってまも、昨日のことのように思いだせる。
そんな、彼とアタシの旅路の話をしよう。一生の思い出に残る、アタシの大事な宝物の、ウソみたいなホントの話を。
……続かない。
おわり!
おんみ、が漢字で出てこなかった。私の頭が間違えているのか、キーボードが私に合ってないのか。???
『木枯らし』
木枯らしが吹いている。
あ、また人が死んだ。
○○○
「木枯らしってさ、何なんだろうね」
「それは! 今! する事なのかっ!!?」
「んー? あ、また一人死んでった」
木枯らし。というものを、ご存知だろうか。
僕は木枯らし。というものを知っている“つもり”だった。それは本当に“つもり”だったのかもしれない。
だって、知らない。僕はこんな、人間一人を巻き込んで吹き飛ばし、幼児が飛ばしたケチャップみたいにする、特大の木枯らしを。
いつもの朝の通学路だった。
学校に行くために僕らは、おはようを言い合って、それから……ふと隣をすれ違ったサラリーマンが木枯らしに吹かれて――死んだ。
そこから世界が一変した。
世界の法則がまるでグルリと変わってしまったみたいに。
「あ、僕も死ぬかも……」
「おいい!!! ボーっと立つな! 諦めるな! 生を!!」
木枯らしが自分に向かってくるのに気がついて、この世を旅立つ辞句でも考えるかと思ってた僕に対して、僕よりも小柄な背が割り込んでくる。
必死に掴んだ廃材の看板を腕をプルプルと振るわせながら、どうにか木枯らしに耐えようと、額から汗が零れ、息を粗げている。
「大丈夫? 死にそうだよ? 君」
「誰のせいだ! 誰の!!」
「まあ、こんなに怒るほど元気なら大丈夫か」
「 ーーーー!!!」
声にならない怒りが顔面に露出し、般若のような顔が僕をメデューサの如く睨みつける。
もしも視線に物理的ダメージがあったなら、僕は木枯らしよりも憤怒の目力で死んでいただろう気迫だった。
僕は軽く学生カバンをまさぐり一つの“モノ”を取り出した。
「ほら、ちょっとどいて」
「は???」
僕は吹き荒れる木枯らしに対して、軽くスプレーをプッシュした。気持ちは、寝癖を直すヘアスプレーの感覚。
すると、木枯らしは先程までの荒々しさを落ち着かせ、ご飯を食べて満腹になった猫のように可愛らしいものになる。
「おい。なんだ、それ。木枯らしが……落ち着いた?」
僕は無言で彼にスプレーを差し出す。
「静電気対策スプレー……木枯らしにも効果あります。はぁ!? なんだ、これは!!?」
「なにもどうも、今日の天気予報見なかったの? ほら、木枯らしがバージョンアップされたので、忘れずに木枯らしにも効果のある静電気対策スプレーを持ち歩きましょうってニュースキャスターのお天気お姉さんが言ってたじゃん」
「なんだそれは! 雨が降るから傘を持てじゃないんだぞ!?」
「昨日の常識が、今日も常識であるとは限らない良い例だね。世界は刻一刻と変わっていくんだ。僕たちも慢心せずに、日々変わっていかなくちゃね」
そういって僕はウインクをしてみせた。
幼馴染みである彼は、丸坊主にした頭を手でごしごしと撫でるようにかきむしると、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「俺も、これからは……朝の天気予報を見るようにする」
その言葉に、僕はお腹を抱えて目尻に涙を浮かばせるほど笑った。
……まあ、この嘘なんだけどね。
この木枯らし作ったの僕だし、そんな世界トンデモニュースとか、どこの局もやってないって。
おわり
『美しい』
美しい死体だ。
死んでいるのが惜しいと思ったが、そもそも死んでいなければ美しくないのだ。
○○○
美しい、とはなんだろうか。
例えば美しさのイデアが存在して、それを満たしていることだろうか。
それとも、多数の人間からレッテルを貼られていることだろうか。
もしくは……人生を狂わしてしまうような、そういった魔性の類いを、人間性を犯しく(おか)させてしまったから、か。
