『遠い足音』
遠い足音が響く。
少しずつ小さくなっていく音に安堵のため息を吐いた、そのとき。
ダンッ!!!
遠ざかった筈の死の足音が、己の真後ろから響く。
刹那、己の視界が暗転し、二度と意識が浮上することは、なかった。
『旅は続く』
僕らの旅は、一人になることで終焉を迎える。
誰もが望まない正答が、僕らの旅だった。
真っ白な雪が降り積もる中、二人で倒れ込む。
厚い灰色に覆われた空を、酷く荒れた息をつきながら、片手に握りしめる固い紫水晶を強く握りしめる。
「僕ら、試練に勝ったんだね」
「ああ、俺らがやってやったさ」
どちらともなく手を繋いだ。
酷く熱い。まるで焼かれた鉛を直接握ったかのように。
雪の寒さが体に染み入る中、唯一そこだけに熱を感じる。
まるで、真っ暗な室内に蝋燭の火が灯ったように。
「ここで、おわりだね」
「ああ、そしてはじまりだ」
紫水晶が光始める。
彼の海のような深い青と目が合った。
あぁ、もうこの色が視られなくなることが、こんなにも苦しい。
「お前の真っ白な髪が無くなるのは本当に惜しいな」
「それを言うなら僕だって、君の青い目をずっとみていたかったよ」
二人で微笑む。
つーっと、目尻から涙がこぼれた。
紫水晶から光があふれ出し、光が収まったとき。
――そこには一人の人間しか居なかった。
真っ黒な髪の赤い瞳の少年だけが、そこに居た。
黒髪で青い瞳の少年も、
白髪で赤い瞳の少年も、
どこにも存在しなかった。
『二人が一人になる魔法石』
これが、僕らが考えた“ずっと一緒に居る”方法だ。
ゆっくりと起き上がり、体の具合を確かめる。
事前に相談していたとおり、二人の丁度中間のような体に、満足する。
先を見据えた。
真っ白の雪の中、先は見えないが、じっと目を凝らす。
そして、たしかに、一歩を踏みしめて、歩き出した。
……僕らの旅はここで終わった。
だから、
「――約束通り、“私”の旅を始めよう」
あとには、砕けた破片の紫水晶のみが、真っ白な雪原に遺されていた。
おわり
『モノクロ』
それは彼女からの突飛な一言だった。
「パンダが食べたいんだけど、どうすればいいと思う?」
思わず、呆気に取られる僕。
「えーーっと、まずパンダを食べないでほしいんだけど。なんで、食べたいの??」
「パンダだってシロとクロの色でしょ? シロクロってモノクロみたいなものじゃない? だから、パンダを食べたらモノクロの視界になると思って……」
……ふむふむ。
駄目だ、全く意味が分からない。
「えーーっと、なんで、視界をモノクロにしたいのかな??」
「あのね、あのね……私ね、昔は、ずっとずっと世界はモノクロだったんだよ」
「え、そうなんだ、それで??」
「あなたとね、付き合ってから世界が色づき過ぎて、眩しくて目が開けられないから、視界をモノクロにしたいの」
……だって、大好きなあなたの顔が眩しくてよく見えないから。
そう言って彼女の言葉に僕は思わず、熱くなる顔を両手で覆って叫んだ。
「パンダ食いたいのは、僕の方だよーーー!!」
『永遠なんて、ないけれど』
散らない桜は美しいか――。
人々が永遠の命を手にして、もう数百年は過ぎた。
代わり映えのしない人、ずっと続く仕事、人口調整のために制限された滅多に見ない子供、子供の代わりに迎えられるも次々と死んでいくペット達。
最初の百年は良かった。
みんながみんな、喜んだ。
既に老いてしまった者はともかくとして、若い人々は健康でいられる事に、美しくあることに、とても喜んだ。
しかし、永遠の命というものは、数百年で只の呪いになった。
「だから、僕は今……お前の目の前に立っている訳だ」
