『永遠なんて、ないけれど』
散らない桜は美しいか――。
人々が永遠の命を手にして、もう数百年は過ぎた。
代わり映えのしない人、ずっと続く仕事、人口調整のために制限された滅多に見ない子供、子供の代わりに迎えられるも次々と死んでいくペット達。
最初の百年は良かった。
みんながみんな、喜んだ。
既に老いてしまった者はともかくとして、若い人々は健康でいられる事に、美しくあることに、とても喜んだ。
しかし、永遠の命というものは、数百年で只の呪いになった。
「だから、僕は今……お前の目の前に立っている訳だ」
ボサボサの髪に、カサカサの唇。目の下に濃い隈を作り出すその顔は、到底幸せには見えない。
よれて薄汚れたシャツと違い、真っ白な新品野ような白衣だけが、どうにも不気味に思えた。
僕が睨みつけると、彼は爛々とした目をしながら、ニタリと僕に笑いかける。
「久々に会ったんだ、そんな顔しないでくれよ」
彼は、久々に永遠の命をもたらした天才科学者は、そう言った。
毒でも染み込んだような甘ったるい声だった。
「人々を永遠の命の呪いから――解放しろ。お前にはそれが出来る筈だ」
「いいよ」
呆気無かった。
肩透かしを食らった僕は訝しげに彼を凝視する。
「そんな顔でみないでおくれよ。どうにも君にそんな顔をされるのは、堪える。たった一人の親友なんだから、ね」
そう言って彼は肩をすくめて、僕の方を見る。
ほんの少しだけ、泣きそうなのを堪えるように声が震える事に気づいた。
なんだか、弱いものいじめをしている気になって、僕は彼を睨むのをやめた。
「なんでこんな事を、したんだ」
……人々が不幸なるなんて、君には分かりきっていただろう、と告げると。
「君に会いたかったから」
……こうしたら、きっと正義心の強い君が止めに会いに来てくれると思ってから。
「そのために、世界一つ。犠牲にしたのか?」
「僕にとっては……世界一つより、たった一人の親友の方が大事だったのさ」
馬鹿げている。
「散らない桜は美しいか――」
変わらない関係は、ただの日常の平行線でしかない。そう問うた。
「散った桜にはもう二度と出会えないんだよ、次に桜が咲いてもそれは別の桜だ」
変わることを恐れた男の泣き言だと僕は思った。
「馬鹿め。次に咲く桜がもっと美しいとは思わなかったのか」
今回はたった一人の親友だった。だが、つぎは大親友になれるかもしれない。もっと仲良くなれる可能性が、未来には、変化にはある。
そう言うと、男は目を大きく見開く。
「それは、思いもしなかったな……」
「また、必ずお前に会いに行くよ」
僕は透ける身体で。
もう死んでしまった幽霊の身体で、彼に手を振った。
どんどん色を失って空気に溶けるように消える体に、彼が涙を流しながら、こちらに触れようと伸ばした手が空を切るのを見た。
「永遠なんて、ないけれど。また出会える奇跡を、僕は信じる」
桜の木の下に死体を埋めたら、その人が桜の精となって数百年後に出会えるらしい。
そんな僕の冗談をバカ真面目に真に受けたお前に、会いに来るよ。
言葉と共に、僕は溶けた。
また、会える日を願って。
9/28/2025, 5:35:10 PM