『夢を見てたい』
夢とは、いかなる味がするものか。
甘いのか、辛いのか、それとも無味無臭のものか。
もしも味が無いのに噛み続けるのなら、それはどんな行為なのだろうか。惰性だろうか、執着だろうか。
あぁ、夢を見てたい。
そんな自分になりたかった。そう思う。
だが、ふとして気がつくのだ。
……これこそが、自分の夢なのでは? と。
口のなかでグツグツと笑った。失笑だ。
夢を見るのが、自分の夢なんて。まさに滑稽極まりない。
――結局のところ、私はニンゲンモドキに過ぎないのだ。
「おい。オマエの夢はなんだ。ニンゲン」
「ん? そうだなぁ。お腹いっぱい、ご飯を食べることかなぁ~」
足元でニンゲンがニコニコと笑っている。
冒険者、と呼ばれるチクッとする棒切れを持ったオトコだ。
「食べればいいじゃないか、ニンゲン。土も木も岩も、世界にはたくさんあるじゃないか」
「ん~。ドラゴンと違って、俺たちは土や木とかは食べられないだよな~」
「……なんだそれは。誠に奇っ怪な生き物だな、オマエは」
「伝説の存在であるドラゴンに言われちゃうとはねぇ~」
訝しんでドン引きした私に対して、お腹を抱えてケラケラと笑うニンゲン。
ちょっと前に森で出会ったこのニンゲンは、とても変わっている。
普通、私を目の前にしたら泣き叫んで逃げるか、不気味に笑って体にへばりついてくるかの二択なのに、このニンゲンは目をキラキラ輝かせて話しかけて来たのだ。
それから、たまに森で話すようになった。
「俺らの関係も、もう十年か~」
「あぁ、たったの十年だな」
「あはは、流石ドラゴン~」
ふと、ニンゲンが笑うのをやめた。真剣そうな眼差しでこちらを見て口を開く。
「俺さ、夢があるんだ。子供の頃からの夢」
「? なんだ、それは食えるのか?」
「食べられないよ。だって、夢は見るものだから」
「??」
「俺はね――」
そういってニンゲンは夢を語った。正直、下らないと思った。
だけど、言うのだ。この夢を見てたい、と。
……少しだけ、憧れた。
アイツが、あのニンゲンが死んだ。寿命だった。
だから、この地から飛び立とうと思う。
目的は一つ。
夢を、探しに。
『俺、ドラゴンと友達になるのが夢なんだよね。俺ら、友達になれたかな』
私は答えることが出来なかった。友達というものを知らなかった。嘘をつきたくなかった。
「私とオマエは友達だったのか。それを知るために、私は旅に出るよ」
アイツの墓という石の塊を鼻息で撫でる。
墓に植えられたピンクの花が、優しく揺れている気がした。
おわり
『寒さが身に染みて』
寒さが身に染みて、心が風邪を引きそうだ。
とは、人生で一度は聞いたことがあるセリフだとは思う。
実際に現在進行形で、自分はそれを味わっている。
「なんでかき氷の中に埋められてたんだ、俺は」
「ほら、夏に言ってたじゃん? 暑すぎて、かき氷に埋まりたーい!って。最近、作れたから早速埋めてみたよ!」
「だからって真冬にするのは辞めてくれ、死ぬ」
「いや、もう死んでるけどね」
「…………は?」
寒さが身に染みて実際に凍死した俺が生き返るためにゾンビチートでツエーした件について。
……続かないどころか、はじまらない。
おわり
P.S. ネタ浮かばなかった。時間もなかった。
『20歳』
僕は20歳になった。
だから何だと言うのだろう。
結局のところ、僕は何も変わっていない。
今も昔も、僕はあの頃の僕のままなのだ。
成人式の様子が、テレビの中で写し出されている。
僕はそれを炬燵の中でミカンを剥きながら観ていた。
外は雪が降りだし、僕はそれを積もりそうだなぁ、なんて気持ちで、ただただ眺めていた。
「君は行かなかったんだねぇ、成人式」
「先生」
「あ~よっこらしょいっと~」
山羊によく似た髭を持つ、僕の三倍は生きる先生。
老人とは思えないハスキーな渋い声で、炬燵に入ってきた。
「……説教ですか」
「いやいや。私はねぇ、説教なんて出来るほど、大した身分じゃないからねぇ~。あ、ミカン美味しい」
「……僕が剥いたんですけど」
「まあまあ、いいじゃあ~ないのぉ~」
ニコニコとしながら、先生は剥いていたミカンを食べてしまった。全て。
……やっぱり、怒ってるんじゃ。
「先生。僕は二十歳になりました」
「だねぇ。お酒とかも、飲めちゃうねぇ~」
「煙草も吸えます……いや、そうじゃなくて」
「ん~? どうしたのぉ~??」
ゴクリと唾を呑む。自然と拳に力が入っていた。
「大人になるって、なんですか。それは、子供と何が違うんですか」
「……それはねぇ」
「…………はい」
「わっかんないねぇ!!」
「…………は、はぁ!?」
ケラケラと笑う先生に、僕は口をひん曲げて青筋を額に浮かべながら、先ほどより強く拳を握った。震えている。
気持ちを落ち着かせるために、先生を視界から外して大きく深呼吸をした。三回だ、三回!!