とある死体があった、死体はたいそう美しかった。
純白の真珠のような染み一つない肌。
少女のような華奢で細長い手足。
薔薇色に染まった頬、宝石を埋め込んだような瞳、心を惹き付けてやまない頬笑み。
星屑を溶かしたかのように煌めく天の川のような長い髪。
高級品だとわかる良い生地が使われたフリルの多いドレス。
そして、展示ケースのように死体を閉じ込めた巨大な水晶のオブジェクト。
その姿はまるで等身大の人形で、死体という奇異な感覚よりも芸術作品として感嘆の息が思わず漏れるような一品だった。
……その材料が人間である、ということを除けば。
歯の治療跡、頭髪、血液によるDNA検査により、その人形が生きていた人間である、と判明したときの世間の反応はすごかった。
しかも、被害者は皆――不細工と呼ばれる女子であった。
嘘だ、と信じないもの。
あんな死体なら私もなりたい。と希望を抱くもの。
嫌悪した顔を表では見せつつ、裏では写真集を買い漁って魅せられて抜け出せないもの。
「結局、あなたはどうしてこんな事をしたんですか?」
私は探偵だ。
だから、どうしても好奇心が押さえらなかった。
そして、今目の前に、あの美しい死体を作った職人がいる。
職人の性別は分からない。男性にも見えるし、女性にも見える。若いようにも見えるし、年老いているようにも見える。
「簡単な事だ。私は美しい芸術作品を作りたかった。彼女たちは死んだとしても美しくなりたかった。ただの利害の一致さ」
そういって職人はニコリと笑った。
人の良さそうな、虫をも殺したことがなさそうな笑みだった。
「私を警察に付き出すのかい?」
「……いいえ。付き出しても証拠は無さそうだ」
私が諦めたように肩を竦めて首を振ると、職人は正解だとでもいうように一つ頷いてみせた。
「生者はおかえり。ここは君には早すぎる」
そういって職人は優しく私に紅茶とお菓子を振る舞ってくれたあと、手土産のシフォンケーキを持たせて見送ってくれる。
――人生に絶望したら、またおいで。
それはぞくりと背筋を撫でられたような、甘い甘い猛毒のような誘惑だった。
いつの日か、人生に絶望する日が来たとき。私は間違いなく、この職人のことを思い出してしまうのだろう。
「どうか。人生に絶望する日がきませんように」
望みのない、宛もなければ、意味もない。
しかし祈らずにはいられない希望を口にした。
おわり
『この世界は』
この世界はゴミカスである。
とっくの昔に腐り果てたヘドロに成り果てたのだ。
ゾンビの一日は、ドロドロに熔けた体をかき集めることから始まる。
溶き卵みたいになっている自身の身体……だと思うものを、まるで粘土でプリンの山を作るように一生懸命に形作る。
そしてようやく自分の身体となって、目が見えて口が聞けるようになる。
「あー、あああー??」
「ようやくお目覚めかよ、ウケる」
声のした方を見る。
真っ青な顔色に、傷一つない美しい滑らかな肌。
ビリビリに破れた中二病が憧れる黒いコート。
猫のような目付きの青年が、そこにいた。
「仕方ないだろ、お前みたいな強化ゾンビとは違うんだ」
「眠るたびにドロドロになるとか、弱ゾンビ達は大変ですなぁ(笑)」
からかうような態度とは裏腹に、こちらに手をさしのべてくれる辺りが性根の良さを浮き彫りにする。
有りがたくその手を取って、腰を浮かせて立ち上がる。
ちなみに、独りで立ち上がろうとすると、半分の確率でつるっとすべってもう一回からだの形成からやり直しだ。
「ほんと。俺が幼馴染みだった事にありがたく思えー?」
「はいはい。めちゃくちゃ感謝してるよ、まじで」
僕たちは、幼馴染みだ。
そして、ゾンビだ。
……世界は腐り果て、人類はみなゾンビになった。
世界大戦がおき、核兵器に次いで科学兵器が使われた末路がコレだった。
人類は傲慢な態度の対価を支払ったのだ。
「……なぁ、アレ……なんだ?」
「ん?」
