白井墓守

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『どうして』

どうして、と溢した言葉は泡となり消えた。
遅すぎたのだ――全てが。

揺らめく視界に思わず苦笑する。
それはいつもの光景で、残った罪悪感だ。

「また、そんなものを見ているのか」

掛けられた声に振り向く。
精悍な顔つきの逞しい肉体をした青年。
……しかし下半身には二本の足ではなく魚のような尾があり、また露出した上半身や顔には鱗のようなものが所々に存在する。
つまり、彼は伝説でいうところの人魚、もしくは魚人という存在なのだ。
見た目も若々しく二十歳頃の青年に見えるが、実のところは数百年を生きているとのこと。

「この貝で出来た夢眼鏡は、とっても面白いね。いつまで見てても飽きないや」
「ニンゲンとはよく分からんな。ほら、飯にしよう。ニンゲンはこまめに食べないと死んでしまうのだから」
「ありがとう」

カラフルな珊瑚礁の中、テーブルのような形をした珊瑚に、椅子のような形をした珊瑚。
大きなシャボン玉の泡の中には酸素があって、喋ることも歩くことも、息を吸うことも出来る。
食卓の上に並べられたワカメや貝などの素材。最初は生で出されていたが、苦言を呈して料理を教えるとワカメのスープやホタテのバターソテーなど火を通したものが出されるようになった。
彼はとても聡明で好奇心が強く、融通がきく性格なのだろう。また、人魚の中でも変わり者らしい。こんな人間の面倒をみて一緒に暮らしてくれるほどに。

「……まだ、諦めないのか」
「うん」

ポツリと溢された言葉に、僕は頷いた。
彼の瞳に心配そうに懸念する色をみた。
有難いと思う、そして申し訳なく思うも僕は止めるつもりはなかった。

「……ニンゲンの寿命は短い。それに、オレにはお前が背負うべきでは無いように見えた。それでもか」
「うん。たとえ前世の僕でも、僕だと思うから。それに……今もどこかで待っている気がして、放っておけないんだ」
「はぁ、難儀だな。お前というヤツは」

人魚姫の話を知っているだろうか。
アレは実話だ。

僕は愚かな王子側で、人魚姫が泡になるのを止められなかった。
気づいたときには遅かった。あの子は既に泡と化してした。
前世の王子だった僕は失意の内に死に、それは未練となって今世の僕に引き継がれた。

ただの奇妙な夢かと思っていたが、人魚の彼に出会って僕は確信した。
アレは夢じゃない。本当にあった事なのだと。

「人魚姫の転生、か。ヒトの身で探すなど、珊瑚の中から金で出来た真珠を探すようなものだ」
「うちではそれを、砂漠の中から一粒の砂金を探すようなものって言うね」
「笑い事か……全く、宛もないのに」

そういって眉を寄せる彼に僕は笑う。
あぁ、本当にそっくりだ。
ぶっきらぼうな口調でお人好しなところも、苛立っているような顔で心配しているところも、そしてキリッとした目元と鱗の色もまさに。

「まあ、大丈夫だよ。君がいれば、それで」
「はぁ? ニンゲンとは、よく分からんな……」
「あはは」

人魚姫の話は本当だと僕は言ったが、たった一つだけ訂正しなければならないことがある。
それは――王子を救った人魚姫が女性ではなく男性だった事だ。
そう……今、目の前に居る彼のように。

「やっと会えた……今度こそ君を幸せにするよ」
「? なんだ、小声で何か言ったかニンゲン」
「……いいや、なんでもないよ」
「そうか」

僕は笑う。
ところで君、なんで格好いい姿なのに、そんなに声は可愛らしい美少女声なの? お陰でずっと女性だと思ってたんだけど??


おわり




1/14/2026, 11:59:00 PM