「先生、ギャグですか」
「違うよ~。あのねぇ、君」
「はい」
「私と君、どっちが大人だと思う~?」
「……先生です」
「本当にぃ~? じゃあ、それは何でぇ~?」
「先生の方が、大人……だから、です」
「じゃあ私と君が同い年だったら、どっちが大人かなぁ~?」
「えっ…………それは、その、わ、分かりません」
「きっとねぇ、君の方が大人だと思うよぉ~?」
「なんで、ですか」
僕が口許をきゅっと結んで唇を噛み締めながら聞くと、先生はまなじりを下げて優しい笑顔でこう言った。
「二十歳になったからって、直ぐに大人になろうとしなくたって良いって事さぁ」
「……意味分かりません、そもそも質問の答えになってないと思います」
「まあまあ、ミカンを食べようじゃあ、ないの~」
「僕が剥いて、ですか」
「そう、君が剥いて」
「あはは、なんですか、それ」
「笑ってくれて、私は嬉しいよぉ~」
先生の言葉に、僕は自分が久しぶりに笑ったことに気づいた。
そっか。いいのか。
「先生も剥いてくださいよ」
「仕方ないねぇ~」
二人でミカンを剥きながらテレビを眺めて笑いあった。
そんな何気ない、どこにでもありそうな日が、僕の成人の日。
僕は、きっとこの日の事を、一生忘れないだろうと思った。
おわり
『三日月』
三日月が、こちらを見てニヤリと嗤っている。
流石、魔界だ。
どうやら、魔界の月は意思と感情があるらしい。
○○○
僕は虐められていた。
きっかけは、なんて事ないありふれた事。
クラスにいじめっ子と、いじめられっ子がいて、いじめられっ子を庇ったら、次のターゲットが僕になったってだけ。
独りぼっちの高校生活は、そこまで悪いものではなかった。
ただ、どうしても不満が一つだけあった。
――彼女が出来ない事だ。
僕には入院しているおばあちゃんがいる。
たいそう僕を可愛がってくれた大事なおばあちゃんで、僕に彼女が居ないことを随分と気にしていた。
さすがに、ひ孫……とまではいかないが、せめて彼女を作って、おばあちゃんを安心させてあげたい。
だが、僕が高校生活で彼女を作るのは至難の業になるだろう。
そんなときだった。
古びた骨董市で、奇妙な魔術書を見つけた。
何の素材で作られたか分からない和綴じの本、そこには古めかしい文字で魔界に行く呪文が書かれていた。
僕が躊躇したのは三秒。
それ以外に、僕を妨げるものは何もなかった。
○○○
三日月が可笑しそうにケタケタ嗤う中。
ふと、視界を影が覆う。
不思議に思って上を見上げると、伝承に出てくる悪魔のような姿の生物が上空からこちらを眺めていた。
「ニンゲン、ナゼ、ココニイル??」
「彼女を作りに来ました」
「…………ハ?」
「僕の彼女になりませんか」
「…………」
僕が大絶賛アピールをすると、悪魔は何か持病でも患っているのか頭を抱えて無言になってしまった。
「大丈夫ですか!? 僕は体調不良の方を気遣える優しさがあります! 彼氏にどうですか!?」
「モウ……シャベルナヨ、オマエ」
○○○
これが、魔界一の可笑しなニンゲンと呼ばれた僕と、そんな僕の側でサポートという尻拭いをさせられた悪魔の出会いだった。
ここから、僕らは魔界を旅することになる。
悪魔は、魔界に起きている問題を解決するために。
僕は、彼女をつくるため。そう、その悪魔を手伝って魔界の問題を解決して、なお魔界の方から好感度を稼いで、僕の彼女になってくれる人を見つけるのだ。
「いやぁ、頑張ったんですけど、今回も僕の彼女になってくれるって人は居ませんでしたねぇ……」
「オマエ、アタマオカシイ、アキラメロ」
「いや! 僕は絶対に諦めませんよ! さあ、次の困っている方々の所に行きましょう!」
「……ハァ、コノシゴト、ヤメタイ」
おわり
『色とりどり』
色とりどりの風船が飛んでいる。
赤、緑、青、オレンジ、紫、ピンク……。
「また眺めているんですか、師匠」
「うん」
振り返ると小柄な少年が一人居た。
金色の猫のような目付きをしており、つんつんした栗色の髪の少年だ。
僕の一番弟子。口では師匠の慕ってくれているけど、リスペクトを感じたことは一度もない。でも、ずっと側に居てくれている。……まるで猫みたいな子だ。
「師匠は、なんであんなものが好きなんですか? 邪魔なだけでしょうに」
「そんなこと言わないであげてよ。あの子たちだって、懸命に生きてるんだよ」
「放っといても勝手に生きて、勝手に死にますよアイツラ」
ふんっ! と眉間に皺を寄せて、顔を横に背ける少年。
彼はどうにもアレらが苦手らしい。
過去に苛められたトラブルでもあるのだろうか。
「まあまあ。あの子たちのお世話が僕らの仕事さ」
「監視、の間違いじゃないですか?」
「あはは。言葉は言い様ってね」
ふと、顔を見上げた。
予兆があった。予感とも言っていい。
「師匠?」
「くるよ」
パァン!
風船が一つ、弾けた。
真っ赤な風船が弾けて、真っ赤な液体を辺りに撒き散らす。
そして、その爆発は連鎖して、周囲の風船も破裂していく。
辺りには数個の風船と、色とりどりの液体が交じり合ってぐちゃぐちゃの汚い床が残った。
「……びっくり、した」
「あはは。君は何度見ても慣れないねぇ」
「む、師匠が可笑しいんですよ! 意味分からないです!」
ぷんぷんと口をきゅっと結んで怒る少年の姿に、くすりと笑いが漏れる。
結局のところ、あの子達の身を一番案じているのは彼なのだ。
僕にはもう、雨や雲なんかの風景の一部と化してしまった。
「さあ、集団自殺した人間の魂を運ぼうか」
「……はい、師匠」
それが僕たち、天使のお仕事なのだから。
おわり