白井墓守

Open App

『美しい』

美しい死体だ。
死んでいるのが惜しいと思ったが、そもそも死んでいなければ美しくないのだ。

○○○

美しい、とはなんだろうか。
例えば美しさのイデアが存在して、それを満たしていることだろうか。
それとも、多数の人間からレッテルを貼られていることだろうか。
もしくは……人生を狂わしてしまうような、そういった魔性の類いを、人間性を犯しく(おか)させてしまったから、か。

とある死体があった、死体はたいそう美しかった。
純白の真珠のような染み一つない肌。
少女のような華奢で細長い手足。
薔薇色に染まった頬、宝石を埋め込んだような瞳、心を惹き付けてやまない頬笑み。
星屑を溶かしたかのように煌めく天の川のような長い髪。
高級品だとわかる良い生地が使われたフリルの多いドレス。
そして、展示ケースのように死体を閉じ込めた巨大な水晶のオブジェクト。

その姿はまるで等身大の人形で、死体という奇異な感覚よりも芸術作品として感嘆の息が思わず漏れるような一品だった。

……その材料が人間である、ということを除けば。

歯の治療跡、頭髪、血液によるDNA検査により、その人形が生きていた人間である、と判明したときの世間の反応はすごかった。

しかも、被害者は皆――不細工と呼ばれる女子であった。

嘘だ、と信じないもの。
あんな死体なら私もなりたい。と希望を抱くもの。
嫌悪した顔を表では見せつつ、裏では写真集を買い漁って魅せられて抜け出せないもの。

「結局、あなたはどうしてこんな事をしたんですか?」

私は探偵だ。
だから、どうしても好奇心が押さえらなかった。
そして、今目の前に、あの美しい死体を作った職人がいる。

職人の性別は分からない。男性にも見えるし、女性にも見える。若いようにも見えるし、年老いているようにも見える。

「簡単な事だ。私は美しい芸術作品を作りたかった。彼女たちは死んだとしても美しくなりたかった。ただの利害の一致さ」

そういって職人はニコリと笑った。
人の良さそうな、虫をも殺したことがなさそうな笑みだった。

「私を警察に付き出すのかい?」
「……いいえ。付き出しても証拠は無さそうだ」

私が諦めたように肩を竦めて首を振ると、職人は正解だとでもいうように一つ頷いてみせた。

「生者はおかえり。ここは君には早すぎる」

そういって職人は優しく私に紅茶とお菓子を振る舞ってくれたあと、手土産のシフォンケーキを持たせて見送ってくれる。

――人生に絶望したら、またおいで。

それはぞくりと背筋を撫でられたような、甘い甘い猛毒のような誘惑だった。
いつの日か、人生に絶望する日が来たとき。私は間違いなく、この職人のことを思い出してしまうのだろう。

「どうか。人生に絶望する日がきませんように」

望みのない、宛もなければ、意味もない。
しかし祈らずにはいられない希望を口にした。


おわり

1/17/2026, 1:54:08 AM