『コーヒーが冷めないうちに』
コーヒーが冷めないうちに、君の唇を奪いたい。
好きには賞味期限がある。
切れても嫌いになるわけじゃないけど、恋が終わってキラキラしなくなる。
それがずっとイヤだった。
温かいコーヒーが好きだ。
もちろん、アイスのコーヒーもいいけど、冷めてぬるくなったコーヒーはどこか気分をしょんぼりとさせる。
まあ、だからといって飲めなくはないんだけど。
「ねぇ、あんまりスマホばっかみてないで、俺の事も見てよ」
そう言って、俺は君の唇を奪った。
『パラレルワールド』
どうやら、僕はパラレルワールドに辿り着いてしまったらしい。
先程、トラックに跳ねられたのたが、異世界に転移するのかと思いきや、辿り着いたのはどうやらパラレルワールドだった。
……いや、魔法やドラゴンといったファンタジー要素を抜けば、現代に置ける転移もまた、異世界転移と言えるのだろうか……?
煩雑に道を行き交う人々、点滅する青の信号、雑踏を駆け抜ける車の騒音。慣れしたんだ都会の雑音達。
唯一違うのは……、人々の頭の上だ。
人々の頭の上にナニカの数字が現れている。
ゼロになったら死んだりするのか。
いや、そんなことは無さそうだ。
老人の方が若者より少ないといったことも無さそうだと、辺りを見回して頷く。
駄目だ。全然分からん。
ええい、やけくそだ。聞いてしまえ!
「すいません、あなたの数字すっごいですね」
なんか頭の上の数字が大きかった人にそう話しかけてみた。
「ん? ああ、よく言われるよ」
「なにか、コツとかあるんですか?」
「んー、やっぱり地道な努力と、どんなときも警戒を怠らないことかな」
だめだ、さっぱり分からん。
「へー、ありがとうございます」
破れ被れなヤケクソの感謝の言葉に、目の前の優しそうな青年はくすりと笑ってそして振り向きざま手を振って言った。
「うん、君も早く――たくさん『人が殺せる』ように頑張ってね。童貞くん」
硬直した僕を残して、くすくすという笑い声だけが心に残った。
……あぁ、まじでここ、パラレルワールドなんだなぁ。
『時計の針が重なって』
時計の針が重なって、
――私たちはもう一度死んだ。
世界が赤く染まっている。
血飛沫ではなく、朝焼けで満たされている空間に私は安堵をついた。
もう一度、もう一度だ。
……だが、あと何回チャンスがあるのだろう。
世界が何度も繰り返している。
誰のせいかは置いておいて、誰のためかは決まっていた。
「おはよう、今日は早いね」
「うん……ちょっとね」
何も覚えていない顔で挨拶をしてくる彼氏。笑顔が眩しくて、心に突き刺ささった。
あと、もう少し、学校に辿り着くまでの道のり数十分の間に、彼は死ぬ。
その原因は様々だが、何度やっても、彼を助けられない。
無理に身代わりになろうとしても、一緒に死んでしまうだけ。
「ねぇ、大丈夫?」
「……え?」
「なんか今日は調子悪そうじゃない?」
大丈夫、と声をかけようとしたそのとき、彼の上に落ちてくる植木鉢が目に入り咄嗟に体を動かして彼を突き飛ばした。
驚く彼の表情とこちらに伸ばす手、そして自身の頭に重く響く振動と衝撃。
やった。彼を助けられた。
そんな思いで目を閉じようとしたとき、思わず目を見開いた。
彼の体が空中に舞った。
車に大きく跳ね飛ばされたその体からは、どくどくと赤い血が留めなく流れている。
ああ、また。また。
目を閉じる。固く目を瞑った。
6時32分。
腕時計の針が重なる時間、カチリという音と共に私たちは――もう一度死んだ。
次こそは、絶対……。
『僕と一緒に』
「僕と一緒に死んでくれないか」
「え、やだよ……だってアタシまだ冷蔵庫のプリン食べてないもん」
「いや、それは食べてからでいい」
「えっ本当? じゃあ……あ、でもアタシ今度の絵画コンクールの作品に命かけてるからなぁ」
「いや、その後でも全然大丈夫だから」
「ほんとー? じゃあ、飼ってる猫のミケ太郎がお嫁さん見つけて、その子猫を腕に抱きたいんだけど」
「それからでも大丈夫」
「……大人になってお互いがおじいちゃんとおばあちゃんになって、縁側で茶を啜りながら庭で孫が走り回るのを眺めるのは?」
「おばあちゃんが君で、おじいちゃんが僕なら問題ない」
「――それってプロポーズじゃない?」
「うん? 僕は最初からそう言ってるつもりだが?」
「紛らわしいんだよっ!!!」
―僕と一緒に墓に入ってくれ。そう言ったつもりだったんだが……?―
『既読がつかないメッセージ』
毎日、毎日。
私は既読がつかないメッセージを送り続けている。
朝におはようから始まるそれは、今日は空気が乾燥しているだとか、道端にこんな花が咲いていたとか、そんな些細な事ばかりを綴って、夜にはおやすみと返信を待っているというメッセージで私の一日は締めくくられる。
「もう、やめなよ。返って来ないの分かってるでしょ?」
「……もうちょっとだけ、お願い」
「…………馬鹿、もう見てられない」
ああ、また友達を一人なくした。
心の灯火が消えたような、冬に一人突っ立っているような寒さが私を襲う。
……それでも、私は既読がつかないメッセージを送り続けることをやめなかった。
ずっと、ずっと、ずっと……何年も、何年も。
真っ白い部屋、そこにあなたが眠っている。
ずっとずっと何年も、眠っている。
あなたが、約束してくれたから。
口下手なあなたが、メッセージを送るのが苦手だと電話ばかりしていたあなたが、次は頑張って返してみると、そう言って約束したのだから。
――これは一種の願掛けだ。
どんなに周りから人が居なくなったとしても、私は既読がつかないメッセージを送り続ける。
……そうしないと、あなたがこの世から消えてしまう気がして怖い。
「はやく、おきて……ばか」
胸からせぐりあげてきた感情と共に、大粒の涙が目から溢れ落ちた。
窓から入った風が私の頬を優しく撫でたその時だ。
ふと、眠るあなたのまぶたが、ぴくりと動いた。
「――」