ボサボサの髪に、カサカサの唇。目の下に濃い隈を作り出すその顔は、到底幸せには見えない。
よれて薄汚れたシャツと違い、真っ白な新品野ような白衣だけが、どうにも不気味に思えた。
僕が睨みつけると、彼は爛々とした目をしながら、ニタリと僕に笑いかける。
「久々に会ったんだ、そんな顔しないでくれよ」
彼は、久々に永遠の命をもたらした天才科学者は、そう言った。
毒でも染み込んだような甘ったるい声だった。
「人々を永遠の命の呪いから――解放しろ。お前にはそれが出来る筈だ」
「いいよ」
呆気無かった。
肩透かしを食らった僕は訝しげに彼を凝視する。
「そんな顔でみないでおくれよ。どうにも君にそんな顔をされるのは、堪える。たった一人の親友なんだから、ね」
そう言って彼は肩をすくめて、僕の方を見る。
ほんの少しだけ、泣きそうなのを堪えるように声が震える事に気づいた。
なんだか、弱いものいじめをしている気になって、僕は彼を睨むのをやめた。
「なんでこんな事を、したんだ」
……人々が不幸なるなんて、君には分かりきっていただろう、と告げると。
「君に会いたかったから」
……こうしたら、きっと正義心の強い君が止めに会いに来てくれると思ってから。
「そのために、世界一つ。犠牲にしたのか?」
「僕にとっては……世界一つより、たった一人の親友の方が大事だったのさ」
馬鹿げている。
「散らない桜は美しいか――」
変わらない関係は、ただの日常の平行線でしかない。そう問うた。
「散った桜にはもう二度と出会えないんだよ、次に桜が咲いてもそれは別の桜だ」
変わることを恐れた男の泣き言だと僕は思った。
「馬鹿め。次に咲く桜がもっと美しいとは思わなかったのか」
今回はたった一人の親友だった。だが、つぎは大親友になれるかもしれない。もっと仲良くなれる可能性が、未来には、変化にはある。
そう言うと、男は目を大きく見開く。
「それは、思いもしなかったな……」
「また、必ずお前に会いに行くよ」
僕は透ける身体で。
もう死んでしまった幽霊の身体で、彼に手を振った。
どんどん色を失って空気に溶けるように消える体に、彼が涙を流しながら、こちらに触れようと伸ばした手が空を切るのを見た。
「永遠なんて、ないけれど。また出会える奇跡を、僕は信じる」
桜の木の下に死体を埋めたら、その人が桜の精となって数百年後に出会えるらしい。
そんな僕の冗談をバカ真面目に真に受けたお前に、会いに来るよ。
言葉と共に、僕は溶けた。
また、会える日を願って。
『涙の理由』
「人は何故、涙を流すのだと思う?」
「は?」
「悲しいから? 嬉しいから? 感動したから? 目に砂が入ったから? 心が限界だから?」
「こんなときに、いったいなんなんだ……」
「いいから、答えて」
「…………寂しい、から?」
「そう、君はそう答えるんだね」
「だから、なんなんだよ、こんなときにお前は」
親友である彼はくるりと振り返って俺の方を見てくる。
その顔には、一雫の涙が目から零れ落ちていた。
「お前、泣いてるのか……?」
「ねぇ。僕が泣いているのは、なんでだと思う?」
「……は?」
「考えてみて」
そう言って、アイツは不敵に笑うと列車に乗り込んだ。
思わず伸ばした手は空をきる。
○○○
それが十年前のこと。
アイツは転校して、一度も連絡をとって来なかった。
だが、今日。ようやく、アイツと再会出来る。
転校したアイツが、いったい何で泣いていたのか、俺は今でも考え続けている。
まるで、呪いのようだ。
アイツが待つ扉の前。
俺は大きく一呼吸すると、覚悟を決めて扉を開けた。
――涙の理由を知るために。