……女の子だ。しかし、おかしい。ありえない。
ゾンビには特有の青白い肌がある。
しかし、その女の子は真っ白い肌をしていた。
そう、人間の肌、なのだ。
「あれ……ここは、どこなのかしら?」
目が合う。
おそらく、ここが僕たちの運命の分岐点だった。
この出会いは、世界の運命を変えるきっかけとなる。
これは、特異点の女の子と、ゾンビとなった世界で、ゾンビを人間に戻すために世界と立ち向かうお話。
……続かない。
おわり
『どうして』
どうして、と溢した言葉は泡となり消えた。
遅すぎたのだ――全てが。
揺らめく視界に思わず苦笑する。
それはいつもの光景で、残った罪悪感だ。
「また、そんなものを見ているのか」
掛けられた声に振り向く。
精悍な顔つきの逞しい肉体をした青年。
……しかし下半身には二本の足ではなく魚のような尾があり、また露出した上半身や顔には鱗のようなものが所々に存在する。
つまり、彼は伝説でいうところの人魚、もしくは魚人という存在なのだ。
見た目も若々しく二十歳頃の青年に見えるが、実のところは数百年を生きているとのこと。
「この貝で出来た夢眼鏡は、とっても面白いね。いつまで見てても飽きないや」
「ニンゲンとはよく分からんな。ほら、飯にしよう。ニンゲンはこまめに食べないと死んでしまうのだから」
「ありがとう」
カラフルな珊瑚礁の中、テーブルのような形をした珊瑚に、椅子のような形をした珊瑚。
大きなシャボン玉の泡の中には酸素があって、喋ることも歩くことも、息を吸うことも出来る。
食卓の上に並べられたワカメや貝などの素材。最初は生で出されていたが、苦言を呈して料理を教えるとワカメのスープやホタテのバターソテーなど火を通したものが出されるようになった。
彼はとても聡明で好奇心が強く、融通がきく性格なのだろう。また、人魚の中でも変わり者らしい。こんな人間の面倒をみて一緒に暮らしてくれるほどに。
「……まだ、諦めないのか」
「うん」
ポツリと溢された言葉に、僕は頷いた。
彼の瞳に心配そうに懸念する色をみた。
有難いと思う、そして申し訳なく思うも僕は止めるつもりはなかった。
「……ニンゲンの寿命は短い。それに、オレにはお前が背負うべきでは無いように見えた。それでもか」
「うん。たとえ前世の僕でも、僕だと思うから。それに……今もどこかで待っている気がして、放っておけないんだ」
「はぁ、難儀だな。お前というヤツは」
人魚姫の話を知っているだろうか。
アレは実話だ。
僕は愚かな王子側で、人魚姫が泡になるのを止められなかった。
気づいたときには遅かった。あの子は既に泡と化してした。
前世の王子だった僕は失意の内に死に、それは未練となって今世の僕に引き継がれた。
ただの奇妙な夢かと思っていたが、人魚の彼に出会って僕は確信した。
アレは夢じゃない。本当にあった事なのだと。
「人魚姫の転生、か。ヒトの身で探すなど、珊瑚の中から金で出来た真珠を探すようなものだ」
「うちではそれを、砂漠の中から一粒の砂金を探すようなものって言うね」
「笑い事か……全く、宛もないのに」
そういって眉を寄せる彼に僕は笑う。
あぁ、本当にそっくりだ。
ぶっきらぼうな口調でお人好しなところも、苛立っているような顔で心配しているところも、そしてキリッとした目元と鱗の色もまさに。
「まあ、大丈夫だよ。君がいれば、それで」
「はぁ? ニンゲンとは、よく分からんな……」
「あはは」
人魚姫の話は本当だと僕は言ったが、たった一つだけ訂正しなければならないことがある。
それは――王子を救った人魚姫が女性ではなく男性だった事だ。
そう……今、目の前に居る彼のように。
「やっと会えた……今度こそ君を幸せにするよ」
「? なんだ、小声で何か言ったかニンゲン」
「……いいや、なんでもないよ」
「そうか」
僕は笑う。
ところで君、なんで格好いい姿なのに、そんなに声は可愛らしい美少女声なの? お陰でずっと女性だと思ってたんだけど??
おわり